第六章
水の精霊の相談を無事に解決したシグ一行。しかし、もとシグの同僚でノアの姉であるルミネが現れたことで二人の間に亀裂が入ってしまった。
〜陰り〜
ルミネとの思いがけぬ再会から一週間が経過した。彼女と出会ってからというもの、シグはノアを避けていた。しかし、ファナから救助依頼が出されればゼル・リアには行っていた。ただし、シグ一人で(オールゼットでアリルに同行を頼むことはあった)。そして、今日もシグはファナに呼び出されて精霊の間にいた。
「シグ様、本当にいつもすみません」
玉座に座りながら、ファナは申し訳なさそうに眉をハの字に曲げていた。
「気にしないでいいよ」
シグはにっこりと微笑み、「それにしても」と続ける。
「ラ・ジェラーデの住人はよく下の世界に落ちているけど、どこかにそういうスポットでもあるのかい?」
シグの問いにファナはますます眉をハの字に曲げる。
「すみません、私の管理がずさんなせいで…」
ファナは泣きそうな顔で自分を責めるようにつぶやいた。
「そ、そういう意味で言ったんじゃないよ。ただ、そういう場所があるなら底に近づけないようにしたほうがいいと思って…」
「私、神様なのにそれらしいことが一つもできていないんです。いつも高位の巫女さんたちに任せきりで、どうして自分が選ばれたのか……」
ファナはこの後も自分を責め続けた。
こんなにも自虐的なファナは初めて見た。いつも暖かい表情で、ほんわかとした喋り方で、どんなにその場の雰囲気が暗くてもそこにまばゆい光を差し伸べてくれる彼女の知られざる性格だった。
(いや、この場合は性格というよりも自らに任された任の重みに負けてしまったんだろう)
どこか見覚えのある光景に、シグはいつの間にかファナが座っている玉座の後ろに回り、椅子ごと彼女を抱きしめた。
「シグ様……」
ファナの声がいつもより近く感じた。
「ファナはよくやっているよ」
シグは彼女の耳元でささやいた。そしてもう一度、よくやっているとささやいた。
「十七歳で季節を司る神になって、今までずっと笑ってこれたのはすごいことだよ」
シグはファナを諭すように優しく言った。
「そうやって自分を責めないで。君は神様としてよくやっている。だからこそ、ラ・ジェラーデの皆は安心して毎日を送っているし、僕たち下の世界の住人にも住みよい毎日を送っている。ここの人たちがゼル・リアに落ちてしまうのも何か理由があるんだよ。君の管理がずさんだなんてことは絶対にないから」
シグは優しく微笑むと、ファナの細くてさらさらの黒髪をそっと撫でた。背中まである黒髪はあまりに滑らかで、なぜかシグのほうが落ち着かなくなってきていた。
名残惜しそうに黒髪から手を離し、もう一度ファナに向けて微笑みかける。
「ありがとう、ファナ」
シグはまた、彼女の耳元にささやいた。
「君がいつも焼いてくれるパンはすごく美味しいよ。一緒に話をしていて君が笑うと僕もとても嬉しくなるんだ」
「シグ様?」
玉座の後ろ側からではわからないが、ファナはきっと照れているだろう。シグだって、それは同じだ。しかし、シグはかまわず続けた。
「苦しいときはいつでも相談してくれ。旅人の僕なんかでは君の責任の重さを軽くしてあげることはできないだろうけど、誰にも相談しないまま苦しい思いをすることだけはしないでほしいんだ。そういう人をもう見たくないから…」
ファナはその時、一瞬だけ首を後ろに向けた。しかし、シグの体は既に玉座から離れて、再び赤い高級そうな絨毯の上を歩いていた。
(シグ様?)
どこか陰りのある後姿に、ファナは一瞬だが目の前を歩く人物を見失った。