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第三章

ファナに頼まれてゼル・リアに落ちた彼女の友達を探す旅に出たシグ。ファナが言うにはココルを助けた森で反応があるらしく、結局は森の地下井戸で冬の精霊セラを助け出し、再びラ・ジェラーデに戻ってきた。別れ際にセラはシグとある約束をするが……

〜秋の精霊マリル〜


 シグは小鳥の鳴く声で目を覚ました。

 大きな伸びをしてからベッドを抜け出し、窓を開けて朝の空気を吸い込んだ。

「ほんとに綺麗な場所だな、ここは。爽やかな風だ」

 これも四季を司る精霊たちの力なのだろうか。

 シグは着替えを済ませて部屋の外に出た。神殿区では既に何人かの巫女達が慌しく廊下を行ったり来たりしていた。

「シグ様、おはようございます」

 正面から歩いてきたファナはシグの姿を見つけると嬉しそうに微笑んだ。

「おはよう。早いんだね」

「はい。流石に私が朝寝坊をしてしまったら皆が困っちゃいますからね」

 ファナは可愛らしく舌を出した。

「よくお眠りになられましたか?」

「ああ。でも、僕にはちょっと豪華すぎた感じがしたかな。ところで――」

 シグはファナが両手で抱えているパンかごに目をやった。

「さっきからとても良い匂いがしているね」

「今朝一番で私が焼いてきたんですよ」

「君が?」

「はい!」

 驚嘆するシグにファナはたいそう嬉しそうに顔で頷いた。

「君は本当にラ・ジェラーデをまとめる存在には見えないな。どうみても家庭的な普通の女の子だ」

「お料理は昔から好きだったんです。一生懸命作った後のみんなの喜ぶ顔を見るのが大好きだったから。でも、季節神になってからはあまりできなくなってしまいましたけど…」

 それはそうだろう、とシグは内心思った。ゼル・リアにも変わった神を描いた話は数多くあるが、料理好きな神の話はシグの知る限りでは存在しなかった。

「本当に変わった神様だ」

 シグはそう言って口元をふっと緩めた。

「よく言われます」

 ファナも口元を緩める。本当にこの少女といると笑顔が絶えず、元気が出てくる。

「私、もう行かないと。パンが冷めてしまったらいけないので」

「食堂に行くのかい?」

「はい。今日の料理番の人達が待っていますから」

「僕もついていっていいかな?正直、食堂の位置をまだ覚えきれてないんだ」

「神殿は広いですものね。私も覚えるのに一ヶ月くらいかかりました」

「じゃあ、行こうか」

「はい」

 ファナはにっこりと微笑むと、シグ横に並んで神殿の廊下を歩いた。巫女達は不思議そうな顔をして二人を見てくる者と、なにか言いたげな剣幕をかもしだしている者の二者に分かれた。前者はまだいいものの、後者はいかにもファナと距離の近い者達によるものがほとんどだった。やはり、神という威厳のこともあるからだろうか。シグは少しだが、ファナを誘ったことを後悔した。



 朝食を食べ終えたシグはこれから仕事があるファナと精霊王の間の前で別れた。

 ファナは「仕事がなければもっとシグ様といろんなお話ができるのに…」と何度もぼやいていた。シグは後ろめたい気持ちでいっぱいだったが、ここでファナに「じゃあサボってしまえ」とは言えなかった。もちろん言ったらシグは重罪人で死刑確定者だろう。

 シグは憩いの広場のベンチに腰を下ろした。皆、朝の仕事についているためか広場にはほとんど精霊たちの姿は見えなかった。

(そういえばセラたちが勤める寺院区というものがあるんだったな。仕事の邪魔にならない程度に行ってみるか)

 シグはベンチを離れると、広場を温かく見守る日差しと風に別れを告げ、寺院区に向けて再び足を動かした。

 ファナの話のよると、寺院区は憩いの広場の東らしい。独特の建物だからすぐに目に付くと言っていた。

 シグは緑鮮やかな林に目を奪われながら、木々の合間から小さく見える建物の集団を目指した。

「ここが寺院…」

 ゼル・リアでは見たことのない厳かな雰囲気のある建物にシグは完全に見入っていた。

「何か御用でしょうか?」

「え?」

 建物に見入っていたせいで正面に人が立っていることにすら気がつかなかった。

「みたところ、貴方は男。ラ・ジェラーデの精霊ではないようですけど」

 巫女の声からは若干シグを警戒しているような感情が見えた。シグはしどろもどろになりながらも巫女に名前を明かした。名前を明かすと、巫女は顔の緊張を一気に解き放ち、穏やかな顔つきになった。

