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終章

〜少女の決断〜


 アリルたちは敵の陣地内で壮絶な戦いを繰り広げていた。もともと戦いは避けえぬと承知の上だったのだが、まさかこんな大乱戦になろうとは敵味方双方とも思ってなんかいなかっただろう。

 全ては一人の少女が遊び半分で敵の兵士にちょっかいを出したことが全ての始まりだった。

「なぁ、一ついいか?」

 アリルは右手につけた鉤詰めで敵の鎧を引き裂きながら隣で戦っているローナに話しかけた。

「あんたらは俺がいない中でいつもこんな壮絶バトルを繰り広げていたわけ?」

「いいや、基本的には穏便にいつも済んでたよ。誰かがいるせいで穏便じゃなくなるんだけどね」

 ローナの視線が前線で戦っている、というよりはすばっしこく逃げ回っているネルに向けられる。

「ふぇ?」

 ローナはこっちに逃げてくるネルの首を捕まえると、そのままアリルに見せつけた。

「こいつのせいでね」

「わぁ。敵じゃなくてローナちゃんに捕まったぁ」

 ネルは仮にも捕まったというのにケラケラと笑い飛ばしていた。アリルはため息をつきながら今までネルと付き合っていたシグに同情の念を寄せた。一方、そんな戦闘に巻き込まれた戦闘に不向きなセラとマリスは魔法を巧みに使ってそれなりに板についてはきたが、体力はそろそろ危うくなってきていた。

「セラ、私そろそろやばいんだけど…」

「私も……」

「まったく、ネルの遊び好きもここまで行くと犯罪だね」

 マリスの言葉にもはや頷く体力もなくなってきたセラは敵の拳を腹に受けてそのまま横に倒れた。

「セラ!」

「この野郎!」

 アリルの爪がセラを倒した兵士の鎧を引き裂きに掛かったときだった。「そこまでだ」という声が上がったのは。

「ならず者の冒険家風情が帝国軍の陣地に何の用だ?もはやただ迷い込んだだけというわけではあるまい」

「もっちろん!」

 ネルが両手を腰に当てて言った。

「ノアを連れ戻しに来た」

「なぜだ?ノアは私の妹であってお前のものではない」

「あいつは俺の、シグの大切な仲間だ!」

「それが何なのだ?そんな理由で妹を脅かすつもりなら……」

「あいつなら――!」

 アリルはルミネの言葉を遮って叫んだ。

「あいつなら、こんなやり方で無理矢理仲間と別れるなんてことを黙ってみているわけがない!本人も交えた上で話し合うべきだ!」

「言っただろう?これは軍の命令なのだ。話し合う必要などない。わかったらとっとと消えろ。目障りだ!」

容赦のないルミネの攻撃に一度は口をつぐんだが、やがてこう続けた。

「……あんた、本当はシグが軍を辞めた理由を知っているんだろ?」

「!?」

 アリルの一言にルミネの眉がピクリと動いた。

「あんた、本当はシグのこと…」

 アリルが言いかけた刹那、ルミネの素早い動きがアリルの首元を捕らえた。

「冒険家風情がそれ以上なめた口をきくようならその首を打ち落としてやってもいいのだぞ?」

 ルミネは殺気立った目でアリルを睨みつけた。

「へへ、表情がわかりやすいところは本当に姉妹そっくりだな。俺はこういうのには敏感なんでね。そんな理由でもなければ軍を辞めた男を追おうとなんて思わないよな」

「よほど死にたいようだな…」

 ルミネが歯を強く食いしばる音がはっきりとアリルの耳に聞こえた。どうやら完全に堪忍袋の緒は切れているらしい。

剣を握る手に力をこめる。アリルの喉もとと剣の切っ先とはわずかコンマ数ミリといった距離しかない。それなのにルミネはこの男に対して怒りをむき出しているせいで余計な力を加えていた。そして、その一瞬の動きがアリルに生にしがみつくチャンスを与えたのだった。

「やめろ!」

 アリルとルミネの様子を固唾を呑んで見ていた精霊の少女たちの後ろから聞こえた懐かしい声。少女たちが一斉に後ろを振り返る。

「あ、ああ…」

 セラはあまりの出来事に言葉が上手く紡ぎ出せない。マリスとネルはホッとした面持ちで逆光に輝く彼の顔を見上げた。

 ローナは彼の復活は絶対だと信じていたためか、感激よりも先に口元がほころんでしまう。そして、アリルはルミネに剣を突きつけられた状態で「まったく、憎い登場の仕方だねぇ」と笑った。

