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一書店の言霊師  作者: 手羽先すずめ
第四章 嵐の雨音
16/24


 火男が四月一日蜻蛉の家で一時的に保護されることになって、約数日という時が流れた、あくる日。


「なぁ、唯名ってさ。今、好きな人とかいるのか?」


「え?」


 何時ものように一書店で働くアルバイトとして浮夜と共にやって来た唯名に、俺は何気なくそんな質問をした。後になって、セクハラだと思われても仕方がないことに気が付いて、肝を冷やしたのは言うまでもない。


「どうしてそんなこと聞くんですか?」


「いや。この前、って言うか昨日か、一日だけ臨時休業しただろ?」


「あぁ、ありましたね。その日はすること無くなっちゃって、浮夜ちゃんと一緒にお買い物してたんですよ。ね? 浮夜ちゃん」


「えぇ、その後にスイーツバイキングにも行ったわね」


 相も変わらず、仲が宜しいようで。


「で、その日の前日に、偶然昔の知り合いに会ってな。会話に花を咲かせていたら、話の流れでそう言う愛だの恋だの話になったんだ。だから、ちょっと今時の女子高生に尋ねてみたくなったんだよ」


「へぇー。でも、好きな人かぁ。その愛とか恋とかでいう好きな人は、私には特に居ませんね。今は浮夜ちゃんと一緒に遊んでいられれば、それで充分です」


「浮夜もそんな感じなのか?」


「まぁ、概ね唯名と同じですね。恋愛とか良く分かりませんし」


 友達が入ればそれで満たされてるってことか。近頃の高校生は、恋人が居ないことに劣等感を感じたり、焦ったり、恋愛がらみのことで頭が一杯だと勝手に思っていたが、実際はそうでもないんだな。


 俺が学生時代の頃は、そういう奴が大半を占めていたもんだが。時代が流れるに連れて、物事も人の考えも変わって行くってことか。嫌だねぇ、ジェネレーションギャップって奴は、自分がおっさんになった気分になる。


 まだまだ二十代前半だって言うのに。


「そう言うはじめさんはどうなんですか? 恋愛のほうは」


「俺か? この仕事を始めてからはご無沙汰だな、そういうの。それまでは……色々あったっけな」


「なんだか、以外ですね」


「どういう意味だ、こら」


 女に見向きもされないような男だって言いたいのか、この唯名ちゃんは。


「だって、はじめさん。毎日おなじ服装だし、髪型だって万年オールバックじゃないですか。そんなに外見に対して無頓着なのに、意外と経験豊富そうだって思っても仕方がないですよ」


「これが一番楽なんだよ。服装に一々気を向けずに済むし、この髪型にしてると多少髪が伸びても誤魔化せるんだ、散髪代が浮くんだよ」


 そんな反論に成っているようで成っていないことを言って、俺はカウンターに肘を着く。


 さて、そんなこんな有って、俺がどうして恋愛の話を持ち出したのかというと、さっきも言ったように先日、古くからの知り合いに偶然にもばったり出逢ったからだ。それを詳しく説明するために時を少しばかり遡らせて貰おうと思う。


 日付は二日前、営業時間を過ぎて店を閉めた後、買い物に出掛けた頃だ。



「よう、蜻蛉。火男の調子はどうだ?」


 夜、蝉の声がなりを潜め、代わりに鈴虫や牛蛙の鳴き声が合唱を始める時間。


 俺は営業時間の過ぎた店を閉めた後、今晩の食料調達のために近くのスーパーに出掛けていた。その道中のことだ、ふとスーパーという目的地が引き金になり、蜻蛉の家にいる火男の容体がや安否が気になって携帯電話から蜻蛉に連絡を取ったのは。


「あぁ、にのまえさんか。火男の体調なら良好だよ、今じゃちゃんと飯も食えてる」


「そうか、思ったよりも回復が早いな」


 体力は戻って来ているか。だが、心配なのは妖力のほうだな。


 火を体内で燃やし尽くした直後に、陰陽師の弱点を突いた攻撃が飛んできたんだ。本来なら滅せられても可笑しくない状態からの回復はそう簡単に行くものじゃあないはず。体力は回復しても、妖力は体力ほど早く回復しないんだからな。


