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一書店の言霊師  作者: 手羽先すずめ
第一章 吊るされた少女
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ペンダント


 最寄の駅から徒歩三十分の位置に今にも倒れてしまいそうに佇む本屋がある。


 年季の入った古惚けた書物が所狭しと並び、木の香りとカビの臭いが充満する、古きよき風情を残した昔ながらの本屋。火の着いたマッチ一本でもうっかり落とせば、たちまち燃え尽きてしまいそうなくらい、ぼろっちい店だ。


 その本屋の名前は一書店にのまえしょてん。二の前だから一と書いてにのまえ、と少しばかり風変わりな読み方をする。


 そんな本屋の経営者であるのがこの俺、一一にのまえはじめという名の、よりにもよって一の後に一の文字を名付けられた二十代半ばの男だ。


 そんなに若いのに本屋の経営? なんて疑問に思う人もいるにはいるだろうが、これには深い事情がある。というのも、親父が突然に音もなく蒸発して、爺ちゃんが天に召された今現在、現状として経営者不在となったこの本屋を潰さずに維持できるのは俺だけだったのだ。


 つまりは、居なくなって風来坊と化した糞親父の汚ねー汚ねー尻っけつを俺が拭わされているのである。


 まぁ、こんな風に文句を言ってはいるが、実を言えば読書はあまり嫌いじゃあないし、本屋独特の雰囲気も結構好きだ。最初はなんで俺がと憤慨したものだが、本来あとを継ぐべき親父の代わりをやらされているのは癪に障っても、何れは俺も此処に座っていたのだと考えればそれもまだ我慢できた。


 遅いか早いかの違い。むしろ、早いうちからこういう経験をしておいた方が、のちのちの財産になると前向きに捉えて一から経営を頑張った。


 が、そんな風に心の中で折り合いを付けて、自分を納得させながら精一杯頑張ってきた俺なんだが。どうしても納得も我慢も頑張りも無意味になる、どうしようもない現実に直面した。はてさて、どうしたものか待てど暮らせど一向に客が現れないのだ。


 なぜか皆、揃いも揃ってこの本屋をちらっと見ては素通りして行く、誰もこの本屋に足を踏み入れようとしてくれない。俺なりに客引きもして、無い知恵絞って営業努力もしてきたが、結果は毎日胃袋が悲鳴を上げ続けているしまつである。


 おかげで店の中は閑古鳥の鳴き声が反響して日夜お祭り騒ぎだ、いい加減に祭囃子もうざったくなってきた。


 爺ちゃんが此処に座ってた頃は、もっと大勢の人が客として金を落としてくれていたんだがな。


 馴染みの客は総じて年配の老紳士、老淑女のお歴々だったから爺ちゃんと一緒に天に昇ったのか、それとも爺ちゃんの人望あっての繁盛だったのか。どちらにせよ、なんとかしてこの現状を打開しなくちゃあならない状況にまで追い込まれていることは確かだった。


 どうにかこうにか手を尽くして騒々しい閑古鳥を黙らせないと、何時か本当に餓死するな、こりゃあ。


「あのー、すいませーん」


 なんて、また何時ものように、ずるずると現状の打開策を思案し始めたそんな折。長らく待ち望んだ来客を知らせる声が閑古鳥の鳴き声を掻き消して店内に響く。なんともありがたいことに、御客様が来店して下さったのだ。今ほど御客様は神様だという冗談みたいな言葉が身に染みたことはない。


「はいはーい、こっちだよ」


 開けっ放しの硝子障子の合間を縫って、現れたのは平均的な身長をした女子高校生だった。


 どこか芋っぽく垢抜けない顔つきに華奢な身体からだをした、真っ白なブラウスが眩しい至って普遍的な女子高生。よく見れば可愛く、よく見なければ普通な、たぶんきちんと化粧を覚えれば化けるだろうくらいの容姿をした来客人。


 恐らくは、この近くにある春風高校の生徒さんだろう。巷で可愛いと評判の制服を着ているあたり間違い無さそうだ。なんでも制服の可愛さだけで、進学を決める女子中学生が後を堪えないくらいだからな。俺からしてみれば、どこの学生服もさして変わらないように思えるが。


