終章
ついに完全復活を果たしたシグはテイル・ファナと共にアリルたちを追って決戦の地へと向かう。
〜決戦〜
「ファナ、セラたちの力の方向はどっちだ?」
テイルを走らせながらシグは尋ねた。
「ここから南東の方角です」
ファナはあらかじめ聞かれることを予想していたかのように即答した。
「南東といえばグレム砂漠のある辺りか。ムル貝を取るときはやめたほうがいいと念押しされた場所だけど…」
そう、オストリザードで早々と抜けようとするものを次々と砂の中に沈めていく驚異の砂漠だ。
「キュ、キュ?」
どうするんだとせかすようにテイルが鳴く。しかし、シグは迷わず「行こう」と宣言した。 今はいち早くアリルたちと合流することが大事なのだ。
ルミネはああ見えて割と堅物な軍人だ。任務遂行のためにアリルたちを本気で倒しかねない。もっとも、アリルとてそう簡単に死ぬような男でないことは百も承知だが、軍隊は集団戦闘のプロ。個々の戦闘能力よりも集団になって掛かってこられたときのほうが恐ろしいのだ。まるで一匹の小さな虫に対して多勢で挑む蟻のごとくあっというまに取り囲まれて終わりだろう。
(しかし、わからない。どうして彼女はまだ僕を追おうとしているんだ?)
グレム砂漠にある自分の陣地に戻ったルミネは自分のテントに戻ってきていた。
テントの中にノアを入れるなり部下達のすべてを引き払い完全な二人きりになったルミネはノアの両手を縛り付けていた縄を優しくほどいてやった。
「こんな手荒な真似をしてすまんな。しかし、お前にもうこれ以上逃げられるわけにもいかないのだ」
「姉さんは私が魔法で姉さんを眠らせてここを脱出するとは考えていないのですか?」
険しい表情で言うノアに対してルミネはただ微笑するだけだった。
「それは私の教えだったっけな。軍人は常に百歩先を見て行動せよ。確かに魔法が使えるお前なら私を簡単に足止めすることはできるだろうな。私の部隊にも魔法の使い手はいるが皆お前ほどの手誰ではいない……」
「だったら、縄をはずすなんてことは普通しないのではないですか?」
必死に相手の虚を突こうとするノアだが、ルミネはやはり軽く微笑むだけだった。
「仮に私たち全員を行動不能にしても病を患っているお前が一人で抜けることなど不可能だ。モルグナード地方南部では有名なこの砂漠をな」
「確かに以前までの私の力では無理でしょう。でも、今は違います。私が倒れてもきっと助けてくれる仲間がいます。そして無茶をした私を厳しい顔をして叱ってくれるでしょう」
ノアの自信たっぷりの発言にルミネは黙ったままノアの目を見続けていた。今、自分の目の前にいる妹はもう病に苦しみながらも自分を追いかけていた彼女とは違う。新たにできた友を、仲間を信じてちゃんと二本の足で歩いていた。今までは――この地方で見つけるまでは――受動的な行動しか取れなかったノイアールはここまで成長していたのだ。
そのことに気づいたノアは脳裏にシグの顔を思い浮かべた。
(結局、私は貴様の手の中で踊り続けてきたというのか。昔も、今も…)
突然軍隊を辞めたときは腹立たしかった。悔しくて悔しくてたまらなかった。帝国の軍学校時代からのライバルだった、共に帝国のために戦おうと約束もしたくせに、一つの事件がきっかけでおいそれとその約束を破ったシグが憎かった。事件の真相を聞くまでは……
「姉さん?」
「え?あ、ああ、すまない」
ルミネは心配そうに顔を覗き込んでいる妹から素早く目を離すと、軽く咳払いをした。
「大丈夫ですか?」
「心配ない。お前も変わった奴だな。仮にも敵に捕まっているというのに呑気に私の心配をするとは」
「私は姉さんのことを敵だなんて思ったことは一度もありませんよ」
「え?」
「だって、たった一人の姉だから。家族すら見放していた私をずっと大切にしてきてくれた人を敵だなんて思えません」
「………」
「ロックバース隊長!」
「どうした?」
ルミネはテントの外に出ず、中から尋ねた。
「ラ・ジェラーデで対峙したならず者たちが我が陣地に突入してきた模様です」
(アリルさん…)
「わかった、すぐに行こう」
ルミネは「下がれ」と凛々しく命令するとテントの中に置いていた騎士剣を腰に携えた。そしてテントを出る直前にふと、ノアに背中を向けたままつぶやくようにこう言った。
「ノア、さっきの言葉は戦場には不必要な言葉だ。以後、慎め」
ルミネはそれだけ言うと、ノアに背中を向けたままテントを去っていった。