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一書店の言霊師  作者: 手羽先すずめ
第五章 雪月風花
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風花


 つい数日前に八月となったばかりの、夏本番といった様相を呈する日。


 俺は唯名も浮夜もいない此処、一書店で今日も今日とて本屋の経営に頭を悩ませているのだった。頭を悩ませている理由は一つ、さっきも言ったように唯名と浮夜の不在である。


 なんと言っても八月だ、世の中の高校生は皆がみんな夏休み。従って、現役女子高生である唯名と浮夜も当然夏休みだ。それだけに貴重な学生生活での長期休みをバイトに費やすのでは忍びないと思い、唯名の出勤日を大幅に削ったのだ。


 唯名が来なければ当然、浮夜も来ない。いや、たまに唯名が休みの時にも本を買いに来てくれるんだが、これは余談か。ともかく、看板娘を二人同時に失ったあいだ、客足はもののみごとに減少している有様だった。


 まぁ、本が売れない代わりに、異形の者が引き起こした怪奇現象の解決を頼まれたりはしていたので、今のところ金には困ってない。だが、それでも本が売れないことが悩みの種であることには変わりない。


 もうそろそろ、女子高生パワーに頼り切りになるのは止めにして、なんとか春風高校の夏休みが終わる前くらいには具体的な対策を立てて置くか。今は余裕が無いから出来ないが、売り上げが伸びたら浮夜にも給料を払ってやりたいし。


「さて、じゃあどうすっかなー」


 閑散とした店内に木霊するような独り言を履いて、俺は何時もの定位置に座って頬杖を付く。


「はじめさーん、居ますかー?」


 それと時を同じくして、硝子障子の向こう側から少し大きめの声が飛んでくる。最早、見ずとも分かるくらいには聞きなれたその声の主は、出勤日を大幅に削ったはずの唯名だった。


 可笑しいな、今日は唯名の出勤日じゃあないはずだが。少なくとも今日から三日後まで休みだと記憶しているぞ? んん? 俺の記憶違いか? いや、そんな筈はないと思うんだが、唯名のほうが勘違いしているのか?


「どうした唯名? 今日は休みだった筈だぞ」


「それは分かってますよ。今日はバイトをしに来たんじゃないんです」


 あぁ、やっぱり今日は唯名の出勤日じゃあないってことに間違いはなかったんだな。 


「そうなのか。じゃあ、なんでまた此処に?」


「えっと、それは本人から聞いてください」


 そう言って、店の中程まで歩いて来ていた唯名はくるりと後ろを振り向いて、その本人とやらに視線を向ける。俺も椅子の背凭れから少し身体を傾けて、唯名の向こう側に居るであろう人物に目を向ける。そうして視界の中心に写り込んだのは、漆のように真っ黒な髪をした少女だった。


「お初にお目にかかります。わたくし、名を六花風花むつのはなふうかと申します。此度は一一殿に折り入ってお頼み申したいことがあり、こうして参じさせて頂いた次第で御座います」


 ゆるやかに、そして形式正しくお辞儀をした彼女、六花風花。


 彼女を見た瞬間、俺は酷い違和感を覚えた。それは彼女が夏休みにも関わらず、学生服を着ているからなんて言う、ちんけな理由じゃあない。そう、例えば犬猫に服を着せたかのような違和感だ。本来、そうあるべきではない者に、無理矢理不必要な何かを付け足したかのような違和感を覚える。


 結論を言えば六花風花は初対面の人間に、学生服というものが絶望的に似合わないと思わせるほど、不釣合いと思わせるほど、完璧な大和撫子だった。


「お頼み申したいこと、ねぇ。最近、忙しくてありがたい限りだな、こりゃあ」



「さて、じゃあ用件を聞こうか。風花ちゃん」


 以前、唯名や蜻蛉を通した客室に風花ちゃんを通し、お茶と茶請けをきちんと出した後、座布団に腰を下ろしながらそう問い掛ける。


「はい、にのまえ殿にお頼みしたいこと。それを説明するには先ず、私の家系について話さなくてはなりません」


「家系?」


「そうです。私の家系はいにしえの昔、まだ異形の者が跳梁跋扈ちょうりょうばっこしていた時代に、妖怪である雪女とまぐわった人間の一族。それ故に、代々受け継がれて来た六花家の女子おなごは皆、世に言う妖力という力を持ち合わせています」


