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一書店の言霊師  作者: 手羽先すずめ
第五章 雪月風花
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陰陽師


 天狗とは、時として神とさえも称される妖怪で伝説上の生き物だ。


 言うまでもなく、顔が赤く鼻が高い姿でよく描かれ、一般的に白い山伏装束やまぶししょうぞくを身に纏い、背に一対の翼を有している。種類も様々で、大天狗、小天狗、青天狗、鼻高天狗、木の葉天狗、鴉天狗からすてんぐなどが居て、それぞれ特色が異なっている。


 彼らは山に住み、人と関わらずに生きている。これまでの付喪神や獏や火男や狐憑きなどとは違い、そしてその妖力も桁違いだ。剣術に長け神通力を使いこなす天狗は、人間が戦って善戦できるような相手じゃあない。良くて苦戦、悪くて敗戦、最悪、死亡を強いられる、そんな妖怪だ。


 天狗が六花家を滅ぼそうとしている理由は幾つか見当がついているが、中でも有力なものが二つある。


 一つは、雪女と交わった人間の末裔である六花家を快く思っていないから、というもの。半人半妖という存在は、なにかと疎まれ易い。人間は自分に似た別の生き物を嫌う傾向にあるし、排除または隔離しようとする、人の畏怖や空想から産まれ出でた妖怪もまた同じだ。


 もう一つは、生贄だ。環境の破壊や変化により緑が減っていることは、最早言わなくとも分かり切っていることだろう。故に、木の実の採集や動物の狩りで生計を立てている天狗たちが喰うものに困り、妖怪の血が混ざった六花家の人間を生贄にしようとしている、という考えだ。


 その昔、雨が降らないことに困り果てた人々が、雨乞いのために人身御供ひとみごくう、つまり生きた人間を神に捧げる生贄にした、なんて話は珍しくない。この場合、天狗たちは六花家の女達を生贄に捧げて神に祈り、木々に実りを動物達に繁殖を促がそうとしているんだろう。


 今になってみれば馬鹿馬鹿しい話だが、天狗たちは今でも本気で信じていることだ。なんら可笑しな話じゃあない。


「やっかいな事になったな。陰陽師の野郎共は何をしてやがるんだ?」


 二つ上げた候補のうち、前者ならまだ陰陽師の落ち度は軽いものだ。火男の件もあるし、それと似たような不手際があって、天狗たちが騒いでいるというだけで済む。曲がりなりにも同業者である俺が話をつけに陰陽師のところへ向かえば、事態は改善に向かうだろう。


 が、後者だった場合は、落ち度なんて言葉じゃあ納まりがつかない。それはつまり、食糧不足のために劣悪な状況に追い込まれている天狗たちを陰陽師が放って置いた、ということになる。


 前にも言ったが、陰陽師は妖怪たちが人間を襲わないように、妖怪たちを支援する義務がある。食料不足に陥ったのなら食料を配給しなければならないし、何か問題が起これば迅速に対処しなければならない。


 だがそれを怠り、今のように六花家が危機に瀕しているのなら大問題だ。俺が話を付けに行くどうこう話しじゃあなくて、今まで培って来た陰陽師の沽券に関わる事態に発展する。


 二つ上げた候補のうち、どちらが正しいのかなんて分からないが、もしかしたら俺が思いつかないだけで第三の候補があるのかも知れないが。どちらにせよ、陰陽師の連中のところへ行って事情を聞かないことには話しにならないな。


 態度が一変したって言うのも気になる。


「まぁ良い。今日のところは此処までにして、さっさと風呂に入って寝よう」


 例によって何時ものように、周りに漂わせていた文字の羅列たちを本に戻し、椅子から立ち上がる。


 時計を確認すれば時刻は既に午前三時過ぎ、丑三つ時も過ぎてしまった時間帯だ。朝の十時には此処を出なくちゃあならないから、ぎりぎりまで寝たとしても睡眠時間は六時間くらいが限度か。目の下に隈が出来なきゃあいいんだけれどな。



