第五章 意欲
オカルト小説家 斉藤 すみれは、
自分の机でノートパソコンを開き、寝てしまったのであった。
そして朝を迎えた。
何気なく目を覚まし、ノートパソコンを見詰めていたが、
書いた文章を保存してパソコンの電源を落とした。
そして財布を持って外に出た。
近くのコンビニに行くと棚にはサンドイッチが、一つだけ売れ残っていた。
それをボーっと見詰めていたすみれ。
すると若い男性がやって来てそのサンドイッチを掴み、
すみれに振り向いて、「いいッスカ」と、訪ねられると、
すみれは、「あ、はいどうぞ」と、サンドイッチを譲ると、男性は何も言わず、
一つだけ残っていた、サンドイッチを掴んでレジに向かった。
そして溜息を付くすみれであった。
オカルト専門で書いて来たすみれにとっては、恋愛小説など無縁で、
この先どう書けば良いか途方に暮れていた。
結局コンビニでジュースだけを買って、帰るすみれであった。
コンビニの道路を挟んで、向かい側の店を見詰めるすみれ。
その店は牛丼屋であった。
家路を歩いていると、
編集部の小野田 洋子が前方から駆けて来て、「すみれさん」と、
手を振っていた。
そしてすみれの前に来ると息を荒げたまま、「すみれさん、
留守の様だったので心配しましたよ」と、一言。
それに対しすみれは、「なんで心配するのよ」と、問いかけると、
洋子は、「だって書けなくて、行方をくらましたかと思いました」と、告げた。
すみれはいささか洋子のその発言に対し、
頭に来た様で、「あらそうなの、私に信用が無くなったのね」と、呆れると、
洋子は、「だって、編集長から『逃がすなよ』と、
念を押されたから」と、本人には告げなくても良い事を、
何も考えずに言ってしまった。
するとすみれは、いきなりダッシュで駆け出した。
洋子はその時、「すみれさーん」と、大声で名前を呼びながら、
すみれを追い駆けるのであった。
自分のコーポの近くに小さなイタリアンレストランが在り、
そこに逃げ込むすみれ。
もう走り疲れてフラフラになり、店を訪れる洋子の姿があった。
その後すみれは涼しい顔でカプチーノを飲み、
洋子は何も注文せず、額の汗をハンカチで拭いていた。
そして洋子が、「振り回さないで下さいよ」と、怒った。
それを聞いたすみれは、「どちらが振り回しているのよ、私はオカルト専門よ」と、
やはり涼しく答えた。
洋子、「もうオカルトは流行らなく成りました。
日本は電気製品だけでは無く、物語まで韓国に負けています。
韓流ブームにのっとり我が日本でも恋愛小説を、
我が出版社でも求めています」と、必死な思いで告知した。
それに対しすみれは、「流行らないとは言いながら、
結構期待している私のファンも多いのよ、
ネットでも評価は高いんだから」と、不貞腐れた。
洋子、「でもですね。
多く幅広く支持を得るには、恋愛小説の方が効果的なんです」と、念を押した。
すみれ、「なぜそんなに、私に期待するの。
私以外でも恋愛小説を書く作家は、五万と居るわ」と、反論すると、
洋子は俯いた。
それを見てすみれは、「何よ、何が言いたいのよ」と、尋ねると、
洋子は、「この間も言ったでしょ。
我が出版社は、電子書籍に負けそうなんです。
電子書籍のお陰で、ペーパー小説だけで売っている我が社は、
電子書籍に関与するのは良いのですが、
その関係会社である最も重要な拠点である、印刷会社が危うく成って来ました。
中途半端では印刷会社に、哀訴を衝かれ契約を破棄されてしまいます」。
すみれ、「つまり今までは出版社も印刷会社も、別会社とは言いながらも、
お互い持ちつ持たれつで共存共栄して来たけど、
ネットで小説を読む時代になると、そのバランスが崩れ、
今まで印刷会社は出版社の傘の下であったけど、
本の受注が少なくなれば、受注数の多い出版社の方を優遇して、
受注数の少ない出版社は相手にしなくなるのね」。
洋子、「今まで我が社は自費出版を含めて、売り上げを伸ばして来ましたが、
プロもアマチュアも気軽でペーパーを使わない、
電子書籍の加入も増加しています。
有名な政治評論家やノンフィクションを手掛ける作家達も、
ちょっとしたエッセなどは、ブログなどで公表してしまい。
今まで新聞に掲載する様な事でも、ネットの一言トークサイトなどに、
掲載されてしまいます。
芸能人などのプライベートトークも、今では独自のブログで掲載するので、
雑誌なども売り上げが伸びません」と、訴えた。
そして二人は黙って考え込んでいた。
するとすみれは、「それでグズグズ言わない私に期待して、
圧力を掛けろと、編集長から御達しがあったのね」と、問いかけた。
洋子は少し頷いて、「我が社が抱える、他の作家にもジャンルは違え、
全て恋愛小説を書かせる様圧力を掛けましたが、
全て逃げられ電子書籍と契約を交わし、
期限付きで作家達は、我が出版社の契約を打ち切る様です。
韓国を筆頭にペーパーから電子化の波は、留まる事を知りません」と、嘆いた。
それを聞いたすみれは、「音楽の世界も書籍の世界も、
今は全て電子化の波に押されているわね。
確かに私も文字をパソコンで書いてはいるけど、
一々そのデータを編集部に送らなくても、電子書籍ならクリック一つで、
直ぐユーザー側は読める訳だから」と、すみれも嘆いた。
洋子はその時、半べそで、「すみれさーん」と、
嘆いて今にも縋り付きそうであった。
そして自宅に戻るすみれは、自分の机で考え込んでいたが、
次の文章も浮かばないまま、仕方なくまた自宅を出て行った。
途中路上で事務服を着た女性とすれ違うと、すれ違い様に振り向いて、
その女性の後姿を、見詰めていた。
しばらくその場で後姿を見ながら、考えていたがまた、
前に顔を戻して歩き出した。
そして港に出ると釣り人を見詰めていた。
穏やかな港に心地よい風が通り抜けると、
小説の中の色んな場面を想像していたが、
何気なくその場でしゃがみ海を見詰めた。
ふとその時、何気に気配を感じて振り向くが誰も居なかった。
ただ港の野良猫が一匹、足元でニャーと鳴いた。
その猫の頭をなでると野良猫は目を瞑り、穏やかな表情を見せていた。
すみれはその時、独り言で、「海は時より激しくその波を荒立て、
人の心模様と同化する様に、激しい人の感情を表すか。
明日には決まって、表情を変える海。
時より心地よい風が吹けば即変化し機嫌を損ねて、
怒り散らす様に荒れ狂う。
今こうして穏やかな風に抱かれ、我が心も穏やかにさせる。
SEA&WINDそれは、常に男と女の関係の様だった。
海は男、風は女と例えるならば風が吹けば海が荒れる。
常に女心は風の様にさ迷う。
穏やかであるはずの海は、時として荒れ狂うものか」と、悟ると、
しゃがんでいたすみれは立ち上がり、
自分が住んでいるコーポに戻るのであった。




