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第三章

〜アリルとクエスト〜



 オールゼットの街で携帯食料や装備の点検と情報を集めたところ、どうやらスプレ岬に行くには二通りの方法があって、一つは、オールゼットから北に進路をとり、ドーガ山脈を越えて、ウォリア平原を抜ける行き方と、もう一つはシグがココルとセラを助けたフォルナの森を東に抜けてグレム砂漠とウォリア平原を抜ける生き方があるのだが、後者はよほど腕利きの冒険家でも抜けるのは難しいらしい。距離で考えればこちらのほうが近いらしいが。シグが話しかけた冒険家曰く、グレム砂漠はオストリザードの天敵であるサンドウォームもいるらしくオストリザードで早々と砂漠を抜けようとする冒険家たちがこれまで何人も砂に飲み込まれたらしい。

 シグとセラは町の外で待たせていたテイルに再び乗ると、オールゼットの北に聳えるドーガ山脈へと進路をとった。

「これがドーガ山脈か…」

 目の前にそびえる大きな山々にシグは言葉を失っていた。

「正直、しばらく山越えは勘弁してほしかったけど、場合が場合だし仕方ないか」

「キュウ……」

 テイルもどこか自信なさげな声を出していたが、表情は心底嫌そうなようには見えなかった。

「ところでセラ?」

「あ、はい」

 急に自分に会話を振られ、セラはハッと顔を上げた。

「ここから先はここまでの道のりみたい以上に魔物の数も多くなる。今のうちに君の力を借りておきたいんだけど」

「わかりました」

 セラは頷くと、「失礼します」と一言断ってからシグの額に手を当てた。

「いきます」

 セラははっきりとした口調でそう言うと、シグの額を押さえる手に神経を集中させた。刹那、今しがたまでシグの目の前に立っていたセラの姿が透明になり、まるで消しゴムで文字を消したときのように一瞬にして消えてしまった。

「セ、セラ!?」

 シグはあまりにも一瞬の出来事に思わずさっきまで目の前にいた少女の名前を叫んだ。

『私はちゃんといますよ、シグ様』

「な、何だ?頭の中から声がする?」

 シグは両手で頭を押さえた。割れそうに痛い。これが憑依なのかと感じることもできなかった。

『これが憑依です。しばらくはしんどいかもしれないですけど、すぐに慣れます』

「頭の中からセラの声が聞こえる。これが憑依?」

『これからはシグ様の意思で私の力を行使することができます。私の司る冬の力、主に水や氷を使った術を使用できます』

「水や、氷?」

「おい、危ないぞ!」

 どこからともなくそんな声が聞こえた。シグが目を上に向けると、鋭いくちばしを持った小鳥がシグの腹目がけて急降下してきていた。

『シグ様、右手をあの魔物にかざしてください。氷を出します!』

「わ、わかった」

 シグはセラに言われるがままに右手を小鳥に向かってかざした。

 “フロストスフィア!”

 刺が着いた氷の球体が小鳥の体を一撃で貫いた。甲高い悲鳴を上げて小鳥が地面に落ちた。

「すごい。今のは槍を構えていたら絶対に間に合わなかった…」

 シグは氷で体を貫かれた小鳥を見下ろしながらぞっとした。

「あ……」

 シグは彼と目が合ってしまった。先ほどシグに危険を知らせてくれた青年である。青年は呆気にとられているようでポカンと口を開けたままの状態になっていた。

「あの…」

「す、すすす、すすす……」

「はぁ?」

「…すっげぇーーーー!」

 青年は歓喜の雄叫びをあげてその場大はしゃぎで駆け回った。

「な、なぁ。今の『魔法』ってやつだよな。もういっぺんやってみせてくれないか!?」

「はぁ?」

 何がなにやらわけがわからなかった。この青年は一体何を言っているのだろうか?

