7話 知恵と力は重荷にならぬ
知恵と力は重荷にならぬ(ちえとちからはおもににならぬ)
知恵と力はありすぎて困ることはないということ。
【第7話 知恵と力は重荷にならぬ】
驚いたことに、困難そうに思えた美玖の学校生活はすんなり始まった。
3日程、何事もなく登校し緊張はしていたが特に不都合な事態におちいることもなかった。
これで一安心。
そう思った一同だったが、休日をはさんだ月曜日。
美玖は学校に行くことはなく、皆を笑顔で見送った。
やっぱり何かあったのか、やきもきする柳だったが何も言わなかった。
隼もルイも何も言わなかった。
ただいつも通り過ごした。
火曜日、水曜日、木曜日、相変わらず美玖は家事に専念していた。
堪りかねて隼がいつもの調子で話し始めた。
「お前、学校は休みなのかよ。3日行ったんだから行けるだろ。サボるな」
美玖は晩ご飯の後片付けをしながら曖昧な返事を返した。
「・・・何かあったのか? 言ってみろよ」
相変わらずの上から目線だが柳にしては気を使っていた。
「違うの・・・えと・・・みんないい人ばっかりなの・・・」
「だったら行けよ」
「うん・・・そうだよね・・・」
カチャカチャと食器の音が響いた。
金曜日。美玖は学校へ行った。
そして、暗い表情で帰宅するなり「どうしよう」と小さく呟いた。
相変わらず忙しい君孝以外の4人が食事を済ませるとルイの袖をチョイとつまんだ。
「ん? どしたの?」
「えと、ルイねえ・・・忙しいです?」
「大丈夫よ、何? 恋愛相談?」
「違うけど・・・相談に乗ってほしくて・・・」
「のるのる!」
美玖から頼られるのは初めてかもしれないと、ルイは心躍った。
反面、学校で何かあったのかしら?と不安にも思った。
美玖はためらいがちに、スクールバックから小さな紙を取り出し机に置いた。
ルイはふむふむと目を通した。
何か言おうとするより先に、背後から大声が聞こえた。
「お前っっ! なんだこれはっっっ!!」
柳はバンッと机に掌を打ち付け大きな音を立てた。
「おわっ!びっくりしたな。柳、あんたなに・・・」
「155番って・・・ありえんだろ! ドアホか!?」
机の上には【中間テスト成績表 2年2組 立花 美玖】と書かれた紙が置かれていた。
お世辞にも良いとはいえない、各教科の点数と順位がずらりと書かれていた。
どうやら、先日の3日の登校が丁度テスト日だったらしい。
「こんなに人数いるのか? 何人中の155番なんだっ!?」
厳しい目つきで美玖を睨みつける。
「えと・・・180人位だったと思う・・・」
美玖はうなだれて力なく答えた。
柳は愕然とした。
柳自身は扇一族の名に恥じぬよう小さい頃から英才教育がなされていた。
勉強は当然1番。わるくて10番以内。それが暗黙の了解だった。
その柳からしたら3桁の数字は前代未聞の数字だった。
「お前はトロイ奴だと思っていたが・・・ここまでとは・・・」
「ちょっとちょっと! 何勝手に話に入ってきて文句言ってるのよ!
仕方ないでしょ? ほら・・・久しぶりの登校で緊張してたし・・・
テスト範囲だって知らなかったのよ・・・ね?」
ルイはなんとか取り繕うと必死だった。
「それにね、美玖ちゃんはあたしに相談してるの。テストの・・・」
「うるさい! テストの答案はあるか?」
有無を言わさぬ態度で柳は言った。顔が引きつっている。
ルイはやれやれと柳の横顔を見やった。
「・・・はい・・・」
美玖は大人しく答案を渡した。
答案を見た柳は、眉間にしわを寄せ、更に愕然とした。
「何だ・・・この・・・低レベル・・・・・・」
有名中学から有名高校に進学した柳には余りにも問題が簡単すぎた。
わなわなと怒りが込み上げてきた。
もちろん、怒られる筋合いは美玖にはないのだが黙ってうつむいていた。
「お前、これはヤバいぞ。分かってるのか?」
「はい・・・自分でも、ちょっとマズイなって思ったの。だからルイねぇに相談・・・」
「ちょっとじゃないだろ! 壊滅的だ! 自覚をもて!」
「はい・・・ごめんなさい・・・」
「いいか、まず国・社・数・理・英の5教科は落とすな! 基本から叩きこんでやる!」
そういうと、答案に指摘を出しつつ勉強を始めた。
ルイは、口が悪いが面倒見のいい柳に苦笑しつつ任せることにした。
人に勉強を教える程、ルイ自身勉強は得意ではなかったのもあった。
美玖は真面目に柳の話を聞いて「はい」と呟いていた。
何やら騒がしいので隼が2階から見に来ると、階段に向かってきたルイが肩をポンと叩いてきた。
「勉強の邪魔しちゃ悪いから、行きましょ」
「へぇ・・・珍しいな」
二人の勉強に興味があったが、大人しく退散することにした。
こうして口の悪い家庭教師が美玖にはできた。