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ラムネット  作者: ラムネ
36/39

36話 思う事言わねば腹膨る

思う事言わねば腹膨はらふく


心に思っていることを言わないでいると不満がたまり、腹に物がつまっているようで不快であるということ。


☆簡単人物紹介☆ 分かんなくなったら、確認したって


花立はなたて 美玖みく(中2) 引きこもり美少女。月桂にだけデレデレ。

ルイ(21) 花立家の下宿人。大学生。

吾妻あがつま 月桂げっけい(34) ヤクザなお手伝いさん。ロリコンじゃないって。


風間かざま(29) 月桂の部下。見た目は普通の会社員。

万里ばんり 白衣の男。自称・月桂の主治医。清潔感の無い中年。


【36話 思う事言わねば腹膨る】


 美玖は、庭で水やりをしていた。以前下宿していた人が作った手作りの花壇、フェンス、レンガタイルがセンスよく庭を作っていて、美玖は密かにこの空間が好きだった。君孝からもらった花の種を植えて、その世話をする。花に囲まれるとそれだけで、幸せな気分になれる。

 このところ、その水やりすら億劫で寝込んでいたが、月桂が帰ってきたので庭に出るのも積極的になった。

 ふと、玄関の方に人影が見えたので、誰かが帰ってきたのかと思い表に向かった。


「何で、お前がこんなところに居るんだ」

「何でって、往診に来たったんだわ。抜糸も済んどらんし、さらに金も貰っとらん。安静にしとれ言うたんに、勝手に居なくなりやがって。この死にたがりが!」

「そうか。帰れ」


 見た事のない白衣の男が、インターホン越しに月桂と会話をしていた。一方的に月桂が会話を終了させると、憤慨したかのように男は扉をがんがんと叩いた。


「お前ー月桂ー! いいけどな、ちゃんと病院行けよー! レントゲン取れよー! 肋骨ろっこつ折った時にはい損傷しとったら血胸けっきょうや皮下気腫の可能性もあるんやからなー! 苦しんでも知らんがー」


 美玖は、ハッとして白衣の男を見た。医者らしき男の言い分を聞いていると月桂はひどいケガをしているように聞こえる。一目見て、顔と拳にケガをしているのは分かったが、それ以外は普通にしていたので美玖はそんなことにまったく気が付かなかった。

