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一書店の言霊師  作者: 手羽先すずめ
第一章 吊るされた少女
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演技


 唯名ちゃんの友人が進んだ道を歩き出した俺は、そして直ぐに脇道に逸れた。なんの為かと言えば、先回りのためである。唯名ちゃんの友人を別の道から追い抜くことで次に遭遇したとき、俺はあたかも真正面から現れたように見えるのだ。


 故に、俺が尻を追い掛けて尾行していたことが、彼女に露見するような事態にはなりえない、はず。


「あの、すみません。お尋ねしたいことがあるのですが」


 狙い通りに彼女と正面から対面した俺は、あたかも道に迷って困っている体を装って話し掛ける。


「……なんでしょうか?」


 初っ端から露骨に警戒されていた。


 そりゃあそうだ。いきなり見ず知らずの男に声を掛けられたら、大概の女子高生はそうやって警戒する。寧ろ、声を掛けた際に大声を上げて逃げ出さずに、こうして受け答えして貰えるだけありがたいというものだ。


「この近くに春風高校という学校がある筈なのですが、何処にあるか知りませんか?」


「春風高校なら、この先の角を左に曲がって、三つ目の信号を右に曲がれば、後は真っ直ぐ行くだけです。それでは」


 簡潔に分かりやすく教えてくれた唯名ちゃんの友人は、そそくさとこの場を後にしようと俺の側を通り抜けていく。ふむ、中々どうして警戒心の強いしっかりした子だ。だが、まだこの子から何も聞き出せていない。ここで素直に行かせる訳にはいかないな。


「ありがとう御座いました。あっ、よろしければ、もう一つだけ良いでしょうか?」


 後ろを振り返って、その背中にまた声を掛ける。


「……まだ何か?」


 一応、立ち止まってはくれるんだな。


 身体の正面を完全には此方に向けずに斜めに俺を捉えて、横目に不審人物をみるような眼差しを送っているけれど。何か有れば直ぐにでも逃げられる体勢を取っているけれど。なんというか、聞いてやるからさっさと用件を話せ、私は早くここから離れたいんだ、という本音が雰囲気から滲み出ている。


 こりゃあ、思ったよりも苦戦しそうだな。聞くことだけ聞いて、さっさとターゲットを変えるか。


「二唯名って女の子を知ってますか? いえ、知らなければそれで良いんですが」


「知っていますけれど。どうして貴方が唯名の名前を?」


 一段と険しい顔付きになって、きちんと此方に向き直った唯名ちゃんの友人。


 言葉を選び間違えたら、本当に不審者と判断されて逃げられるか通報されるな、そんな雰囲気だ。この歳で前科持ちになるのは流石に勘弁、それも女子高生に通報されてなんて目も当てられない。慎重に言葉を選んで、たくらみを悟られないように上手く話をでっち上げないとな。


「俺は唯名の従兄で、今日数年ぶりに会う予定だったんです。でもどうせなら驚かせてやろうと思って、春風高校に向かったんですけど、こうして道迷ってしまって。貴方を呼び止めたのは、もし唯名のことを知っていたら、部活をしているのかしていないのか分かるかな、と思ったんです」


「……そうですか」


 少し、思案顔になる唯名ちゃんの友人。


 その様子じゃあ俺の言っていることが嘘か真か、考察しているみたいだな。あまり説明的になり過ぎないように、制服を見て唯名ちゃんと同じ学校の生徒だと判断した、というくだりを省いたんだが、不味かったか?


