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一書店の言霊師  作者: 手羽先すずめ
第二章 夢幻に沈む月
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夢幻に沈む月


「いいや、その金は受け取れないな」


 浮夜ちゃんが長い長い夢から目を覚ました、その数日後のこと。


 検査やら通院やらで今まで登校すら出来なかった彼女は、今日めでたく学校に復帰し、放課後に親友である唯名と共に一書店まで足を運んでいた。理由は、助けてくれたというか、目を覚まさせてくれたことに対するお礼のためという事らしい。


 入店して早々に差し出されたその手に握られているのは、紙幣の中でも最高額の一万円札だった。


 そうして今現在、俺がその一万円札の受け取りを拒否している構図である。


「どうしてですか?」


「どうしても何も、俺は浮夜ちゃんを助けはしたが、仕事の依頼って訳じゃあなかったからな。あれだ、従業員割引のボランティアみたいなもんだ」


「でも、それでは私が納得できません」


 なかなかどうして強情な奴だな、浮夜ちゃんも。


 良いって言っているんだから、素直に得したと思っておけばいいものを。


「納得の出来る出来ないは問題じゃあないの。別に、俺は格好を付けて、金はいらないって言っている訳じゃあないんだ。そりゃあ喉から手が出るほど金は欲しい、欲しいけれど、仕事以外で学生から金をもらうのは好かないんだよ。俺は」


 金を頑なに受け取らないのは貧乏人なりの意地だ、薄っぺらいプライドとも言う。けれど、その薄っぺらいプライドを大事に持って置かないと、男って生物は腐っちまうんだ。一文の得にもならない邪魔臭くて面倒臭い誇りを、俺達は杖にして立っているんだからな。


「しかし」


「しかしも案山子も駄菓子もない、気持ちだけで充分だ」


「……分かりました」


 やっとのことで説得に成功し、俺は長く息を吐き出した。


 あーでも、片意地張らずに貰っとけば良かったかもな、一万円。唯名のお陰で客足は増えたとはいえ、生活が苦しいのも確かだし、この後自転車も買わなくちゃあならない。


 こういう時、変なプライドを持ってるダメ大人は損だよな。捨てるに捨て切れない、無くしたら自分が自分でなくなるような厄介なプライドだよ、本当。思わず笑っちまうぜ、こんなのでも捨てるよりかは、のたれ死んだほうがマシだって考えちまうんだからな。


「はじめさんって、変なところで頑固ですよね。私、知り合ってもう二週間になるのに、はじめさんって人が分かりませんよ」


「あのな、唯名。世の中には自分の物差しじゃあ計り切れない、大きな器を持った人間がいるもんなんだよ」


「へー」


「せめて真面目に聞いてくれよ」


 既に興味は薄れたとばかりに、俺から浮夜ちゃんの方向に視線を移した唯名は、そんな心のこもっていない生返事を返してくる。


 浮夜ちゃんが目を覚ました次の日には、目の周りを真っ赤にしてはじめさんはじめさんと喜んでいたっていうのに、今ではもう食指が浮夜ちゃんに向いている。最近の女子高生は心移りが激しくて行動が読めない、困っちまうな、まったく。


 まぁ、俺のふざけた回答に愛想を付かされただけなのかも知れないが。


「お会計お願いします」


 どんっ、とカウンターが揺れると共に、浮夜ちゃんの声が飛んでくる。


「これは?」


「私が欲しい本です。ですから、お会計をお願いします」


 俺と唯名が話をしている内に、浮夜ちゃんは欲しい本を選んでいたようで。今、俺の目の前にはざっと見ても約十冊程度の本が積み重なっている。


 幾ら欲しい本があるからと言って、これはちょっと買い過ぎだろうと思ったが。これら総ての合計金額を計算したあたりで、俺は浮夜ちゃんの意図に気付く。合計金額、ちょうど一万円くらいだ。


「何か問題でも?」


 本当にしっかりした女子高生だよ、浮夜ちゃんは。直接わたすのがダメなら、その金額分買ってやろうって魂胆か。まったくもうだ、お客様に此処までされちゃあ本屋としてはこの金を受け取らない訳にはいかないな。此処まで来てまだ断るだなんて、無粋にも程がある。


「はい、うんじゃあ一万円もらおうか」


「はい」


 俺に一万円札を渡した浮夜ちゃんは、少し重そうにしながらも本を抱えて満足そうに笑う。いい笑顔だな、まるで月光みたいだ。


「それでは、私はこれで帰ります。唯名、また後でね」


「うん! ばいばい、浮夜ちゃん」


 よたよたと危なっかしく歩みを進めながら、浮夜ちゃんはこの一書店から去って行った。


 道中ころんだり、人にぶつかったりしないだろうかと不安になるが、まぁ妖怪を利用してまで夢の中に引きこもり続けた浮夜ちゃんだ。そんな彼女が高だか十冊程度の本を持って歩いたところで、間抜けなことにはならないだろう。


「ふふふっ、楽しみだなー」


「なんだ? にこにこして。この後デートでもするのか?」


「うーん、強いて言うならお泊まりデートですね。今日、久しぶりに浮夜ちゃんが家に遊びに来るんです! だから楽しみで楽しみでっ」


「そうか」


 浮夜ちゃんは何時か唯名に見放されるかも知れないと恐れて、夢の中に引きこもった訳だけれど。この唯名の嬉しそうな表情をみる限り、する必要のない心配をしていたみたいだ。しっかり者の浮夜ちゃんもそう言うところで抜けているらしい、完璧な人間って案外いないもんなんだな。


 まさに天が落ちて来るとあらぬ心配をしたという、杞憂って言葉が打ってつけだ。夜空は未だ健在で浮かぶ月は今も夢幻に沈むことなく、気高く月光を放っているんだから。


「そう言えば、浮夜ちゃんは何の本を買って行ったんですか?」


「うん? 知りたいか?」


「はい、それは勿論」


「んー、そうだな。教えてやっても良いが、それは浮夜ちゃん本人に聞いたほうがいい」


「えぇー」


「どうせ、今日は浮夜ちゃんとお泊りデートだろ? その時に聞けばいいさ。きっと、頼み込めば顔を真っ赤にして渋々教えてくれるさ」


「本当ですか? やけに具体的な予想ですけど」


「あぁ、本当だ。保障する」


 だって、浮夜ちゃんが初めて此処に来たときに買っていた本も、さっき買っていった十冊の本も、内容は大体同じ物だったんだからな。


 今よりも友達と仲良くなる方法。長続きする友情の秘訣。簡単、友人との付き合い方。その友達は本当の友達ですか。友達を作る方法百選、上巻。友達を作る方法百選、下巻。何時までも友人と仲良くいたいなら、自分を変えよう篇。何時までも友人と仲良くいたいなら、相手のことを考えよう篇。友達と喧嘩した時には。必読、友人との仲直り。友と過ごす素晴らしき日々。


 タイトルからして、分かり易すぎる。

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