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第二章

主人公シグは精霊の少女ココルを助けたことで精霊界ラ・ジェラーデに招かれる。そこでシグは過去、シグに助けられたという精霊神ファナリアーテと出会う。そして、ゼル・リアに落ちてしまったというファナの親友を探し出すために、再びゼル・リアへと戻っていった。

〜再び森へ〜



光の柱に包まれ、目の前にいたファナがシグの目の前から消えた。そして、次の瞬間、シグは光の柱を見つけた丘のふもとにいた。

「ここは、さっきの場所か」

 シグはふと空を見上げてみた。太陽は光の柱に吸い込まれたときと大きく位置は変わっていない。むしろまったく同じ位置にあった。

(どうやら向こうとこっちでは時間の流れ方が違うみたいだな)

 そういえば古の古城にいった同業者が酒場でそんなことを言っていた。

「そういえばテイルはどこだ?」

 確か、テイルも光の柱のそばにいたはずなのだが……

「キュ〜!」

 丘の上からオストリザードの鳴き声が聞こえた。

 テイルだった。

「テイル!」

 シグは丘の上から一気に駆け込んでくるオストリザードを両腕を広げて迎えた。

「そういえば丘の上で待っていろと言ったんだっけ」

「キュ!」

「……お前、どのくらいの時間僕を待っていたんだ?」

 当然聞いたところでテイルから答えが帰ってくるはずはなかった。彼は不思議そうに首をかしげてシグを見つめるばかりだった。

「まぁいいか。よし、テイル。旅の続きに出発するぞ。目的地は昨日キャンプした場所だ」

「キュ、キュ〜?」

 テイルはどうしてそんなところに戻る必要があるんだと言わんばかりに首を傾げて鳴いた。

「ちょっとした野暮用ってところかな。さぁ、いくぞ」

「キュ!」

 テイルは短く一声鳴くと、しなやかな足をフル回転させてもと来た道を再び走り始めた。

 道中は特に問題なく、一人と一匹は簡単に昨日キャンプを行った草原に戻ってきた。

「確か、昨日僕がきたほうから見て西の方角だったから今度は東かな」

 シグは東の方角を凝視してみる。あたり一面明るい緑の草たちの奥に見える木々の集まり。

「あそこだ。テイル、あの森に行くぞ」

「キュ!」

 テイルは頷く代わりに一声鳴いた。昨日は長い草に足をとられたりもしたが、今日はテイルがいるため草原を歩くのにまったく苦労がいらなかった。あっという間に森の前にたどり着いた。シグはテイルから降りると、森を見上げた。

「綺麗な森だろう?」

 シグが森を見上げているのを真似て、テイルも同じように森を見上げる。

「ほんと、狼さえいなかったら僕はここで木こりでもして暮らせると思うのにな…」

 シグはぼそっとそんなことをつぶやきながら再びテイルに乗って森の中に入っていった。

「ファナが言うにはこの森のどこかに彼女と同じ精霊の仲間がいるはずなんだ」

 シグは森の中を慎重に探りながら誰に向かっていうわけでもなくつぶやいた。

「テイル、お前も聞いたら驚くだろうけど、昨日助けたあの女の子、ココルっていうんだけど、あの子は春を司る精霊なんだってさ」

 テイルはシグの言葉に耳は傾けているようだが、彼が何を言っているのかはよく理解していないようだった。

「いきなり言われても困るよな。僕も困ったもの。でも、僕とココルが吸い込まれたあの光の柱は精霊たちの住む世界ラ・ジェラーデに繋がっていて、僕はそこで昔、僕が助けたという精霊たちのリーダーに会ったんだ」

「キュ〜?」

「別に怖いところだったわけじゃないさ。街並みは僕たちが旅をしてきた中で見てきた街並みと同じだよ。精霊たちも、精霊と言っても姿は人間とまったく変わらなかったよ。すごくいいところだった。なんていうか混ざった感じがしないって言えばいいのかな」