 舌打ちをしながらルミネはアリルの喉もとから剣を離した。

「ねぇ、どうしてここがわかったの?」

「ファナに、君たちの力をたどってもらったんだ」

 その一言に四人の少女とアリルがテイルに座っているもう一人の人物に目を向けた。

そんな彼らに向けてファナは一言「ついてきちゃった」と微笑んだ。テイルから飛び降りたシグは改めてルミネと対峙した。

「ルミネ、ノアを返してほしい。こんなやり方は君らしくない」

「軍隊の隊長を務めるのに『らしさ』など必要ない。必要なのは実績のみだ」

「だけど僕はこんなやり方は認めない」

「お前に認められる必要はない」

「あるよ!彼女は僕や、ここにいる皆の仲間なんだ!君が知らない間に彼女にもいろいろあったんだ。せめて、彼女と話をさせてくれ」

「それはできん相談だ」

「ルミネ!」

 なおも食い下がろうとするシグにルミネはやれやれと肩をすくめた。

「これが瞬撃のアルグースと言われ数々の武勲を立て、我々同期の中でも一番に小隊長に上り詰めようとしていた男なのか?まったくぬるい!」

「ルミネ…」

「軍にいた頃の貴様のほうがまだ骨があった。私の支えになった!なのに……」

 ルミネは一度収めた騎士剣を今一度抜き、シグに向けた。

「ノアを助け出しいのなら私を倒せシグ!」

 ルミネの弧を描いた衝撃波がシグに直撃する。その後もルミネはシグに攻撃を与え続けるが、シグは槍で防御するばかりで反撃はしなかった。

「どうした?なぜ反撃をしない。素早い槍はどうした!?水晶の洞窟で見せつけたあの絶大な力はどこへいった!?」

「できない!これは戦いをしなくても解決できる問題だろ?冷静に話し合えば…」

「腑抜けたことを抜かすな!反吐がでる!」

 刹那、ルミネの鋭い突きが回復したばかりのシグの左腕を貫いた。

「あの程度の事件で軍を辞め、平和と言う名の殻に閉じこもり甘い理想ばかり並べている。そんな貴様を少しでも認めていた自分が今…」

「!?」

 シグはルミネの異変を感じ取り、身を引こうとしたがそれよりも早くルミネはシグの懐に入り込んでいた。

「腹立たしい!」

 ルミネの一撃がアーマーを着けているシグの体をそれごと斬り裂いた。たまらずシグは砂の上に片膝をつく。

「今の貴様は所詮そこのならず者と同じだ。そんな貴様が私に立ち向かうこと事態が既に愚かしい行為なのだ。わかったらとっとと立ち去るがいい」

 そう言って背中を向けるルミネだったが、すぐに何かの気配を感じてゆっくりと振り返った。あの一撃を受けたというのに、シグにはまだ立ち上がれる力があった。

(絶対に諦めない…)

「絶対に僕は諦めない!」

「もうやめてください!」

 悲痛な叫び声と共に打ちあがった爆音の魔法がはるか上空で爆発して、その場にいた全員の注意がそちらに向いた。

「ノア…」

「もうやめて姉さん。二人が傷つけあうのはもう耐えられないです…」

「ノア……」

「私は姉さんのことがとても大切です。でも、シグさんやファナさん、皆のこともとても大切なんです!だからこれ以上傷つけあうのはやめて!」

「しかし……」

「しかしもかかしもねぇだろルミネさんよ」

 シグが現れて以来ずっと黙っていたアリルが重々しく口を開いた。

「ノアがああ言っているんだ。ひとまず互いに武器をしまったらどうだよ?」

「アリル…」

「ノア、私は…」

 言いかけたルミネだが、ノアの悲しげな目にしぶしぶ武器を腰に収めた。

「よし、じゃあ本題だ。ノアは結局俺たちとルミネのどっちをとるんだい?」

「そんな言い方は…」

 反論しようとするがアリルに「お前は黙っていろ」と一括され、シグは大人しく引き下がる。

 ノアは今、この瞬間までどちら側に戻るかを決めかねていただろう。しかし、ノアはこの時のための答えをちゃんと用意していた。

「私は姉さんと一緒に帝国に戻ります」

 その一言にシグではなく、精霊たちが「何で!?」と声を大にしてノアに詰め寄った。

「ごめんなさい、皆。だけど、私の旅の目的は姉さんが知らずに別れたシグさんを見つけ出して、彼から直接姉さんに何も言わずに去った理由を聞くことだった。その目的はもう十分に達成しました。私がここにとどまる理由はもうないですから」

