第五章
夏の精霊ローナの頼みを引き受けて、彼女の幼なじみのネルを探しにクラース草原に降りたシグたち。一悶着あったもののネルは見つかり(ついでに反省文も書かされ)一件落着と思いきや、テイルがフォルナの森で倒れている少女を発見する。そして、それを見つめる一つの影が…
〜ファナと愉快な仲間達〜
ノイアールは見知らぬ場所に寝かされていた。
ベッドに寝たままぼんやりとした目で辺りを見回すが、自分がこんなところに寝ていた記憶はない。オールゼットの宿屋かと考えたが、ベッドの材質はこれの半分にも満たない。
「ここは…」
目をしっかりと開けてみる。その部屋は天井から床までとても高価な材質でできていた。
「あ、目が覚めたのですね」
暖かい声がそう言ってノイアールの顔を覗き込んだ。
「貴方は誰…?」
「私はファナリアーテといいます。この神殿の長を務めている者です」
「神殿の長?貴方のような若い方が?」
言ってからしまったと思った。助けてくれた人に対してまるで暴言じみたことをぬけぬけと言ってしまった。しかし、ファナと名乗った少女は特に気を悪くする様子もなく「よく言われます」と優しく微笑むだけだった。
なんて暖かい人だろう。たったそれだけの会話だったのだが、ノイアールは自分の横でいそいそと紅茶をカップに注いでいるファナを見て思った。女の自分ですら惹きつけるファナリアーテという少女にノイアールは高鳴る鼓動を懸命に抑えていた。そう、季節で例えるのならばまるで春のような……
「ハーブティーをどうぞ。私が神殿の庭で自家栽培したハーブなんですよ」
ハッと我に返りファナリアーテからカップを受け取り中身を一口すする。今までもやもやしていた頭の中の霧が一気に晴れてくるような気がした。そして、ノイアールはファナリアーテに自分がどうしてここに寝かされていたのかを尋ねた。すると、ファナリアーテは「フォルナの森で倒れていたところを助けてくれたのだ」と言った。彼女が『助けた』のではなく誰かが『助けてくれた』のだ。
コンコン。控えめなノックが聞こえ、外から「入ってもいいかい?」という声が聞こえた。ファナリアーテはその問いに「どうぞ」と柔らかく答えた。扉が開き、一人の男性と四人の女性がまるで滝のごとく入ってきた。
「やっほー、ファナちゃん!」
「こらネル、静かにしろ!患者がびっくりするだろ!」
「目が覚めたんだね」
「あ、あの、大丈夫ですか?」
少女達は思い思いに喋りながらあっという間にノイアールの寝ているベッドを囲んだ。その後ろで一人の男性、シグがぽつんと取り残されたように立っていた。
「あの、貴方が助けてくれた方ですか?」
ノイアールは直感でそう尋ねた。シグは頷き、「体のほうはもういいの?」と聞いた。
「はい。おかげさまで。ハーブティーも美味しくいただいています」
ノイアールはシグにハーブティーの入ったカップを見せた。
「君がフォルナの森の奥で倒れているときはびっくりしたよ。でも、どうして一人であんな森の奥にいたんだ?」
「私、森の中で倒れていたんですか?」
ノイアールはシグの質問に逆に聞き返した。
「ああ、奥の泉でね。あんなところで一体何をしていたんだ?」
「………」
「あ、別に言いたくなかったらそれでもいいよ」
人には言えない事情ってものがあるからさ、と気まずそうに付け加えた。
「私、人を探していたんです。その途中で道に迷ってあの森に入って…」
「疲労がたまっていたんだね?」
ローナの問いにノイアールは首を振った。
「私、生まれつき病をわずらっているんです」
「え?」
セラの表情が曇る。
「そんな体でどうして人探しの旅を?」
「……どうしても見つけなければいけない人なんです」
ノイアールは両手で支えられたカップの中身を飲み干した。
「あの、私たちでよければ力になるよ」
マリルが明るく言った。
「そうだよ。あたしも協力する」
ネルが続いてマリスに賛同する。ローナ、セラもそれに続く。
「シグ様……」
ファナは不安そうにシグの顔を見上げる。そんなファナにシグはにっこりと微笑みかけた。
「もちろん、僕だって協力するよ」
シグの一言にその場がわぁっと沸いた。
「シグ様…」
さっきまで不安そうにしていたファナは安堵の表情を見せた。
