第一章 イメージチェンジ
(この物語はフィクションで、登場する人物や建物は実際には、存在いたしません。)
引越しを終えたすみれは自分の部屋の窓を開けた。
よく晴れ上げた空には、かもめが空に浮かぶ姿が見え、
海風が優しく頬を包んだ。
すみれはその海に微笑んで深呼吸をした。
そんな姿をテーブルでお茶を入れながら、
見ていた編集部の洋子が、「すみれさん、何でこんな安コーポを選んで、
住み着こうと思ったのですか」と、尋ねる洋子に、
すみれは、「たまたま横須賀の物件探していたら、
具合の良い所にここが在ったの」と、
海を見詰めながら答えた。
洋子は納得行かぬ様子で、「西海岸でも、イタリアのシシリー島でも、
良かったのでは無いのですか。
期限は半年有るのですよ」と、語りかけると、
すみれは洋子に振り向いて、「ここなら日本語が通じるでしょ、
第一私は、今までろくな恋愛なんてした事が無いのよ。
寄りによって私が、恋愛小説なんて描けると思うの」と、いささか呆れていた。
すると洋子は、お茶お入れ終えて、「すみれさん、
今後の執筆活動を続けて行きたいのならば、
大幅に作品の趣旨を変えるしか有りません。
確かに今でもオカルトは 一部のマニアにはうけていますが、
ライバルも多くそれにですね」と、話した所で、
すみれが阻んで、「解っているわよ、だんだんどの作品も似た様な文面に成るから、
ファンも飽きて来ているのは承知しているわ」と嘆いて、
テーブルに歩いて行き椅子を引いて座った。
そして頬杖を付いて浮かぬ顔付きで、「恋愛か、気が重いわ」と、一つため息を付いた。
その時、洋子は、「サプライズと言う事も有りますよ。
今まで手掛けた事の無いジャンルに、飛び込んで見るのも、
恋愛専門で書いている作家とは、
違う発想が生まれる可能性も有りますよ」と、励ました。
だがすみれは納得が行かなかった。
置かれたお茶をすすりながら、5月の久里浜はかもめが鳴いていた。
その夜、一人すみれは部屋の窓を開けて潮風を浴びていた。
久里浜の港町は、都会に疲れたすみれの心を癒していた。
ふと窓の外を見ると見知らぬ若い女性が、
事務服を着て買い物袋を持って歩いていた。
その姿を、部屋の窓辺で見詰るすみれ、
一つため息を付いた。
オカルト小説で、名を馳せたすみれではあったが、
時は無常で韓流ドラマに覆され遭えなく恋愛物語が、
この日本の流行に替わっていた。
だが売れていない訳でも無く。
出版社側の意図に流され嵌められていた事もあり、
ネット小説や電子書籍に煽られていた出版社は、
売れっ子作家に圧力を掛けていた。
戸惑うすみれは悩んでいた。
今のままでも十分オカルト作家として、
固定ファンが付いてい来ているのに、
得意なジャンルから180度転換しなければ成らない行いに、
躊躇っていたが意を決したか自分のデスクに着き、ノートパソコンを開き、
キーボードを走らせた。
題名は、最高のラブレター...。
神崎 留美菜、二十五歳。
横須賀の久里浜に一人暮らしに憧れ、
小高い丘の上のコーポを借りて、住む事になって二年。
仕事にも大分成れた留美菜。
今日は定時で上がれたのでコンビニに寄って、
軽い夕食でも買って帰ろうと思った様だ。
店内に入ると客も疎らで籠を取り、サンドイッチの棚に手を掛けた瞬間、
もう一人が先に同じサンドイッチを掴んだ。
留美菜は振り向くと、年は30歳前後の小柄の男性であった。
お気に入りのサンドイッチは一つしか無くその男性も同じ様で、
どちらも譲るのを待ってサンドイッチを離さなかった。
そして留美菜が切り出す。
留美菜、「ちょっと離してよレディーファーストって事、
あなた知らないの」と、訴えた。
男性は、「僕が最初に掴んだのだから、
離すのはそちらだよ」と、主張した。
留美菜は大きな声で、「それはどうなの、同時でしょ」と、怒った。
男性も声を上げて、「同時では無いよ、
僕が最初に掴んだ」と、やはり怒り気味に答えると、
疎らな店の客が二人を見ていたが、この二人は眼中に無かった。
近くに居た店員もこの二人を見詰めるだけで、