 まぁ、今そのことは関係ないから、よこに置いておくとして。


「いらっしゃい。見たところ学生さんのようだけれど、今日はどんな御用でしょうか? 参考書? 教科書? それとも課題かなにかですかな?」


「あの、えっと。此処でお払いしてくれるって、聞いたんです……けど」


「あぁ、本じゃあなくてそっちね。それじゃあ、奥のほうへどうぞ」


 腰掛けるたびにいい感じに軋む椅子から立ち上がって、もともと本屋の奥にあるカウンターよりも、更に奥へと彼女を案内する。案内先はとある一室。本屋と繋がる形で広がる大きめの住居スペースに設けられた客室だ。


 決して、現役女子高生を怪しい場所に連れ込んでいる訳ではないので、勘違いしないように。


 冗談はさて置き。此処はさっきから言っているように、客がまったく来ない本屋だ。けれど、あくまでもそれは御本をお買い求めになる御客様に限ってのことだったりする。


 俺の家系の人間は皆、ある特異な御業みわざを親父なり爺ちゃんなりから伝授されている為、本が売れなくてもギリギリ、本当にギリギリ食い繋いでいけるくらいには、この御業を必要とする客がやってくるのである。


 お払いに来たというこの女子高生がいい例だ。彼女もなにか人智及ばぬ摩訶不思議な怪奇現象に悩まされているんだろう。まぁ、それでも一回当たり雀の涙くらいの稼ぎにしかならないんだがな。相手が学生なら尚更だ、十日も持たない。だからこそ本が売れないことが死活問題、早急にどうにかしなければならない改善点なのだ。


 畳が隙間なく敷かれ、壁にやたらと達筆な字で一言一句と書かれた掛け軸が、壁に張り付いているかのように垂れ下がった和風の客室に彼女を通し、俺はお茶と茶請けを卓袱台に並べたのち、向かい合う形で腰を下ろす。


「さて、それじゃあ用件を聞こうか」


 そうして俺が座布団の上に尻を付いた所で、さっそく今日ここに来た理由を聞き出そうと口を開く。だが、そう言えばまだ、あの卓袱台の向かい側にいる彼女の名前を聞いていなかったことを思い出し、言葉に詰まって口ごもる。


「あー、えーっと」


「あっ、私の名前は二唯名したながゆいなっていいます」


「唯名ちゃんね。俺の名前は一一だ。よろしくな」


 目の前でちょこんと正座する、借りてきた猫のように大人しい唯名ちゃん。


 互いに自己紹介も済んだ所で、俺は改めてさっき言いあぐねてたことを訊ねた。そうすると彼女は二度三度と目をちらちらと壁や畳や掛け軸に彷徨わせると、意を決したように俺と視線を合わせて、おもむろに用件を話し始めた。


 彼女が言うには。


「ペンダントが首から外れなくなった?」


「はい、それで困っているんです」


 と、肯定する唯名ちゃん。


 百聞は一見に如かずということで、制服の内側に隠されていたくだんのペンダントを胸元から引っ張り出してもらい、じっくり見せてもらったところ。俺の目から見ても、それは一見してただの綺麗に装飾された首飾り、といった印象しか受けない代物だった。


 首から外れなくなった、という割には鎖も充分に長い。俺のところに来ずとも、外せなくはないように思える。


「本当に外れないのか?」


「はい。ちょっとやってみますね」


 宝石か硝子玉か、どちらにせよ光を反射して煌くトップの部分を指で掴んだ唯名ちゃんは、そのまま上へと持ち上げていく。やはり鎖は弛んでいて、とても外せないとは思えない。けれど、それは顎のラインを越えたか越えないかの辺りで一変する。


「どうした?」


「これ以上、持ち上がらないんです。どんなに頑張っても」


 鎖は尚も張り詰めていない。


 がしかし、相当な力を加えてペンダントを持ち上げようとしていることは、両手の震えから直ぐに分かることだった。どう考えても物理的に可笑しな現象だ。これを幽霊か何かの仕業だと思って、此処にお払いしにきたって訳か。


「ふむ。もういい、ありがとう。本当に外れないんだな」


 深く吐かれた吐息と共に腕の力が抜けて両手が下り、同時にペンダントも重力に従う。


 ペンダントが首から外れなくなったって言っても、実際に困ることなんか特にない。強いていえば、金属探知機に引っ掛かって、飛行機に乗れないくらいか。


 けれど、身に着けたものだ外れなくなるというのは、それだけで結構なストレスに繋がる。歯の間に食べ物が挟まって、どう頑張ってもそれが取れない状況に近い。そりゃあ歯がゆいし溜息も出るよな。