「……つまり、自分は妖怪と人間の間に出来た子供、半人半妖の子孫だと?」


「はい」


 まいったな。どんな頼みごとをされるのか色々と予想はしていたんだが、この展開は流石に予想外だ。


 雪女は、もう言わずと知れた雪の代表的な妖怪だろう。蜻蛉と出逢った時に関わった、あの火男の真逆に位置する存在だ。


 惚れた男を凍え死にさせたり、男の善意で風呂に入れられて溶けて死んでしまったりと、何かと悲恋に縁のある話が数多く綴られる雪女が、まさか人間と恋を成就させて子供まで成していたとは驚きだ。


 しかも現代まで脈々と血筋が続いているだなんてな、完全に俺のリサーチ不足だ。一体何年この町に住んでいると思っているんだ、今の今までそんな家系が存在することなんて欠片も知らなかった自分を恥じるぞ、俺は。


「そして私は、その一族の中でも一際強力な妖力を持って産まれ、風花の名を賜った者。私には、私にしか出来ぬ義務があるのです」


風花ふうか……、そうか、風花かざはなって言う意味か。賜ったって言う、その名前は」


 風花かざはなは降り続ける雪が風に舞い、花が散っているように見えることから付いた名前だ。苗字である六花むつのはなも、意味は六花りっかで雪の結晶の意味だろう。上の名前も下の名前も、雪に関係する意味を持つ。


 花のように風に舞い散る雪の結晶。これ以上ないってくらい、雪女の末裔にぴったりな名前だ。


「参考までに、どれくらいの妖力を持っているのか見せてくれないか?」


「そう、ですね。ならば、このようなことなら造作も無い、といった所でしょうか」


 流れるような動作で右手を肩の位置まで持ち上げた風花ちゃんは、その手に一輪の花を持っていた。いや、持っていたんじゃあない。今、ここで作り上げたんだ。空気中の微かな水分を掻き集め、瞬時に凍らせることで形作った、一輪の氷の花を。


「なるほど、程度は分かった。それで義務って言うのはなんなんだ? 察するに、それが今回ここを訪ねた理由になるんだろ?」


「ほんに、その通りで御座います。一際強力な妖力を持った私の義務は、六花家を危機から護ること。そして一殿にお頼み申したいこととは、滅亡の危機に瀕した六花家を救って頂きたいということです」


 滅亡の危機に瀕した六花家を救ってくれ、か。なんともまぁ、物騒な話だな。


 あんな芸当が直ぐに難なく出来るってことは、最低でも普通の妖怪くらいなら容易く撃退できるということだ。逆を言えば、そんな特殊な力を持っている彼女でも対処しきれない、強い妖怪が今回の件に関わっていることになる。


「それじゃあ話を纏めると、風花ちゃんは家を護らなくちゃあならない立場にいるけれど、自分の力ではどうにもならないような危機が迫っている。だから、事態を何とか出来る人間に頼み込んでどうにかしてもらおう。ってことか」


「はい。そのように受け取って頂いても構いません」


「ふむ……」


 その物の考え方は理解できる。自分の力じゃあ到底敵わないような危険を前にして、誰かに助けを求めるのはなんら可笑しなことじゃあない。寧ろ、それが人として当然の危機回避行動だろう。が、それでも一つ風花ちゃんの行動に解せないことがある。


「一つ聞いてもいいか? 風花ちゃん」


「なんなりと」


「どうして、こんな大事な案件を俺の所に持ってきた?」


 解せないのは、一族の存亡が掛かっているというのに、俺の所に話を持って来たということ。


 古くから妖怪と関わりのある生き方をして来た一族なんだ。妖怪を専門職とする陰陽師にパイプを持っていない訳がない。にも関わらず、彼女は陰陽師の所へは行かずに俺の所に来た。この事実にどうしても納得が行かない。


 あいつらはいけ好かない奴らだが、それでも天下の陰陽師だ。俺なんかとは比べ物に成らないほどの知名度と実績を誇っているだろうに。


「それは陰陽師の方々に私達を救おうとする意志が無い、そう判断したからです」


「どうしてだ? どうして、そんな判断を下した?」


 それなりに長い付き合いだっただろうし、それ相応の信頼もあった筈なのに。


「態度が急変したのです」


 態度?