どう対処して良いか戸惑うだけであった。
するとその男性は、サンドイッチをひったくる様に棚から掴み取り、
自分が持っていた籠に入れると、そそくさレジに向かって清算をしていた。
その後ろに付いて行く留美菜は、清算をしている男性の背中で、
ブツブツ文句を言っていた。
そんな事は知らぬ顔で、男性は清算を済ませ店内から出て行った。
それを見た留美菜は頭に来たか男性が去った後に、
足を男性目掛けて空蹴りをした。
すると店員が近くに置いてあった大きな籠から、
留美菜が好みのサンドイッチを取り出し、「あの、
新しいサンドイッチが有りますけど、
これで良いですか」と、留美菜の前に差し出すと、
留美菜は今起こした行動に対し、この場の立場が無くなり、
引っ込みが付かない留美菜は店員に、「有るなら早く言ってよ」と、
店員が差し出した、
好みのサンドイッチをひったくる様に、受け取ったのであった。
留美菜は明くる日、自分が勤めている水産会社のデスクの椅子に座り、
事務をしていた。
すると隣の同僚の、吉崎 美祢が話し掛けて来た。
美祢、「留美菜今日は先月入社して来た、
古川君の歓迎会だけど出る」と、尋ねると、
留美菜は微笑んで、「出る出る呑みたいから」と、歓迎会の誘いに乗った。
そしてその夜と或る近くの割烹料理店で、歓迎会は始まった。
港町だけに海の幸が豊富で、今まで長野に住んでいた留美菜は喜んだ。
留美菜、「凄い、鯛のお刺身なんて何年ぶりだろう」と、語ると、
側に居た社員達は笑った。
年齢26歳の地元の男性社員の、大田 博が、「神崎の出身は長野だよね、
鮎が豊富でヤマメなども頻繁に口に入ると思うけど、
俺はそちらの方が羨ましいけどね」と、言いながら微笑んだ。
すると留美菜は、怒り気味に、「馬鹿にしてるの」と、答えた。
大田は、「馬鹿になんかしたないよ、俺は釣りが好きで、
川釣りも遣って見たくて川魚も好きなのさ。
だから海育ちの俺は、川の幸を堪能出来た君が羨ましいの」と、語ると、
留美菜は、「どうせ田舎者ですよ」と、不貞腐れた。
それを聞いた美祢は、「もうなんで留美菜は、
いつも素直に人の話を、受け入れないのよ。
へそ曲がりなんだから」と、非難した。
留美子は不貞腐れたまま、「私のへそは真ん中に、
付いているわよ」と、更に機嫌が悪くなった。
呆れた美祢と大田は、そのままそっとして置いたのであった。
歓迎会はすっかりただの宴会に変わり、
どんちゃん騒ぎは夜の11時まで続いていた。
知らぬ間に古川は、酔っ払っている留美菜と美祢を同時に口説いていた。
古川は留美菜の肩に腕をを回し、もう片方の腕を美祢の肩に回し、
にやけ眼で、「ねえ、今から三人でカラオケ行こうよ」と、
二人の肩に腕を回しながら、
留美菜を見たり美祢を見たりしていた。
留美菜も美祢も酔っ払っている様で、
肩に手を回されている事に躊躇いが無かったが、
留美菜が、「でも明日仕事だから無理よ」と、古川の手を退けた。
すると美祢はコップで冷酒を飲みながら、「いいじゃない、一時間位なら」と、
カラオケの誘いを受け入れた。
すると同時に古川と美祢は、「ねえ」と、顔を見合わせて、頷いたのであった。
その姿に気づいた社員達は古川の姿を見て、
50歳の男性社員、市川 広茂が、「おお、お前らいつの間に公の場で、
いちゃいちゃしていたんだ」と、非難した。
古川は、「違うんですよ、僕の手が勝手に肩に回ったのですよ。
僕の意思ではどうする事も出来なくて」と、
冗談交じりに大雑把な言い訳をすると、
女性も男性社員も皆酔いが回っている様で、手を叩いて笑った。
そして社長が、「都合が良い手だな今度俺にも貸してくれ」と、せがむと、
古川は、「社長、僕の手は外せないのですよ」と、言い訳をすると、
年配で社長と同じ年の幹部の、
古谷 義一が、「馬鹿だなお前、『手癖が悪い』って、
遠まわしに言われたのだよ」と、忠告すると、
社員達は更に笑ったのであった。
結局今日はそんな会話で午前0時を過ぎてしまい、
宴会はお開きとなったのであった。