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一書店の言霊師  作者: 手羽先すずめ
第三章 飛んで火にいる夏の虫
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飛んで火にいる夏の虫


 たった今だ。たった今、直感的になんの根拠も証拠もなく理解した。こいつが、この陰陽師こそが、火男をここまで追い遣った諸悪の根源なのだと。


「大丈夫ですか? 言霊師さん。なにやら妖怪如きに頭を下げていらっしゃったようですが、弱みでも握られましたかな?」


 俺の身を上辺だけ案じる素振りを見せ、あたかも友好的であるかのような態度を取る陰陽師。


 立場上、便宜な言葉遣いや態度をしているが、その腹の中がどうなっているのかくらい、やすやすと見当がつく。妖怪の殲滅を持って人を護ってきた陰陽師と、妖怪との共存を持って人を護ってきた言霊師は昔から折り合いが悪い。


 だからか、陰陽師の人間には言霊師を見下している奴が多い。妖怪を滅せない、腰抜けやろうだと。


「おやおや、どちらさんかと思えば陰陽師さんじゃあないですか」


 奴の射線上から火男を隠す。


 向こう側の言葉遣いや態度に合わせて立ち回り、陰陽師の射線を自分の身体を持って遮る。そして、術の効果で火男が命を落とすことを危惧し、地面に落とした漢字辞書から体力の回復や傷の治癒が見込める字を抜き出して貼り付ける。


「貴方のような陰陽師がこんな汚いところに来るだなんて、珍しいこともあったもんだ。俺はてっきり家に引き篭もって、助けを求めに来る妖怪達を狩っているものとばかり思ってましたよ」


「これはこれは面白いことを仰る言霊師さんだ、そのような妄言を口になさるとは驚きですな。先程仰られたような事実はありませんよ。当たり前ではないですか、私達陰陽師は例え相手が妖怪であろうと、救いの手を差し伸べますよ」


 白々しく否定の言葉を吐く姿に反吐が出そうになる。


 ほんの僅かな時間、たった数回ほどしか会話を交わしてないが、それだけでもこの胸に込み上げてくる感情を決定付けるには充分だった。


 こいつは俺が一番嫌いなタイプの人間だ。


「そうですか。それはそれは殊勝な心掛けだ、ただ少しばかり配慮が足りていないようで残念でなりませんよ、本当。俺がさっき言ったような噂が妖怪達の間で流れているのが不思議でならない、そのような素晴らしいお考えを持っているというのに」


「恥ずかしながら我が陰陽師は知っての通り多忙のみ。そのような事実無根の噂が流れていると分かって居ても、対処に割ける時間がなかなか捻出できないのですよ。いやぁ、言霊師さんが羨ましい。私も一度貴方がたのようなゆったりとした仕事をしてみたいものですな」


 一々人の神経を逆撫でしてくれるな、こいつ。決して声や表情に感情を出してなんかやらないが。


「では、そのような事実はまったくないと」


「えぇ、誓って」


「一つ、質問しても?」


「なんなりと」


 いい加減、襟を正すのは止めにするか。


「なんで火男を攻撃した」


「そうすべきだと判断したからです」


 陰陽師は立て続けにこう言った。


「その火男というその妖怪は、既に人を襲ってしまっている。少年の腕を掴み、火傷を負わせてしまった。それが例え、事実なき噂が招いたものであっても見過ごせるものではない。彼は罪を犯しました、ですから私は罰を与えなければならない。ご理解いただけましたかな?」


「なるほど。対処もせず噂を垂れ流しにして放置したせいで巻き起こった事件の責任を、総て都合のいい者に押し付けて知らん顔をするつもりか。そりゃあ良いな、良すぎて反吐が出る。俺はよりいっそう陰陽師って奴が嫌いになったよ」


 感情を表に出さず、淡々とおどけるように言葉だけで悪態をつく。


 もはや、会話など無意味なものでしかなかった。言の葉だけではなんとでも言い訳ができる、事実なんてあろうがなかろうが関係が無い。今この場で是非や真偽を確かめることが出来ないのだから、どれだけ言葉を尽くしても平行線を辿るだけだ。


