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一書店の言霊師  作者: 手羽先すずめ
第四章 嵐の雨音
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嵐の雨音


「あっ、そうだ。はじめさん、私いいこと思いつきましたよ」


 俺が服装にも髪型にも無頓着だという話をして、カウンターに肘を付いた後。


 唐突に、悪い予感がいやでもしてくるような、そんな言葉を唯名が口にしたのだった。前置きで良いことを思いついた、なんてことを言う奴は、大概において此方の都合の悪いことを言うに決まっている。あーやだやだ、聞きたくない、聞きたくない。


「今度、私と浮夜ちゃんと一緒にお洋服を買いに行きましょうよ。はじめさんのことだから、美容院に行ってもまた髪を伸ばしたままにしちゃいますから、せめてお洋服だけでも買いに行きましょうよ」


「えぇー」


「えぇーって、なんて声だしているんですか」


 まぁ、服が買えるほど金の余裕が無い、とは今は言えないんだよな。二人もそれを知っていることだし。


 十万円。今俺の手持ちの金に十万円ある。この金は昨日、旦那から報酬として払ってもらった金だ。最終的に愛美さんの狐憑きを引き剥がす役割が旦那になってしまった以上、受け取れないと言ったんだが。旦那は頑なに譲ろうとせず、最後は俺のほうが根負けして受け取ってしまった。


 だから、金銭面での心配はない。が、それでも女子高生二人と服を買いに行くというのは、なかなかどうして根性のいる行為だと思う。正直、買い物中に上がって行く二人のテンションに、ついて行ける自信が無い。


「浮夜ちゃんからも何とか言ってよー」


「唯名、嫌がる人をそんなに強引に。でも、髪型はともかくとして服装はもっとちゃんとした方がいいかも知れないわね」


 なんてことだ、浮夜までが敵に回ってしまった。


「そうですよ。そんな格好してると、結婚式に呼ばれた時に恥をかきますよ!」


「俺だってスーツの一着くらい持ってるよ。社会人なんだからさ」


「むぅー」


 なかなか折れない俺に業を煮やしたのか、女子高生にしてはやけに子供っぽく、両の頬を膨らませた唯名。こうしてみると木の実を頬の袋に溜め込んだリスみたいだな。本人は怒っているんだろうが、なんともまぁ可愛らしいことで。


「唯名、ちょっとこっちに来て。私に良い考えがあるわ」


「なになに? 浮夜ちゃん」


 膨らんだ頬は直ぐにしぼんで元通りになり唯名は耳を貸す。対して浮夜は近付いてきた唯名の耳元で、何かを呟いて言葉を伝える。浮夜の口元は自身の手で隠されていて、唯名になにを言っているのか分かりそうも無い。


「くすぐったいよー」


「少しくらい我慢して」


 もっとも、隠されていなかったとしても、読唇術なんて俺に使えはしないが。


「っていうのはどうかしら?」


「なるほど、それならばっちりだね」


 なんだ? なにを話していたんだ? 例えどんなことをされようとも、俺は服なんて買いになんて行かないからな。そんなことに金を掛けるくらいなら、ちょっと高い店に行ってリッチに飯を喰ったほうがよっぽどマシだ。


「はじめさん」


「……なんだよ?」


「はじめさんがもし、私達と一緒にお洋服を買いに行ってくれるなら」


「くれるなら?」


「私達二人は眼鏡を掛けて私服で行きます」


「なん……だって」


 なっ、なんだその魅力的な条件は。花も恥らうような女子高生が眼鏡の上に私服姿で、だと? それも二人同時にだ。こんな好条件を出されたら、眼鏡好きとしては二人と買い物に行かざるを得ないじゃあないか。二人と買い物に行かないなんて言う選択肢は、今この瞬間から完全に削除された。


 これでもまだ行かないだなんてのたまう奴は、眼鏡好きの風上にも置けない大馬鹿野郎だ。


「ゆっ、唯名? 私は私服でとまでは言っていないんだけれど?」


「うん、でも眼鏡だけじゃあ足りないかなって思って。えへへ」


「えへへ、じゃないでしょう!? もう、唯名ぁ」


 さてさて、何やら二人のあいだで行き違いがあったようだけれど、まぁ大丈夫だろう。今まで二人が喧嘩をしている所を何度か見たことがあるが、それでも必ず翌日には仲直りしていて、けろっとしているから心配ない。


 仲良く手を繋いで此処にくるものだから、最初から喧嘩なんてしてなかったんじゃあと思えるくらいだ。


「おっと、電話だ」


 ポケットから携帯電話を取り出して、通話ボタンを押す。


「もしもし」


「もしもし、一チャン? 俺だけど」


「あぁ、旦那。どうかしたのか?」


「えっとだな。その……狐憑きのことに関しては、もう心配いらなくなったから、一チャンにその報告をってね」


 そうか。旦那、愛美さんに取り憑いた狐の霊を、無事に追い出せたんだな。


「そっか、それは良かった。とりあえず言いたいことは沢山あるけれど、おめでとうとだけ言って置くよ、心の底から祝福する」


「ありがとう。時期が来たらまたこっちから必ず連絡するから、それじゃあまた」


「あぁ、じゃあな」


 旦那との通話を切って、携帯電話をポケットではなくカウンターの上に置く。


「やっぱり良いもんだな。人の幸せってのは」


 頭の後ろで手を組んで椅子の背凭れに体重を掛ける。


 最近、かなり軋んで来るようになったな、この椅子。このままでも別段問題はないけれど、そろそろ買い替え時かな。唯名と浮夜、両手に花の状態で買い物に行ったときにでも、家具を見ておくか。


「あぁ、そうだ二人とも」


 俺は二日前に聞いた、あの女は歳をおうごとに男に対する条件が増えるという話をした。理由はなんとなく、二人のリアクションを見てみたかったからだ。そうして話し終えたとき、その二人のリアクションは揃って同じもので。二人が言うには、なんだか擦れたものの考え方ですね、だった。


 その答を聞いたとき。あぁ、俺も旦那も時間の波に揉まれて汚くなったんだな、としみじみ思い知ったのだった。


「あっ、雨が降って来ちゃった。どうしよう、私、傘を持って来てないよー」


「今朝の天気予報みてなかったの? 唯名。仕様がないわね、折り畳み傘が一本あるから二人で使いましょう」


「やったっ、浮夜ちゃん大好きっ」


 また何時ものように唯名が浮夜に抱き付くのを他所に、俺は店の入り口にある硝子障子の向こう側を見る。外はまだ明るく、雨雲が太陽を隠している風にはみえない。けれど、雨の音と雨脚は途切れることなく続いている。


 日が出ているにも関わらず降り続く雨、日照り雨。


 随分とタイミングがいいじゃあないか。今、この状況で火照り雨だなんて。


「狐の嫁入りか」


「狐の嫁入り?」


「あぁ、日が照っているのに降る雨のことを、狐の嫁入りっていうんだ」


「へぇー」


 狐の霊に憑かれた人が嫁に行くことで、狐憑きは心から引き剥がされる。


 俺が旦那に教えた狐憑きに対する解決方法は、まさに今降り続いている雨と同じ名前を冠する、狐の嫁入りという名のすべ。そうして旦那は見事に、この解決方法で狐憑きを愛美さんから引き剥がすことが出来た。


 こうなれば、二人の前途を祝さずにはいられない。俺は最後まであの二人が仲睦まじくあることを願う。

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