第八章 愛情
留美菜の会社での出来事である。
昼時を迎えた会社では各々昼食を取る為に、
外出する者や、自分のデスクでお弁当を広げる者が居た。
留美菜は今日は、お弁当を持参している様だった。
白いバケットをバックから取り出すと、蓋を開けた。
そこには明らかにコンビニとは違う、豪華なサンドイッチが入っていた。
それを見逃さない女性社員達が、
自分のデスクから、留美菜のお弁当を見詰めていた。
そして隣の席の吉崎 美祢が、
サンドイッチを見詰めながら、羨ましそうに、「良い彼氏を射止めたわね。
大喧嘩の末には手懐けたか」と、呆れていた。
無論、無意識にたかる様にやって来る、他の女性社員達だった。
全て目線はサンドイッチに集まっていた。
そして二つ年上の、岬 芽衣子が、「噂のあの店の、
有名シェフが作ったサンドイッチは、流石に豪華ね。
パンの耳なんて付いてるし、しかもポテトサラダが、
パンから少しはみ出している所が、憎いわね」と、嘆いた。
すると他の先輩女性社員達も、評価の嵐を巻き起こす。
年配の女性社員の一人、幹谷 ちずるが、
腕を組みながら、「この新鮮トマトに絡んでいる、ミートソースが堪らないわね」と、
首を傾げると、やはり他の年配の女性社員の、井手 智子も、「このレタスに少し、
イタリアンドレッシングが掛かっている所が、そそられるわね」と、羨ましそうに答えた。
そして留美菜寄りも会社では一つ先輩に当たる、同じ年の女性社員の加藤 美奈代も、
羨ましいそうな目つきでサンドイッチを見詰め、「レタスだって新鮮で、
ポテトサラダだって、コンビニの奴とは見栄えが違うし、
このパンのカットの仕方だって斬新よ。
いいわねー」と、妬む様に答えた。
今にも、たかられそうで、手が出そうだった女性社員に対し、
留美菜は顔を強張らせて、「コンビニで私の好みのサンドイッチを、
横取りしたお詫びに作ってくれたの」と、言い放つと、
より女性社員達に、反感を買う羽目になる留美菜だった。
芽衣子、「横取りした代償に、
その豪華な手作りサンドイッチを、プレゼントされたの。
魅力が有る子は羨ましいわね」と、愚痴を吐いた。
美祢、「今の彼氏を大事にしなさいよ。
神崎さんみたいな、へそ曲がりと付き合ってくれる男なんて、
そうは居ないわよ。
あれだけ大喧嘩しておいて、
こんな愛情こもったサンドイッチを作ってくれる男なんて、
宝くじが当たったのと同じ事よ」と、忠告した。
それに対し女性社員達は皆、納得していた。
すると留美菜は、
バックからお食事券を取り出して、「特別に三千円コースの50%割引券、
君の女性社員達に渡してくれないかと、頼まれたから上げる」と、
側に居た女性社員達に配ると、女性社員達は態度が一変した。
どもりながら美祢は、「さ、三千円の50%ダウン、
お一人様千五百円で、あの有名店のコース料理が食べられる」と、驚き喜んだ。
芽衣子は券を手にして、
やはりどもりながら、「あ、あー、まあ今後、
神崎さんとあのシェフの付き合いがある限り、
我々はお食事割引券を貰い続けられる訳でね」と、美奈代に問いかけると、
美奈代も、「えーと、そのー、あはははは、
お互いの幸運を祈りたいと思う我々だから」と、急に褒め言葉が思いつかないので、
咄嗟に態とらしく称えたのであった。
実は豊はこう成る事を察知して、会社でサンドイッチのバケットを開く前に、
女性社員に、『お食事割引券を渡せ』と、留美菜に支持していたが、
留美菜は女性社員の態度が、どう変わるか観察したかったので、
態とバケットを先に会社で開けたのであった。
幼い頃から留美菜は、人の本質的な所を引き出すのが、得意であった。
留美菜は会社の帰りは決まって、
豊が働いているレストラン、Deliziosoの裏口から入り、
店の控え室で留美菜は 一人で豊に、ディナーを持て成されていた。
彼女は過去の出来事を思い出すと、
今置かれている立場が幸せと感じていた。
元彼に惨い捨てられ方をされ、尚且つそれを押し返す様に、
元彼から縁り戻しの催促の電話が、止まない毎日から開放されて、
今は愛情が込められた、自分を愛してくれる人からのディナーに、
心を打たれていたからだった。
今、留美菜はコンビニで、豊と一つのサンドイッチを巡り、
喧嘩した事を後悔していた。
食材は余り物で賄い料理では有ったが、