 数年ぶりに会う従妹の制服を、従兄が知っていることに違和感を覚えるかも知れない。一応、その事に突っ込まれた時ように、入学した際に写真が送られてきたという言い訳を考えてはいるが、果たして。


 沈黙すること、実に十秒とほんの少し。あまり時間を置きすぎては不味いとか、一方的に疑いを掛けていることに後ろめたくなったとか、とにかく彼女がどう考えたのかは知る由もないが、返って来た言葉は俺にとって芳しいものだった。


「唯名は……唯名は部活動をしてません。さっきまで一緒にいたので、まだこの近くに居ると思いますよ」


 よし、少し警戒が晴れて来たな。考える暇があまりなかったっていうのもあるが、一応は俺のことを信用してくれたようだ。眉間によった皺が薄くなったっているのが良い証拠だ。だが、俺が言うのもなんだけれど、人をそんなに簡単に信用しちゃあ痛い目みるぜ。


 今回はそれで助かってはいるが。


「そうなんですか、それじゃあ唯名が帰った後にでも奇襲をかけるか。ありがとう御座いました」


「いえ」


 ここで少し悩む素振りをみせておく。


 唯名ちゃんには聞きづらいことを、友人である彼女に聞こうとしている、従妹思いの従兄という印象を暗に抱かせるように。まぁ、これは一種の気休め、保険みたいなものだ。まさか本当に、自分の地の底を這うような演技力でそんな芸当が出来るとは考えてないしな。そこまで自惚れてなんかない。


「あー、えっと、ことの次いでと言っては何ですが、学校での唯名のことを教えてもらえませんか? 仲の良い友達がいないとか、誰かに苛められているとか、そういったことはありませんか?」


「あっ、いえ、確かにそのお気持ちは分かりますけれど。今の唯名は友達も多いですし、そう心配することは何もないと思いますよ」


 その気持ちは分かる?


 友達が多く、それでいて目立ったトラブルは起きてなさそうだな、交友関係は広くて良好か。友人であるこの子が心配することは何もないというのだから、誰かに恨まれるような行動も人前ではしていないってことだろう。


 ますます呪殺の線が薄くなっていくな。もう可能性はないと判断していい頃合だ。だが、気持ちが分かるってどういうことだ? なにか口を付いて出た言葉の綾のような、あまり意味の無い言葉なのか? それとも。


「そうですか、それは良かった。なにせ昔からよく知っている、妹みたいなものですからね、老婆心ながら俺も心配で心配で」


「……ただ、たぶん、家に帰られたらびっくりなさると思います」


「え? びっくり、ですか?」


 なんだ? びっくりするって。なにがなんだか分からないが、話の雲行きが怪しく成ってきたぞ。


「唯名は高校生になってから、随分と性格が変わりました。従兄さんなら分かると思いますけれど、大人しい物静かだった唯名が、今では活発で元気な唯名になっています。だから」


「びっくりする、と」


「はい。まるで、その、こんなことを従兄さんの前で言っていいのか分からないのですが」


 唯名ちゃんの友人は此処で一度口ごもり、再度重々しく口を開く。


「今の唯名は、まるで別人です」



 唯名ちゃんの友人から話を聞いたその帰り道、悠々自適に漂う雲の下で俺は頭を悩ませていた。


 それはもちろん大人しくて内向的な性格だった唯名ちゃんが、高校生になった途端に外向的になり、一変して別人のように変わってしまった話についてだ。


 単純に考えてみれば唯名ちゃんが心機一転、高校生デビューでもしたんだろう、で片付けられる話なんだが。どうも唯名ちゃんの友人の態度や声音や表情を見ていると、その程度の問題じゃあないような気がしてならない。


 恐らくは、あの子は唯名ちゃんを古くからの知り合いなんだろう、言い回しや雰囲気でなんとなく分かる。その古くからの友人がだ。まるで別人だと言ってしまうほど、唯名ちゃんは中学生の頃と今とで変わっているということになる。


 これは可笑しい、そんなことは異常だ。


 人間そんなに簡単に、しかも時間を掛けずに自分を変えられたりしない。それが出来たらこの世にニートや社会不適合者は生まれないんだから。変わったと見せ掛けることは出来ても、大抵それは身近な友人には見抜かれているもんだ。