 ガチャリと扉を開くと、月桂が白衣の男を見下ろし低くつぶやいた。


「騒ぐな。用はそれだけか。帰れ」

「まーいかん! お医者様の言うことは聞かなかんで! 正直言うてみ、痛いやろ?」

「・・・万里ばんり、まさかそれだけが目的で来たわけじゃないだろう」

「たわけが! 医者が患者の心配して何が悪いんだて。お前さん、左肩だってなたま抜いて、ほい終わりって訳にいかんことぐらい分かっとるやろ」


 白衣の男・万里は平手でばしばしと、月桂の肩と折れた肋骨を的確に叩きつけた。思わず痛みで「くっ」と苦しそうな声を出すので万里はニヤリとし扉を無理やり開け中に入る。


「まー座りゃあ。酸素飽和度と脈拍チェックやろ、痛み止めも出したるし、胸部固定帯も持ってきたった。どやっ!?」

「勝手に入るな・・・用があるなら、後で車か外で聞く」

「あだっいでででっ・・・耳っ・・・ちぎれるっ!」

「いいか、何度も言わせるな。帰れ」


 月桂は無表情のまま万里の耳をぐいと掴み平衡感覚を失わせると、扉の外に向け思い切り蹴り飛ばす。

 万里が前のめりに倒れ込むと同時に、小さく悲鳴が聞こえギクリとした。


「お嬢さんっ!」


 美玖は驚いた顔で、地面に座り込んでいた。手に持ったジョウロを、万里とぶつかりそうになった拍子に落とし、水がこぼれていた。

 ジョウロを見て、美玖が庭にいたのだと初めて気が付いた。月桂は、万里とのやり取りを聞かれたのかと思い少し気が重くなった。


「あーーーーーっ!! 何やってるのよーーーーーっ!!」


 ルイがいきなりやって来て、倒れる万里と座り込む美玖を見て大声を上げる。

 ルイの後ろから、顔を引きつらせた風間もやってきた。「何しやがった、ヤブ医者!」と叫んでやりたかったが、美玖の手前言うことが出来なかった。


「あのっ・・・ごめんなさい」


 ビクリとルイの方に振り向き、美玖は困ったような顔をした。


「違う違う、美玖ちゃん怒ったわけじゃなくて、そこのおっさんに言ったのよ。言わなくても分かるわ、全部その男が悪いのよ」

「先生、あんた本当にバカか! ほら、さっさと行きますよ」


 風間は敷地に入っていいか迷ったが、仕方なく万里に近づき白衣をずるずると引っ張った。

 月桂は呆然とする美玖に駆け寄り、ケガはないか問うと美玖はじっと月桂の顔を見た。


「はい・・・えと・・・」

「な・・・何で俺が蹴られて、水かけられて、引きずられとるんだてっ! おかしいやろ! 往診に来たっただけやで!」

「お前が勝手に転んだだけだろ」

「あんたが、勝手に家に入りこもうとしたんでしょ?」

「引きずらないと帰らないでしょう、先生」


 万里の嘆きに、月桂、ルイ、風間が一斉にツッコムと、一拍おいて美玖が話しかける。


「あっ・・・ごめんなさい・・・びしょ濡れ・・・私がジョウロ落としたから・・・」

「え・・・誰?」


 顔を上げた万里は、振り返った光景を見て愕然とした。少し怯えたように月桂にしがみ付く少女は、若くけがれの知らない可憐な印象だった。絹のような黒い髪が少し乱れ、飛び散った水で少女もまた濡れていた。それが何とも魅力的で、思わず凝視してしまった。


「だっ・・・誰や、このロリ美少女! びしょ濡れて・・・そっちもやん。あ、もちろん性的な意味じゃなくてな」


 美玖が側にいたので、月桂は蹴り飛ばしたい衝動を抑え、風間に目線を送る。風間は頷き、急いで万里を引きずり連れて行こうとする。


「あっ・・・あの、月桂さんのお医者さまなんですよね? 往診だったら、客間があるので使ってください」

「うは! 優しさにしびれるわ! 月桂の主治医で友人の万里です、よろしくー」


 美玖の一言に、即座に万里は立ち上がり目を輝かせた。


「ダメですお嬢さん。迷惑がかかりますので、この男には後で別の場所で診てもらいます」

「あの、迷惑じゃないです。折角来て頂いたし・・・それに、先生も濡れたままじゃ風邪ひきます」

「ひきませんよ」

「・・・でも、先生も月桂さんのこと心配してるから、来てくださったんだと思います。色々準備もしてくださってるみたいだし・・・どうしてそんな邪険じゃけんにされるんですか?」


 どうしてと問われ月桂は言葉に詰まる。万里は腕は確かだが、行動や言動がとにかく品性下劣で放送禁止用語も連発する。自分にとって都合の悪いこともポロリと口に出しても平気な顔どころか、しめしめと面白がるだろうことが容易に想像できた。

 だが、それを美玖に伝えてもあまり理解してもらえないだろうと思った。

 美玖はどこか、一般常識や空気を読むことに疎いので説明に窮することがある。


 万里が喜び勇んで、家の中に入っていくのを愕然と風間は見ていた。あまりにも動揺する風間が哀れで、ルイはこっそり声をかける。


「仕方ないわよ・・・後はさっさと終わらせて帰ってもらうしかないわね」

「すみません。俺、家の中には入れないので・・・」

「分かってるわよ。私見張ってるから。それに、吾妻さんもいるから大丈夫でしょ。あ、携帯渡しておいてあげる」

「すみません・・・お願いします」

「まったくよ。後で美味しいものでもおごりなさいよね」


 ルイは風間から携帯を受け取ると、美玖と一緒に家の中に入った。

 月桂は、美玖と万里の二人を一緒に相手をするのは厄介だったので、ルイが来てくれて少し助かった。美玖に着替えをするよう促し、万里を客間の和室へ案内すると、ルイから携帯を受け取った。