 きっと、向こうも同じことを考えているんだろう。だから俺は御業を使い、漢字辞書からありったけの文字を抜き出して漂わせた。明確な敵意の表現として、俺は構成の構えを取った。


「なんの御積もりかな?」


「自分の胸に手を当てて考えてみれば良いんじゃあないか?」


「……お見通しという訳ですか」


 取り出したるは、俺が作った御粗末な物なんか比べ物にならないくらい精巧に作られた御札。


 隙あらば、またあの水の術を使う腹積もりだったんだろう。隙がなければ、立ち塞がる俺に構わず攻撃していた筈だ。互いに分かってはいたんだ、どっちも立場上ひくことが出来ないことくらい、掲げてきた主義を曲げられないことくらい。


「最後にお聞きします。そこを退いて頂けませんか?」


「嫌なこった。悪いが言霊師には言霊師なりのやり方がある、そちらさんに合わせてやる義理はないね」


「そうですか。なら仕方がありませんね」


 空気が一瞬にして張り詰める。まさに一触即発を体現したかのような状況。


 互いに身動ぎ一つ取ることなく、何れ来るはずの時を待つ。火男の返答を待っていた場合とは、まるで違う緊張感に襲われながら、相手の出方を窺い腹を探り沈黙をひたすら護り続ける。機が熟し、満を持した火蓋が切って落とされるまで。


「あんたら何やってんだ!」


 睨み合いが続く最中。静寂を引き裂いたのは俺と陰陽師そのどちらでもなく、もちろん負傷中である火男でもない第三者による大声だった。


 俺が開け放ち通過した鉄扉の前に立つ陰陽師、その更に向こう側、廃工場の外に声の主は立って居た。妙に聞き覚えのある声音に言葉遣い。それは最早言うまでもなく、姿を見るまでもなく、あいつ本人だった。


「四月一日蜻蛉さん、ですか」


 陰陽師が背後を振り返って、そう四月一日蜻蛉の名前を呼ぶ。


「そうだけど、あんたは誰だ。この状況はなんだ」


 四月一日蜻蛉は、陰陽師を押し退けるように廃工場内に足を踏み入れ、現状を目の当たりにする。倒れた火男の前で護るように立ち塞がる俺を、目の当たりにする。


「私は陰陽師。今、貴方に危害を与えた妖怪を滅しようとしているところですよ。些細な妨害にあっていますが」


 包み隠さず、陰陽師は言った。守秘義務なんて言葉を嘲笑うかのように正直に、ありのままを四月一日蜻蛉に伝えた。


 都合の悪いことだけを伝えず、都合の良いことだけを伝え。あたかも自分が世のため人のため悪鬼羅刹を成敗しようとしている正義の味方であるかのように、決して嘘ではない虚偽を吐く。


「……それじゃあ、にのまえさん。あんたは何をしているんだ?」


「まぁ、見ての通りだよ。火男を陰陽師から護っている」


「どうしてだ? なんで火男を護る必要がある、俺を、人を襲ったのに」


 此処でごちゃごちゃと長ったらしく事実を述べるには、少々時間が足らないな。


「そうする価値があると思ったからだよ。護る価値がある、そう思ったから俺はこうして立っている」


「……分かった」


 四月一日蜻蛉は、そうとだけ言うと身体の向きを反転させ、視線を俺から陰陽師に移す。


「陰陽師さん。あんた確か、俺に危害を与えた妖怪を滅しようとしているって言ってたよな」


「えぇ、その通りです」


「それはつまり、俺が火傷を負ったから火男を滅しようとしている、ってことで良いんだよな?」


「えぇ」


 真意が掴めない。質問に答えた陰陽師は、そう言いたげに表情を崩す。


「あんたが何処で俺の名前とか、火男のことを知ったのかは知らないが。実はこの火傷は、火男のせいで負ったものじゃあないんだよ」


「なんですって?」


 四月一日蜻蛉が言い放ったこと。それは誰にでも嘘だと分かるような、そんな大雑把なはったりだった。


「この火傷は火男に会う前に、俺が不注意で負ったもんだ。だから火男は関係ない。怖い思いも、してないっていえば嘘になるけど、それだけで殺すのは理不尽だ。だから陰陽師さん、悪いけど火男を滅するのは止めてくれねーかな」