 友人にまるで別人だと言わせるまで、たった二ヶ月間で急激に自分を変えるなんて出来っこない。もし出来るとすれば、それはよっぽどポーカーフェイスが上手いのか、なにか人智及ばぬ出来事が起こっているかのどちらかだ。


 人智及ばぬ出来事。今回の件に準えて言えば、一番可能性が高いのが付喪神だ。


 しかし、昨日から散々言ってきたように、改心して善に目覚めた付喪神に、人の首を絞めて殺害するという悪逆行為をなす理由もなければ、そもそも人間の性格を反転させるなんて高等な芸当を行う力もない。呪殺の線が限りなく薄くなったことで、誰かが唯名ちゃんを殺そうとしていて、付喪神が良いように利用されているという可能性も、また消滅している。


 ならば、この世に未練を残した祖母の幽霊が唯名ちゃんを殺そうとしているとか? 


 いやいや、俺が調べ上げたことが確かなら、唯名ちゃんの祖母が亡くなった時期と、唯名ちゃんが高校生になる時期は確かに重なってはいる。ペンダントをどのタイミングで唯名ちゃんが貰ったのかは俺の知る所じゃあないが、だがそれでも幽霊や悪霊が人を殺すことはない。


 それに九十九髪が老女を指す言葉だからと言って、唯名ちゃんの祖母が付喪神になった訳じゃあないのだから。有り得ない話だが、なったにしてもそれは今から百年後のことだ。付喪神が宿ったペンダントが善行として行う拘束と絞殺に、祖母の幽霊が関わっているとは考え難い。


 短期間で性格が変わってしまった理由にも同じことが言える。まぁ、祖母が亡くなったショックで多少なりとも落ち込んだりはしただろうが。


「ダメだな。考えれば考えるほど、選択肢が無くなっていく」


 一度、原点に返って情報を整理しよう。迷路でもなんでも、行き詰ったら一度最初からやり直してみるのがいい。そうすれば見えなかったものが、意外とあっさり見えてきたりするもんだ。


 さて、昨日の夕方近くに唯名ちゃんが本屋にやって来て、ペンダントが外れないからお払いしてくれって言ったんだよな。それから俺が客室に通して、色々と質問して、外が暗くなって来たらから慌てて家に帰した。


 ふむ……、あれ? なにかが引っ掛かるような。


 そうだ。ペンダントが外れなくなる前にも、一度だけ兆候があったって言っていたな、唯名ちゃん。確か、一分くらい首から外れなくなったと言っていたはず。あの時はさらっと流したが、よくよく考えてみるとこれって可笑しくないか?


 一分間って体感にしろ何にしろ、かなり長い時間ぞ。それだけ外せないのなら、普通に気味が悪いと思って然るべき状況だろ。留め金が外れないなら、客室で唯名ちゃん自信がやったことと同じことをすれば良いだけなんだから、一分間のうち必ず途中で異常に気付くはず。


 なのに、どうして唯名ちゃんはそんなペンダントを首に掛けたりしたんだ? 俺が唯名ちゃんの立場なら勘違いだろうとは思いつつも、それ以降は身に着けるのを暫く避ける。もう二度と首に掛けないかも知れない。


 つい最近、祖母が亡くなっているなら尚更だ。亡くなった祖母からの贈り物であるペンダントに、祖母の霊が取り憑いたという思考に至って当然なのだから。そんな疑いのあるペンダントなんて、こう言っちゃあなんだが気味が悪くて仕方がない。


 という事はだ。俺と同じ思考に、唯名ちゃんが至ったと仮定したとして。そうすると、なんらかの理由で唯名ちゃんはペンダントをもう一度、首に掛けなければならない必要があったことになる。それは何だ? 


