第三章 揉め事
翌日月曜日、留美菜は豊が気になり始め、
会社を終えてから、豊かが働くレストランを尋ね様と思い、
コンビニの向かい角の店に足を運んだ。
小さなレストランで、まだ目新しい様相でもあった。
何気なくレストランを覗くと、電気が消され今日は定休日の様であった。
だが奥の厨房だけは明かりが点けられていた。
何気なく留美菜は店の裏に回り、裏の出入り口に佇んだ。
すると中では揉めている声が聞こえて来た。
一人は確実に、豊の声であった。
豊、「兄貴いい加減にしろよ、
これでは商売が成り立たないだろ」と、大声で叫んでいた。
兄、「なんとかなると言っているだろ」。
豊、「今月の売り上げは、殆ど賭け事や風俗に注ぎ込んで、
従業員の給料は全て、貯金から引き出さなければ、成らなくなっただろ」。
兄、「俺が知り合いから、少し借りてくるから心配するな」。
豊、「あれは知り合いではないだろ。
高校時代の同級生だろうが、相手は街金融のオーナーだ。
挙句の果ては店の物全て、担保に持って行かれてしまうだろ」。
兄、「......」。
豊、「確かにここは兄貴の店でもあるが、
こんな行いが続けば腕の良い職人に給料を払えなくて、
全て去るだけになる」。
兄、「来週は負けた分は全て取り返す」。
豊、「その考え方が、すでに奈落の底に落ちる一歩だろ。
親父を見ていれば解るだろ」。
兄、「俺は親父とは違う、親父はバクチの掛け方が下手だった。
俺はちゃんとデーターを叩き出し、競馬を行っている。
先週は誤算だったが来週は確実に勝てる」。
そんな会話が聞こえて来ると、その場から立ち去る留美菜であった。
夜、留美菜は自分の部屋の窓を開け、自分の机の椅子を窓際に置いて座り、
グラス片手に白ワインを呑みながら、港を見詰めていた。
彼女は豊が語ったあの事を思い出していた。
酷い男だと思っていたが、何気ない優しさが伝わり、
彼の事を少し見直していた。
穏やかな港は留美菜の過去を拭うかの様に、優しく穏やかな海を演じてくれていた。
女性にとっては愛した人の子を、下ろさざる負えない出来事は無常である。
産みたいとせがんだ結末には、下ろしてくれと愛した人からの宣告。
結ばれると信じていた思いに、その言葉はあまりにも残酷であった。
学生だったとは言え、成人であった留美菜とその男性は、
すでに親の承諾無しでも、結婚は出来る年齢であった思いが、
留美菜の心のしこりと成っていた。
するとコーポの通りの道に、一人の男性が買い物袋を持って歩いて来た。
その男性は紛れも無く豊であった。
通り過ぎる頃を見計らって、留美菜は摘みのチーズを一口ちぎり、
豊目掛けて投げた。
すると豊は気づいた様で、留美菜の部屋の窓を見上げた。
豊、「何だそんな所に住んでいたのか」と、
投げたチーズを地面から拾い上げて、
チーズを見ながら、「粗末にするなよ、たかがチーズでも、
このチーズから色んな料理が出来るのだから」と、そのまま口に入れて食べた。
それを見た留美菜は、「嘘、地面に落ちたチーズ食べた」と、口に出して驚いた。
それを聞いた豊はコーポの留美菜の方を見上げて、「もったいないだろ、
食べられる物なのに」と、そのまま歩き出した。
歩き出す豊に留美菜は、「近くなの」と、問いかけると、
豊は立ち止まりまた見上げて、「目と鼻の先だ。
ここから50m先の、浜村マンションに住んでいる」と、答えると、
留美菜は、「確かに目と鼻の先ね、気づかなかった」と、頷いた。
それを見た豊は、「優雅なもんだな夜は一人で海辺を見ながら、
ワインで一夜を過ごすなんて」と、呆れた。
留美菜は先ほど少し豊の事情を知った為に、言い返さなかった。
すると豊、「今日は大人しいじゃないか、何か遭ったか」と、尋ねる豊に、
留美菜は、「別に」と、顔を叛けた。
豊、「まあここで口喧嘩したら近所迷惑だあしな」と、ため息を付いた。
それを聞いた留美菜は、「口喧嘩ってねえいつも喧嘩売ってくるのは、
