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ラムネット  作者: ラムネ
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4話 可愛い子には旅をさせよ

可愛い子には旅をさせよ

わが子がかわいいなら、甘やかさずに世の中のつらさや苦しみを経験させたほうがよい。

わたしのお父さんはりっぱです。

町のみんなのためにたくさんお仕事をしてます。

いつも夜おそくまでがんばってるから、わたしとはあんまり遊んで

もらえないけどがまんします。


お母さんはとってもキレイで、優しいです。

ごはんを作ったり、おそうじするのはとくいだけど

わたしがおばあちゃんのお手伝いをしてるので大丈夫です。


おばあちゃんはいつもごはんを作ってくれます。

とってもおいしいです。


おじいちゃんは怒るとこわいけど、車でいろんなところに

つれていってくれるのでうれしいです。


わたしは家ぞくのみんなが大すきです。

ずっとなかよくしていきたいです。


たてはな みく


【4話 可愛い子には旅をさせよ】


りゅうしゅんは日課の朝ジョギングに行っていた。

彼らの『扇』一族には、「文武両道」が当然の目標だった。

二人とも次男だったので、なんとか実家を離れることができたが

幼少期からの英才教育は、語学・礼儀作法・スポーツに至るまで徹底していた。


そこまでこだわるのも当然、扇一族は地元では知らない者は

いない程の絶大的な力の存在であった。

一族で地方の政治・病院・交通・警察・会社など様々な場所に干渉し掌握してきた。

『扇』の名前を出すだけで、それは免罪符のようにあらゆる効力を発揮し、次々と富と権力を得た。


子供の頃より、彼らも『扇』という名字だけで、周りの大人から頭を下げられた。

「自分」という個の主張は、綿のようにふわふわとして誰も認識してもらえなかった。


彼らは大きくなると知りはじめた。

この絶大な力を得るために、一族は何をしてきたのか。

どんな汚いことをしているのか。

何を失ったのか・・・

そして、その事象の上に自分が立っていること。


二人は高校生になるのをきっかけに遠く離れた学校に行くことにした。

誰も自分達を知らない遠くへ。

家族や周りは反対したが、3年という期限付きで何とか許された。


そして、待望の高校生活。2か月が過ぎようとしていた。


「柳は部活入らないの?」

「どれもレベル低くて入る気になれねー」

「まぁ、進学校だしね。やっぱ工業科に行きたかった?」

「そーだな。機械科か自動車科に行きたかったな。あのクソ親父がそんなもの勉強して

 どうなる、一流大学で経済の勉強をするのが当然だ! とかぬかすからよ」


下宿先の近くは比較的緑も多く、ジョギングには丁度よかった。

隼と柳は、同じ年なので身長もそう変わらないが印象はまるで逆だった。

隼は誰に対しても、公平で優しく接し、さわやか好青年を地で行ってるようだ。

めったに怒ることもないが、流される訳ではなく芯が通ってる印象があった。

柳は、常に不機嫌そうで口が悪い。思ったことはすぐ口にするので周りと衝突することも多々あった。

傍若無人で喜怒哀楽が激しい。だか不思議と彼の周りには友達が多かった。


柳は自分の父親のことを思い出し、むかむかとしてきた。

彼の父親は、漁色家で現に兄弟3人は皆母親が違い、愛人も何人もいた。

そんな父親の影響で柳自身は女嫌いになっていた。


「今日はちょっと暑かったね、汗かいたなー」

額の汗を拭いながら、二人は家に帰ってきた。

朝食のいい匂いがしたので急にお腹が減ってきた。


シャワーを浴びてリビングに入ると見慣れない格好の美玖みくがいた。

いつもは下ろしている髪の毛を、三つ編みにし真新しい制服に身を包んでいた。

白のセーラー服で胸元には赤のリボン。スカートは膝丈でいたって普通だった。


「可愛いでしょ? もちょっと短い方があたしは好みなんだけどなぁ」

