10: いなかった
いつになったらこの作業は終わりを告げるのだろう。
自分でも全く見通しが立たなかった。明日にでも終わるような気がするし、一年経っても終わらないような気もする。
「栄くん、この間ね、初めてあの子と一緒に料理をしたのよ」
「…………」
「どこで覚えたのか、包丁さばきとか凄く上手でね、味の方もびっくりするぐらいちゃんとしてるのよ」
「…………」
「私ね、ああいうのが夢だったのよね。ああいう風に……ただ、普通に親子が出来れば、それだけで満足で、他には何もいらなかったのに」
「…………」
「本当――嬉しかったのよ。ああ、ようやく……ってね」
「…………」
「でも……なんだか…………」
「…………」
「なんだか、わからなくなっちゃった。何が正しくて、何が間違っているとか」
「…………」
「おかしいわよね。こんなこと、まだ高校生のあなたに話すなんて」
「…………」
「でも、この年になっても、私達は何にも分かっていないのよ。分かっているつもりになっていただけで、本当に、何も。社会的成熟と人間的成熟っていうのは、全然、違うものだっていうことすら」
「…………」
「……あの子、時々、自分の部屋からここを見下ろしていたのよ。アトリエから漏れる光を、まるで年老いた老人のような、疲れ切った顔で」
「…………」
「人類が絶滅したあとの太陽の塔っていうのは、あんな感じなのかしらね」
***
「――――――――――――――――――――――――――」
「……………………」
「――――で、――――だから、――――――――――」
「…………」
「――――――――――――」
「…………」
「――――――――」
「………………」
「――――――――――?」
「…………」
「――――」
「……」
「――――――」
***
「沖澄……君は間違っていないよ。ああ、確かに、間違っていなかった」
「………………」
「他にどうすることも出来なかった。これが、正しいやり方だったんだろう」
「…………」
「でも……」
「…………」
「…………」
「…………」
***
「……ねえ、兄さん」
「…………」
「ぼくには、何も分からないよ」
「…………」
「どうしてなんだろう? どうして……なんだろう」
「…………」
「ぼくは、何も分かっていなかったんだ。ぼくだけが……子供だったんだ」
「…………」
「ねえ、答えてよ。答えてよ――兄さん」
「…………」
「僕は…………」
「…………」