あなたの方でしょ」と、怒り口調で答えた。
豊も納得が行かず、「君が喧嘩の種を蒔くからだろ」と、言い返すと、
留美菜は激怒し、「種ってなによ。
私はいつも私の正当性を主張しているだけでしょ。
あなたはいつも自分の正当性を主張する様だけど、
あれは謀掠よ(暴力で奪う事)」と、訴えた。
豊、「暴力でなんて奪ってないだろ。
先にサンドイッチに手を掛けたのは俺だろ」と、
まだサンドイッチに拘っていた二人。
そして...。
留美菜は立ち上がり、「ちょっと上がって来なさいよ、
ここでは近所迷惑だから私の部屋に来なさいよ」と、喧嘩を買う留美菜であった。
頭に来た豊は、「上等だ、どちらが正当か話合おうじゃないか」と、激怒しながら、
コーポの中に入り、留美菜の部屋を訪ねるのであった。
二人はしばらく部屋の中で揉めた後、
部屋の床に座り、ペットボトルのお茶を二本置いて、
何故か二人でサンドイッチを食べていた。
豊、「俺が作ったサンドイッチだ、どうだ」と、留美菜に尋ねると、
留美菜はやはりサンドイッチを頬張って、「まあまあ」と、答えた。
やはりその返答に気に食わない豊は、
食べてる留美菜の手を持って、「まあまあなら食うなよ」と、怒りながら、
留美菜の手を引っ張ると、留美菜はやはり、「うーん、うーん」と、唸って、
サンドイッチを離さなかった。
豊は留美菜の手を離し、「それ、君の好みだろ。
あのコンビニに置いてあるサンドイッチをベースに、
もっと質の良い食材を使ってアレンジしたんだ」と、問いかけるが、
留美菜は何も答えず、坦々とサンドイッチを食べ続けていた。
豊も自分の作ったサンドイッチを食べていた。
すると留美菜が何気なく、「お兄さん金使いが荒いの」と、尋ねると、
豊かはサンドイッチを食べながら、留美菜の顔を少し伺い、
お茶を飲んでから、「今日店に立ち寄ったのか」と、聞くと、
留美菜もお茶を飲んだ後、「休みだったから、
裏口回ったら声が聞こえたの」と、俯いた。
豊、「元々俺の親父も東京の上野駅の前で、洋食屋を営んでいた。
腕の良い親父で特にオムライスを作らせたら、
右に出る者は居ないと評判だった。でもな」と、一つ溜息を付いた。
留美菜、「ばくち打ちが絶え間なかった」と、呟いた。
豊、「お袋はそんな親父でも哀訴付かずにせっせと、親父の仕事を手伝っていた。
時代が良かったせいもあった。
親父は昔難きの職人で、一刻だったが人情があって、
弟子には手を上げた事が無い、むしろ積極的に弟子に仕事を教え、
常連客には未熟な弟子の作った料理を、ただで食べさせ弟子達は腕を磨いて行った。
親父はベテランの弟子が作った料理に、ケチを付ける客は出入り禁止にする程、
弟子には信頼していた。
でもな親父はバクチが好きで、何時も家計は火の車。
経費を全て払えば一文無しだった」と、気を落とした。
すると留美菜は、「頑固な所はそっくりね」と、豪語した。
豊、「あのなあ、お前も人の事は言えないだろ」と、やはり豪語した。
留美菜、「私は頑固では無いわ。
私の正当性をあなたに訴えてるだけよ」と、強調した。
こうなると男は、女に折れるのが本能であろうか、ただ単に呆れただけか、
笑いが込み上げて来た豊は、笑いながら、「お前会社でも、その調子なのか」と、尋ねると、
言葉を無くす留美菜であった。
豊は自分の生い立ちを話続けた。
豊、「結局親父はバクチの借金で、
財産を全て投げうるしか無く店は廃業に追い込まれ、
住んでいたマンションまで売り払い、
俺は中学を出て直ぐに親戚の叔父さんが働いていた、
千葉のイタリアレストランに、住み込みで修行に出る事になった。
兄貴も同じく高校を卒業後、
東京銀座の有名ホテルで修行を積んで、
腕を上げてホテルの厨房を任されるまでになり、
今度は独立をして店を出すまでに至ったが、
バクチが好きな所は親父に似てしまった。
兄貴はバクチが高じて妻に離婚され、勢いだけは人並み外れているから、
バクチの借金抱え込んで店を出した。