「確かに受け取りました。どうして、風間と一緒に?」

「偶然会ったのよ。それより、あの先生は任せたわよ。ばーっと終わらせてくださいね。あたし、美玖ちゃんと二階で待ってるから。あたしは・・・恐いけど平気よ、吾妻さんたちの・・・その、きわどい話とか・・・ダーティな話を聞いても。でも、美玖ちゃんは月桂さんのこと・・・・・・」

「分かってます、すぐに終わらせます。すみませんが、お嬢さんをお願いします」


 ルイは月桂の双眸そうぼうを見ていると、全て見透かされてるような感覚になる。ルイが小さく頷くと月桂は、すばやく客間に向かった。




 客間は、この家唯一の和室だった。六畳程の部屋の真ん中で、万里は上半身裸で頭を拭いていた。月桂が入って来ると、機嫌の悪そうな月桂に向かい満面のスマイルで返した。


「えーなー・・・女子大生と、女子中学生か? に囲まれとるなんてー・・・いやいや、エロゲの主人公みたいだわ」

「ご託はいいから、さっさとしろ」


 月桂も、診療のために服を脱ぎ上半身裸の恰好となった。


「男に早くしろって脱がれても、興奮せんわー。のう、痛むやろ?」

「・・・少しな」

「撃たれたの、あとちょっとずれとったら死んどったかもな。永久空洞って言ってな、見た目より傷は深いぞ。大きな動脈を傷つけとったら出血性ショックで死ぬし。大血管が損傷したら、まー死ぬやろ。肝臓や腎臓やられても、致命傷でかんわ。銃の傷、甘く見とらんよな?」

「俺に説教でもしたいのか?」


 万里は、パルスオキシメーターという機械を月桂の手につけ酸素飽和度を計測した。その後、拳の包帯を手際良く交換する。


「たわけ。友人として心配しとるんやがな! 一応痛み止め置いてくわ。薬は飲まなかったらそれでええけどな、肋骨折れとるんだで、胸部固定帯はちゃんと付けとけよ、少し楽になるから。ええか、安静にしとりゃあよ」

「・・・ああ」


 一通り診察を終えると、胸部固定帯と呼ばれるサポーターを月桂に付けた。折れた肋骨が固定されるので、痛みが緩和される。

 月桂は、ずっと痛みに苦しんでいたので、少し安堵した。


「それじゃ、約束通り帰るわ」

「・・・ああ、支払いはどうする」

「それだがな・・・お前に頼みがあってな・・・」

「何だ」

「夜時間作れるか? ここじゃ話せんもんで」

「・・・分かった。後で連絡する」


 万里はへらへらと笑うと、上半身裸のまま白衣だけ着るとさっさと部屋を出て行こうとするので、月桂は呼びとめるが万里は走って廊下を駆けて行った。




「おねーちゃん達、おるー?」

「何よっ・・・っていうか、何て格好してるのよっ!? あなた変態なのっ!?」


 万里の大声で、ルイは二階から降りてきたが上半身裸に白衣という怪しい出で立ちにビクリとする。


「注意事項っ! 月桂アバラ折れとるもんで、笑かしたり、顔にコショウかけてクシャミさせたり、激しい性行為はせえへんようにっ!!」

「しないわよっ!! 何だと思ってるのよ、この色情魔っ!!」

「たまらんな、素人女子大生の罵声! ご馳走さまです」

「きもっ・・・終わったんなら、早く帰れーーーーっ!!」


 こんなに怒ったのはいつ以来だったのか、思い出せないくらいルイは激昂した。大声を出すルイに驚き、美玖は階段の途中でおずおずと困った顔をしていた。


「そこの黒髪のロリ少女! 君も分かったかね? 他の住人にも伝えたって。ちなみに拳は肉えぐれてるから、ケンカ吹っかけんように!」

「え・・・・えと・・・ふっかける?」  

「まぁお譲ちゃんは、吹っかけるより、ナニをぶっかけられんように気を付けた方がええか! なんてなぁ」

「ぶっかけ? えと・・・?」

「わっ・・・黙れこの、ど変態っ! いい加減にしてよっ!!」


 美玖は意味が分からず「えと?」と困惑気味だった。

 ルイは、生理的に受け付けないとはこの男のことかと実感し、力任せに玄関の方に押し出した。一刻も早く帰ってほしかった。


「ええかー安静にしとれよー。ちなみに安静って言っても、フェラとか自慰行為は全然ありだからな。だから夜中にふらりと出掛けても「今日はヘルスかソープかしら?」なんて野暮なこと聞かんとって!」