やはり元有名シェフが作る料理には、とても深い味わいが有った。
特にトマトベースの海鮮類が豊富に入れられたスープは、
絶妙なハーブとの兼ね合いの、まるで異国を感じさせる味わいで、
香り豊かでこくが有った。
豊は客に出す料理と交えながら、留美菜に持て成す料理も、
特別に愛情を込めて作って上げていた。
彼は留美菜に料理と言う形で、愛情表現を示している毎日であった。
それは豊でしか真似の出来ない、最高のラブレターとも言える物であった。
店も営業が終わり二人は帰宅した。
夜も10時を回る頃道中二人は人の気配が無くなると、手を繋いで寄り添った。
留美菜は徐に、「私に御馳走した後は、あなたが私を御馳走になるのね」と、
嫌味気に語ると豊かは顔を強張らせ、「そう言う事を言うのかよ。
なら今日はここで別れようぜ」と、留美菜と繋いでいた手を放して、
そそくさ先に歩いて行った。
留美菜は咄嗟に豊に寄り添った。
留美菜、「ちょっと照れ臭かったの」と、俯いた。
それを聞いた豊は、「幾ら照れ臭いからと言っても、その表現は損だぞ。
俺だけに言うならともかく会社の対人関係で、
社員を怒らせてしまうだけだろ」と、忠告した。
留美菜は言い返す言葉が無かった。
事実であったが為に。
豊はそんな留美菜に振り向いて溜息を付いたが、また手を繋ぎ直した。
そして豊、「一番君が照れ臭い事それは、
営む時よりもこうやって君に触れている時だろ。
はっきり言えば今俺が手を繋いでいる理由は、その先Hをしたいのか、
ただのスキンシップなだけか、判断に迷うからだろ」と、問いかけると、
留美菜は、「言わないでよそれを。
私だって直そうと努力しているのだから。
ただのスキンシップだって解っているけど、
体が言う事を利かないの」と、反論した。
そんな留美菜に豊は、「体では無く精神面だろ。
『何時も営む時は徐々に来てくれないと、
体がこう着してその気に成らない怖がり』だと言うだ。
前の彼氏みたいに、自分が営みたい時にだけ、
抱かれる事が嫌なのだろ。
つまりトラウマに成ってしまったのさ」と、悟ると、
留美菜は、「今考えると酷い男だった。
いつの間にか私は抱かれる事に相手の愛情か欲望か、
解らなく成っていたのね」と、後悔した。
それを耳にした豊は自分の過去も思い返した。
そして豊は、「結局俺も、同じ事をして来たな。
形は違うが仕事ばかりで亡くした妻の、
言いたい事など聞いて来なかった。
常に俺の意見が 一番正しくて、俺に従っていれば、
必ず彼女は幸せに成れると、高飛車だった。
今考えると、俺は愚か者だ」と、自省した。
すると留美菜は、「あなたが羨ましい」と、答えると、
豊は、「へ」と、驚いて留美菜に振り向いた。
留美菜、「あなたは私を見て、我が振りを正そうと努力出来ている。
私はあなたを見ても我が振りを直せない。
何処か対抗心が芽生えてしまい、
必ずあなたが私に与えてくれる好意を否定する。
どうしてだろう、何故だろう。
決してあなたを愛していない訳じゃないのに」と、顔を曇らせた。
豊、「照れ臭さが邪魔をして、否定しないともどかしいから、
嬉しいけど、反論する態度を示す。
相手の本質を見たいから、褒められたりすると、それを覆す態度を示す。
そうする事で、本心か嘘か見極めたいから、無意識に覆す。
だけど相手には、不快感を与えてしまい、
対人関係で、敬遠されがちになる」と、貫くと、
留美菜は途方に暮れた。
それを見た豊は、「負けず嫌いなのさ。
負けず嫌いは、負けず嫌いの事がよく解る」と、確信を持った。
留美菜、「意地っ張りでもあるの。
あなたもでしょう」と、告げると、
豊は笑いながら、「その通り、俺も意地っ張りなのさ」と、
留美菜に微笑んだのであった。
それを聞いた留美菜は、「私の負けよ」と、答えた。
そんな留美菜に豊は、不思議そうな眼差しで、「何を示して、
負けだと言うんだ」と、問い掛けた。
留美菜、「自分の非を認められる、勇気が有るから。
私はあなたを見て、我が振りを正したくても、
私は本質的な心が許さない。
何処かで意地を張っていて、本心で謝れない。
本当は私も、あのコンビニのサンドイッチの件についても、
あなたに謝りたいけど、それは本心ではないの」と、塞ぎ込んだ。
そんな留美菜が急に恋しくなった豊は、
留美菜の肩を抱き寄せた。
そして豊は、「それで良いだろ。