親父に似て腕が立っていたから、銀行はなんとか金を貸してくれたが、
このままだと親父の二の舞だな」と、嘆いた。
留美菜、「それであなたはどう言う経緯で、
赤坂のホテルで厨房を任されたの」と、尋ねると、
豊は、「俺は千葉で三年ほど修行中、赤坂のホテルの支配人が、時俺の親方だった、
親戚の叔父さんと親友で修行していた店で、
月に一回定休日に、関係者だけのプライベートディナーを開いていたんだ。
ある時、親方にその時に出す料理のメインディッシュを、
俺が作りホテルの支配人に食べさせたら大絶賛で、
俺以外にも同じ年数修行していた同僚が居たが、
俺だけはホテルの支配人に気に入られた。
最初は俺の親方から、俺を支配人が借りて、
ホテルで料理を作らせると言う形で、定期的に俺は赤坂のホテルに出向き、
料理を作る手伝いをさせられていたが、何時の間にやら俺は、
ホテルの支配人にヘッドハンティングされた形になり、
二十一歳の若さで主任にまで上り詰め、
そこからは順風満帆だった。
客のリクエストに応じて創作料理を作れば、
客は喜び忽ち俺は料理長に任命された。
二十三歳の時、中学時代の同窓会で幼馴染の女性と再開して、
結婚に至るまでには 一年足らずだった。
子供は出来なかったが、東京の高級マンションを買い、
いつか子供が出来る事を、妻と願っていた。
だが悪夢は無常にも突然訪れた。
彼女は胸に違和感を覚え、医者で検査する事になった。
レントゲンを撮ると、腫瘍が右胸の上部に出来ていると、医師に宣告された。
結婚して三年後の出来事だった」と、肩を落とした。
留美菜は豊を見て、涙ぐんだ。
それを見た豊は、『この女は我が強いが、人情は有るんだな』と、思った。
そして留美菜は、「それから」と、呟くと、
豊は話を続けた。
豊、「妻が他界すると同時に、俺の勤めていたホテルも不景気の影響で、
経営が危うくなった。
そして数年後には廃業。
腕は認められていたのでイタリアンレストランの、フランチャイズ事業に抜擢され、
品質を担当していた。
だがどうしても安価な食材を基に作るメニューには、味に限界が有る。
俺は努力して安価な食材から高級レストランと、同じ味を引き出し、
それをメニューに載せたら全国的に俺の勤めていた、
フランチャイズのイタリアンレストランは、全国で新メニューを続々とプライスして、
大ヒットを飛ばし俺はイタリアンレストランの、フランチャイズ事業主任に伸し上がった。
だがライバル店が拍車を掛けて来た。
それは直営戦略だった。
つまりライバル店がイタリアの田舎に土地を買い、
牛でもパスタでもハーブでも、イタリアの広大な土地を直営する事で、
経費を抑えて利益を出す事に寄って、良い食材を安価に仕入れて、
それを中途半端に加工して、バイトでもマニュアル通り作れば、
安くて美味しくて、早く調理出来る戦略を打ち立て望んで来た。
無論我々事業部も負けじと、或るヨーロッパの片田舎に土地を買い、
地元の農家に作物を作らせライバルと同じ事を行うと、
客は割れてしまいライバル店も我々の企業も、利益が半減してしまった。
そうなると採算度返しで価格競争に成った。
そして打ち合った挙句の果ては、両会社も赤字で、店舗を減らすしか手立てが無くなり、
俺もリストラさせられた。
たかが三年足らずの出来事だった。
俺はリストラされたが、即俺に目を付けた奴が居た」。
留美菜、「実の兄」。
豊、「そう、俺の兄貴だった。
去年同じ様な職人を兄貴が集めて、
小さなレストランを作ろうと、俺に相談にやって来た兄貴だが、
俺は兄貴にギャンブルの借金を抱えて、『到底実行出来ない』と、兄貴に告げたが、
兄貴は勤めていたホテルの知り合いに、保証人に成って貰い、
キリキリいっぱい金を借りて土地を借り、今の小さな店を建てた。
だがな」と、呆れてしまった。
留美菜、「会社の同僚に聞いたら、店の評判良いから何とか成ると思うけど、
お兄さんの金遣いの荒さを何とかしないとね」と、