「聞かないし思わないし、黙れってーのよ!!」


 月桂はきちんと衣服を着て、廊下に出てきた。怒り心頭のルイを見て、急いで玄関まで行った。


「万里、いい加減にしろ」

「ははは、どっちがや月桂。勝手なことばっかしとるんはお前も一緒やて」

「お前はさっきから何が言いたいんだ」

「・・・・・・お前まで看取る気はないぞってことやて! お前は単身乗り込んで、やり合ってそれでええかも知れんけど死んだら後のことはどうするん。内部揉めしとる中、兼城けんじょうもムショん中、側近のお前が居なくなったら、ますます吾妻会は惰弱になるわな。海部かいふ会長は先代のようにはいかんし、俺も肩身が狭くなるんやで」

「・・・たかが医者にそこまで言われる所以ゆえんはない。それ以上言うと、首が飛ぶぞ」


 靴を履き終えた万里が、はぁと大げさにため息をつき立ち上がる。月桂は万里より背が高い分、見下ろす形となり明らかに睨みつけていた。

 ルイは、月桂の態度に体の芯が冷えるようにゾッとした。


「・・・って、られてどうこう言う時代でもないしな。今は騒ぎ起こしたらすぐ上までパクられるし、ほんと生きにくいよなお前ら・・・お前なんか、次入ったら10年コースや、バカらしいだろそんな人生」

「黙れ。ここには二度と来るな。家の者と接触したら、次はお前でも容赦しない」

「・・・心配しとる友人にこれやからなー・・・すばるさんも救われんわ」


 万里は不満そうに、家を出て風間たちの乗っている車に戻った。風間が緊張した面持ちで現れ、月桂に向け深く頭を下げる。月桂は風間を睨みつけ一言、二言交わすとさっと戻って家に戻ってきた。


 ルイは、扉の側でその光景を見ながら、激しい疲れを感じた。今何時だと、携帯に手をのばし着信がたくさんあったことに初めて気が付いた。しまった、と思い慌てて電話をかける。


「なぁぁぁぁにやってるのよっ! ルイ、あんたね、私ずっと待ってるんだけどっ!?」

「うわぁ~ごめんっ! すぐに学校に戻る。あ、でもまだボタンと、あんたに頼まれた見本も取りに行ってない!」

「なんでやねーーーん!! ハリーハリーハリーアーーーーーップ!! ついでにタバコとペプシ買ってきて」

「パシリかい。分かったよ。ごめん、ほんと・・・苦情は変態医師に言ってちょうだい」

「知らないわよ、どこのイメクラの話しだぁぁぁぁ!!」

「イメクラじゃないわよ。あんたも相当、毒されてるわね。とりあえず今から行くわ」

「おーいえーーーーっ! 七時から飲み会だから、それまでに今日のノルマやっちゃうわよっ!?」

「七時ーーーー急がなくちゃ・・・」


 美玖と月桂に急いで出かけると言い、慌てて家を出た。家の前の車を通り過ぎると、風間に呼びとめられた。


「お急ぎですか? 送りましょうか?」

「いいえ、変態医師と一緒の車に乗りたくはないので。ごめんなさい、ちょっと学校に早く戻らなくちゃいけないので・・・」

「そうですか。では、これをお渡ししておきます。後で連絡してください」

「分かったわ。それじゃ、失礼しますね」


 風間から紙をもらうと、内容も改めず慌ててルイは走り去った。現在4時ちょっと。ここからお使いして、大学着くと5時。ノルマを6時半までに終わらせて、7時には飲み会。ああ、時間が足りない・・・ルイは軽いめまいを感じた。




