第二十二章 出版
オカルト作家、斉藤すみれが、
恋愛小説を書く事を、余儀なくされてから三ヶ月が過ぎた。
本も出版されて、 一段落のすみれであった。
例の如く編集部の小野田 洋子が、
すみれのコーポの部屋のテーブルで、お茶を入れていた。
すみれは窓に佇み海を見詰めて、「あーあ、
売れる訳ないのに」と、弱気であった。
それを耳にした洋子は、「一応役目は果たしたでは有りませんか。
これで私も重荷が降りました」と、何時に無く冷静な洋子に、
すみれは振り向いて、「どうしたのよ今日はやけに穏やかだけど」と、
洋子の心中を探った。
洋子、「私、田舎に帰る事にしました。
田舎で再就職します」と、
拍子抜けな発言にすみれは驚いて、「へー、
あなた実家は東京ではないの」と、問い掛けると、
洋子は、「秋田ですよ。
自称東京品川出身ですが」と、答えた。
それえを聞いた、すみれは笑い、「確かに秋田出身って感じね」と、からかった。
すると洋子は、「馬鹿にしないで下さいよ。
上京し立てはもっとスリムで色々とストレスで、
この体系に成ってしまったのですから」と、反感した。
すみれ、「悪かったわね」と、言い返した。
洋子、「別にすみれさんだけが、ストレスの原因ではありません」と、
きっぱりとすみれの発言を否定した。
するとそこにノックもしないで、部屋のドアを開けてた持田 清美が、
何も言わず玄関で靴を脱いで、勝手に部屋に上がりこんで来た。
清美は洋子を見るなり慄いて、「キャー」と、奇声を上げた。
その時、洋子は清美を睨んだ。
洋子、「この娘、逃げ足が速いから参ったわよ」と、答えた。
清美は何も言わず洋子を横目に窓際に立っている、
すみれの前に佇んだ。
清美、「最高のラブレター出版おめでとう御座います」と、頭を下げた。
すみれは微笑み、「あなたのお陰で完成出来たの有難う」と、すみれも頭を下げた。
清美は照れながら、「そんな事有りません、でも考えさせられました。
私も良太君も意地っ張りですが、私は自分を振り返って反省して、
良太君には素直に対応したのだけど、
良太君は留美菜の様に私に甘えてばかりで、
その挙句、良太君と距離を置く事にしました」と、嘆いた。
すみれ、「あら、そんな事したら良太君、今頃耐えられなくて、
家で引きこもって、うじうじしてるわよきっと」と、悟った。
すると洋子が、「お二人さん、
お茶を入れたから飲んで下さ」と、言われると、
留美菜と清美はテーブルの椅子を引いて、向かい合わせに座った。
すると玄関のドアが叩かれた。
洋子は玄関のドアの前に立つと、「どなた」と、応えた。
するとドアの向こうから、「良太です」と、返事が返って来た。
洋子はテーブルに振り向き、「噂の良太君が来ましたが」と、二人に告げると、
二人は同時に、「開けて上げて」と、応えた。
ドアを開けると、俯いている良太が立っていた。
携帯電話を手にして。
それを見たすみれと清美は大笑いであった。
すみれ、「渡したんだ、三行半突きつけて」と、清美に尋ねると、
清美はお茶をすすりながら、「本と馬鹿なんだから、
私が会社の外で、横山さんと言う男性社員と話していたら、
トラックで会社の前に着けて来て、浮気していると勘違いして、
頭に来たから私の携帯電話を、良太君に渡して、『携帯電話のデータを、
角から角まで調べて見ろ』って告げて、
『当分良太君と距離を置くから』と、突き放したの」と、語ると、
良太は玄関先でしょんぼりしていた。
それを聞いたすみれは、
玄関先の良太に、「ねえ、部屋に入ったら」と、告げると、
良太は俯きながら、玄関で靴を脱いで部屋に入って来た。
すみれは、「清美ちゃんの横に座って」と、支持した。
良太は俯いたまま、清美の横の椅子を引いて腰掛けた。
それを見てすみれは、「それで清美ちゃんのデータに、
横山さんとアクセスした疑いはあったの」と、尋ねると、
良太は、「電話番号やメールアドレスすら、
載っていませんでした」と、告げた。
すると清美、「私、横山さんに可愛がられていて、
ちょっと会社で噂に成っているの」と、語ると、
留美菜は、「それで面白くないのね良太君は」と、清美に問い掛けた。
清美は顔が強張り、「もう留美菜そっくりです」と、嘆いたのであった。
すみれは、そんな清美を見て良太に、「でも主人公の松永 豊みたいに、
遠くに旅立たれなくて良かったわね」と、良太に問い掛けると、
清美は、「明日にでも有給使って、東京のハローワークで、
仕事を探そうかと思ったら、
ここに来られたので、失踪失敗です」と、語ると、
良太は更に気を落とした。
すると良太は、「清美のアパートに行っても応答無いし、
残る宛てはここしか無かったから」と、ぼやいた。
すると清美、「私の事、『卑怯な女だ』と、言った割には、
必死に成って追いかけて来るのね」と、愚痴を零した。
すみれ、「甘えているわね良太君。
清美ちゃんがいないと、何も出来ないって顔してるけど」と、指摘すると、
良太は持っていた携帯電話を、テーブルに置いて。