あれは俺が意地を張って、君からサンドイッチを奪ったんだ」。
すると留美菜は、豊の肩に頭を乗せて、「もう一つ謝って欲しいの」と、ねだった。
豊、「ああ、謝るよそれはなんだ」と、問いかけると、
留美菜は、「私の心を奪った事」と、答えた。
豊、「どうしたら償えると」と、尋ねると、
留美菜は、「優しく一晩中、抱きしめて眠りに付いてくれればいい」と、語った。
豊はその時、より強く留美菜の肩を、抱き寄せるのであった。
今宵二人は、豊のマンションでお互いの心の傷を、癒し合うであろうか。
港は穏やかな海を、演じていたのであった。
次の日。
留美菜の会社では女性社員が、
イタリアンレストランDeliziosoの、
50%の割引御食事券を頂いたので、
留美菜を交えて店を訪ねる事にした。
店内に入るとやはりカンツォーネが流されており、
壁にはナポリのサンテルモ城の、タペストリーが飾られていた。
白熱電球で照らされていた店内は、とても上品な雰囲気を出していた。
即店内に入るなりギャルソンがやって来て、「お待たせいたしました。
神崎さんで予約された方ですね。
店のシェフから聞いております。
どうぞこちらへ」と、席に案内される女性四人であった。
ギャルソンも毎日裏口からやって来る、
留美菜なので知れた仲であった為に、
顔を見れば名前を言う必要も無かったが、
営業中なのでギャルソンとしての、仕事をこなすのであった。
店の奥に通された四人は、四人掛けのテーブルの椅子に座り、
辺りを見回していた。
店の中はイタリアの田舎街を思わせるか、
品の中にもアットホームな創りで、疎らなお客は楽しそうに、
会話を弾ませていた。
するとそこへ白ワインを、手にしたギャルソンが現れた。
四人の目の前で、手慣れた手つきでコルク抜きでコルクを抜いた。
テーブルに置いて有った逆さに置かれた、ワイングラスを一人一人、
表に返してワインを注いで行く。
何気なく心配そうにその光景を見詰める、
留美菜の会社の女性社員を横目に、
微笑むギャルソンは、「これはシェフ松永からの、
差し入れで御座います」と、丁寧な口調で告げた。
すると留美菜は、「有難うと伝えておいて」と、答えると、
ギャルソンは、「はい、松永の大事な客人で御座いますので、
存分に持て成す様にと言付けを預かっております。
安心して料理を堪能して下さい」と、四人に告げると、
四人同時に微笑んだのであった。
この雰囲気に翻弄されるかの様に、留美菜の同僚は妙に緊張していた。
早速前菜が運ばれて来ると、その創作料理の鮮やかな色彩に目を奪われ、
言葉を無くした同僚達であった。
贅沢では無かったが下地にはホワイトソースが掛けたれ、
アスパラガスの上に小海老が置かれ、
細かく切ったオリーブが掛かっていて、
細かく刻んだ皮無しのレモンに、
イタリアンパセリも添えられていて、
オリーブオイルが少々掛けられていて、
皿の周りには紅白に置かれた、少し火で炙ったサーモンと、
白身の薄切りで鯛が添えられて、香りを漂わせていた。
早速食す四人はそのイタリアンテーストに、
酔いしれるかの様に味わっていた。
何気なく芽衣子はフォークとナイフを皿に置き、
ワインを一口飲んで、「でもこんな田舎で、
こんな美味しい料理を演出するなんて惜しいわね。
新宿や池袋辺りで、出店した方が余程客が入るのに」と、提案した。
その時、留美菜は何も答え様とはしなかった。
その表情を見た美祢は、「ねえ、どんな訳があるのよ」と、
留美菜に問いかけると、
留美菜は、「都心部は競争が激しいの。
だから都心から離れて、静かな田舎で店を営みたいの」と、語った。
その時、同僚はあまり納得しなかったが、「へー」と、気の無い返事をした。
美奈代、「それで、彼とはどうなのよ」と、意味深げに切り出すと、
留美菜は、横を向きながら、「どうって普通よ」と、食べながら答えた。
それを見たちずるが、「その態度で解るわよ、
普通では無い事は」と、強く強調すると、
留美菜は何食わぬ顔で、「食べたはよ彼も」と、一言。
するとあまりに大胆な発言に、黙り込む同僚達であった。
そして嫉妬した、ちずるは、「あんた結局、
コンビニのサンドイッチを彼に奪われた代償は、
彼の全てを奪う事だったのね」と、中傷した。
美奈代はその時、口を挟んで、「ちずる先輩やめて下さい。
その恩恵を受けてるのは私達でしょ」と、忠告した。