「貴方がココルとセラを助けてくれた方でしたのね。すみません、男の人を見るのは初めてだったもので」

「初めて?」

「はい。ラ・ジェラーデには女性しかいませんから」

「!?」

 シグは巫女の一言に言葉を失った。それならば昨日の憩いの広場での違和感も頷けるが、まさかそんな世界があるとは。

「いかがなされましたか?」

 巫女が心配そうにシグの顔を覗き込もうとするので、シグは慌てて身を放した。

「大丈夫…」

 苦笑いをするシグの顔は明らかに引きつっていた。女性だけという言葉に甘い理想を抱きつつ、シグはそういう世界は少し遠慮をしておきたいと願うのだった。

「あ……」

 ふと、正面から歩いてきた少女二人と目が合った。一人はまだ少女と呼ぶには幼い顔立ちで、一人は背丈だけでみれば十代中頃くらいの青髪の少女だ。どちらもシグが助けたことのある少女である。

「シグお兄ちゃん…」

「あ、あの、おはようございます。シグ様」

 幼い少女はシグを見るなり、青髪の少女の後ろからそっと顔を出してつぶやき、青髪の少女は少し言葉に詰まりながらも丁寧に頭を下げる。

「二人ともおはよう。寺院というものが少し気になって来てみたんだ」

「そうなんですか。あっ…」

 セラの頭に昨日の約束が思い起こされる。

「すみませんシグ様。約束があったのに……」

「あ……」

 どうやらこの二人はお互いに約束を度忘れしていたようである。

「すみません。これから冬の巫女修行が……」

「いや、気にしないでくれよ。僕も君が思い出すまで忘れていたんだし」

「本当にすみません。せっかくあの春の結晶を使ってアクセサリを作る約束をしたのに…」

「はるの、けっしょう?」

 ココルがきょとんとした顔で首を斜めに傾ける。

「アクセサリを作るって、もしかしてマリスのところへ行くのかしら?」

「あ、はいそうです」

「お姉ちゃん、はるのけっしょうとお兄ちゃんとの約束って…」

「あ、え〜とねココルちゃん」

 双方から質問され、応答に困るセラにシグが見ていられないと言わんばかりに助け舟を出した。

「なるほど、そういうことでしたか」

「私のはるのけっしょうが役に立つの?」

「ああ、そうだよ。ココルがくれた大切なものだからね」

「たいせつ……」

 ココルの顔がほころぶ。

「マリスのところに行くんだったら、今日は修行を午後からにしていいからあの子のところに行ってきてくれないかしら。反省文を書かせてもこれじゃ本当にきりがないわ」

「マリスちゃん、やっぱりきてないんですか?」

 セラの問いに巫女はため息混じりに頷いた。

「セラは幼馴染でしょ?何とか説得してくれないかしら?上の人達もカンカンなのよ」

「わ、わかりました」

「それじゃ、頼むね」

 巫女はシグに丁寧に一礼すると、そのままココルを連れて廊下を去っていった。

「えっと…」

「まぁ、午後からに代えてもらったんだから午前中は僕に付き合ってもらおうかな。いい、セラ?」

「は、はい。喜んでお付き合いいたします!」

 そう言うセラはなぜか顔を真っ赤に染めていた。

 寺院を出た二人は林を抜け、憩いの広場を北に抜けた。

「あそこに家みたいなものがみえるでしょう?あそこがマリスちゃんの隠れ工房です」

「隠れ工房?」

 シグは思わず聞き返した。

「マリスちゃんはちょっと変わった子で、ゼル・リアの文化、特に機械文化に興味があるみたいでよくゼル・リアに降りているんですよ」

「そうなんだ。でも、そんな娘には出会ったことはないな」

「マリスちゃんは機械文明の発達している首都大陸によく言っていたみたいですよ」

 首都大陸、その言葉にシグは顔を曇らせた。首都大陸はゼル・リアのほぼ全土を支配している帝国がある大陸で、かつてはシグも帝国の軍隊に所属していたことがあったのだが。

「シグ様、大丈夫ですか?」

「え?」

「お顔の色が悪いようですけど……」

「いや、なんでもない。確かに首都大陸の機械文明はゼル・リア一と言っても過言ではないな」

 シグは何とか平静を取り戻しながらその後のセラの質問にも応対した。そして、マリルという少女の隠れ工房にたどり着いた。見た目は小さなぼろ小屋のようではあるが。セラがその扉を小さく叩くと、せわしない物音の後に一人の少女が姿を現した。

