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ラムネット  作者: ラムネ
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5話 人の苦楽は壁一重

人の苦楽は壁一重

壁を隔てた隣家の様子がわからないのと同じように、他人の苦しみや楽しみは他人事でしかないということ。

君孝は、ハンディキャップを背負った自分を守り、理解し、精神的にも金銭的にも

応援してくれた兄・敬一に感謝していた。

そんな兄の一人娘に、過酷な現実が突き付けられ、ただ傍観していることは出来なかった。


「母さんも父さんも、何で引っ越さないんだ?

 とてもじゃないけど、このままこの町で暮らしていける訳ないじゃないか」

「息子のした事に責任を持たなくちゃいけないんだ。私たちが逃げてどう皆に説明できる?」

「責任だって!? 父さん達は兄さんのせいで、こんな事になったと・・・

 本当に思ってるの?」

「・・・・・・事実、事故が起きて人が亡くなった。そしてその責任者は敬一だ。

 誰かが罪を償わなくちゃいけない」

「だからって、こんな恐喝や犯罪まがいの行為に耐えろって!?理解できない・・・

 それで、美玖みく美月みづきさんまでこんな目に遭うなんて・・・」

「君孝・・・お前には分からないかもしれないが、美月さんは敬一と結婚した以上

 敬一と苦楽を共にするのは当たり前なんだ。

 美玖は・・・今は辛いかもしれないが、きっと大きくなったら分かるだろう。

 何で、町の人から辛い仕打ちを受けるのか。そういうもんだろう」


握っていた拳が震えていた。


「あんたも薄情な子だね。敬一に食わせてもらってたようなものなのに一人前のような顔して

 私たちに、無責任に逃げろだって? 生活はどうするの? ここを離れてどこに行けって?

 あんたは、絵を描いて好き勝手生活してきたでしょう。でもね、私たちは違うのよ。

 ご先祖様から頂いたこの土地を守って、畑を耕して、一生懸命生きてきたのよ。

 敬一が世間様に迷惑をかけたの。それを認めて罪を償う。当たり前の話でしょう。

 今までだって辛いことなんて沢山あったのよ。それを・・・何を今さらあんたは・・・」


今まで黙っていた、君孝の母が堰を切ったように次々と話し始めた。

君孝を見る目は非難交じりだった。


こんなにも遠かったのか。

自分と父母の距離は。

座っている場所はテーブルの距離しかない筈なのに。

あまりにも遠く感じた。


その後、美玖を引き取っても距離が縮まることはなかった。


【第3話 人の苦楽は壁一重】


美玖が重い足取りで家に帰るともう君孝以外は皆帰っていた。

朝、優しく見送ってくれた3人に申し訳がなかった。

どうやって事態を説明しようと途方に暮れていたら帰るのがすっかり遅くなってしまった。

玄関に佇んでいると、物音に気がついたルイが部屋から出てきた。


「おかえり! どうしたの、そんな所でぼ~っとして。疲れちゃった?」

明るいルイの笑顔を見たら、罪悪感でいっぱいになった。

髪も編んでもらって、励ましてもらったのに、結局自分は・・・


「・・・行けなかった・・・学校・・・」

「えぇ!?」

「ごめんなさい・・・」

言い終わると逃げるように自分の部屋に駆け込み、その場に座り込んだ。

結局学校に行けなかった。

ひどい疲労感だった。


ぽかんと口を空けているルイを見かねてしゅんが声をかけた。

「ま、なかなか最初から上手くいくとも限らないし・・・ね」

「・・・そうよね・・・そうだけど・・・」

「けど?」

「あたしって無力だなぁと思って。もっと力になってあげたいのに・・・」

「どの道、美玖ちゃん自身なんだよ。ルイ姉さんはそのままでいいと思うよ。」

軽く息を吐き、ルイも部屋に戻って行った


りゅうは黙って隼を見ていた。

視線に気がついた隼は、晩ご飯どうしよっかと言いキッチンに向かった。


「おい、あいつに何か言わねえの?」

「あいつって? 美玖ちゃん?」

「ああ」

柳は先日の美玖の発作(美玖は悪い夢だと言っていた)を思い出していた。

また、あんな風になったら自分では対処に困ると思った。

そう思い、隼に頼ろうとする自分に気分が悪くなった。


「余計なお世話かもしれない。一人になりたい時あるでしょ?」

微笑をうかべながら隼は柳の目を見た。

隼にはこういう性格の悪いところがある。

人の気持ちを分かった上で、わざと言葉に出させようとする。

その態度が柳には、たまらなく屈辱的だった。


「今日は学校に行こうと思って制服に着替えて家を出た。結果学校に行けなくても前進したじゃん」

「何かあったのかもしれないだろ。本当は学校に行って・・・トラブルとか」

「ずいぶん心配するんだ。珍しいね」

笑顔で言いよってくる隼に、たまらず目線を外しソファーに腰掛けた。

「心配じゃねえよ。ちょっと気になっただけだ」

「ふぅん。それで? 美玖ちゃんになんて言ってほしいの? 元気だせって?

 それとも、柳が心配してご飯も喉に通らないって伝えればいい?」

「お前なーもういい」

おちょくられたようで気分が悪かった。

柳が自分の部屋に戻ろうとした時、隼が囁いた。


「気になるなら、自分で言えばいい」

隼の真面目で低い声だった。


まったくだ。

ばかばかしい。


柳はその足で美玖の部屋の前に行き、勢いよくノックをしようとしたが

閉まりきってなかった扉は勢いよく開き、何かに豪快にぶつかった。


電気が付いてなかったので何かは分からなかったが、人のうめき声が聞こえた。

慌てて電気を付けると、うずくまっている美玖の姿が見えた。


「おい、悪かったな、大丈夫か?」

近寄って体を起こすと、顔を両手で覆うようにしていたので

柳は顔面にぶつけたのだと思った。

「ぶつけたのか? 俺もまぁ悪かったけど、扉の前でぼけっとしてるお前もどうかと思うぞ」

言いながら、手をどけて傷がないか確認しようとしたが美玖が抵抗するので分からなかった。

「お前な・・・見せてみろって!」

柳が強引に両手で手をどけると目を赤く腫らした美玖の顔が見えた。

顔を歪ませて、次々と涙が流れていった。


「・・・何だ、頭でも打ったか? どこか痛いか?」

ぶつかった痛みで泣いたのかと思ったが、美玖は首を横に振った。

そのまま、柳の胸に顔を沈めた。

まだ握ったままだった小さく震える両手をそっと離した。


何しに来たんだっけ

前もこんなことがあったな

俺が泣かせたのか?

混乱する頭の中で、こんな所を見られたら誤解されると思い慌てて扉を閉めた。


パタン

と小さく音をたてて扉が閉まった。


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