そしてまた、黙り込む同僚達であった。
その後、会話も無く食を進めていた四人であったが、
来店した時は客は疎らだったが、気がつくと満席であった。
田舎ではあったが、やはり熟練したシェフが営む店だけに、
評判が良く噂を聞き付けた客が来店する様で、
この四人が来店した時は、とても静かな空間であったが、
客が入ると賑やかな会話で、この場の空気も弾んでいたのであった。
この四人も先程までの重い空気から一転して、
ワインの酔いも程良く回り笑顔で会話が弾んでいた。
そしてこのテーブルにメインディッシュが並べられた。
同僚達三人は小さく手を叩いて喜んだ。
ローストビーフにバルサミコスと、
赤ワインをベースに作られたソースが掛けられ、
仄かに黒コショーの香りを漂わせ、皿の周りにはパルメザンチーズの、
スライスが飾られていた。
その脇にはスイスチャード・トリエステの上に、
オリーブオイルが掛けられていた。
色合いも鮮やかで食をそそった。
嬉しそうに食べている四人のテーブルに、一人の男性が佇んだ。
その男性はシェフの松永 豊かであった。
それを見上げる四人に豊かは、「御堪能頂けている様で、
どうですか今日の料理は」と、尋ねられる四人は、
留美菜を残し三人同時に顔を下げて、「美味しく頂いています」と、礼を言った。
すると豊かは微笑み、「この間は割烹料理屋で、大変お見苦しい所を、
お見せしてしまい申し訳在りません」と、頭を下げた上で、
豊、「それと彼女との交際について、
会社ではお見苦しい気持ちにさせてしまい、
申し訳有りません」と、謝ると留美菜の同僚達は後ろめたさに俯いた。
それを見た上で豊かは、「これから彼女の分意外にも、少なからず留美菜には、
会社の方達にも店のサービスとして、
軽食を持たせますので是非御堪能下さい」と、告げると、
同僚達は苦笑いで、「有難う御座います」と、答えた。
豊はここで、同僚達に留美菜が妬まれぬ様に、
それを捻じ伏せた様であった。
これも留美菜に対する、豊かの愛情である事は間違いなかった。
そんな気持ちが留美菜に伝わると留美菜は、はにかむのであった。
豊は仕事も終わり、留美菜と一緒に夜道を歩いていた。
留美菜は機嫌が悪い。
それを横目で見ながら豊は、「俺が何か悪い事でもしたか」と、呟くと、
留美菜は歩きながら、「何よあの態度、
どう言うつもりであんな事言ったのよ」と、激怒した。
豊、「それは女のメンツを、傷つけたと言いたいのか」と、呆れた。
留美菜、「恥知らず」と、言って口を噤んだ。
豊、「そうか悪かったな」と、謝ると、
留美菜は、「私の愛情だと思っる様だけど、
大きな間違いよ」と、言って顔を強張らせた。
留美菜は必ず、心とは裏腹な態度を示す。
それを知っている豊は、「そうか反省するよ悪かった」と、やはり謝ると、
留美菜は、「そうよ余計なお世話よ第一会社の同僚に、
あたかも得意気に、私の彼氏だと言う様な態度で、現れる事が失礼よ。
何様のつもりなのよ。
私の体を奪ったからって、私を操れるとでも思ったの」と、裏腹心を爆裂させた。
すると冷静な態度で豊は、「正直俺の君に対する気持ちを言うよ。
俺は君を抱いたからと言って、君を操ろうとは思っていない。
俺は変わるつもりだ自分を変えて見せる。
俺は君と同じだった。
妻を亡くす前までは。
そうやって本心とは違う態度を人に見せて、関わる者全て従わせて来た。
強がる事が、自分の強さだと思って来た。
でも無くして初めて解った事それは、本当の弱さを人に曝け出し、
馬鹿にされ様がけなされ様が、自分の信じた道を頑なに貫き通す事が、
本当の強さだと気づいた。
俺は君を見て我が振りを見詰め直した。
正直言うよそんなに気にいらなければ、俺を馬鹿にするがいい、
でも君の気持ちがあの時、痛感出来たから、
君の同僚に俺はあんな態度を示したんだ。
同僚に噂されている俺達の事が、
腹立たしいから君は俺の事を『食ってやった』と、
あの場で答えたんだ。
そうだろ」と、訴えると、
留美菜は躊躇いながら、「どこまで高飛車な男なのよ。
あの時は私は大人しくしていたけど、私があんたを食ったのよ。
それだけは忘れないでよ」と、言いながら、豊に寄り添う留美菜であった。
その後を付けていた、例のモテない同僚の三人は電柱の影に隠れて、
羨ましそうな面持ちで、この場から過ぎ去る二人を見ていたのであった。