パジャマ姿のままのルイが、珍しそうに見ていた柳たちに向かって自慢げに言って

ちゃっかり美玖のスカートの裾をひらひらしていた。

「やっやめてください、ルイねぇ」

恥ずかしそうに顔を赤らめ、パタパタとキッチンに去って行った。


「朝から何やってんだ、変態大学生」

「あら、羨ましい? ぬふふ。三つ編みはあたしがしたの。女学生って感じでいいでしょ?」

「古臭い」

「変に髪染めたり、ふわふわとかくるくるしてるよりずっと可愛いわ。モテると思わない?」

「知るか。変態大学生は茶髪でボサボサだけどな」

「いーのいーの。あたしはもう年だから乙女じゃなくて大人女力で勝負するの」

「・・・・・・あーそー」


ルイと柳の会話を横目に隼は美玖の後ろ姿を眺めていた。

初めて会った時から、可愛いとは思っていた。

いつもはどこか物を知らないお嬢様のような雰囲気だったが

今日は制服と髪型でまた印象が変わっていた。

美玖自身が、学校に行くと決めたからだろうかいつもより悲しそうではなかった。


「今日から学校なんだ?」

「はい。がんばります」

精一杯の笑顔が、逆に心配に見えた。

学校までの道のりは大丈夫だろうか?

上手くクラスメートと馴染めるだろうか?

時期外れの転校生にきっと注目されるだろうな。

まるで親のような心配の仕方に隼は苦笑いした。


「君孝さんは一緒じゃないんだ?」

「はい。お仕事でもう出ちゃってます。でも一人で大丈夫です。道も一回行ってるので多分分かります。えと・・・大丈夫です」

「じゃあ練習。自己紹介どうぞ!」

「えっ! えと・・・名前は・・・たったっ立花美玖です。

 ・・・・・・・・・よろしくお願いします。」

慌てふためきやっとのことで言えたのが、名前だけの簡単な自己紹介だった。

これで大丈夫か、と余計隼は心配になった。


「お前声小さいな! もっと堂々しろよ。あんまうじうじしてると後ろから殴られるぞ!」

急に後方から柳の大声が聞こえた。

どんな理屈だ、と隼とルイは呆れた。

「・・・えぇ・・・ごめんなさい」

驚いた美玖が思わず、隼の服をぎゅっと握った。

「お前すぐ謝るなよ! マジで! なめられるからな。お前が男だったらボッコボコにしてるぞ!」

何をそんなにイライラしているのか上から目線で柳は怒鳴った。

余程恐かったのか隼の後ろに隠れるように下がった。

「何隠れてるんだよ、人が話してるときによ!」

更に声が大きくなった。


「ちょっとちょっと!何でそんなチンピラみたいな事いうのよ!」

「そうだよ。美玖ちゃん恐がってる」

ルイと隼に言われ、柳はハッと我に帰った。

ついイラっときたので大きな声を出してしまった。

「違う・・・何だ・・・つまり・・・自信もっていけよ!

 っていう俺流の応援だ!」

言った後、自分でも何だそりゃと思ったので、ルイの笑いをこらえる顔と

隼の残念そうな顔も当然だと思った。

美玖はぴょこと隼の後ろから顔を出し、照れ笑いをした。


「ありがとです・・・ちょっと恐いけど、柳くんは優しいね」

何だって?誰が優しいって・・・!?

柳は自分に対してそんなことを言った人間がかつていたか考えてしまった。

ルイはもう限界とばかりに盛大に声を出して笑っている。

隼は幸せそうに微笑んでいた。




「じゃあ、行ってきます」


元気に家を出た彼女の足取りは軽くはなかった。

だが着実に前に進もうとしていた。


「頑張ってね~学校! 美玖ちゃんは可愛いからすぐ人気者になれるよ」

「気をつけてね」

「じゃあな・・・頑張ってこいよ」


皆の優しい言葉が嬉しかった。

頑張って自己紹介して、勉強もして、友達もできるといいな。

帰ったら話を聞いてもらおう。

楽しい話しがいっぱいできるといいな。

心配もいっぱいかけたから君孝さんにも安心してもらえたらいいな。

美玖はそう思って新しい学校に向かった。



だが結局

その日、学校の楽しい話は何一つできなかった・・・



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