「……」


 嘘をつくならもう少しまともな嘘をつけ、と言える状況なら言ってやりたくなるほど雑なはったりだった。


 いきなり何を訳の分からないことを言い出すんだと思ったが。しかし、今の現状況において四月一日蜻蛉のはったりは、非常にありがたいものでもあった。何せ、はったりのお陰で陰陽師は火男を滅する大義名分を失うんだからな。


 それが確実にはったりだと分かってはいても、そう主張する被害者には逆らえない。陰陽師は被害者がいなければ、妖怪を滅することが出来ないのだから。


「どうして、そのような嘘を?」


「嘘じゃねーよ。でも、一つだけ言わせてもらうなら、それはにのまえさんがあんたよりも信用に足る男だからだ。にのまえさんは俺を助けてくれた、だから俺はにのまえさんを信用する、ただそれだけだ」


 たった一回助けただけで、こうも信用してくれるとは思っても見なかった。


 俺が護っている相手は、かつて自分を襲った妖怪だって言うのに良くもまぁ、俺なんかを信用できたもんだ。本当に大した不良だよ、他人の意見に流されずに自分の考えを貫き通せるなんて、並みの人間に出来ることじゃあない。


「そういう事なら、仕方がありませんね。私は此処で失礼させて頂きましょう。それでは」


 潔く食い下がることなく、指二本で挟んでいた御札を仕舞い込み陰陽師は帰っていた。


 立つ鳥跡を濁さず。流石、陰陽師なんて職業をやっているだけあって、去り際のタイミングをを弁えているようだな。予想外なことも起こったが、万事上手く行った。異形の者じゃあなく、人間と戦う嵌めにならなくて良かった。


 やっぱり、同族どうしで争いたくはないもんだ。


「ありがとう、助かったよ、蜻蛉。でも、どうしてこんな所に来たんだ? お前」


「にのまえさんの後を尾行してたんだよ。レジ袋の中に食用油一本だけ入っていたのが見えたからな、もしやと思ったら案の定だ」


「なるほどな。一介の高校生に後をつけられるようじゃあ、俺もまだまだ修業が足りないな」


 浮夜を尾行していた時の付けが廻ってきたというべきか。まぁ、そのお陰で苦労せずに済んだのだから良しとしよう。終わり良ければ総て良しだ、はったりが失敗していたら、とかそういうことを言うのは無しにしよう。結局はスーパーの前で会った時に、俺が何を言っても結末は変わらなかったみたいだしな。


「うぅ……」


 陰陽師が去って一段落といったところ、水の術による攻撃を受け悲鳴を上げた火男が、失っていた意識を取り戻す。苦しげに呻き声を響かせる火男は、御業によって貼り付けられた文字の効力でなんとか持ちこたえている状態で、すぐにでも何処か安全な場所に移す必要があった。


「不味いな。病院……には行けないし、少し遠いが俺の家に」


「それなら俺の家を使ってくれ。少なくともにのまえさんの本屋よりは近いし、俺の家には何かと手当てに必要なものが揃ってる」


「そうか。じゃあ、そうさせてもらう。道案内を頼む」


「任せとけ」


 そうして、俺は御業を用いて火男の巨体を空中に浮かび上がらせ、四月一日蜻蛉の道案内のもと四月一日家へと向かったのだった。



「ほー、それでその火男はどうなったんだ?」


「あぁ、かなり妖力を削られてて危なかったが。蜻蛉の奴が医者の息子とかで、家に常備されている医療品を使って手当てして、なんとかぎりぎり持ち堪えたよ」


 陰陽師と会い見えて、その翌日。


 俺は同じ言霊師であるおっさんに連絡を取り、事のあらましを説明していたのだった。このおっさんは、唯名が初めて此処を訪れた際、付喪神について意見を求めた、あのおっさんである。