「理由なんていっぱいあるじゃない!もっと私たちと一緒にいようよ!」

「そうだよ。ノアちゃんとせっかく友達になれたのに…」

「ごめんねネルさん、マリスさん。でも、帝国の軍人になればいつでもというわけにはいかないけどこの地方に来る機会だってあると思うの。その時は真っ先にあなたたちに会いに行くから」

「それでも、それでも嫌だよ。行かないでよノア!」

「やめな、ネル」

 ノアからしがみついて離れないネルをローナが無理矢理引き剥がす。

「ローナさん…」

「決心は揺るがないのか?」

 ローナの問いにノアは静かに頷く。

「そっか……でも、あんたが決めたことだ。あんたの意思でいくのならあたしは止めないよ」

「ローナさん…」

「ノアさん、これを持っていってください」

 セラはそう言って自分の髪をまとめていたリボンをはずしてノアに手渡した。

「帝国に帰っても私たちのことをずっと覚えていてくれるように……お守りです」

「セラさん……」

「ノア、これはあたしからだ」

 ローナはそう言ってポケットの中から小さな石を取り出した。

「あたしが作った夏の結晶をさらに硬く固めたものだ。防御力が上がる魔法をかけてあるから魔導師のあんたにはちょうどいいと思う」

「ありがとうございます、ローナさん」

「ノア、私からはこれをプレゼントするよ」

「あたしからはこれー!」

 マリスは得意の調合で作った指輪を、ネルは鎖でできたアクセサリをそれぞれ手渡した。

「ノア、短い間だったけどありがとうな。あんたと一緒に冒険をして、俺の冒険家人生も少しは潤った感じがしたぜ。向こうに戻っても頑張れよ」

「アリルさん、ありがとうございます。私もアリルさんと冒険ができて楽しかったです」

 ノアはそう言ってにっこり微笑んだ。

 敵の陣地だというのにすっかり歓談モードのアリルたちの後ろでシグは黙ったまま立ち尽くしていた。

「キュウ……」

 テイルが心配そうにシグを目を見つめる。

「ああ、わかっているよ。だけど、やっぱり急にいなくなるのは寂しいよ」

 シグは突然訪れた仲間との別れを素直に受け入れられずにいた。そんなシグの背中をファナはそっと包み込んだ。

「ファナ……」

「シグ様…」

「………」

「お祝いしてあげなきゃ…」

「………」

「ね?」

「うん、そうだよね」

 シグは小さく微笑んだ。

「シグさん」

「うわっ」

 気がつけばノアはシグのすぐ目の前で優しい笑顔で彼の顔を上目遣いで覗き込んでいた。

「シグさん、そんなに悲しい顔をしないでください。軍人になっても私はずっとシグさんの仲間のままですから。この数週間、シグさんと過ごした日々、シグさんと交わした言葉は私の記憶にずっと大切にしまっておきます。またいつか、シグさんと会うその日まで」

「ノア、僕は……」

「その先は言わなくてもいいですよ」

 シグの言いかけた言葉に先駆けてノアが彼の唇に人差し指を当てた。

「ただ…」

「?」

「姉さんの気持ちはいつかちゃんと受け取ってあげてくださいね。シグさんがどちらを選ぶにしても」

「ノ、ノア!!」

「?」

 ルミネは顔を朱に染めて叫び、ファナはきょとんとした顔でノアが微笑むのにあわせて微笑んでいた。

 ファナとルミネ。直接的な戦いは起こらないだろうが、両者の間に挟まれたシグはこれからしばらくは大変な日々が続くだろう。

 シグは苦笑しながらノアがルミネの元に帰っていくのを見送った。


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