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少女の瞳に人外は映る

作者: 枕木

「ねぇ、なにしてるの?」


 荒れた野に無残に転がった物体に少女は話しかける。

少女はマシュマロの様な白く柔らかそうな肌に、負けないほどの白いワンピースをふわり(まと)っている。少女が動くたび、ワンピースは漂うように舞う。

頭に乗ったつばの広い帽子にはスノーフレークの花がつけられていた。

真白(ましろ)なその花はまさに少女のようであった。


「…」

「どうしたの、おこえがでないの?」


 始めに声をかけ反応がなかった物体に少女はまた話しかける。

このような事が10分程続いたころ、物体がわずかに揺れたと思うとその身体が起き上った。

その見た目はあまりに異様で、少女とは正反対の炭の様な黒が油の様な奇妙な光の反射をしている。

下半身は何かの獣のようで肉球のついた脚が左右あわせて8本、脚から顔にかけては脊髄(せきづい)が高くそびえ、そこから肋骨(ろっこつ)がせり出すように伸びている。

腕は肩から肘にかけて肉は無く、指先までは腐敗しかけの肉がかろうじて付着している。

顔こそ人間の男性ではある事は解るが、やつれた頬にだらしなく伸び目にかかった髪、髪の奥に潜む目からは『生』を感じられなかった。


「…」

「おきたのね、おはよう。」

「…」

「ねぇ、おじさんはおこえでないの?」

「…いや」


 少女の声かけにようやく反応した。

男の声は水分など一切感じられないほど乾いたものだった。

男の声を聞いて、少女は目を見開き頬を赤に染めた。

そして思わず声をあげた。


「わぁ!おこえすてきね、もっときかせて!」


 その言葉にこんどは男が目を見開いた。

拒絶されると思ったのだ。ただでさえ異様な形をして、かつ生命力を失った声をしているのだから。

目を見開き、頬を染める、次にはその瞳は大量の水分に占領されてしまうと、そう考えていた。

そんな男の予想を見事に裏切った少女に男は問いかけた。


「お前、俺が怖くないの、か。」


 ただでさえ乾いて声が、緊張からかさらに乾燥したように男には感じられた。


「おじさんはこわいの?」

「…っ、こんな気持ちの悪い姿をしてるだろ」

「わたしとはちがうかっこうね」

「そう、だ。こんなもの嫌だろう…」


 男は言葉をつづりながら、逃げ出したい衝動に駆られだした。

こんな姿の自分を拒絶しなかった少女に自ら拒絶させようとしているのだから。

拒絶されるのに慣れすぎてしまった男は、自分が受け入れられる事を知らなかった。


「…じゃあ、」

「え、まって!もっとおはなししようよ!」

「!!?」


 男は獣脚をおこし、その場から立ち去ろうとした。

其れに慌てた少女が男の脚にしがみついたのだ。

拒絶、それはつまり忌み嫌われること、好んで触れるなんてありえない。

それなのに、少女は男の考えを遥かに超えたことばかりしてくるのだ。

ついには男はキャパオーバーになったのかその場にへたり込んだ。

少女は脚から今度は胴にしがみついた。

どうやら、男がまたどこかに行こうとするのを止めようという魂胆らしい。


「…もう逃げないから、放してもらえるか」

「んー、や!このままがいい!」


 無邪気に笑う少女は一層力を強めてきた。

そう言っても、所詮少女の腕力。大した力ではない。

はずそうと思えば簡単に解くことはできる少女の腕。

しかし、男にはそれが出来ないと思えてしまう程力強いものに感じた。


「…」

「ねぇ、おじさん」

「…なに」

「ちょっと、おかおおろして?」


 常人よりも長い脊髄の男と少女の体格差は明らかで、男の顔はずいぶんと高い所にあった。

少女の要望に脊髄を湾曲させながら顔が少女の近くに行くようにする。

その時、男は少女の瞳に映る自身の顔を見て、驚いた。

少女の大きめの瞳の中、髪の奥に見える自身の目に、生気が宿って見えたのだ。

少女の瞳を凝視していると、大きさが増した瞳、それはゆっくりと閉じられた。

次にやってきた感覚に男は身体に電流が走るのを感じた。

かさつき、ボロボロの自身の唇に柔らかい何かが触れている。

目の前にあるのは少女の顔、ならば…


「…なっ何でこんな、」

「えへへ、それはね。おじさんすてきだから!」


 触れていた感覚は間違う事は無い。

少女の唇だった。


男は、忌み嫌われ、汚らわしいと嫌悪され続けてきた。

それゆえ、男は少女を特別に思い出していた。

当の本人は男の心境を知ってか知らずか髪を手櫛で解き始めた。


「せっかくのおかお、かくしちゃもったいないよ」


言いながら少女は男の前髪を割っていく。

割られた前髪から覗く男の顔に少女は楽しそうに笑う。

そして、「そうだ!」と手をパンと合わせると、被っていた帽子を男にかぶせた。

男と正反対の真っ白な帽子はスノーフレークと共に風に揺られた。


「これ、おじさんにあげるね!」

「え」

「だって、とってもにあってるの!」


戸惑いに男は頬を染める。

少女はまた笑う。


瞳に男を映して。

スノーフレークの花言葉は『汚れのない無垢な心』『乙女の誇り、純潔』だそうですよ。


帽子を男に、ってことで男に心的なものが戻ってきた!みたいな感じにしたかったんですがね…うーん、難しい。

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― 新着の感想 ―
[一言] もう少し長く、少女と男のやり取りを見ていたかったというのが、読み終わったときの感想です。
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