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第五章

〜湖の暴れ者〜


 ラーヌ湖畔は小さな海ともいえるほどの大きな湖と、その湖の周囲を覆う林とで出来ていた。アリルによると、この林にも一応魔物が生息しているらしく、冒険家の休憩地とはいえ注意が必要らしい。

「まぁ、出てくるのは滅多にないけどな」とはアリル談。

「シュルル」

「ヒュルル〜」

 三人を乗せたテイルの周りを小さな水色の生物が飛び交う。そのうちの一匹がノアの肩の上にゆっくりと腰を下ろした。

「キャッ!?」

「うわ!?」

「何だこいつは?」

 ラーヌ湖畔にはよく来ているというアリルさえ、その生物には驚いていた。

『心配しないでシグさん』

『彼らはこの湖に住んでいるミズコダマです』

 シグの意識の中から聞こえてくる精霊の少女達の声。何でもミズコダマというのは森に住む木霊の親戚のようなものらしい。人懐っこく、すばしっこくて、時には悪戯をしたりすることもあるが基本的には無害である。

『お出迎えをしてくれているんですね』

 セラが和やかに微笑む。

(でも、アリルがくるときはいつも彼らを見ないって…)

『それはあたしたちがいるからだよー』

 ネルが嬉しそうに答えた。

『コダマはあたしたちよりも精霊の力を感じ取る能力に優れているからね』

 その証拠に、ミズコダマは最初にノアの肩に止まったコダマ以外のほとんどはシグに集まってきていた。

「いいなぁ、シグさん…」

 ノアは物欲しそうな目をしていたが、こればかりはシグも苦笑を浮かべるしかなかった。

「にしてもおかしいな…」

 アリルがぼそっとつぶやいた。「何がですか?」とノアが聞き返す。

「いや、いつもなら同業者の奴らがもっといるはずなんだが……中にはシグみたいにオストリザードに乗っている奴もいるからわかりやすいんだけど」

「そういえば…」とシグも首を捻る。アリルから聞いていた割には冒険家の姿はまだ一人として目にしていなかった。

 奇怪な様子に三人が首を捻っていると、突然湖の真ん中だけがこぶのように膨れ上がった。その直後、魚のようなものが綺麗な弧を描いて宙を舞った。そして、陸側にまで水しぶきを撒き散らしながら、湖中に潜っていった。

「な、なんなんだ今のは?」

「もしかして今のがこの湖のヌシでしょうか?」

「そうみたいだな」

「なんのことだよ?」

 一人会話についていけていないアリルに事情を話そうとシグが振り返ろうとしたとき、キラキラと輝く妖精がテイルの鼻先辺りまで降りてきた。

「オストリザードに乗った人間たち……貴方たちがファナ様の仰っていた方々ですね?」

「よ、妖精!?」

「私は妖精ではありませんよ。このラーヌ湖を守る水の精霊です。早速ですが、今見ていただいたのが我らの主、ラーヌ湖のヌシです」

「相当な暴れっぷりだな」

 シグが言うと、水の精霊は困ったように頷いた。

「でも、あんなに遠いところにいては私たちも彼を止めようがないですけど……」

「その辺りは皆さんにお願いしていただくと言うことで」

 水の精霊は「よろしいですね」とシグに向かってつぶやいた。彼の中から出てきた四人の少女はため息をついたり、あるいはひどく恐怖にかられた顔をしたりしていた。普段はお気楽娘のネルでさえ、嫌そうな顔をして湖中を眺めている。水の精霊もそれをわかっているせいか「頑張ってください」と薄情な台詞を残して、湖の真ん中に向かって飛んでいった。