「あんた、魔導師だろ?すげぇなぁ」

 とりあえず口裏だけでも合わせておいたほうがよさそうだ。直感的にそう感じたシグは適当に頷いた。

 そういえば聞いたことがある。生物の中に眠る魔力というものを媒体に自然の原理を捻じ曲げて炎や水を行使する術があることを。それらを巧みに扱う者、魔導師。

「もう一度見せてくれよ。俺、魔導師をみたの初めてなんだよ」

 シグは思った。これ以上この青年に付き合っているといつかぼろが出ると。

「悪いけど急ぎの用があるんだ。ここを通してもらえないか?」

「一度だけでいいから」

「だから急いでいる……」

「一度だけ!」

「だからいそ…」

「一度…!」

 どうあってもこの青年は魔法を見せるまでここを通すつもりはないらしい。

(セラ、見せても大丈夫かな?)

 シグは頭の中にいるセラに話しかけた。

『多分問題はないですよ。ゼル・リアにも魔法使いという者が存在しているみたいですから』

「わかった。見せたらここを通してくれよ」

「ああ、わかってるって」

 青年は白い歯を見せてニッと笑った。どこか信用できない軽い笑顔だったが、魔法を見せないと通さないと言い張るのだから、迷わずさっさと見せたほうがいいだろう。

「すっげぇ!」

 見事に凍った岩を青年は物珍しげに叩いたりしていた。

「もういいだろう。じゃあ、僕は行くから」

「待った待った。いい物を見せてくれた礼くらいさせてくれよ」

「別にいらないよ。魔導師ならばできて当たり前のことなんだから」

「そう言わずに。あんた、これからどこへ行くんだ?」

 ここで青年を無視して先に進むという手もあったのだが、きっと彼はしつこく追ってくるだろう。シグはそのことを一発で見抜いたため、行き先を青年に告げた。

「スプレ岬か。あんなところに何をしに行くんだ?今、あそこでのシナリオ何かでてたっけか?」

「シナリオ?」

 シグは首をかしげた。

「あれ?あんた、冒険家じゃないの?魔導師なのに?」

「魔導師は関係ないだろう?それに、僕は冒険家じゃなくてただの旅人だ」

「へぇ。今時珍しい人もいたものだ。利益目的じゃない旅をしているだなんて」

 青年の言い方からすると、シグのような旅人はモルグナードでは相当珍しいようだ。

「まぁ、観光目的で行くのも悪くないところだし」青年は一応シグをフォローするようにつぶやいた。

「じゃあ、俺が案内してやろうか。俺もシナリオの都合でよくあそこには行くしな。ドーガ山脈の抜け方もお手のものだぜ」

「…とか何とか言って本当は魔法を見たいだけじゃないのか?」

「ばれたか?」

 青年はあっさりとそう言うとケラケラと笑い出した。

「まぁいいじゃねぇか。俺は冒険家のアリルだ。あんたは?」

「僕はシグだ。こっちのオストリザードはテイル」

「シグにテイルか。よろしくな」

 アリルはやはりニカっと白い歯を見せて笑った。


 


 アリルの案内で手早くドーガ山脈を抜けた一行は、ウォリア平原も順調に飛ばしてあっという間にスプレ岬へとたどり着いた。見渡すばかりの白い砂浜にはまだ時期も早いせいか人の子一人見当たらなかった。

「ここがスプレ岬だぜ。俺たちモルグナードの冒険家のシナリオにもよく使われるシナリオの代表格の場所だ」

 アリルは得意気に胸を張った。

「それで、ここに来てあんた何をするつもりなんだい?」

「ムル貝というのを探しに来たんだ」

「ムル貝だってぇ!?」

 アリルが素っ頓狂な叫び声をあげる。

「シグさんよ、そいつはちょっと無理ってものだ。ムル貝は冬によく取れるものだからな。春も半ばを過ぎた今じゃ、きっと見つからねぇよ」

「そ、そんな!何とかならないかな?」

「それはムル貝に聞いてくれ。もしかしたら変わり者の一匹や二匹いるかもしれないけどさ」

 地元の冒険家であるアリルがそういうのだ。情報に間違いはないだろうが、しかしこのまま帰るわけにもいかない。

「ムル貝を探すにはどうしたらいいんだ?」

「うへ、本気で探すつもりなのかい?まぁいいや。それじゃあ、砂浜をよく調べてみな。小さな枝がちょうど一本入るような穴があるはずだ。それがムル貝の住処だ。そして、その穴の中にこいつをパラパラ〜っとまくんだ」

