13:彼はいまを生きている
その日遅くになってから大学の研究室に立ち寄ると、アトリエの明かりがまだ点いているのに気付いた。
「ったく、こんな時間まで残ってるガキはどこのどいつだ」
悪態を吐いてアトリエに向かう。卒業制作などで遅くなる場合、基本的には大学の方に事前に申請していれば問題はないのだが、こういう大学にくるガキどもは大抵そういう規則には疎いか、知っていても無視を決め込んでいる奴が殆どなので、毎日のように事務の方から苦情が来るのだ。
別に奴等が遅く残っていようが、それで問題が起きようが俺にとってはどうでもいいことなのだが、最終的にはそのしわ寄せは俺のところに来ることになる。面倒事は断じてご免だった。
「おら、事前申請してないガキどもはさっさと家に帰りやがれ!」
アトリエのドアを開け放ち、そう怒鳴った俺が見たのは、一人黙々とカンバスに向かう見覚えのない女生徒だった。
「…………」
無表情――というよりは、冷たさを帯びた顔つきをしていた。他人を拒絶する尖ったような気配を全身にまとっていて、まるで針鼠。黒のジーンズに白いTシャツという格好で、そのところどころに絵の具がこびり付いている。
似ている――と思った。
顔とか、雰囲気とか、そういうものじゃなく。
その本質が。
だから、たまらなくなった。どうしようもなくなった。そんな姿を見せられて、放っておけるはずがなかった。
結局――俺はいつも、結末が分かりきっていても、どれだけ遠ざけようとも、正しいことをせずにはいられないのだ。
そしてどんな傷だって、大切な傷だって過去のものにして、何食わぬ顔をして生きていくのだ。
「絵は、決してお前を、救いやしない」
だから、俺はその言葉を口にする。間に合わなかった何かを間に合わせるため。
身体に受けた傷から学び、それを過去にして。
愕然とした顔で、こちらを振り向いたそいつを見て、ああ、綺麗だな、といつかのように俺は思った。
――そして、あの日々は、またさらに過去になった。
ここまで読んでくださり誠にありがとうございます。
この物語はこれで終わりとなります。
少しでも、どこかの誰かの心に残ればいいな、と思いつつ、結びとさせていただきます。