第八章
アリルの冒険に付き合って水晶の洞窟に向かったシグ一行。クエストは問題なく終了したのだが、思いもよらぬ不運の連続で、さらにシグが精神力の限界を超えて昏睡状態になってしまう。
〜暗雲〜
なだれ込むようにして強制転移させられたノアたちは精霊王の間に崩れ落ちた。
「皆さん、無事ですか!?」
ファナがドミノ倒しのように倒れている少女達に駆け寄る。
「ファナさん…」
「「ファナちゃん!」」
「「ファナ!?」」
アリルとシグ以外の全員の声が綺麗にはもった。
「無事……みたいですね」
ファナはホッと安堵の息をつき、視線を少女達からシグに向ける。そして青白くなっている彼の顔に手を当てて何かを念じていた。
「救護の皆さん!」
そしていつになく冷静、かつ大きな声で精霊王の間の出入り口に向かって叫んだ。やがて担架を持った二人組みの精霊巫女たちが現れ、シグをその上に乗せると再び精霊王の間を去っていった。
「シグ様は大変危険な状態です。このままでは死に至る可能性もあるかもしれません」
「ファナさん!一体どういうことなんですか!?」
「そうだ!まずは理由を説明してくれファナ!さっきのだって、ありゃあ強制転移術だろ?前神から禁呪とされていた物を使うなんてどうかしてるぜ!」
「ローナさん、落ち着いてください」
「そうだよ。まずはファナちゃんの話を聞こう」
ローナを必死に落ち着かせる精霊の少女たちの横でアリルが「あのさ」と気まずそうに右手をあげた。
「お取り込み中のところを悪いんだけど、シグの異変も含めて俺に今までのことを全て話してくれないかなぁ。いきなりこんなところに連れてこられて、かなり頭がパニックなんだよ」
「「「あ……」」」
全員が忘れていたとばかりに硬直する。そして、途端に困惑の表情が浮かび、精霊の少女たちは互いの顔を見合うばかりである。ただ一人ファナだけが「もちろん説明します」と言って微笑んだ。
「もう隠すことなんて無理でしょ?それにシグ様がお世話になっている方だもん。絶対に悪い人じゃないです」
ファナはそう言って無邪気に笑った。
ファナは話が長くなるので、と会議室にアリルたちを移動させると、今までの経緯をすべて話した。そして、今回のシグの異変について今の段階でわかっていることも全て伝えた。
「おそらくシグ様の異変の原因は精霊四人の同時憑依による精神の限界です」
「「「精神の限界?」」」
精霊の少女四人が声を揃えた。
ファナは頷き、話を続けた。
「前例のないことなので図書館の資料はほとんど役に立たなかったの。でも、私が前神から受けた記憶の奥底に今回のような一例があったんです。相当奥底にあったくらいだからきっと、もっと昔の神様の時代のものかもしれない」
「私たち四人が一度にシグ様の精神の中に入ったから……?」
俯いたままつぶやくセラにファナは堅く頷いた。
「人間の精神力や魔法力といったものは私たちのそれよりもはるかに限界値が低いんです。そんな彼らに精神体となった私たちが入ると、彼らの力は一気に消耗していきます。憑依した者の精神から念話をするだけでもかなりの力を消費します。私に与えられた記憶を辿ってみると、その時はどうやらどうしても勝てない強敵を封印するために限界値以上の力を使い、その方の精神もろともその精霊は消滅したと…」
「じゃあ、じゃあシグは助からないっていうの!」
ネルが涙ぐみながら叫ぶ。
「落ち着いてネルちゃん。シグさんの精神はまだ生きてる。ここから息を吹き返す可能性だって十分にあるわ」
「だけど、治し方がわからないんじゃ、どうにもならないだろ?」
眉をハの字に曲げてローナがつぶやく。そう、肝心なのはそこなのだ。いかにシグの精神が生きているとしてもそこからの復帰方がわからなければ見殺してしまうだけだ。
「大丈夫…」
しかしファナは優しく微笑むだけだった。
「アリルさん、私たちのしでかしたことに巻き込んでしまって本当に申し訳なく思っています。アリルさんのことは、たまにシグ様が武勇伝をお話になられるときにそれとなく聞いていました。本当に、シグ様の言ったとおりの方ですね。私も冒険家さんたちって粗野な人ばかりだと思っていましたから。アリルさんが私たちのことを知ってもなんとも思わない人でよかったです」
ファナはそう言い残して会議室を去っていった。おそらくこれから図書館の資料と自分に与えられた記憶の二つと格闘をするのだろう。部屋に残された六人も、やがてそれぞれができるべきことをするために解散した。