シグはノイアールに探している人物の名を尋ねた。しかし、ノイアールは申し訳なさそうに「名前は知らないんです」と答えた。
「お姿も一度だけ写真を見せてもらっただけなのではっきりとは。だから、皆さんを巻き込むわけにはいきません」
「だからといって病気の君をこのまま外に放り出すほどここにいる皆は冷たくなんかないよ」
「でも…」
「僕も旅人だ。君の役に立てる情報があるかもしれないし、それに僕には相棒のテイルがいる。人の足よりか何倍も早く探せるよ」
「………」
「私なんかが得意気に言うのもなんですけど、ここにいる人達はみんないい人たちだし、頼りになります。きっと貴方の旅を大きく手助けしてくれると思います」
ファナにとって、彼らは最大の親友であり、誇りであった。
「本当にいいのですか?私情の旅に皆さんを巻き込んで」
「旅は私情から始まるものだよ」
シグはにっこりと微笑んだ。
その場の全員もにっこりと頷く。
「ありがとうございます…」
ノイアールはベッドに上半身を起こしたまま丁寧に頭を下げた。
コンコン。
少し大きめのノックと共に神殿の巫女が入ってきた。
「ファナリアーテ様、ラーヌ湖畔で事件が起きたらしく応援を頼みたいとの伝書が届きましたが?」
「見せてください」
ファナは巫女から伝書を受け取ると、さっと目を通した。
「ラーヌ湖畔ってどこにあるんですか?」
セラがひそひそとシグに耳打ちする。
「ドーガ山脈を越えた先にある大きな湖だ。何かあったのか?」
伝書を読み終えたファナは「皆さん」と言って全員のほうを向いた。
「どうやらラーヌ湖畔のヌシが原因のようです」
ファナの一言に精霊の少女たちがどよめいた。
「ファナ、ヌシっていうのはそんなに厄介なのか?」
「私も数えるほどしか会ったことがないんですけど普段は温厚な方なんです。ですが、ちょっと問題がある方で……」
「問題?」
「一度怒り出すと暴走しだすんだよ。あの魚」
ローナがげんなりとした顔で言った。
「しかも一筋縄では止められないんです。自然にお怒りが収まるのを待つか…」
「あるいはヌシを気絶させて正気を取り戻させるか」
セラとマリスの話し方からしてもヌシとは相当恐れをなす人物(魚?)らしい。
「まぁ、行くだけ行ってみようよ」
訪れた沈黙を突き破ってシグが言った。
「困っている人を放ってはおけないし、水の精霊がいるのだったらここ同様街があるんでしょ?だったら彼女の探し人の情報も入手できるかもしれないし」
四人の少女は不安そうに俯いたまま黙っている。
「私も行きます!私にも皆さんのお手伝いをさせてください」
「もちろん、そのつもりだよ。ただ、魔物やそのヌシって人をなだめるのは僕が引き受ける」
「いえ、私も戦列に参加をさせてください。これでも高位魔導師の資格を持っていますし、護身術も少々ならできます」
「で、でもまだ体のほうが…」
ファナが心配そうに口を挟む。
「大丈夫です。いつものことですから」
ノイアールはそう言うと、壁際の杖を握った。
「わかりました。では、水の精霊たちにはその旨を記した伝書をお渡ししておきますね」
ファナは巫女と共に部屋を去っていった。去り際に「お二人とも、無理はなさらないでくださいね」と心配そうにつぶやいて。
ファナが部屋を出ていってすぐ、シグたちも同じように部屋を後にしようとすると、後ろからセラの叫びのような声が聞こえた。二人が後ろを振り返ると、四人の少女たちは互いに確認しあうように頷いた。
「やっぱり、あたしたちも行くよ」
「私たちだけのけ者は嫌だしね」
「そーそー」
「決して足手まといにはなりませんのでお願いします」
「しかし、いくらなんでもここまで大所帯で行くわけにもいかないよ。テイルには乗れて三人が限界だ」
「そのことなら大丈夫だよ」
マリスがにっこりと微笑んだ。
「あたしたちは精霊だ。皆であんたに憑依すればいいんだ」
「そうすれば、大所帯にならないですから…」
「せ、精霊!?」
ノイアールが悲鳴に近い叫び声をあげた。それを見たローナはしまったと言わんばかりに口を押さえるが、完全にノイアールの耳には入ってしまっている。他の三人の少女達も完全に固まってしまっていた。
「その辺りのことは道中で話すよ。とにかく今は困っている人達を助けに行こう」
「そうですね」
シグのフォローにノイアールはとりあえず小さく頷いていた。