第八章
〜アミュレット〜
それからさらに数日後、アミュレットの材料は四つ目以外全て揃い、作業の道具も調った。
「あとは四つ目だけ…か」
マリスが深いため息をついた。何とか四つめの材料が書かれている部分を解読しようと日夜奮闘しているため、彼女の目の下には大きなクマが浮かんでいた。
「マリスさん、解読のほうは…」
セラの問いにマリスは弱々しく「ぜ〜んぜんだめ」と笑って見せた。
「アリルたちもそのことは調べてくれていたんじゃなかったのか?」
「ファナから聞くところによるとどうにも上手くいってないんだってよ」
「「「………」」」
工房内に暗く重い空気が漂う中、工房の扉を叩く音が聞こえた。幼なじみの四人以外にこの工房のありかを知っている人物はシグしかいないはずなのだが。マリスは疑問に思いながらも扉を開けた。
扉の外には神殿区の上位巫女が立っていた。
「あの、何の御用でしょうか?」
慣れない丁寧語を使いながら巫女の要件を問う。
「ファナ様より伝言を頼まれて来た。今すぐ、みっつの材料と調合用具を持って神殿区に参られよ。以上だ」
巫女は淡々と伝言の内容を伝えると、さっさと工房からいなくなってしまった。
「どなただったんですか?」
ひょこっとセラが顔を出す。
「ファナちゃんがアミュレットの材料三つと調合用具を持って神殿に来いって」
「でも、材料は三つしかないんだよ?」
「それはわかってるけど……」
「とにかく神殿に行って見ましょう」
セラの一言に、その場にいた全員が固く頷いた。
神殿区、シグの寝かされている部屋にはアリルとノア、そしてファナが四人の少女の到着を待っていた。
「マリスちゃん、皆もご苦労様」
ファナは優しく微笑んだ。
「ファナちゃん、これは一体どういうこと?アミュレットの材料はまだ三つしか…」
「ううん。ちゃんと四つあるよ…」
ファナはそう言うと、ゆっくりとシグが寝ているベッドに歩いた。
(シグ様、これから私が行う無礼をお許しください)
そして、ファナは今まで溜め込んでずっと出せなかった想いを込めてシグの頬に優しく口づけをした。刹那、それまでただの素材だった三つの材料とシグとが激しい光を放ち始めた。
「うお、何だこの光は!」
「ファナ、あんたシグに何をした!?」
「感じます。とても強い波動が……暖かな力を感じます!」
「うん。あたしも感じるよ。これはファナちゃんの春の力…?」
「もしかしてアミュレットの最後の材料って……」
ノアが言いかけると、それまで強い波動と光を放っていたシグの体はもとに戻っていた。
「何も変わっていないぞ?」
アリルは眠ったままのシグの全身を見渡すが、特に変化はない。いや、変化はあった。それは、彼の首元に下がっている一つの首飾り――
「これがアミュレット…?」
「綺麗…」
「これでシグ様は助かったのでしょうか?」
セラの問いに対する答えが正しければすぐにシグは目を覚ますはずと誰もが思うだろう。しかし、シグの目は一向に開かれることはなかった。
「遅すぎたのかよ…!」
ローナの握りこぶしが彼女の激しい怒りを表す。他のメンバーも目を見張ってシグの復活を待つが、シグの体はピクリとも動かなかった。
誰もがシグ復活に絶望を感じていると、外から精霊たちの悲鳴が聞こえた。ファナ以外の全員が弾かれたように外へと飛び出した。
「何事ですか!?」
「わからない。憩いの広場から悲鳴が聞こえたので巫女たちを総動員して向かわせた。お前達も急いでくれ!」
巫女はそう言うと自分も剣を携えて憩いの広場へと走った。アリルたちも彼女に続いて悲鳴の上がった憩いの広場へと向かった。
憩いの広場にいたのは総勢十数名の兵士と……
「姉さん…」
ノアは低い声でつぶやいた。
「ここに来ればお前と、それからシグに会えると思っていた…」
ルミネはボソリとつぶやいた。
「私は今日こそお前を連れて帰る!これだけの者がいる中でよもや戦おうとはしないだろう。おとなしく私と来るのだ」
「………」
「うん、なぜ返答しない?それとも戦えない者を巻き込んででも私の命令を拒むか?」
「……わかりました、姉さん」
「ノア!?」
「ごめんなさいアリルさん。シグさんがそうであるように私にとってもここは大事な場所だから、だから私は行きます」
ノアは静かにその場の全員に別れを告げると、ルミネの元までゆっくりと歩いた。
「総員、撤退しろ!」
「待ってください!」
背中を見せて撤退の姿勢を示すルミネにセラが叫んだ。
「貴方はどこでノアさんがここにいることを知ったのですか?」
「ふん、どこまでも愚かな者たちだ。私は度々お前たちが光の柱とやらを経由してここに出入りすることを見ていたのだ。モルグナードに流れたという情報を元にオールゼットを中心にノアを探してきた時にな。最初に見たのはシグがフォルナの森でこいつを拾った時だったか。まぁ、今更そんなことを知ってもどうにもなるまい」
今度こそ背中を向けて去っていこうとするルミネを今度はアリルが引き止めた。
「今度はお前か…」
「ああ、そうだよ。お前の目的はノア以外にシグも含まれているんじゃないのか?いいのか、あいつに会っていかなくて」
「何故、私が成り下がり者の男に会わねばならない?」
「理由を聞かなくていいのかって聞いてるんだよ」
アリルのその言葉にルミネは鋭くノアを睨みつけた。さすが、この辺りは姉妹なだけはある。ノアの表情同様、ルミネも思っていることがすぐに顔に出る性格のようだ。
「ふん、どこまでこいつに聞いたのかは知らないが下世話もいいところだ。私は私のやり方で奴とケリをつける。このようなやり方は好かん!」
アリルは何とかシグが出てくる時間を稼ぐためにルミネを再び引きとめようとしたが、彼女の耳にはもう誰の声も受け付けていなかった。
過ぎ去っていくルミネの背中にアリルは今度こそ声をかけられずにいた。
「アリルさん…」
セラが不安げな表情で彼を見上げる。アリルは「仕方ねぇだろ…」と悔しそうにつぶやいた。
「あいつは任務を全うしたんだ。ノアのことだって、これでいいはずだ」
「アリル!それが仲間だったノアにいう言葉かい!?」
「うるさい!これ以上、俺にどうしろって言うんだよ!理由を聞かせされて事情の生理もできていない俺にどうしろって言うんだ!」
アリルに怒鳴られて、さすがのローナもひるんで次の言葉が言えなくなる。
「ずるいんだよ。シグもノアも、俺のことを仲間だと思っていてくれるくせに自分たちのことを何一つ話してくれねぇじゃねぇかよ……」
「…ごめん、アリル。少し言い過ぎたよ」
「いや、俺こそお前らに当たりすぎた。悪い…」
互いに謝罪の言葉を交わすものの、やはりどこかすっきりとはしなかった。このままでは今までの出会いやしてきたこと、話した言葉が全て無駄になってしまう。
「くそ!」
アリルはゼル・リアに降りるための光の柱がある森へと走った。
「アリル!どこに行くの〜!」
「ルミネを追うんだ!このままで終わらせるかよ!」
アリルは一度だけ振り返ってそう叫ぶと、四人の少女の制止もきかずにひたすら走り出した。