第四章
セラと二人でココルからもらった春の結晶を素敵なアクセサリにするためにマリルの工房を訪れるが、春の結晶をアクセサリにするにはムル貝が必要だと言われる。二人はゼル・リアにムル貝を求めてスプレ岬に向かう。その途中で冒険家のアリルと出会い、彼も同行のもと二人はスプレ岬にやってくる。何とかムル貝をゲットしたシグたちは町でアリルと別れた後、謎の兵士達を見かけるが……
〜ローナとネル〜
彼はその街にやってくるなり手に持った槍で強盗を対峙して騎士団に突き出したことがあった。そのときの隊長に見込まれ、騎士となった彼は次々と事件を解決し、ついには小隊長に昇格のところまで登りつめた。だが――
「なんてことをしてくれたんだ!」
「このままではこの国はどうなる!?」
「もう終わりだ!」
口々に浴びせされる罵声。それらから逃げるように、彼は街を去っていった。
「!!」
シグは声にならない叫び声をあげてベッドから跳ね起きた。服がベタベタする。どうやら大量の寝汗をかいたようだ。
「久しぶりに、あの頃の夢を見たな」
シグは大きく深呼吸をすると、窓を開けた。まだ日の出には早いが、もう一度寝なおすには遅い時間だ。
(散歩でもしてこよう)
シグは着替えを済ませると、一人神殿の外に出るのだった。
シグがラ・ジェラーデの住人たちと交流を持ち始めてから十日が経とうとたった。あれからもシグは毎日、ゼル・リアに落ちた精霊を助けたり、またはラ・ジェラーデの寺院で修業の見学をしたり、手伝いをしたりして毎日を過ごしていた。オストリザードのテイルもシグの信頼あってか、すんなりとラ・ジェラーデにやってくることを許されたのだった。今ではココルを中心としたラ・ジェラーデの子供のお守り番として有名である。
シグにとって、この旅はある意味傷心旅行――と言っては彼に悪いが――のようなものでもあったのでこの辺りでのんびりとひとところに落ち着けるというのは大変有意義なものだった。最近はマリスも寺院に来るようになりだしたということもあって、シグの周りはいっそう賑やかだった。
今日もいつものようにファナと朝の挨拶を交わし、寺院に行こうと広場を抜ける道を通る。
(あれ?)
シグは広場の異変に気づき、足を止めた。この時間は、憩いの広場にほとんど誰もいないはずなのだが、今日は人影が一つ。何かを探しているような素振りを見せていた。お人好しなシグはその人物が困っていると判断すると、すぐにその少女のもとへ行き、声をかけた。
「どうかしたの?」
「あ、あんたは確かファナの許婚の…?」
「許婚!?」
いつの間にそんな噂が広まったのだろうか。シグは仰天して思わずバナナの皮でも踏んで転ぶかのような派手な転び方をしてしまった。
「何やってるんだい?」
少女は怪訝そうにシグを見下ろす。
「い、いつの間にそんな噂が…?」
「つい最近」
少女はあっさりと答えた。
「誰がそんな噂を……」
「あたし」
「!!?」
「冗談だよ」
一瞬恐怖に歪んだシグの顔を面白そうに笑いながら少女は言った。
「他の奴らから聞いていたけどあんたってほんとにピュアな奴だなぁ」
自分がそうさせておいてよく言うよ、と言いたいのをシグは我慢に我慢をしてのどの奥に引っ込めた。
「君が困っているように見えたのは僕の気のせいか?」
「いや、困っているのは本当だね」
少女はしてやったりと言わんばかりに笑うと、シグに事情を説明してくれた。どうやら、この少女の幼馴染がゼル・リアの草原に遊びに行ったきり帰ってこないらしい。
「ゼル・リアにはさ、あたしもよく行くんだ。あそこの魔物は手ごたえがあって修行に最適だからね」
少女はそう言ってぐっと力こぶを作って見せる。女の子にしては大きすぎる力こぶだ。
「あいつもよくあたしの修行についてくるんだけどいかんせん落ち着きがなくってね。すぐふらふらとどこかに行ってしまうんだ」
「それで探しに行くところだったのか」
「いいや」
少女はあっけらかんとした表情でそう答えた。
「あいつは放っといてもいつも自然に帰ってくるから問題はないよ」
「そ、そんな。ゼル・リアには凶悪とされている魔物だっているんだぞ。女の子一人では危険だ!」
「あたしたちは精霊だよ?それにあんたらにはない力も持っているし」
「そんなの関係ないよ。不意をつかれたら一巻の終わりだ!君はいつもそうしてきたのか!」
シグはものすごい剣幕で少女に詰め寄った。シグの剣幕に押されて少女は気まずそうに俯いた。
「すまない。でも、このままにしておくのは得策じゃない。すぐに助けに行こう」
「あ、あたしも行くの?」
「君の幼馴染でしょ?」
「………」
「行こう」
シグは少女を連れ、テイルが寝泊りしている小屋でテイルを連れ、クラース草原へと降りる。
「いつもどの辺で修行を?」
「え〜っと、どこっていうのは決まっていないかな。魔物が出たらはっ倒すだけだから」
「しらみつぶしに探すしかないってことか」
「あ、ねぇシグ」
少女は何かを思いついたのかすぐ前にいるシグに声をかけた。
「あたしの力を使いなよ。そうすりゃ、少しはあいつの力を感じ取れるようになるからさ」
「じゃあ、そうしよう」
「オッケー。じゃ、行くよ」
少女はシグの背中の中央に自分の右手を当てた。