「あの、実はそれだけじゃあないんです」


「というと?」


 口をもごもごさせながら、唯名ちゃんは新たな情報と提供する。


「この鎖、まだまだ余裕があるんですけど。毎日、少しずつ短く成ってるような気がするんです」


「……なるほど」


 鎖が短く、か。外せないペンダント、徐々にだが短くなる鎖。こいつはなんともまぁ、厄介な怪奇現象だな。歯の間に食べ物が挟まった、なんて次元の話じゃあ一気になくなったな。


 一番に思いつくのはあれだな。だが、どうだろう。あれに人間を拘束して絞殺しようとする能力なんてあったか? いや、俺が知らないだけであるのかも知れないが、それにしたって直ぐに殺さずにじわじわと首を絞めに行くなんて不自然だな。


「……外せなくなる前に、何か兆候はあったのか?」


「えっと、今思えばなんですけど、前に一度だけ同じように外せなくなったことがありました。けど、一分もすれば外れちゃったので、その時は何かの勘違いだったのかなって」


 ふむ、兆候は一応あった訳だな。


 だが、今思えばで思い出したんなら、当時はそんなに気にならなかった、印象に残らなかったってことか。


「あの、なんとか成りそうですか? この、なんというか、幽霊が取り憑いたみたいな現象は」


「んー。まぁ、唯名ちゃんの勘違いを一つ正すとしたら、それは幽霊とか悪霊の仕業じゃあないって所だな。幽霊や悪霊は悪さはすれど、悪戯に人を殺そうとはしないからさ」


「幽霊の仕業じゃあない? ……って言うか、ええええええっ!? わっ私、殺され掛けているんですか!?」


 初めは頭上にクエスチョンマークを浮かべていたが、次の瞬間には反旗を翻したかのように態度を一変させた唯名ちゃん。溢れ出す感情を両手の平に乗せて卓袱台に叩き付け、借りてきた猫は虎となって大きく身を乗り出す。


 その振動で湯のみに注いだ茶の水面が荒れて波うち、淵からはみ出しながら崩れた波紋を描く。


「うん? そうだよ。だって、このまま外せもしない、鎖も短くなるってんなら。何時かは首が絞まって窒息死だろ」


「そんな……」


 ぺたんと、力が抜けたように座り込み、自分の首を絞めるように両手を喉元に宛がう唯名ちゃん。その表情は恐怖の色に染まり切っていて、目に涙を浮かべている。しきりに弱々しく、どうしようどうしようと呟いているのを見る限り、自分が殺されかけているだなんて、思いもしなかったみたいだな。


 そのくらい少し考えれば分かることだと思っていたが。どうもこの様子じゃあ分かっていても見て見ぬ振りをして、無意識に考えないようにしていたのかもな。流石に配慮が足らなくて、ちょっと言い方が悪かったか。


「まぁ、でも。此処に来たからにはそう悲観することもない。幸いにも、見たところ鎖が首を絞めるまでまだ相当な時間が残っているはずだ。その猶予の内で俺がなんとかしてやるさ」


「本当ですか?」


「あぁ、任せておけ。きっと助ける」


「……はい」


 けれど、その表情は畏怖の色を色濃く残したまま、微動だにしない。


 それも当然か。なにか得体の知れない物が何時の間にか身体から外れなくなって、あまつさえじっくりと自分を殺そうとしているのだから。寧ろ、こんな状況でいきなり明るくなって、飄々と口笛でも吹きだす方が可笑しい。気でも狂ったのかと思う。


「よし。それじゃあ効果はあまり望めそうにないが、一つ試してみるか。ちょっと待ってな」


 不安がる唯名ちゃんのため、助けようとする意思が俺にはあると明確に示す必要がある。具体的には何か適当なことをやって、成功する見込みもなく解決を図る手段を実行するのが手っ取り早い。


 なので、そうとだけ言って座布団から立ち上がり、襲い掛かる足の痺れに打ち勝ちながら襖を開けて、この場を後にする。唯名ちゃんを一人にしてしまうが、これも準備のためだ。心細いだろうが少しくらいは我慢して貰おう。


 目的の物を探して家の中を徘徊する。最期に使ったのは何時だったっけな、確かこのまえ針金を切るときに使ってそのままだったような。そうやって記憶の引き出しを開けては閉めて、五分くらい時間を掛けて捜索し、目的の物を見つけ出した俺は足早に客室へと舞い戻った。