良太、「負けたよ清美には。
携帯電話が無くても生活出来るなんて、思わなかったよ」と、
筋違いの話にすみれは、「馬鹿ね良太君は。
清美ちゃんが自分の携帯電話を、良太君に手渡したと言う事は、
主に携帯電話を使う頻度は、良太君しか居ないから、
渡したってどうって事は無いと言った証でしょ。
それだけ清美ちゃんは、器が大きいと良太君に告げているのよ」と、
叱ると清美は、「誰かさん携帯無いと、
スナックの真美ちゃんとやり取り出来ないから、
困るのよね」と、嫌みったらしく良太に答えた。
すみれ、「それは罪ね。
清美ちゃんに浮気の疑い掛けときながら、
自分はスナックのお姉ちゃんと、メールで良い仲なんて卑怯ね。
清美ちゃんに哀訴付かされる訳ね」と、訴えた。
清美、「そうなんです。
まさに留美菜状態で自分ばかり有利に立って、
現在付き合っている女には焼餅焼いて、
甘やかすと素直に成るんです」と、呆れた。
すみれ、「それで突き放されたら淡くって町中探し回って、
行き着いた先が私のコーポなのね」と、悟った。
そして良太は情けない顔で、「今までどこに居たんだよ。
会社に行ったらもう四日も有給取っていると言うし。
いつ行ってもアパートは留守だし。
もう俺は絶望の極地で死のうかと思ったよ」と、語ると、
聞いていた女性三人は口を揃えて、「情けないわね」と、嘆いた。
すると洋子が堪り兼ねたか、
急に顔を強張らせ、「君ね、幾ら今の若い男子は草食系だとは言え、
そんな情けない態度でいたら、哀訴付かされて当然でしょ。
男失格の前に人間失格よ。
女の腐った奴ではあるまいし。
今後この娘が君の前から居なくなっても、
誰も慰めてくれないわよ」と、叱った。
すみれ、「ちょっと女の腐ったのは表現が古過ぎるけどね」と、首を傾げた。
洋子、「いずれにせよ、君が自殺するのは時間の問題よ。
嫌ならば何が有ろうと、この娘に我を張らない事ね。
どれだけ君は自己中心的ならば気が済むのよ。
この娘が居なければ、生きて行けないのなら、
もっと大切にしなさいよ」と、忠告した。
そしてすみれと清美はその意見に賛同して、
何も言わずに頷いたのであった。
するとまたドアを誰かが叩いた。
洋子は、「どなたですか」と、応えると何も返事が無かった。
仕方なく玄関に立ち、靴を履いてドアを開けた。
すると三十歳半ばの男性が、本を一冊持って立っていた。
それを見た洋子は、「あ、あの、どのような御用件でしょう」と、尋ねると、
男性もぎこちなく、「あ、あの、斉藤さんのファンで、
人目お会いしたいと思いまして、伺いました済みません」と、頭を下げた。
洋子、「はあ、すみれさんのファンの方でいらっしゃる」と、首を傾げた。
男性、「いえ、あの、御迷惑でしたらいいんです。
ただ人目見たかっただけなので」と、帰ろうとしたが、
洋子が、「あの、ちょっとお待ち下さい。
珍しいと言うかよくここが分ったと言うか、
オカルト作家の斉藤 すみれに会いたいと言う方は珍しいので、
驚きましたがここに住んでいる事も分かったのも驚きです。
良かったら中に入りませんか」と、大人しそうな男性であったので、
部屋に招いたのであった。
よく見ると手には、すみれが書いた最高のラブレターの本を手にしていた。
それを見た洋子は微笑んで、「御購入された方ですか」と、応えると、
男性は恥ずかしそうに、「え、えー、まあ」と、
ぎこちなさそうに応えたのであった。
そして男性は玄関先に立つと、洋子はすみれを呼んだ。
すみれも玄関先に立つと顔色を変えた。
急にすみれは、その男性に何も言わずに抱き着いたのであった。
男性は持っていた本を落としすみれを抱きしめた。
万感の思いのすみれは、男性を抱きしめながら、「逢いたかった、
逢いたかったずっと」と、涙を流して語った。
男性もすみれを抱きしめながら、「待たせたな」と、呟いた。
何が起きたか解らない、ここに居た三人であった。
すると清美が、「す、すみれさんこの方は」と、尋ねると、
すみれは男性を抱きしめながら、「豊よ」と、応えた。
三人は同時に、「へー」と、驚き、
清美は、「す、すみれさん、豊ってどう言う事ですか」と、尋ねると、
すみれは静かに答えた。
すみれ、「私の本名は、神崎 留美菜よ」と、囁いたのであった。
留美菜は豊を見詰めて、「ごめんなさいあの時は、
自分の感情に走り過ぎていたの。
お願いお願いだから、もうあなたにあんな態度は取らないから、
私を突き放さないで」と、今まで穏やかな姿を見せて来たすみれが、
急に感情的な態度を表したので、回りは放心状態であった。
今まで穏やかな笑顔を見せていたすみれが 一変して、
べそを掻いて豊に抱きついていたので、見届けるしか無かった。
豊、「大分落ち着いた様だな」と、告げるとすみれはもう出る言葉が無く、
ただ泣き付いているだけであった。
それでも声に成らない様な掠れる声で、「お願いだから私を放さないで。
これからは嫌われない様にするから側に置いて」と、願うのであった。