「ふん。おめぇが居を構えてる地域を担当してる陰陽師に、そんな噂が流れてるたぁ確かにちっとばかし可笑しな話だな。それで? 連絡をよこしたのは、これを俺に伝えるためだけか?」


「いや、実はだな……」


「なんだぁ? 歯切れが悪いじゃあねーか」


「しばらくの間、自分の家に置いておくって聞かないんだよ。蜻蛉の奴」


「あぁ? 置いておくって、火男をか?」


「あぁ、そうだよ」


 自分で言っていて、まだ言葉の意味をちゃんと理解していない自分がいた。いや、理解はしているが信じられないといった方が適切かな。


 電話の向こう側にいるおっさんも同じようなことを思ったのか。おっさんの質問を肯定した途端に、思わず携帯電話を耳から遠ざけてしまうくらい大きな声で笑い始める。そりゃあ笑いたくなる気持ちも分かるってもんだ。こんなこと前代未聞だ。


「それで? おめぇはなんて答えたんだ?」


「ちょっと待ってくれって言ったよ、考えさせてくれって。仕方がないだろ、まさか妖怪と、それも一度は自分を襲った相手を家に置きたいと言い出すなんて、誰にも予想できねーよ」


「ちげぇねーな。なんでまた、そのわたぬきって奴は火男を家に置きたがったんだ?」


「さぁな。理由を聞いたら、にのまえさんが護った火男だから助ける価値はある、とかなんとか言ってたが。俺にはてんで意味が分からない」


 あるいは、医者の息子として怪我人を放っては置けなかった、とかか? 四月一日蜻蛉はどうやら周りにいる大人、つまりは医者である父親か母親、もしくは両親を嫌っているようで、あの歳で一人暮らしをしている。だから、素直にそう言い出せなかったのかも知れないな。


 それなら一人暮らしの家にあんなにも医療関係の品々が揃っていたのも、医者の親が送って来た仕送りと考えれば納得が行く。


「はっはっはー、良いじゃあねーか、惚れられたんだよ。おめぇは」


「惚れられてた? 俺がか?」


「あぁ。人間、何が切っ掛けで人に惚れるかわからなねぇ。そのわたぬきかげろうって奴は、おめぇに惚れたんだ。同性愛うんぬんを言ってんじゃあねーぞ? 単純に人としてこいつは信じて良い人間だ、そう思ったんだよ」


 うーん、おっさんはこう言っているが、果たして真実がどうなのかは神のみぞ知るって奴だな。人心なんて他人に理解できるものじゃあないし、本人にだって分かるものじゃあないからな。


 しかし、四月一日蜻蛉が俺に、ねぇ。にわかには信じがたいな。


「それでだ、おっさん。俺はどうしてやるべきだと思う? 意見を聞かせてくれよ」


「そうだなぁ。まぁ、良いんじゃあねーか? 少なくとも身体の調子が戻るまでの一時的なもんだろ? その間、妖力の低下した火男は油で火を燃やし尽くすまでもなく、火を生成できないはずだ。だったら何も危険はねぇ、陰陽師も手出しは出来ねーだろ」


「やっぱりか。そうだよなー、うん」


「なんだ、おめぇの方で結論が出てんじゃあねーか」


「いや、後押しが欲しかったんだよ。なんだか、飛んで火にいる夏の虫を、黙ってみているような気がしてな」


「ハッ、蜻蛉が火男に飛んで行くってか? 上手く言ったもんだな。おい」


「茶化すなよ。まぁ、良い意見が聞けた、ありがとうな。もう切るぞ」


「おう、また困ったら連絡してこい。じゃあな」


 通話ボタンを押して携帯電話をポケットに仕舞い込む。


「はぁ……、まぁなんとかなるだろ。たぶん」


 カウンターに肘をついて、そう楽観的に考える。


 唯名と浮夜が来る、放課後を心待ちにしながら。

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