「あれ、セラじゃない。久しぶりだねぇ」

 ほぼ毎日この小屋にこもりっきりと聞いていたためにどんな根暗少女なのかシグは密かに気体をしていた。

「マリスちゃん、ユーグさんがマリルちゃんのことを心配してたよ」

「アハハ、ユーグさんにはいつも迷惑かけちゃってるなぁ」

 マリスは苦笑しながら後頭部を掻いたが、おそらく心の底では申し訳なさは微塵もないだろう。

「およ?セラ、そっちの男の人は誰?まさかセラの恋人!?ゼル・リアに落ちたって聞いたけど恋人を連れて帰ってきたの!?」

「ち、違うよマリスちゃん。この方はそんな関係ではなくて、ほら、以前ファナちゃんがよく話してくれた小さい頃のファナちゃんを助けてくれた……」

「ああ、言っていたよね……って本当にその人なの!?」

 マリスは目を大きく見開いて叫んだ。セラは大声を張り上げたマリスにびっくりしつつも小さく頷いた。

「そっかぁ。じゃあシグさん、改めてはじめまして。私は秋を司る精霊のマリスです」

 マリスは明るく自己紹介を行った後、「あまり修行には出てないんですけどね」と舌を出して笑った。

「こちらこそよろしく。早速なんだけど、これを使って何かアクセサリを作ってくれないか?」

 シグはポケットから春の結晶を取り出すと、マリルに手渡した。

「これは春の結晶だね。う〜ん、力的には弱いけど確かな暖かさを感じるよ」

「ココルちゃんが作ったんだよ」

 セラが補足説明をする。

「へぇ、あの子が作ったんだこれ」

 マリスは春の結晶をマジマジと観察すると、急に申し訳なさそうな顔になった。

「これをアクセサリにするって話だけどちょっと無理かなぁ…」

「ど、どうして!?」

 セラがマリスに詰め寄る。マリルは詰め寄られて、言葉に迷いながらもアクセサリにする材料がないのだと告げる。

「謹慎を食らっちゃってるから、ゼル・リアにはいけないし、ここにある材料だけじゃ結晶を加工できないのよ」

「じゃあ、その材料を持ってくれば作ってもらえるのかい?」

「まぁ、そういうことになるかな」

「わかった。何を取ってくればいい?」

「シ、シグさんまさか採りに行ってくれるの?」

「こう見えても世界を旅している者だからね。それで、必要な材料は?」

「ムル貝だよ。モルグナードだったらスプレ岬辺りで取れるんじゃないかな」

「わかった。取りに行ってくる」

「シグさん、私も一緒に行っていいですか?」

「君も?」

 セラの突然の申し出にシグは驚きを隠せなかった。普段の彼女からしてとてもそんなことを言う娘には見えないからだ。

「ゼル・リアの魔物には魔法がよく効きます。私が憑依すればシグ様の旅のお役立てると思うんです」

「ふ〜ん、なるほどね〜」

 マリルは意味深に何度も小さく頷き、セラは何かを悟られないように黙り込むが、顔の赤みでだいたいわかってしまう。マリルは視線をシグのほうに向けて、セラを連れて行ってくれるように頼んだ。結局シグは二人に懇願され、セラを連れて行くことに同意をしたのだった。




 再び、丘のふもとに戻ってきたシグたちはテイルと合流した。

「流石に向こうで一晩過ごしている間にこっちも夜が明けているみたいだな」

「キュ〜?」

 テイルは何のことを言っているのと言わんばかりに語尾を高く上げて鳴いた。

「なんでもないよ。じゃあ、行こうかセラ」

「はい」

 テイルの背中に乗った二人は一路、スプレ岬を目指して旅立った。

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