 すっかり、万里のせいでペースを乱された。月桂は時計を見て、もうこんな時間かと軽く眉をひそめる。リビングに戻ると美玖が心配そうな顔で見てきた。


「すみません、お騒がせして」

「いいえ・・・あの・・・」


 そう言うと、美玖は顔を伏せて自分の手をぎゅっと握る。


「・・・・・・私、全然知りませんでした。月桂さんがおケガしてたなんて・・・私、月桂さんが帰って来たのが嬉しくって自分のことばっかり考えてました。ごめんなさい・・・」

「いえ、大したことはありませんので気になさらず」


 実際、月桂は自分のケガは大したこと無いと思っていた。肋骨を折るのも拳を痛めるのも初めてではない。銃の傷や肋骨の骨折はさすがに痛むが耐えられない痛みではない。

 何より、ケガの事実を他人に知らせたところで、治りが早くなる訳でもないので、言うつもりも無かった。敵に知られれば弱点を晒すことになるし、ケガのことを労わられるのも同情されるのも、非常に煩わしかった。

 

「月桂さん、そうやって・・・無理してませんか?」

「・・・いいえ」

「私、ずっと月桂さんって強い人だって思ってました。何でも手際よくこなして、弱音なんか吐かないし、きっと無人島で一人だって生きていけると思うんです・・・」


 美玖は、こういった脈絡の無い話を突然することがある。最初の頃はあまりの唐突さについて行けなかったが、慣れるとまたか、と思う程度になる。

 無人島ではないが昔、月桂は昴とアメリカ旅行で無一文になってサバイバル状態になったことを思い出し懐かしく感じた。それで、何の話なんだと思う。


「もちろん、私よりずっと強いと思うんです。でも・・・なんか無理してる気がするんです。上手く言えないんですけど・・・きっと、こういうのってあんまり自覚がないと思うんです。がむしゃらって言うか・・・えと・・・気が張ってるっていうか・・・」


 相変わらず要領を得ない話だが、月桂はじっと美玖の話を聞いていた。


「私も、自分であんまり気が付かなかったんですけど・・・自分で何とかしようって頑張ると、いっつも空回りばっかして、結局人に迷惑ばっかりかけちゃうんです。大丈夫だって思い込んで、でも結局無理して一人で苦しんだりして・・・それでも、私の周りは優しい人がたくさんいて支えてくれるんです。それって・・・すごく恵まれてることだと思うんです」


 美玖は、しどろもどろとなりながらも一生懸命に話しかける。月桂はいつも無表情なので、反応がいまいち分からないので緊張感がどんどん増す。


「あの・・・ごめんなさい。上手く言えなくて・・・えと、つまり・・・月桂さんも疲れた時は、無理しないでください」

「・・・別に疲れてませんが、分かりました」

「わ・・・分かってないと思います」


 なんで断言されたのか、イマイチ分からないがとりあえず心配されてることは、理解できた。

 美玖は、ハッと顔をあげ手で月桂を掴もうとするが、骨が折れてることを思い出し触っていいものか悩んであたふたとしてしまった。


「な・・・何でそんなに背が高いんですか・・・手が届かないですっ!」

「お嬢さんが子どもだから高く感じるだけでしょう」

「・・・違っ・・・そうですけど・・・違うんです・・・座ってくださいっ!」

「・・・床ですか?」

「えっ、違います・・・イスです」


 慌ててるかと思ったら、急に怒ったような美玖の態度は理解しがたいが、とりあえずイスに座った。まさかいきなり殴られることも無いだろうと思ったが、美玖が意を決したように手を伸ばしてくるので思わず身構えてしまった。


「私じゃ力不足なのは分かってます・・・でも、私は月桂さんのこと認めるので、月桂さんも承認してあげてください」


 美玖は月桂の肩に手を置くと、思い切って言ってみた。が、話が飛躍しすぎて月桂には意味不明だった。


「お嬢さん、すみません。意味が分かりかねます」

「あの・・・えと・・・疲れを解放するには、まず自分が疲れてるって自覚が大事で、それを自分が認めることを自己承認って言うんです。自己承認できない人は、【誰か】が認めてくれないとできない人も多いらしくて・・・あの、だから自分が疲れてるって、ちゃんと月桂さんが分かってあげてください。じゃないと、月桂さんは頑張りすぎてしまいます」

