第二章 敵対心
(この物語はフィクションです。登場する人物や建物は実際には、存在いたしません。)
宴会が終わり座敷の割烹料理屋は、玄関に靴を預けていたので、
皆社員達は、スリッパから自分の靴に履き替えていた。
するともう 一団体数名が、宴会を終えて賑やかに玄関先にやって来た。
留美菜達女性社員は、楽しげに足をふらつかせて、廊下と玄関の境に座り、
靴を履いていると留美菜だけ下駄箱に掛かっていた、靴べらを手に取った瞬間、
その上から手を握られた。
それはもう 一団体の 一人男性であった。
お互い酔っ払っていたせいも有り、男性は同僚と話しながら、
靴べらをよく確認せずに持ったので、
留美菜が手を出している事を確認しなかった。
留美菜と男性は一瞬驚いて、顔を見合わせたが睨み合った。
その男性は昨日コンビニで、留美菜の好みのサンドイッチを、
棚からひったくる様に籠に入れた男性であった。
だが男性は、今日は素直に留美菜の手から自分の手を退けた。
留美菜は靴べらを持ちながらその男性を見上げて睨み付け、
靴べらを使い靴を足に収めていた。
男性も酔っ払っていたので、気が大きくなっていた為に、
睨みつけている留美菜に、「なんだよ、
何か文句でも有るのかよ」と、因縁を吹っかけると、
留美菜は男性を睨みながら、「気に食わない男ね」と、言い放った。
それに対し男性は、「お前こそ、譲ってやってるのに、何だその態度は」と、激怒した。
そして留美菜は立ち上がり、「何よその言い草は。
いかにも俺が偉いと言う様な言い草は」と、言い返した。
男性もそれに対しヒートアップして、「俺は自分が偉いなんて、
一言も言ってない」と、言い返すと、
お互いの言い分の張り合いが始まった。
無論それを止める両者の会社の同僚達。
この二人、とても我が強かった。
社員達は互いを引き離し事無きを得た、
今宵最後は大波乱で宴会はお開きと成った。
そして数日後。
今日は日曜日、朝から布団を干して洗濯をしていた。
晴れ渡る空に潮風が部屋に流れてくると、
心地よい五月を感じていた留美菜は、干してある布団越しに、
海を見詰めていた。
時よりかもめが鳴いていたこの海は、
長野の田舎から上京して来た喜びを感じていた。
自分の机の椅子を窓際に持って来て座り、窓の外を眺めていた。
何気なく過去を思い出していた。
大学時代キャンパスで、はしゃいでいた日々。
ひとしきり愛されていたひと時は、今は思い出の中。
地元の大学で過ごした恋人との日々は、この晴れ上げた空に写し、
椅子から立ち上がり、窓辺に佇み港を見詰めていた。
そんな港を見ていたら、風に誘われ港に足を運んだのであった。
港では特有の船の油の臭いと、磯の香りが混じり、そよ風が吹いていた。
防波堤に佇んだ留美菜は、遠く遥か遠くの地平線を見詰めていた。
結ばれると信じていた一つ年上の大学の先輩との間に、子供が出来てしまい、
結局下ろしたが、その先輩に恋愛の終止符を打たれた。
そんなやるせないひと時を拭い去るかの様に、この土地に身を委ねていたのである。
防波堤の上を歩いていたら何やら美味しそうな香りが、潮風混じりに漂って来た。
香りの方に歩いて行くと、誰かが一人でキャンプ用のコンロにフライパンを乗せ、
茹でたパスタをフライパンで炒めていた。
具はトマトにピーマン玉ねぎソーセージ、
そしてオレガノハーブの葉を入れ、キャンプ用のチェアーに腰掛、
ラジカセを置いて楽しそうであった。
その姿を見た留美菜はプっと吹いた。
その人は紛れも無く、数日前に靴べらで喧嘩した小柄の男性であった。
パスタが出来上がって粉チーズをフライパンに降り掛け、
フォークでパスタを頬張っていた。
すると男性は防波堤の上の留美菜に気づいた様で、
パスタを食べながら防波堤を見上げた。
留美菜はその時、笑っていた。
すると男性は顔が強張っていた。
それを見た留美菜はその男性に防波堤の上から、「変わってるわね。
一人で港でランチするのが趣味なの」と、尋ねると、
男性はパスタを食べながら、「君はアウトドアーの楽しみ方を知らないのかい。
こうして一人でだな、潮風に浸りながら大好きなパスタを頂くと、