 テイルは黙ってシグの話の続きを待つ。

「空気も綺麗で、まるでこの森のようだった。ただ、一つ気になることがあるんだ」

 気になること、と言わんばかりにテイルが短く鳴いた。

「確かにゼル・リアでも精霊や妖精と言ったら女の子の姿をしているものが一般的だったけど、まさか本当に女の子しかいないなんてことはないよな?」

 シグはそれもありかと考えたが、ファナの話しぶりだと、ラ・ジェラーデもゼル・リアと同じくらいかもしくはそれ以上に歴史のある世界らしい。種が存続するための手段だって、当然あれのはずだ。

(あれは男と女がいないと始まらないからな。まさか女性同士でってわけではないだろうし)

 流石にそっちの気はない。

(まぁ、どっちみち僕は男だから被害に遭うことはないと思うけど……)

 しかし、どうにもあれだけ純粋な世界で女同士というのはやはり世界の純粋さを汚すようで想像し難かった。

「テイル、何か感じないか?」

 シグはあてずっぽうで相棒に聞いてみるが、テイルは怪訝そうに鳴くだけだった。

 苦笑しながらシグはテイルを犬のような扱いにしたことを心の中で詫びた。ちなみにオストリザードの嗅覚はゼル・リアの生物学上では人間よりも嗅覚が悪いとされているため、テイルに匂いで精霊を探させようなんていうことはお門違いなわけだが。そもそも精霊に匂いなんてあるのかどうか、そこが怪しいところだった。

 シグたちの入った森は意外と深く、道を一直線に進んでいっているだけなのにいまだ森の出口に差し掛かる気配がなかった。森の深部になればなるほど増していくのは魔物との遭遇確率だけだった。

「一直線に進んできたけど、そろそろ別の別れ道に入ったほうがいいのかな」

 シグは目の前に立ちはだかる十字の別れ道を前にそんなことをぼやいた。もちろんマッピングはしてあるから迷うことはないのだが、これだけ歩いて精霊を探し当てることができないとなると、別の方向に進むしかなくなってくる。

「右か左か、はたまた直進あるのみか……」

 シグは手に持った自作の地図と、現在の別れ道とを見比べながらどっちに進むべきかを考えた。悩んだ挙句、シグは直進することを選んだ。

(こういうことになるんだったらファナに精霊を見分けるための方法を聞いておけばよかったな)

 内心後悔しながら、シグはまっすぐテイルを歩かせた。しかし、もしかしたらずっと続くかと思われた直線の道のりも呆気なく終わりを告げた。

「行き止まりか…」

 そこは小さいが、泉が湧き出ている小さな広場上になっていた。一人と一匹はそこで少し休憩を挟み、再び先ほどの別れ道に戻ってきた。シグは別れ道を順番に探索しながら、もと来た道を戻っていった。そして、森に入って最初の別れ道があった場所で深く掘られた井戸を見つけた。

「昔使われていた地下水道か。こんなところにいるとは到底思えないけど……」

 シグは手書きの地図を見た。森の分かれ道は全て行き止まりかつ、精霊らしい姿は見えなかった。

(昨日のココルの例も考えて姿を隠すことができる力はないみたいだから、あと考えられるのはここだけってことになるな)

 シグはテイルにその場で待つように指示をすると、井戸の梯子を伝って地下へと降りていった。

 森の中の地下水道は涼しいというよりはむしろ寒いくらいで、シグの服装ではいささか寒さを防ぐには事足りなかった。シグは全身の震えに耐えながら、地下を歩いていく。そこでもやはり魔物と遭遇するわけだが、この魔物たちは一体どうやってこの井戸に入ったのかがシグの気になるところであったりもした。

(まぁ、体を温める意味もあってここでの戦闘は嬉しいものがあるけれど)

 幸い魔物たちはそれほど強くなく、シグの動きを見切れるような強者はいなかった。

 さらに幸運なことは、地下水道はどうやらずっと一本道のようで、迷う心配もなかったのだが、水道の幅は決して広くなく、どう考えても隠れられそうなところはないはずなのに精霊の姿はまったくみつからなかった。

(やっぱりここじゃなかったのかな…?)