「初めは親身に成って私の話をお聞きに成ってくださいました。けれど、私が具体的なことを伝えた途端、陰陽師の方々は態度を一変させました。そう、私達を滅ぼそうとしている妖怪が天狗だと知った、その瞬間から」


 天狗。彼女は、六花風花は確かにそう言った、一字一句違わず正確に言葉を放ったのだった。



「なぁ、唯名。あの六花風花って子、本当に高校生なのか? 唯名と同じ学生服を着ていたが」


「疑いたくなる気持ちも分かりますよ。風花さん、私と同い年なのにかなり大人びてますからね。私も最初は驚きました。けど、風花さんは列記とした高校生ですよ」


 あの後、更に諸々の詳しい話を風花ちゃんから聞いて、相手が相手なだけに今日一日の即決で答えは出せないと言い。今日の所は家に帰るようにと伝えて、漆のような漆黒の髪が見えなくなるまで、その背中を見送った。


 そして今現在、俺は風花ちゃんが話をしていた間も、そして帰った後にも、此処に残っていた唯名に彼女について話を聞いていた。


「本当に驚いたよ。まさかあんなタイプの人間が、まだ日本に存在していたなんてな。もう絶滅危惧種だろ、大和撫子なんて。日本中どこを探したってもう居ないぞ、絶対」


 何時ものように彼女を風花ちゃんと俺は呼んでいたが、正直違和感が半端じゃあなかった。


 俺がプライドのない人間だったら、思わず風花様、いや、六花様と呼んでいたに違いないな。もしくは、風花嬢、六花嬢だ。本当に、ちっぽけでも薄っぺらなものでも、プライドというものを持っていて良かったと心の底から思った。


「なんだか、そこまで断言して言い切られると、女として何も感じない訳には行きませんね」


「そうか? まぁ、女の矜持って奴か。でも、そう易々とはなれないぞ、大和撫子なんて者には」


「そうですけど、それは分かってますけど。なんだかむーってなるんです! 断言されると!」


 そういうものか? 別に比べられてる訳でもないんだから、そんない気にする事でもないだろうに。女子高生って生物は、本当によく分からない。頭の中で一体どんな思考回路が組み上がっているんだろうか、何時か詳しく調べてみたいな。


「それで、どうするんですか? はじめさん」


「どうするって?」


「風花さん。助けるんですか? 私を助けてくれた時みたいに。私は二人が何を話していたのか知りませんけど、そういう内容だったんですよね?」


「その通りだが。さぁ、どうだかな、まだ分からない。唯名のときは俺一人でもどうにかなるものだったが、今回はそうは行かない。縛られなくて良いようなしがらみが沢山あるからな。幾ら俺でも一人で勝手に行動する訳にはいかないんだよ」


 今回ばかりは俺一人が勝手にどうこう出来るほど簡単な話じゃあない。陰陽師はもちろん、この街に住む総ての人間に関わりあることだ。それ程までに天狗という妖怪は警戒すべき相手。だから、助けるかどうかを今この状況で決めるのは早計だ。


 まずは、陰陽師の連中と話し合わなくては、事は前に進まない。


「なんだか……らしくないですね」


「そうか? まぁ、そうだよな、そう見えるよな、俺にだってそう見える。でもな、唯名。大人ってのは、らしくない事も進んでしなくちゃあならない時があるんだよ。好きな事だけやってればそれで良いなんて、腑抜けたことは言えないのさ。口が裂けてもな」


 とりあえず、明日にでも態度が一変したという陰陽師のところに行ってみる必要がある。幸いにも、おおかたの見当は付いていることだしな。


 本当なら、こっちから陰陽師を訪ねるだなんて虫唾が走るが、こればっかりは仕様がない。多くの人間の命が掛かっているんだ、嫌なことでもやらないとな。


「大人って難しいですね」


「あぁ、大人って難しいんだよ。俺もままなってない」


「それじゃダメじゃないですか」


「あぁ、そうだな。ダメダメだ」


 そんなことを言い合いながらも、物語は止まりはせずに前へと進む。


 風に吹かれて舞い散る雪が、留まることなく地に落ちるように。

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