心が洗われる様で、とても穏やかな気持ちに成れるのさ」と、
今まで見て来たこの男性の人間像とは違う姿に、
留美菜は大声で、「似合わない」と、叫んだ。
すると男性は、「似合わないってなんだよ」と、激怒し、
食べていたパスタを止めて、「君こそ、そんな所で黄昏て海を眺めて、
いかにも悲劇のヒロインの様な感じだけど、似合ってない」と、非難した。
すると留美菜は急に感情的になり、「あなたにに何が解るのよ、
人を表面だけで判断しないでよ」と、やはり激怒した。
実際留美菜は、見透かされた様で気に障った。
男性は、「ならそんなに怒る事ないだろ」と、忠告した。
若さが余ったか、留美菜は感情的なまま男性に問いかけた。
留美菜、「あなたはどうなのよ、一人でそんな所でアウトドアーなんて称して、
実は彼女に振られて、一緒にアウトドアーを付き合ってくれる人が居ないから、
そうして一人で、外で昔を思い返しているのではないの」と、
先ほど言われた事に対し悔しさ紛れに問いかけた。
すると男性は笑いながら、「別にそんなつもりで、
ここで一人で楽しんでいる訳ではない。
俺はこうして一人で外で料理を作り、これからどんなレシピをあみ出そうか、
検討中なだけさ」と、語ると、
留美菜は、「あなたシェフなの」と、男性に問いかけたのであった。
男性は海を見詰めて、「兄貴の店を手伝っているのさ、
長瀬のコンビニの向かいの角。
イタリアンレストラン、Deliziosoと言う、
小さなレストラン」と、答えると、
留美菜は、「へー、客商売な割にはサービス精神がないのね。
人の選んだサンドイッチを、引っ手くって行く癖に」と、非難した。
男性も負けじと、「そう言う君こそ礼儀をしらない社会人だろ。
靴べら譲って遣ったのに人を睨み付けて、
有難うも言わないで」と、言い返した。
留美子、「あれは私が先に持ったのよ、
あなたが手を退けるのは当然でしょ」と、反論した。
防波堤の上と、船着場の所で言い争いをする二人に、
疎らな釣り人も迷惑そうな表情で、二人を見ていた。
そして男性は、だんだん口調が悪くなり、「お前、名前なんて言うんだよ」と、言うと、
留美菜も口調が悪くなり、「あなたが先に名乗りなさいよ」と、
腰に手を置いて言い放った。
男性は、「まずそこから降りて来いよ。
そうしたら、俺から先に名前を言ってやる」と、譲らなかった。
すると留美子は、2メートル程の高さが有ったが、
怒りに任せて防波堤から飛び降りた。
そして男性の前に立ち、男性も椅子から立ち上がった。
男性は留美菜を睨んで、「松永 豊だよ」と、答えると、
留美菜も豊を睨んで、「神崎 留美菜よ」と、答えたが、
そこから二人は睨み合い何もしゃべらなかった。
その空気を見た釣り人は人事では無くなった様で、
いつ掴み合いになるか、釣りそっちのけで二人を見ていた。
すると年配の釣り人が呆れて、「お前ら人が釣りを遣っているのだから、
もう少し穏やかに出来ないのか」と、お叱りを受けてしまった。
それを言われた二人は、自省気味に釣り客に、「済みません」と、頭を下げると、
疎らな釣り人はため息を付いて、海を見詰めるのであった。
そしてしばらく時間が経つと、留美菜は港のコンクリートに座り込み、
何故か先ほど豊が食べていた、フライパンのパスタを頬張っていた。
それを見ていた豊は、「おいおい何時まで試食しているんだ。
もう良いだろ」と、止めたが聞かず、
留美菜は、「あなたがどれだけの腕か、
じっくり確かめているのよ」と、言い訳をした。
それを見た豊は、「お前ただ腹が減っているだけだろ」と、答えると。
留美菜は、「あなたシェフでしょ、
また後で自分の分を作りなさいよ」と、
フライパンを持ったまま、食べ続けていた。
豊かもプロのシェフだけに、
自分が作ったパスタを美味しそうに食べていると、
強くも言えずそのまま食べさせていた。
そして豊か、「それでどうなんだ、俺の作ったパスタは」と、
問い掛けに応じ留美菜は、
食べながら豊の顔を伺い、「まあなあね」と、答えると、
豊かは怒り、留美菜が持っていたフライパンを持って、「まあまあなら返せよ、