 何度引き返そうかと思ったかわからないが、こうして道が続いている以上、奥にいる可能性を賭けて進むしかなかった。

「きゃあ〜!!」

 突然響き渡る女の叫び声。密閉された空間だけにその叫び声にシグは耳を抑えずに入られなかった。もちろん、耳を押さえずにはいられなかったのは魔物も同じようで、水道のあちこちから魔物がわらわらと逃げ惑ったり、右往左往を繰り返したり、中には当然シグを犯人だと思い込み襲い掛かってくるものもいた。

「くそ、いい迷惑だな」

 シグは槍を前方に構え、振り回しながら魔物を蹴散らし、道を作った。しかし、魔物たちは蹴散らされてもすぐに体勢を整えて追ってくる。こうなれば、三十六計逃げるにしかず。シグは全力で魔物の手から逃げ切らなければならなかった。

「ハァハァ……だいぶ奥まで来たな」

 シグは息を整えながら前を見据えた。少し奥には岩のようなものがあって道を塞いでいた。

「ここで行き止まりか」

 シグは周囲を見回してみるが、彼の周りでは水が流れているだけで魔物も、先ほどの叫び声の主すらもいなかった。

「まさか、この岩の奥なのか?」

 シグは思わずため息を漏らしそうになった。いくらシグが男でそれなりに力はあってもこの岩をどかすことや、まして破壊することなどできるわけがなかった。

「ここまでか……」

 シグの体に一気に疲労感が訪れる。それらしい叫び声まで聞いておいてこの仕打ちは何なんだろうとも思った。しかし、いくらシグが目の前の岩を恨めしそうに睨みつけたところで、岩が勝手にその場をどいたり、壊れたりすることはなかった。

「ハァ、骨折り損のくたびれ儲けだ。とりあえずファナに報告をしに帰ろう…」

 シグはもう一度悔しそうに岩を睨みつけ、きびすを返した。

「プニュ〜!」

 シグが行き止まりからきびすを返してすぐだった。そのわけのわからない奇声が聞こえたのは。

「うわ!?」

 不意を着いた頭上からの攻撃にシグは一瞬判断が遅れた。その隙を突いて、敵がもう一撃をシグに加える。

「な、何だこいつは……」

 見た目はスライム系の魔物であるプルルだが、何より大きさがその何倍も違っていた。そして、特徴は大きさだけではなく、頭の上に乗っている氷。

「プルルにこんな親戚がいたんだなぁ…」

「プニュ〜!」

 プルルはシグに向かって氷のブレスを吐き出した。

シグはそれを軽く避ける。

「好戦的なやつだな。でも……」

 シグは槍を構えた。敵が臨戦態勢になったことを確認したのか、プルルは再び氷のブレスをシグに向けて吐きつけた。

「一直線にしかブレスを吐いてこないところはやっぱりプルルの頭の弱さだよね」

 シグは姿勢を低くしながらプルルに向かって突進する。

「ついでにブレスを撃った後の隙も大きい!」

 シグはプルルとの間合いを詰め、槍をその柔らかい体に突き刺した。プルルは軟体生物であり、通常物理攻撃は効きにくいとされているのだが、プルルの体を構成している核は別格で、その部分だけはゼリーの膜が薄いのだ。もちろん、いかに戦いに熟練した兵士であってもなかなかプルルに一撃で止めを刺すのは難しい。核に届く前に貫通したゼリーの部分が回復して核への道を塞ぐのだ。だから一般的に知られているプルルの倒し方は――

「コアのある部分を細かく何度も叩くこと!」

 シグは素早く槍を動かしてゼリー状の膜を分断しながら、ついにコアを突き刺し、そのままゼリー状の体ごと、真上に斬りあげた。

「ピギャッ!」

 プルルは甲高い悲鳴を上げて、水の中へと溶けていった。

 シグは戦闘が終わったことを確認すると、槍を下ろした。

「この地方のプルルは変わっているなぁ。氷の息を吐く奴がいるなんて」

 ふぅっと息を一つつき、もう一度周囲を見回した。彼の勘だと、ファナが探してほしいと言っていた精霊はさっきのプルルに捕まっていると思っていたのだが――

「違ったか…?」

 シグは深いため息をついた。やはり、ここにはいないみたいだ。もしかして、さっきの悲鳴の後、そのまま出口へと走っていたのではなかろうか。そうだとしたら、完全な行き違いだ。