親身に成って考えてくれていた留美菜に、先程まで喧嘩をしていたが、
豊は何だか可愛く見えて来た。
すると留美菜の携帯電話の着信音が鳴った。
留美菜は無造作に床に置いてあった、携帯電話を持ち、着信暦を見ると顔色を変えた。
しばらく着信音を鳴らしてから、着信ボタンを押してそっと耳に当てた。
留美菜は一拍置いてから、「もしもし」と、呟いた。
留美菜は携帯電話を耳に当てたまま、しばらく黙っていた。
時より漏れる、携帯電話からの声から推測すると、
前の彼氏が媚びている様であった。
そして留美菜はいきなり激怒して、「もう終わったと言ったでしょ、
何度言えば気が済むの」と、そこでまた留美菜は聞く側に回り、
黙って携帯電話を耳に当てていた。
その時、留美菜の目頭が熱くなり目から涙が零れ落ちた。
留美菜は静かに話し始めた。
留美菜、「もう、あんな思いは嫌、嫌なの。
子供を下ろさせて置いて今更なによ。
結局和彦は、私とバイト先の恵とか言う女と二股を掛けて、
バイト先の女を選んで私は妊娠しているのに、
私を捨てて、バイト先の女と広島の製紙会社に就職して、
私に下ろす金だけ渡せば解決すると思ったの。
そしてまたその女にフラれたら、何事も無かった様に、
大学時代の時の様に気軽に電話を掛けて来て、
タメ口を聞いて来て、それで下ろした子供が成仏すると思っているの。
一度だって、一度だって、水子の墓を訪れた事があるの。
嘘を付いても駄目よ。
私は頻繁に墓に行っているから、お線香を上げた後が有るか、
花を生けた後が有るか分かるの。
私の他にお参りする人は他には誰も居ない。
あなたの優しさなんて口が上手いペテンシよ(詐欺師)」と、答えると、
電話の向こうで、どもりながら言い訳をする元彼氏の声が、
留美菜の当てている、携帯電話の耳から漏れていた。
すると留美菜の表情が虚ろに成る。
急に元彼氏の口調が乱暴に成っていた。
漏れる元彼氏の声、「お前地元に帰れなく成るが、いいのか。
俺は別に地元に帰らなくてもいいが、お前はどうなんだ。
近所に伝わって無いだろ。
下ろした事なんて。
地元の大学時代の知り合いに頼めば、噂なんて直ぐ広がるぞ。
俺の働いている広島に来い。
俺が就職斡旋してやるから、俺のアパートに来い」と、言われ、
黙り込む留美菜に豊はいささか腹が立ち顔が強張り、
急に留美菜から携帯を取り上げ携帯電話を耳に当てた。
豊、「和彦君、それは立派な脅かしだ。
ここに今の話を聞いていた証人が、君と話をしている事を承知の上話をしよう。
君が下ろしてくれと、金を神崎さんに渡し子供を下ろさせた。
そしてそれをネタに、今君は地元に帰れなくすると、
脅かしめいた事を第三者が聞いていた訳だが、
弁護士を立てた場合君も弁護士を立てる事に成る」と、伝えると、
急に元彼氏は口調が穏やかに成り、「あ、あのそれはちょっと困ります」と、
男が電話に出ると逃げ腰に成った。
豊、「余分な事は言わないが、今の話を第三者がしっかり聞いていた事を、
承知してくれ」と、答えると、
元彼氏は素直に、「はい」と、答えて電話を切ってしまった。
そして電話を耳から放し、携帯電話を留美菜に渡すと、
留美菜は携帯電話を受け取り、急に泣き出して豊の胸に縋り付いた。
豊、「携帯電話の番号変えた方が良いな。
あいつは多分、明日にでも昨日の電話に出た男は誰か、
君に聞きにもう一度電話を掛けて来るだろう。
多分夜では無く、君が仕事をしている頃の昼間に。
それは何故か、君が勤めている会社の社員と付き合っているか、
会社以外の男性と付き合っているか、確かめる為に。
明日あいつが電話を掛けて来て、またこうして俺と電話を変わる様なら、
会社の社員と、付き合っていると踏むだろう。
だが君だけで話をする様なら、
会社以外の男性と、付き合っていると踏むだろう」と、告げると、
留美菜はその時、豊の胸に縋り付きながら、
悔しさと悲しさで途方に暮れていたのであった。