「そうそう、あたしは夏の精霊ローナ。幼馴染はネルっていうんだ。ピンクの髪をしているから目立つはずだよ」
ローナは付け加えるようにそう言うと、シグの背中から溶け込むようにして彼の意識の中に潜り込んだ。
「よし、それじゃあ今日もよろしく頼むなテイル」
「キュ!」
任せろと言わんばかりにテイルは頼もしげに鳴いた。かくして、一人の少女、もとい精霊を探してテイルに乗ったシグは広大な草原の内部に入っていくのだった。
『ねぇ、一つ聞いてもいいかい?』
意識の中にいるローナがシグに問いかけた。
『あんたとファナってさ、どういう関係なんだ?』
「どういう関係というと?」
『だ、だからさ。その、恋人関係とか友人関係とか幼馴染とかいろいろあるだろ!』
ローナは自分言ってて恥ずかしくなったのか、言葉の最後のほうは怒声まじりだった。
「ああ、そういうことか。それなら僕とファナは多分ローナが期待しているような間柄じゃない」
『本当に?』
ローナはシグに疑意のまなざしを向けるような言い方をした。
『あたしはファナの幼馴染でもあるからあいつのことはよく知っているんだよ。あんたが来てから、あの子はすごく明るくなった。仕事がきついときでも笑っていた。以前では考えられない変わりようだった』
「ローナ…?」
『あたしも、一応女だからわかるんだけどさ。ファナは、あんたにきっと恋していると思うよ』
「ファナが、僕に?」
『十年前、ファナがゼル・リアに落ちたとき、あいつは本当に寂しかったはずだ。身よりもなしだし、魔物は出るわでね』
「………」
『そんなあいつに救いの手を差し伸べてくれたあんたにファナは深い情を抱いていると思う』
「で、でも僕はあの時のことをまったく覚えていないんだ」
『そうなの?』
「ファナから話を聞いたところによると、僕はファナを自分の家に連れて行ってパンを半分こして食べさせたらしいけど、僕にはそんな記憶がないんだ」
『ちょいと待ちなよ。十年前の話といえ、あんた十二歳だろ?物心はしっかりついている頃じゃないか』
「そのはずなんだけど、僕にはそんな記憶がない。それに、ファナを助けたその後すぐに僕は行商人だった両親に連れられて旅に出たんだ」
『ふ〜ん、なんか合点のいかない話だね』
ローナの声は明らかに少し怒っているように聞こえた。
「僕もあれから何度も思い出そうとしているが、記憶のどこを探っても出てこない」
『あんた、その間に記憶喪失になったとか?』
「いや、ちゃんと十三歳の頃に何をしたかっていう記憶はあるんだ。だから、それはない」
『ますますわからないね』
「ごめん」
『あたしに謝ってどうするのさ』
「そうだけど、ごめん……」
「キュ〜!」
テイルの声にシグははっと我に返り、テイルの手綱を思いきり引っ張った。テイルは何とか危険の一歩手前でブレーキをかけることに成功した。
「だ、大丈夫!?」
シグはテイルから飛び降りると、テイルの前に呆然と立ち尽くしている少女に外傷がないかどうかをさっと見分ける。
「怪我はない……みたいだな。大丈夫?」
落ち着きを取り戻して、もう一度声をかけてみる。少女も気がついていたようで子供のように無邪気に笑った。
「全然大丈夫だよ。ぼ〜っと歩いたこっちも悪いしね」
少女は引かれそうになったことを全くもって気にしていない様子だった。それにしてもよく見るとこの少女は何とも派手な髪の色をしている。
「ピンクの髪。もしかして君がネル?」
「そーだけど?あれれ、お兄さんの体からローナちゃんの匂いがする」
「あぁ、それは――」
シグが言い終わる前に聞き取れない叫びと共に大降りのげんこつがネルの頭の上に直撃した。
「いったぁ〜い…」
「こぉんのボケボケ娘!」
「あ、ローナちゃんだぁ」
「ローナちゃんだぁ、じゃない!お前はどうしていつもいつも一人で勝手にうろうろするんだ!あたしがどれだけ心配したと思っているんだい!?」
「反省しているからそんなに怒らないでよ」
「反省しているんだったらどうして、あたしの修行のときに毎回毎回、勝手にうろちょろするかな?」
「うぅ〜、だって、ローナちゃんが戦うとこ見てても暇なんだもん。それよりかはこの広大な草原を一人で気ままに旅していたほうが面白いじゃない?」
(な、なんて理由だ)
シグは呆れながら、その後も続く二人のやり取りをやはり呆れながら見ていた。
「ところでネル、その服のテカリ具合はもしかして…?」
十数分くらい続いたやり取りに飽きたシグが話をはぐらかすためにネルの服についている金色に光るものについて質問した。
「ああ、これ。これは蜂蜜だよ」
「蜂蜜?」
「何だってそんなものを服につけるんだい?」
「いやぁ、それを聞くとちょっと苦労が多くなると思うけど……」
「はぁ?」
「も、もしかして君は…」
シグは何か嫌な予感を察して、周囲を見渡した。よく耳を澄ますと、無視の羽音のような音が聞こえてきた。
「な、なんだいこの音は?」
「ネ、ネルの馬鹿!何だってキラービーの巣なんかに入るんだ!」
「あたし、蜂蜜って一度でいいから食べたくて」
ネルはてへっと笑いながら舌を出した。
「まぁ、好奇心のなせる業ということで」
ネルはまるで語尾にハートマークでもつけたように可愛らしく微笑んだ。
「お前は熊かー!」
シグは声を大にしてネルに突っ込みを入れた。