 翌日の朝十時頃。昨日決めた通りの時間に家を出て、徒歩三十分ほどかかる最寄の駅に向かっていると、ある人物に遭遇した。


「うおっ、旦那じゃあないか」


「やっ。こんな所で会うなんて偶然だね」


 狐憑きの件で再会した昔からの知り合いである五十嵐雨音、通称旦那だ。


「本当に偶然か? 待ち伏せとかしてない? 旦那」


「してないしてない。というか、良いの? こんな時間に出歩いて、店のほうは?」


「あぁ、それなら大丈夫だよ。ちょっと野暮用があって、今日は店を閉めているんだ」


「ふーん、野暮用ねぇ」


 これから陰陽師のところに行く、って言うのは言わないほうがいいな。


 旦那はつい最近になってやっと身をかためたばかりだ、危険や厄介ごとには巻き込まないほうがいい。万に一つも有り得そうにないが、もし旦那の身に何かがあったら俺は愛美さんに顔向けできなくなるしな。


「それじゃあちょっと、タイミングが悪かったな。また出直すとしますか」


「ん? 俺に何か用事があったのか? 旦那」


「うん、俺はしばらくの間……っていうか、多分ずっとこの街にいるからさ。この辺の事情に詳しい一チャンに話を聞いておこうと思ってね。一書店に向かっていた途中だったんだよ」


 そうか。だから、此処で偶然にもばったり鉢合わせしたってことか。


「なんだか悪いな、旦那」


「いーや、謝ることないよ。どうせ何時でも聞けることだからね。また日を改めて来るよ」


 何時でも聞ける、か。


「どうかした?」


「いいや、なんでもない」


 それから二言三言会話を交わした後、俺たちは互いに分かれてそれぞれの目的地へと向かった。


 旦那は愛美さんの待つ家に、俺は陰陽師の連中が拠点とする場所へ。



 最寄の駅から日が少しの時間、電車に揺られた後、そこから更に歩いてやっと行き着く場所に聳える陰陽師たちの拠点。うちの本屋とは比べ物に成らないくらい立派に建てられた純和風の建物に、そこはかとない嫌味みたいなものを感じながら、俺はしぶしぶ陰陽師の玄関を潜ったのだった。


 中に入った途端に、丁寧な言葉遣いをした陰陽師の見習いのような人物が俺を出迎え、客室に通された。どうやら、事前に何処からか情報を仕入れていたらしく、俺が此処に来ることはお見通しのようだった。


「これはこれは言霊師さんではありませんか。貴方のような人が一体どのようなご用件で、こちらを尋ねられたのですかな?」


 そうして、ふかふかの座布団の上で待たされること幾数分。蜻蛉の件で揉めた、あの時の陰陽師が俺の目の前に姿を現した。


「俺も出来るなら訪ねたくはなかったんですがね。残念ながらそうも行かずに、しぶしぶながら此処に足を運ばせてもらった次第なんですよ」


「ほう。して、その此処を訪ねなければならなかった理由とは?」


 陰陽師が向かい側の座布団に腰を下ろしたのを見計らって、俺は下らない前置きをすることもなく、単刀直入に用件を伝える。


「天狗、について。と言えば、俺がなんのために此処に来たか、お分かりになりますよね?」


 ほんの一瞬だけ表情が固まったのを誤魔化すかのように、陰陽師はわざとらしく咳払いをして見せたが、俺はそれを見逃さなかった。


 事前に俺が此処を訪ねることが分かっていても、訪ねた理由までは把握できていなかったようだな。おおかた、火男を攻撃した時に自ら対処できていないと言った、あの噂のことを聞かれるのだと思っていたんだろうが、当てが外れたみたいだな。


「……どうして、貴方がそのことを?」


「何ででしょうね? ただまぁ、悪評って言うものは自分の思っている速度よりもずっと早く広まるって事なんだと思いますよ、俺は」


 六花風花から頼みごとをされたと言って、六花家に迷惑を掛けないように情報の出所を意図的に暈して話す。


 尤も、こんなことをしても向こうは既に、なぜ俺が天狗のことを知っているのか、その理由にある程度の見当を付けているんだろうけれどな。だが、確かな情報を与えない限りは、陰陽師が六花家に対してどうこうするといったような行動に出る可能性は低いだろう。


 要らぬ世話かもしれないがな。


「それでですね、陰陽師さん。なぜ天狗が問題視されるようになるまで、なんの手も打たず放置なされて来たんですか? 今日、俺がここを訪ねたのは、そのことが聞きたかったからなんですよ。天狗が強力な妖怪だということは、そちらさんも嫌ってほど理解されていることでしょう?」