「いやいやいや、待て、落ち着け、俺」


 そもそも、これが答えだとは限らないじゃあないか。真実に向かう糸口を見つけた気になって、間違った方向に向かっているなんてことは往々にして良くあることだ。これまでの考察だって何が正解で何が間違っているのか分かったものじゃあない。だからこそ落ち着いて、柔軟に考えろ。


 思い返してみれば、昨日の唯名ちゃんの様子からは、ペンダントを気味悪がっているようには見えなかったじゃあないか。それなら、この仮説は間違っていることになる。


「ん? あれ? 気味悪がってはいなかった? ……幽霊の仕業だと思いつつも、気味悪くは思っていない? 唯名ちゃんがお払いに来た理由は、単純にペンダントが外れなくなって困ったから……」


 それだけじゃあない。唯名ちゃんは自分が殺されかけていると分かっても、最期までただの一度もペンダントを怖いとは言わなかった。不安だとは言っていても、怖いという言葉を口に出してはいない。驚きと不安が入り混じる姿を、俺が勝手に恐怖していると判断していただけ。


 それじゃあ、唯名ちゃんは最初から分かっていたのか? あのペンダントが普通じゃあないってことに。


 普通じゃあないと分かっていたから気味悪く思わず、怖いとも思わず、鎖が短くなって行く気がするからといって、特に危険を感じなかった。そう考えれば、最初から普通じゃあないものだと自己完結して感覚が麻痺していたと考えれば、辻褄が合う。


 一分間も首から外せなかったペンダントを、また首に掛けようとする気になる理由にもなる。問題は、そうまでしてペンダントを身に付ける必要性だ。唯名ちゃんの何がそうまでしてペンダントを求めるんだ。


「あー、くそ。もうちょいだってのに」


 なにがどうなるって言うんだ。勧善懲悪の戦隊ヒーローよろしく、ペンダントを首に掛ければ変身でもするのか? それともひらひらのスカートを履いた魔法少女か? 何時もは冴えない私だけれど、夜になれば魔法少女に変身して世の中の平和を護っているの、ってか?


 ……もうちょっと真面目に考えるか。


「そういえば、おっさんがヒントをくれたんだっけ」


 マリオネット、操り人形か。


 人形……操る? 付喪神が? なにをだ? ある意味、人の形をした唯名ちゃんをか? いや、とても操られているようには見えなかった、そこまで俺の目は節穴じゃあない。そもそも操られていたのなら、俺の所にお払いにくる訳がないしな。


 しかし、操られていない時間がある。と考えれば、一応これも考えてみる価値はあるか。


「んんん。付喪神、拘束、絞殺、祖母、性格の反転、マリオネット」


 つらつらと考え続けてるも答えは出ず、なんの成果も得られずに時間と歩数だけが着々と刻まれていく。ふと、顔を上げてみれば愛しの我が家が目に写る距離まで自分の足は進んでいて、どうやら今日も答えは出せずじまいかと、溜息が出る。


「あっ、こんにちは。はじめさん」


 自分の名前が呼ばれて、俯いて溜息を吐いたばかりの顔をもう一度あげる。


 そうして視界の真ん中に捉えたのは、我が家の前で小さく手を振っている唯名ちゃんの姿だった。さっきは目に入らなかったが、どうも最初からそこにいたらしい。目の前にいる人さえも見逃すって、どれだけ疲れているんだよ、俺は。


「よう。弁当箱の回収か?」


「はい。あの、それでどうでしたか? 味のほうは」


「あぁ、そりゃあもう上手かったよ。なんだか、昔を思い出す味でさ。思わず……」


 ん? 俺いまなんて言った? 昔を思い出す味? なんで昔なんか思い出したんだ? そりゃあ弁当箱を貰った時にそれらしいことを思い出しはしたが、なんで味にまで? ……そうか、昔、婆ちゃんに作ってもらった料理と、味は違えど献立が似ていたんだ。唯名ちゃんが作った弁当は。


 あぁ、なるほど。マリオネットってそう言うことか。


「喜べ、唯名ちゃん」


「はい?」


「そのペンダントの解決方法が分かったぞ」

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