試食し過ぎだろ」と、怒りながらフライパンを奪おうとしたが、
留美菜は、「うーん、うーん」と、唸ってフライパンを離さなかった。
豊、「お前昨日から何も食べない不良者の様だな。
ガブ付いたら最後まで食うまで、そのフライパンを離さないつもりだろ」と、
力ずくでも奪い返そうとしたが、留美菜も力ずくで奪われまいと離さなかった。
すると留美菜は、「サンドイッチのお返しよ」と、言い訳をして、食べ続けていた。
それを聞いた豊かは仕方なく観念した様で、フライパンから手を離した。
その姿を見ていた豊は、「意地っ張りな奴だな、美味いなら美味いって言えよ。
そんなに頬膨らませて食いやがって」と、呆れた。
やはり意地っ張りの留美菜は、口にいっぱいにパスタを含みながら、
顔を強張らせて、「まあまあと言っているでしょ」と、強調したのであった。
すっかり豊が作ったパスタを、食べ終えてしまった留美菜であった。
すると豊は持って来た釣り用のクーラーボックスから、よく冷えた白ワイン出し、
その中からワイングラスを一つ取り出して、コルク抜きでワインのコルクを抜き、
ワインをグラスに注ぎ留美菜に持て成した。
何も言わずにそのワインをたしなむ留美菜。
呑みながら海を見詰めた。
豊は食べ終えたフライパンを、調理用のペーパーで吹いて、
クーラーボックスから食材を取り出していた。
何気なく留美菜は豊かに尋ねた。
留美菜、「ねえ、幾つなの」と、問いかける留美菜に、
豊かはさり気なく、「三十路だよ」と、答えると、
留美菜は豊かに振り向き、「結婚は」と、問いかけると、
豊かは何も答えなかった。
留美菜はまた海を見詰めて、
ワインを一口飲んで、「何で私が恋に破れた女だと気づいたの」と、質問すると、
豊かは、「女が一人で、防波堤の上でちょろちょろしていれば、
訳が有るに違い無いから」と、悟った。
その問い掛けに、留美菜は、「そんなの偏見でしょ。
そんな女、世の中には五万と居るは」と、反論した。
豊かは暖めたフライパンに、
さじでバターを落としながら、「防波堤の上を歩く若い女なんて、
地元民でも居ないよ。
男なら魚場を確かめに釣り人が防波堤から、海を覗き込んでいる姿はよく見るけど、
ガキでも無いのに、20代の女が一人で防波堤を歩くなんて、
訳が有る女が多いのさ」と、仮定した。
その時、フライパンの上で焦げたバターの香りが、香ばしく感じた留美菜は、
意地を張らず、素直になって、「失敗したの」と、一言。
豊はクーラーボックスからさばいたしたびらめを取り出し、フライパンに落とし、
先ほど留美菜に持て成した、白ワインをしたびらめに注いだ。
潮風と混じり、香ばしさを更に引き立てた。
豊、「俺も妻がいたが」と、呟いた。
留美菜、「別れたのね」と、尋ねると豊は、「癌」と、呟いた。
留美菜はその時、言葉を無くした。
豊、「俺が東京赤坂の有名ホテルで厨房を任され、
バブル期でもあった為それなりの生活振りだった。
努力すれば努力した分、客は喜び創作料理を客は堪能してくれた。
だがその分 一つ運が尽きた。
妻は乳癌と宣告された。
俺は全ての財産を投げ売る覚悟で、医師を頼った。
若い肉体は癌の進行も早く、医師の助けを借りられぬまま、
彼女は俺の前から消えた。
別れるより辛い宣告だった。
離縁なら何時か何処かでまた会える。
だが他界は俺自身が他界しなければ会えない」と、唐突に切り出した。
すると留美菜も思いに更けて、「私も一つの命を、失わせたの」と、答えると、
勘の良い豊は、「若気の至りか、若さゆえ止まらぬ愛の行く末には、
身も心も傷つける。
必ず女性の方が傷が深い」。
豊のそんな語部に留美菜は心打たれた。
そして瞳から涙が一滴零れた。
豊かはその時何も言わず調理し終えたしたびらめを、
フライパンにフォークを乗せて、フライパンごと留美菜に差し出すと、
先ほどパスタを食べていた様に、
片方の手でフライパンを持ち、片方の手でフォーク持って、
柔らかく炒めたしたびらめをフォークに乗せて食べた。
磯の香りと港独特な臭いがこの料理を引き立て、
留美菜の過去の心の傷を癒すのであった。