「お待たせ。はいこれ」


「これってペンチ……ですか?」


「そうだよ」


 途端に訝しいものでも見るように、眉間に皺を寄せた唯名ちゃん。そして舐めるように全体像を眺め、玩具で遊ぶように開いたり閉じたりを繰り返す。数秒間そうして、どうやらなんら特別な物でもなさそうだと気付き始めると、ペンチに向いていた視線がこっちを向く。


「あの……これって、何か特別な御呪おまじないなんかがしてあったりは」


「しない」


 ですよね、ペンチだもん。そんな呟きが聞えた。


「簡単な話だ、外せないなら壊してしまえばいい。短絡的な発想だが、だからこそって場合がたまにある」


「……でも、壊そうとしたりなんかしたら、余計に事態が悪化するんじゃあ」


「かもな。だが、大丈夫だろう。たぶん」


「たぶんって」


 たぶん、大丈夫な筈だ。俺の予想が当たっていれば、そのペンダントは何をされようと反撃しない。現在進行形で殺しに掛かってはいるが。


「うぅ、そんな言い草じゃあ不安が残りますよ。やるなら代わりにやって下さいよぉ」


「べつに俺が代わりに切っても良いが。そうした場合、間違って肩とか腰とかの周辺に手が当たっちまうかも知れないぜー」


「じゃっ、じゃあ良いですっ。自分でやりますっ」


 下劣な顔をして手をわきわきと動かして見せてやると、自分で自分を護るように諸手で肩を抱き、身体を抱き締めた唯名ちゃん。我ながら俳優ばりの演技力だなと自画自賛しつつ、ためらいつつもペンチで鎖を挟んだ唯名ちゃんの動向を伺う。


「……んっ、んんっ。ダメです、切れません」


 若干の間を置きつつも意を決したように、精一杯の力が込められてペンチは握られる。けれど、何度唯名ちゃんが切ろうと試みても、その鎖には傷一つ付くことはなかったのだった。


「ふむ」


 自分の意思では外すことも、壊すことも出来ないか。まさか非力過ぎて断ち切れないなんて訳じゃあないだろうしな。この様子だと、他人の俺が同じことやっても結果が変わることはないだろう。しかし、不可解だな、こんな事例は聞いたことがない。


「それって、誰かからの贈り物だったりするのか?」


「え? あっ、はい。よく分かりましたね。これは私のお祖母ちゃんが、亡くなる少し前にお守りにってくれたんです」


 さっきためらったのには、祖母の形見だったから、っていうのもあったのか。でもだとしたら、もう間違いはない筈なんだが。何百年も存在し続けて来て、今更性質でも変わっちまったのか? ただでさえ昔とは違って昨今衰退が著しいって言うのに。



「おっと、もうこんな時間か」


 他にも色々と事情を聞いたりして話し込んでいると、気付けば辺りは暗くなり始めていた。


「もう唯名ちゃんは帰った方がいいな。そのペンダントについては、こっちで色々と調べて対策を練っておく。だから安心して今日のところは家に帰りな」


 夜は危険だ、いつ若い女の子を狙って変態が姿を現すとも限らない。場合によっては、変態よりもっと厄介な奴に遭遇するかも知れない。だから、出来るだけ憂いを残さないように言葉を選びながら、俺は家に帰るように唯名ちゃんを促がす。


「……はい、分かりました。あのっ、また明日、此処に来ても良いですか? 私、不安で」


「あぁ、怖がらせちまったのは俺だからな。それくらいなら、全然大丈夫だ」


「ありがとうございますっ」


 最後に連絡先と名前だけ紙に書いてもらい。店の外に出た唯名ちゃんはぺこりと礼儀正しく頭を下げて、自分の家へと帰っていった。


「やけに達筆だな。唯名ちゃん」


 連絡先の書かれた紙を片手に、俺は唯名ちゃんの背中が見えなくなるまで見送ると、開けっ放しの硝子障子をきっちりと閉めて鍵を掛ける。そしてカーテンを引いて店内を完璧に隠蔽すると、ちょっと早いが今日のところはこれで店仕舞い。


 営業時間はまだまだ残っているが、閑古鳥がまた鳴き出そうとしている以上はどちらにしろ同じことだ。それよりも人命第一。時は一刻を争う訳ではないけれど、それでも何時なんどき事が急を要するとも限らない、という心構えも必要だ。


「さてさて、それじゃあ始めるとするかな」


 誰の目も届かないこの場所で今から俺が行うことは、聲なき声に耳を傾け文字を自在に操る、言霊師と呼ばれた人間の御業。人ならざる者から人を護るために編み出された、あまり人に見られてはいけない行為だ。

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