「割と薄情なやつだな」

 アリルは湖の中央に飛んでいく精霊を見送りながらつぶやいた。

「いっつもこんな感じなのよ。もうちょっと管理能力が欲しいわよね」

 マリスが膨れっ面をしながらアリルに賛同する。

「今更愚痴ってもしょうがないでしょ。やれるだけのことはやろうよ」

 愚痴る精霊たちをまとめるようにシグは槍を右手に持った。

 全員がそれに頷く。

「しゃーない!一丁やってやるかぁ!」

「それで、私たちはどうすればいいの?」

「まず、私たちが四人がかりでヌシの注意を引きます。こちらに連れてくるので、何か一撃を加えてください。そうすれば、ヌシの注意は簡単に皆さんに向くはずです」

「それを俺たちでぶっ倒す…と」

「そーゆーことー」

 ネルがいつものように無邪気に両手を挙げる。

「それじゃ、頼んだぜ」

 ローナはふわりと宙に浮かび上がると、そのまま水の精霊を追うように湖の中央に向かった。マリスとセラもローナに続く。

「シグ君、ちょっといい?」

 てっきりローナたちに続いて飛んでいったのかと思いきや、ネルはシグの耳にこっそり自分の口を当てた。

(あのね、あたしたちはヌシをこっちに誘い込むのに精一杯だから今回は力を貸してあげられないと思うから)

(ああ、わかった)

(それから、ヌシの口の中に吸い込まれたらピノ〇オ状態になっちゃうから注意してね。もちろん、ピ〇キオみたいに出られるとは限らないから)

 ネルはくすくすと笑いながら「じゃ〜ね」と飛び去ってしまった。

(今の一言は、できれば戦闘前に言わないでほしかったなぁ)

 シグはネルの後姿に苦笑を浮かべながら、ヌシがこちらに誘い出されてくるのを待った。

 数分後、湖の中央で再び水しぶきが上がった。小さな四つの影がヌシの四方を塞ぎ、上手く陸地へと誘導してくる。

「来た!」

 シグが短く叫んだ。アリルはもちろん、ノアも杖を構えて臨戦態勢になっている。

 ヌシの泳ぐスピードはとてつもなく速く、下手をすれば精霊たちの少女は飲み込まれそうになっていた。

「まず私が魔法で威嚇をします!」

 ノアが叫んだ。刹那、杖を前方に構えたノアは共に戦っているシグたちにも聞き取れぬ早口で呪文を唱えると、今度は前に構えている杖を真上に振り上げた。

「ラピッド・ライトニング!」

 ノアの口から呪文が発せられると、杖の先から目にもとまらぬスピードで雷の矢がヌシの喉もと辺りを直撃した。ヌシの大きな目がぎょろりとこちらに向く。その威圧感はさすが、この湖を守るだけの器に値するものだった。

(感心している場合じゃないな)

 シグは世迷言を振り捨て、槍を構えた。先ほどノアが放ったように、いくら巨大とはいえヌシは水の生き物だ。雷の魔法が結う巧打と言うことは目に見えている。春嵐を操る力を持つネルの力を借りれば、時間をかけずに戦闘を終わらせることができるだろうが、あいにく彼女はヌシをおびき寄せるために力を使っている。シグはアリルと協力してヌシの暴走を止めるしかなかった。

 プシュ〜!

 ヌシの頭上から水しぶきが吹き出した。

「いて!」

 水しぶきを浴びたアリルが悲鳴を上げた。どうやらこの水しぶきは雹のように堅い固体のようである。それが、前面にまかれ、シグたちは避けるので精一杯だった。

「馬鹿!避けてばかりじゃ逃げるだろ!」

 ローナが怒声を浴びせながら、シグたちとは反対方向に向かおうとしているヌシの体を蹴飛ばした。いつの間にか四人の精霊の少女達も上空からヌシを囲うように四方を飛んでいる。

「私たちは皆みたいに武器は持てないんだから気をつけてよ!」

「ごめん!」

 シグは謝りながら、助走をつけて大きく跳ぶ。その高さはセラたちが飛んでいる位置と同じくらいの高さほどである。

「横からだとどうしても限度があるからな」

 シグは槍の先端をヌシの頭上に向けて、そのまま降下した。普通の魔物ならここで鈍い音がして、骨の数本に穴を開けるのだが、ヌシの体を覆う皮は以上に厚く、槍の先端はヌシの体に少し食い込んだ程度に終わった。そして、ヌシの反撃。体を大きく揺さぶられ、シグは湖の中へと落とされる。