「これは……塩?」

「ムル貝が取れる時期だとこいつをいれて数秒待てばムル貝が飛び出してくるんだ。今は望み薄だけど、まぁあんたがやるのなら止めはしないさ」

「ありがとう、アリル」

「礼はとれてからでいいぜ。俺はこの辺りにいるから終わったら声をかけてくれ」

 アリルはそういうと、岬の端に向かって、砂浜を歩いていった。シグはアリルが完全に背中を向けていることを確認すると、自分の中にいるセラに話しかけた。

「どうしようか。冬にしか取れないなら今、探してもいない可能性のほうが高い」

『困りましたね……』

 セラは残念そうにつぶやきながら、『あ、でも…』と続けた。

『ちょっと反則ですし、あまりこういうことをすることは禁じられているのですけど、私の力でこの空間をほんの少しの間だけ冬の状態に戻すことはできます』

「へぇ、季節の精霊はそんなことまでできるのか?」

『見習いの私の力では長い時間は無理ですけど…』

「いや、ムル貝がとれるならかまわないよ。セラ、やってくれるかい?」

『わかりました。では、一旦憑依を解かせてもらえますか?』

 セラの言葉にシグはもう一度後ろを確認した。アリルはすでに遠くのほうで海を眺めているようだ。

「ああ、わかった」

 シグは小さな声で言った。刹那、シグの体からまるで魂が抜け出るかのように青髪の少女が現れた。

「……なんか、ちょっとした怪奇現象だな」

「フフ、すぐに慣れますよ」

 セラは微笑み、両手を空に向かって広げた。しばらくしてからシグは自分が立つ砂浜の周りに冷たい木枯らしが吹いているのを感じた。シグは見つけた穴の中にアリルからもらった塩をまくと、数秒にも満たない時間でそれは穴の中から一瞬だけ顔を出した。

「わ、早すぎるよ!」

 シグは完全にタイミングを逃していた。もう一度、砂の中に塩をまき、ムル貝が出てくるのを待つ。

「今だ!」

 今度は成功。シグの親指と人差し指の間には細長い形の貝が挟まっていた。

「これがムル貝ですか?」

 セラがしゃがんでいるシグの上からムル貝を覗き込む。

「…だと思うよ。アリルも言っていたし。一匹だけじゃ足りないって言われるかもしれないし、もう二、三匹採っておこう」

 シグは再び穴探しを始め、見つかれば塩をまいてムル貝を採った。

 三十分くらい経過し、シグはアリルのいる場所へと歩いた。

「よう、えらく早いお帰りだな。もう諦めたのかい?」

 あたかも結果を予想していたかのような表情のアリルが笑いながら言うと、シグは返事の変わりに採ったムル貝を五匹、アリルに見せた。

「マジかよ!?この時期にムル貝がまだいたなんて驚きだ。あんた、運がいいぜ」

「どうも。もう十分だし、僕らは帰るよ」

「そうか。じゃあ、俺も帰るとするかな。オールゼットまではまたよろしくな」

 こうして一行は再びもと来た道のりをたどってそれぞれの帰る場所へと帰ることにした。

「今日はありがとう、アリル」

 オールゼットの一角でシグはアリルに礼を言った。

「いいってことよ。それに、俺のほうは魔法とムル貝と二つもいいものをみせてもらったしな」

 少しアリルと話をし、シグは今度こそ別れを告げて町の外に向かってきびすを返したときだった。

「!!」

 シグは思わず物陰に身を潜めた。

『ど、どうしたんですか?』

「静かに!」

 シグは小さな声で叫ぶと、自身の気配を消すように壁に張り付いた。大通りをなにやら険悪な表情の男達が通り過ぎていった。話の内容は上手く聞き取れなかったがどうやら誰かを探しているようである。

「追っ手が、もうこんなところまで……」

『シグ様、大丈夫ですか?』

 頭の中からセラの心配そうな声が響く。

「ああ、もう大丈夫だろう。急ぎ足で帰ろう」

 シグは狭い路地からもう一度先ほどの者達がいないかどうかを確認すると、早足で町の外で待たせているテイルのもとへ向かった。

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