アリルは憩いの広場に来ていた。できることなら自分もシグを助けるために死力を尽くしたいのだが、話を聞いているとどうにも自分できることは何もないと長年の勘で悟っていた。
ベンチを陣取るように両腕と両足を広げて座って、空を見上げてみる。
雲ひとつない青空と、時折吹く心地よい風。この場所に、春はいつも訪れていた。
「アリルさん、ここにいたんですね」
「ああ…」
アリルは真上を向いたまま返事だけ返した。
「今まで黙っていてごめんなさい」
「あん?」
アリルは空を見上げるのをやめて、目の前に立っている少女を見上げた。
「あんた、俺に謝るようなことしたっけか?」
「はい。ずっと、ここのことを黙っていたことです」
「そのことか」
アリルはノアが真面目な顔をしているから何事かと思ったが表情を引き締めて損をしたようだ。
「別にそのことならあんたが謝ることじゃないぜ。もちろん、あいつだってそうだ。冒険家は粗野で私欲のためにはどんな危険も顧みない。自分に利益があるのならば彼女たちの存在をばらすこともいとわない。あいつはそう思っていたんだろ?」
「………」
「あ〜あ、結局俺はあいつのなんだったのかねぇ…」
アリルは自嘲じみた笑みを浮かべた。
「あいつのすることは面白くてな、思わず自分が冒険家であることを忘れてしまうんだ。人のために自分の力を惜しみなく出しているあいつに惹かれたんだな」
「アリルさん、シグさんはけして…」
「わかっているよ。俺があいつを信用していたように、あいつも俺を信用してくれていたのは十分感じていた。だから、ここのことを黙っていたことくらい許してやるよ。こうやって優しいフリして近づいてくる輩もいるからな」
「………」
「ところで、ノアはどうしてシグと一緒にいるんだ?他の四人はこの世界の仲間を救うためにシグに協力している。あんたはどうして?」
「私は……シグさんに聞きたいことがあるんです」
「聞きたいこと?」
ノアは小さく頷いた。そして、ルミネのことと、彼女とシグの間柄について簡単に説明した。
「私も姉から聞いた話ばかりなのでどこまで本当なのかはわからないのですけど…」
「ふ〜ん、あいつにもずいぶん大変なことがあったんだな。しかし、それを追いかけるあんたの姉さんもたいしたものだぜ」
「ええ。私は姉が不憫で仕方なくって。それで、帝国の病院を抜け出したんです」
「お供もなしでか?」
「私は帝国での地位は一般魔導師で、姉みたいに隊を持っていませんから」
「ふ〜ん。しかし、重い過去ってのは普通は話したがらないだろうからなぁ…」
「でも!当時一番親しくしていた姉に理由くらい教えてあげてもいいんじゃないでしょうか。あの時の姉の落ち込みようは見ていてとても辛かった…」
「…ルミネはシグのことが好きなのか?」
「へ?い、いきなり何を言うんです?」
「いやだってさ、ここまで聞いたら普通はそう思うだろ。いくら親しかったとはいえ、ただ軍を辞めた理由を聞くためだけに一人の人間を普通は探さないぜ」
「そ、そうでしょうか?」
「だとしたら面白い構図になりそうだぜ。あの女隊長と、それからここの住人たち。特にシグのことを様付けして呼んでいたあの二人は特にシグに対するポイントは高いと思うぜ」
「アリルさん、急に饒舌になってません?」
「そうか?俺はいつもこんなものだぞ。そういえば、ノアはシグのことを何とも思っちゃいないのか?」
「わ、私!?私がシグさんを…ですか?ど、どうでしょうか…」
「まだ会って十数日とはいえ基本的に二人旅立ったんだろ?なんか胸キュンな話はないのか?」
「ありませんよー。それに、アリルさんは忘れているようですけど、シグさんの意識の中にはいつもセラさんや他の皆さんが一緒で――」
「ノアの思い通りにアタックできなかった……と」
「も〜う!何でそうなるんですか!」
「ハハハ。赤くなって可愛いな〜」
「からかわないでください!」
重い話を覚悟で話したノアだったが、彼女が一番気にしていたことをあっさりと受け流してくれたアリル。そして、この状況下なのに雰囲気を明るくしてくれたアリルにノアは心底感謝をした。自分たちにできることはないかもしれないけれど、シグの回復を待って祈ることはできる。ならば、その祈りを彼の元に届けようではないか。二人はそう決心した。