「用件はそれだけ? 今、晩飯つくっててさ。手が離せないんだけど」


「あぁ、夜遅くに悪かったな、もう切るよ。因みに何を作ってんだ?」


「白身魚のムニエル」


 凄いもの作ってるな、蜻蛉の奴。


「じゃあな」


 蜻蛉が思ったよりも料理上手なことに驚きを隠し切れないなか。蜻蛉との通話を切って携帯電話をポケットに仕舞い込み、また改めてスーパーへと向かう。


 夏とはいえ夜になれば幾許か気温は下がるもので、夜風が心地よく意外と快適だった。もう夏の間はずっと夜になっていれば良いのに、と思わずには居られない。もっとも、もしそんな事に本当になってしまったら、今度は寒くて仕方がなくなるんだろうが。


「あら? そこに居るはもしかしてはじめチャン?」


「ん?」


 そんな下らないことを考えながらスーパーまでの道のりを歩いていると、背後からそう声を掛けられる。


「あぁ、誰かと思えば旦那じゃあないか」


「よっ、久しぶりだね。元気してた?」


 振り返った先にいたのは、俺の古くからの知り合いである、五十嵐雨音いがらしあまねという人物だった。


 五十嵐雨音。今年で確か三十二歳になる、人の名前をチャン付けで呼ぶ気の良い兄さんだ。一見して女のような名前をしているが、旦那は列記とした男なので勘違いしないように。


 身長は俺よりも高く、スマートな体型で何時も衣服を着崩したラフな格好をしている。職業は不明、無職ではないことだけは分かっているが、どう調べてみても旦那が行っている仕事が見えて来ないという謎めいた人だ。その上、異常に羽振りがいいという所が謎に拍車を掛けている。


「元気してたよ、なんとかあの手この手を尽くしてな」


「そりゃあ良かった、その様子じゃあ心配なさそうだね。あっそうだ、このあと時間ある? 久々に二人で飯を喰いに行こうよ」


「おっ、いいな。何処かでゆっくり話して、昔話にでも花ァ咲かせよう」


 正直、飲食店で飲み食い出来るほど金に余裕は無いが、他ならぬ旦那の誘いを断る訳には行かない。


 俺は爪先をスーパーから最寄の居酒屋に向けて、旦那と二人で足並みを揃えて歩みを進める。その途中、居酒屋まで待ち切れずに歩きながらでも昔話を始めたりもしたが、それでも居酒屋に付くまで、そして付いてからも会話が途切れることはなかった。


「いやぁ、そんな事もあったねぇ。あの頃は俺も若かったなぁ」


「なーに言ってんだ。まだ三十二だろ? まだまだ若いって。俺が言うのもなんだけれど」


「そうかな? だと良いんだけどねぇ。まぁあの活力漲るおやっさんを見てると、まだまだ負けてられないね、って気にはなるよね」


 旦那が呼ぶおやっさんとは、俺が呼ぶおっさんのことだ。


 旦那は言霊師じゃあないが、何故か言霊師であるおっさんとパイプを持っていて、俺もそこを入り口にして知り合ったくちだ。何処でどう関係してどうパイプを作ったのかは知る由もないが、もしかしたらおっさんなら知っているのかもな。旦那がなんの仕事をしているのかを。


「そういえば、話は変わるけど。一チャン、恋愛のほうはどうなのよ?」


「どうなのよって、恋愛? んーまぁ、最近はご無沙汰だよ。店のほうが忙しいっていうか大変だからさ、そっちまで手が回らないんだよ」


「そうなの? そりゃあ頑張らないとね。早く店を安定させて恋愛しなくちゃあ」


「んん? なんでそんなに恋愛恋愛って言うんだ?」


「なんでってそりゃあ、若いうちに沢山恋愛しとかないと、年取ってからじゃあ色々と厳しいからだよ」


 厳しい、ねぇ。


「何がどう厳しいんだ? 若くてもそうでなくとも、そんなに変わらないと思うけれど」


「分かってないねぇ、一チャンは。良いかい? 女って生物はさ、歳を追うごとに男に求める条件が増えていくもんなんだよ?」


「条件が増える?」


「そうだなぁ。例えば小学生の頃は足が速いとかドッチボールが強いとか、運動が出来る子が女の子からモテてたでしょ?」


「まぁ、確かに」


「それで小学生から中学生に上がると、今度は顔の良い男がモテるようになる。運動が出来て顔も良ければ最高だね、向かうところ敵なしだ。運動部のキャプテンなんかがそうだよね」


