第七章
〜力と正義〜
「ノア、まだ考え直す気にはならないか?」
ルミネは口調こそ冷静だったものの、その表情からは怒気にも似た感情がふつふつと湧き出ていた。
「姉さん!私は姉さんに協力をしたかっただけなんです!だからもう止めてください!」
「止めるわけにはいかぬ。軍の命令は絶対だ」
「おいおいもう少しお手柔らかに話し合ったらどうだよ?ノアには戦意はないんだからさぁ」
「冒険家風情の意見などに貸す耳は持たぬ」
「冒険家風情…」
それまで穏やかな顔つきでなだめようとしていたアリルの表情が一瞬にして凍りついた。
「あ、アリル?」
「おい、あんた。冒険家をなめていると痛い目みるぜ。大勢で群れているお前らなんぞに偉そうに言われる筋合いはねぇ」
「群れているだと?」
ルミネの表情に殺気が走る。
「どうやら私がこの手で罰を下してやらねば気がすまないようだな。お前にはこの間の邪魔の借りもあることだしな」
ルミネが腰に下げた長剣をスラリと抜き放つ。と同時に彼女の部下である兵士たちも戦闘態勢をとる。
「姉さん、やめてください!」
「ルミネ!ここには子供がいるんだ!やめてくれ!」
「問答無用!シグレット・アルグース!貴様もノアと同様帝国に送り返してくれる!」
ルミネはもはや剣を収める冷静さは失っていた。このまま戦闘になれば後ろにいる精霊の子供にも被害が及んでしまうかもしれない。
(仕方ない。このまま説得を続けるだけじゃこの子を守ることはできない)
『シグ様!?』
(やりたくなんかないんだ。でも…)
『わかっているよ。みなまで言うなって』
『シグの気持ちはあたしたちによ〜く届いているんだから』
「いくぞ!」
ルミネと彼女の護衛兵ら三人が彼女の号令で一斉に飛び掛ってくる。数字上は四対三で――さらにルミネたちは全員軍人であることを考慮に入れると――決して有利な闘いにはならないはずであるが、シグたち三人は誰一人傷つくことなく呆気なく戦闘を終わらせることに成功する。
(すごい。四人の力が合わさるとここまで強い力が出せるのか…)
そう。闘いは四対三というよりはむしろ四対一といったほうが正確だった。ルミネたちが飛び出した瞬間、彼女らに牽制の炎を浴びせ、そのまま精霊の加護で速度と力を増したシグが兵隊三人を槍で一閃。なおも立ち上がろうとする者には手刀を浴びせて気絶させた。この時点で敵はルミネ一人。ルミネは仲間の戦闘不能に一瞬は動揺を見せた。しかし、もうやめろというシグの説得はそんな彼女を逆上させるだけだった。再びシグに向かって振り下ろされる剣をすかさず槍で防御をし、そのまま木枯らしをまとった槍でルミネの握っている剣を弾きあげた。剣はそのまま虚空を舞い、シグの後ろに甲高い金属音を響かせて地面に落ちた。
(す、すげぇ…)
その様子を後ろで見ていたアリルはあまりに一瞬の出来事に言葉を失っていた。
(いや、すごいなんてものじゃない。こいつの動きはまるで化け物だ…)
両膝が笑っている。額から滲み出る汗が頬を伝って凍りついた床に滴り落ちる。もちろん、勝負をけしかけたルミネもそれを感じていた。一体こいつの身に何が起こったというのだ。心の中で何度も問いかけた。軍を辞めて、旅人に成り下がった男風情に負ける要因などないはずだった。なのに、目の前の男は若干息を乱している程度でほとんど体力を減らしていなかった。
「なぜだ?なぜ、この私がなぜこんな旅人なんかに成り下がった男の槍なぞに敗れるのだ!」
「「「………」」」
ルミネの怒りのこもった叫びに誰も答えることはできなかった。
「ハァ、ハァ、ハァ……」
シグは息を整えながらルミネに向かって手を差し出した。
「ルミネ、もうやめてくれ。こんなことをしたって僕の気持ちは……!?」
ドクン!擬音にするならばこれが一番適当なものだろう。シグの中で何かが起こった。
「うわああああああああああ!!!」
シグは突然狂ったように絶叫した。悲鳴を上げながら頭を掻きむしった。激しく両手で押さえつけもした。しかし、シグに起こった変化は止まらない。
「うわああああああ!!」
「シグ、シグ!しっかりしろ、シグ!!」
「シグさん!シグさん!!」
アリルが暴走するシグを押さえにかかるが、力が上昇した状態のシグはそれを乱暴に振り払った。振り払われたアリルはそのまま勢いで氷の壁に激突する。
「うわあああああああ!ぐ、があああああ!!」
シグの突然の暴走は収まることはなかった。
ノアは姉が何かを叫びながら去っていくのを見たが、何を言っているのかまではわからなかった。彼女らが撤退した直後、暴走しているシグの体が真っ白に光り輝いた。
「ノアさん、アリルさん!この光の中に入ってください!」
「何!?」
「セラさん!?」
「急いで!」
せかされた二人はわけもわからぬまま、シグから発せられた光の中に入った。
(この光はもしかしてファナさんの…?)
ノアの思案はそのまま光に吸い込まれ、自分の姿と共に消えていった。