(いや、でも井戸の上にはテイルが待機しているはず)

 テイルが精霊を足止めしてくれている可能性はかなり低いが、今はもうそれに期待するしかないだろう。

「よし、戻ろう」

「ま、待ってください!」

「え?」

 今度こそ行き止まりからきびすを返したシグを呼び止める声。シグは後ろを振り返ってみるがやはりそこには道を塞ぐように大きな岩があるだけである。

「気のせいか?」

 シグは天井を見上げてみるが、落ちてくる様子も、はたまた忍者のように逆さづりになっている様子もなかった。

「あ、あの……ここです」

 か弱そうな女の子の声はなんと地面から聞こえた。刹那、周囲の水の中から十代後半くらいの女の子が姿を現したではないか。

「!!!」

 シグはあまりの出来事に言葉を失っていた。確かに今、この少女は水の中から出てきた。

 シグは鳩が豆鉄砲を食らったような目をしていたに違いない。目の前の少女に呼ばれるまで、シグの意識はいずこへと飛んでいたのだから。

「あ、あの…!」

 少女は勇気を振り絞ったような緊迫した声をシグに向ける。

 シグはようやく正気に返ると、目の前の少女――具体的な年齢をあげるとすれば十五歳くらいだろうか――に目をやった。この水のように澄んだ青色をリボンで可愛いらしくまとめている。具体的な年齢を十五歳とあげたが、それにしても同じ世代の女の子に比べたら小柄である。

「………」

 少女はシグに一声かけたっきり口を開こうとしなかった。それはどちらかというと、ココルのように無口だからというよりは、どこかシグを警戒しているように思えた。

「もしかして、君がファナの言っていた精霊?」

「ファナちゃんを……ファナリアーテ様を知っているんですか!?」

 少女は仰天したように声を大にして言った。

「知っているも何も、僕は彼女に頼まれて君を探しに来たんだ。ラ・ジェラーデからゼル・リアに落ちたって心配していたよ」

「私、冬の巫女の修行中にラ・ジェラーデからここに落ちてきたんです。戻る方法もわからず、途方にくれていると水の香りがして、その香りの方向に進んでいたらここに来たんです」

「水の香りをたどってきた?」

 シグが聞き返すと、少女は小さく頷いた。

(精霊っていうのはそんなこともできるのか?だとしても、水と同化するっていうのは少々行き過ぎのような気もするような……)

「あの……」

 少女がおずおずとシグに声をかける。

「助けてくれてありがとうございます。ここに迷い込んでいたら、いきなり襲われて、自分の身を守ろうとしたつもりが、あの魔物に憑依する形になってしまって…」

「憑依?」

 またしても聞きなれぬ単語にシグは頭を抑えたい気持ちでいっぱいだった。対する少女は目を丸くしてシグを見つめていた。

「何?」

 シグに声をかけられ、我に返った少女は急に声をかけられたこともあってかあたふたとする。シグはそれを落ち着けながら、ゆっくりと話の続きを待った。

「えっと、ファナリアーテ様からは何も聞いていないのですか?」

 ようやく落ち着きを取り戻した少女はそう言った。

「何も聞いていない。実は――」

 シグは精霊の少女に昨日の出来事から今に至るまでの全てを話した。

「じゃあ、ココルちゃんもこの森に迷い込んでいたのですか!?」

 その様子からすると、この少女はココルが森に迷い込んでいたことをまったく知らないようだった。

「君には他の精霊の力を感じ取る力はないのかい?」

「はい。そんな高等な力は私には。それに、私はあの魔物の精神なかから動けませんでしたし」

「そうか。とにかくここを脱出しよう。ファナも君の帰りを待っているはずだ」

「は、はい」

 少女は小さく頷いた。

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