「キュ〜!」

 すかさずテイルが湖の中に入り、湖中に沈みそうになる親友を背中でキャッチした。

「ありがとう、テイル」

 テイルは短く鳴くと、ヌシの攻撃を避けながら陸地に戻った。

「それにしても意外と強敵だな、こりゃ」

 アリルが今にもヒビ割れそうな鍵爪を見ながらつぶやいた。

「堅すぎて魔法がなかなか通りません」

「あの堅い皮をなんとかしないとな…」

 流石の三人も手が出なかった。しかし、ヌシの暴走は酷くなるばかりだった。

「皆さん、ヌシ様の噴出口を狙ってください!ヌシ様の唯一の弱点です!」

 今までどこに行っていたのか、水の精霊が仲間を連れて空から叫んだ。

「了解!」

 シグは得意の跳躍で再びヌシの頭上はるか上まで飛び上がった。

「シグさん、私の魔法もお手伝いをします!」

 ノアが叫んだ刹那、彼女の杖から発せられた雷の魔法が軌跡を描きながらシグの持つ槍の先端に吸着する。「これなら――」シグは勝利を確信した。

 ズドッ!

 先ほどまでとはうって違って、重く鈍い音がヌシの体から発せられた。刹那、ヌシの体から何かが抜け去ったようにへろへろと力なく湖の上で浮かんでしまった。

「弱点を突いたとは一撃で…」

「彼らは何者だ…?」

 空を舞う水の精霊たちがどよどよとざわめく。

「何とか終わったな」

「は、はい。ありがとうございました」

 呆けていた水の精霊たちはハッと我に返ると、口々にお礼を言った。四人の少女達もホッと一息のようだった。

 戦闘が終わってからすぐ、ヌシが目を覚ましたので事の次第を全て話してやると、ヌシは申し訳なさそうに何度も何度もシグたちに、四人の少女に、仲間達に謝っていた。ローナからは「性格を何とかしろ」とまでぼやかれていた。




 事件を解決し、シグとノアはアリルと別れた。別れる直前まで彼はシグたちと一緒についていくといって聞かなかったが、それだけはノアの力添えで勘弁してもらった。

「シグさん、これでよかったんですか?」

 ノアがシグの後ろから尋ねてきた。

「うん」とだけシグは頷いた。

「冒険家、あんまりいい噂は聞かないからね。アリルはそんな奴じゃないってわかっているけど、やっぱり彼のせいで彼女たちが聞きにさらされるのは嫌だからさ」

「アリルさん、理由を話せば決してそんなことしないと思うけど…」

「わかっているよ。念のためさ」

 シグの返答にノアは黙ったままだった。

再び重い沈黙が訪れる。

「シグさん…」

 ノアは重々しく口を開いた。正直、まだ言おうか言うまいか迷っている状態だった。

(でも、これ以上姉さんと仲をこじれさせたくない)

 一度は喉の奥までしまいこんだ言葉を再び口の中に呼び戻した。

「どうして、軍を辞めたんですか?」

 その一言に、彼の中にいる精霊たちも反応した。出会ってから二週間近く経って発覚した彼の事情を知らないわけにはいかなかった。

「…君も、僕を軍に戻そうとしているの?」

 シグは声を低くしてつぶやいた。前を向いているせいか、表情は読み取れないが怒っているわけではなさそうだ。

「姉さんが望むのならそうしてもらえるように説得をします」

「……君はよっぽどルミネのことが好きなんだね」

 シグの口から返ってきた言葉は予想外だった。ノアは案の定、そこでひるんでしまった。

「彼女と話しているときも懸命に姉を説得して何とかいざこざを避けようとしていた。大事な人と喧嘩なんかしたくないよな?」

「………」

「だけど、僕は軍には戻らない」

『………』

「………」

「………」

 二人の会話はそれ以上進まなかった。不意をついた質問をされ、なおかつはっきりと断言されてしまったノアは完全に言葉を失ってしまったのだ。

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