 ふむ。


「それで今度は高校生だ。運動神経、顔の良さと来て次に増える条件は性格だ。運動神経が良くて顔が良くても性格が悪いと相手をして貰えない。これは男を見る目が養えたって言い換えてもいいかもね」


「それで? 次は大学生か?」


「そう大学生。ここまで来ると、さっき上げた条件に更に金が加わる。運動が出来て、顔が良くて、性格が良くて、金を持ってる。そう言う人間が女の子の視線を集めるんだ」


 なんともまぁ、世知辛くて現金な世の中だな。


「そしてそして、大学を出て社会人となった女は条件をもっと増やす傾向にある。何か分かるかい?」


「ある程度の地位だろ? あと年収とか」


「そうだね、大正解だ。有名企業に就職した人間が持て囃されるし、そういう人間はだいたい年収もいい。そうやって歳を取っていく内に、どんどん男に求める条件が増えていって恋愛がし難くなる、相手をしてもらえなくなる。だから、若いうちに恋愛しておいた方がいいんだ。もちろん、今上げた例から漏れる女も居るには居るんだけどね」


 なるほど。


「でも、それって男も似たようなもんだろ?」


「まぁ、そうなんだけどね。でも、同じでも度合いが違うよ。男が女に求める条件なんて高が知れてる。愛嬌があって、性格に問題がなく、そして余程の馬鹿じゃあなけりゃあ大体の男は満足するもんだ。一チャンだってそうだろう?」


「まぁ、否定は出来ないな」


 グラスに半分ほど残ったビールを飲み干して、テーブルに置き戻す。


「それで?」


「それでって?」


「旦那、普段そんな話しないだろ? わざわざ普段しないことをするってことは、それは何か後ろめたいことがあるか、何か頼みごとをしたいってことだ。違うか?」


 俺の問いに旦那は答えない。ビールを飲み干している最中な訳でも、つまみを喉に詰まらせている訳でもないのに、旦那は自分の意思で答えようとしない。図星を突かれた人間が、何かを喋ろうとして言葉を詰まらせるように。


 少しの間があって、ようやく旦那は口を開く。


「……参ったなぁ。俺ってそんなに分かり易かった?」


「いや、最近一筋縄ではいかないような、あっちの仕事が何件かあったんだ。それで敏感になってるだけ、疑り深くなってるだけなんだよ」


 情報を意図的に隠していたり、妖怪が居座っていると思いきや本人が引き止めていたり、噂が流れてるって言ったり言わなかったり。流石に、これだけの事があって、疑り深くならない方が難しいってもんだ。


「そうか、そいつは運が悪かったな。うん、そうなんだ。実は一チャンに依頼したいことがある、引き受けてくれるか?」


「まずは内容を聞いてからだな。何も聞かない内から引き受けるなんて無責任なことは言えない」


 相手が旦那なら、尚更だ。


「まぁ、そうだよね。一チャンが知っての通り、俺って物理的な交渉手段が有効な相手なら、例え異形の者でも自力でなんとかできるでしょ?」


「あぁ、びっくりすることにな」


 そう、旦那は本当に謎の多い人間だ。


 俺みたいな言霊師やあいつのような陰陽師が、出来うる限り最大限の対策をしてやっと対処できる異形の者を相手に、言霊師でも陰陽師でも、ましてや祓魔師でもない旦那は自力でなんとか出来てしまうのだから。


「そういう言い方をするってことは、今回の相手は物理的な交渉手段が無効な相手ってことで良いのか?」


「あぁ、そうなんだ。だから言霊師である一チャンに依頼することにしたんだよ。一ちゃんに依頼したいのは、俺の知り合いにいる女性に取り憑いた、とある妖怪を祓って欲しいってことなんだ」


「取り憑いた妖怪」


「そう。狐憑き、をね」


 知り合いの女性に取り憑いた妖怪、狐憑きを祓って欲しい。


 久々に出逢った懐かしい知り合いの頼みごと、それを引き受けるか否かなんて本当は最初から決まっていたことだった。矛盾しているようだけれど、内容を聞いてみないとなんて一人前みたいな言葉を吐いては見ても、心の中では揺るがなかった。


「分かった。その狐憑き、俺が祓おう」


 どんな内容であれ、旦那の頼みなら引き受けようという気持ちは。

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