 風花ちゃんに私達を助ける意思が無いと確信させるほど急激に態度を変えた理由を、直接的な方法では立場上聞けないので遠回しにそう聞いた。


「……」


 だんまりを決め込んだ、名前も知らない陰陽師。


 沈黙による静寂が支配する空間というのは居心地がすこぶる悪いが、俺は追撃をかけるようなこともせず、ただ陰陽師の返答を待った。


 助け舟を出してやる必要はない。俺のほうから言葉を口から飛ばして攻め立ててやるような、そんな助け舟を出してやるは必要ない。こういう場合、相手から止めどなく言葉で攻め立てられるよりも、何かを喋るまで待っていられる方が精神的に辛い。


 だから待った。自ら自白するのを待った。


「それは、言えません」


 言えない?


「それについては陰陽師が遂行する極秘事項ですので、内容の一切を外部の人間に教えることは出来ません」


 一体なにをどう遂行すれば、六花家が滅ぼされようとしたり、多くの人が危険な目にあうかも知れないような事態に発展するんだろうな?


 だが、それを問い質したところで、返ってくるのは極秘事項ですので、の一点張りだろう。もともと納得の行くような返答を期待していた訳じゃあなかったが。それでもこんな稚拙な言い訳をして来るとは思いもしなかった。


 それとも何か? 俺がこんなもので納得すると、本当に思っていたのか?


「少々、席を外しても良いですかな?」


「ん? あぁ、どうぞ」


 そう答えてやると陰陽師は速やかに席を立ち、客室の外へと向かう。


 客室から陰陽師が居なくなり俺一人だけとなってしばらくの間、俺は陰陽師の返答についてもう一度考え直す。そして、一見して稚拙に見えるこの言い訳には何か裏があるのでは、と疑り始めたのと時を同じくして、陰陽師が再び目の前へと舞い戻る。


 一人の陰陽師見習いと、一つのアタッシュケースを連れて。


「なんのつもりだ?」


 上等な木で作られた座敷机の上に置かれたアタッシュケースに入っていたのは、見たこともないような札束の数々だった。


「ここに一千万あります、これでなんとか納得して頂けませんでしょうか? 聞くところによると、言霊師さんはお金に困っているのだとか。この金を当面の生活費や経営費にしてはいかがでしょう」


「それは、この金で多くの人たちを見殺しにしろと言っているのか? それとも、極秘事項だから口外しないようにするための口止め料か?」


「どう受け取ってもらっても構いません。納得していただけますか?」


 なるほどな。あの稚拙な言い訳もこれが狙いだったて言うことか、差し詰め沈黙はこの案を考えて居た時間ってところか。どうやら陰陽師は、万年金欠な俺を一千万円っていう大金で買収しようって腹積もりらしい。


「一つ聞くが。あんたら陰陽師が遂行しているっている極秘事項、それが終わる頃には天狗たちの脅威が去っているんだろうな? 一人の犠牲者を出すことなく」


「えぇ、もちろん」


 そうか、なら答えは決まっている。


「随分とまぁ、安く見られたもんだな、俺も。陰陽師さんはよっぽど交渉が下手と見える」


「……一千万円では足りない、と」


「あぁ、足りないな、全然足りない。例え、海を埋めつくほどの大金でも。例え、月まで届くくらい積み重なった札束でも。俺を買うには程遠いんだよ。ましてや一千万? 高がその程度の金額で良くぞそんなことが言えたもんだよ」


 馬鹿馬鹿しい。本当に馬鹿馬鹿しい。金で人を買ってやろうだなんて。


「学ばせて貰ったよ。陰陽師が、少なくともこの地域の陰陽師は、こういう奴なんだってことをな。話は終わりだ、帰らせてもらう」


 此処とは違う地域に行けば、もっともマシな陰陽師がたくさんいるんだろう。ここの陰陽師だけが、こんなにも性質が悪いんだ。


 そう自分に言い聞かせながら、俺は陰陽師の拠点を後にした。そう思いでもしないと、やっていられなかったからだ。各地に数え切れないほどいる陰陽師がみんな同じだったらと考えただけで眩暈がしてきたからだ。


 どうか、どうかまともな思考回路を持つ陰陽師がいて欲しい、そう願わずには居られなかった。

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