「・・・そんなに疲れて見えましたか?」

「いえ・・・分からないです」


 だったらなぜ聞くのかと、月桂は不思議に思った。精一杯、美玖が自分に話しているのは分かるが、どうも的外れな意見に、どうしたものかと思い始めた。


「分からないんですけど・・・月桂さんは自分に厳しい人だと思います。そういう人は自分の状況を受け入れられない分、自分が思ってるより疲れが溜まってるそうです。カウンセラーの先生に聞いたんですけど、そうやって自分で自分の首を締めてしまう人は、特にまじめ・優しい・人の気持ちが分かる・人のことを考えてる、いい人が多いみたいで。これ聞いた時に、きっと月桂さんもこう思ってるんだろうなって思って」


 あまりにも真面目な顔で美玖が言うので、月桂は声に出して笑ってしまった。

 まったく、どういう神経で自分が優しいとかいい人とかで連想出来るのか、月桂には不思議でならなかった。今までクズや人殺し、残忍で狂暴、そんなことは日常的に言われてた。自分でもそうだろうな、と自覚していたし事実そんな生活を送っていた。

 そういえば、自分が疲れているという自覚は確かにあまり無かったなと思った。


「よく分からないけど、笑ってくれました。笑うのってストレスの解放につながるんですよ。月桂さんあんまり笑ってないので・・・ちょっとは役に立てたかな」


 ニコリと美玖が微笑むので、月桂は真顔に戻った。万里だけじゃなく、美玖にもペースを乱されてしまったと苦笑いをする。


「お嬢さんこそ、疲れが溜まってるんじゃないですか?」

「・・・いいえ。私は昨日もう・・・十分癒してもらいました。だから、私も月桂さんの癒して・・・えと、疲れの解放のお手伝い? じゃなくて・・・その、恩返しっていうか・・・つまり・・・お話を聞いたり、何かお手伝いしたりそれぐらいは出来るので・・・だからあの、無理しないでください・・・」

「・・・分かりました」


 今度はホッとしたような顔をして、美玖は手を離した。

 どうして美玖は、自分に対してこんな一生懸命になっているのか月桂にはいつも不思議だった。周りには同年代の隼や柳、同性のルイがいて、親族の君孝もいる。それにも関わらず、一番積極的に自分に関わろうとしてくる。

 気のせいだと思えれば良かったが、どうして月桂なのかと、隼とルイにも不思議がられたことで、いやが上にも美玖にとって自分が特別扱いされているのか思い知らせれた。


「お嬢さん、ありがとうございます」

「・・・えと?」

「どうかお嬢さんの優しさは、他の人に向けてあげてください。自分には勿体なくて受け取れません」

「・・・あの、やっぱり迷惑ですか?」

「気持ちはありがたいです。しかし自分は仕事でここに来てます。私情を挟むつもりはありません。ですからお嬢さんの優しさに甘えるわけにはいかないのです」


 美玖は、月桂がハッキリ拒否したことでこれ以上何も言うことが出来なかった。自分が月桂を必要としているから、相手にも必要とされたいと思う下心がどこかあったのじゃないかと自分を恥じた。


「あっ・・・あの、ごめんなさい。変なことばっかり言って。ごめんなさい、忘れてください」


 ペコリと頭を下げ、美玖は自分の部屋に戻って行った。少し悲しげな美玖の顔が、印象的だった。月桂は軽く目を閉じ、これでいい、と自分に言い聞かせすぐに夕食の仕込みを始めた。





 ルイはやっとのことで、ノルマを終わらせ飲み会に参加し、今日は飲むぞーと意気揚々としたが、元彼の京介と偶然再会しマズイ酒を飲むハメとなった。しかも、わざとルイと京介を会わせたと友人から聞いてますます嫌な気分になった。

 京介は今風のチャラい感じの同い年の大学生で、見た目は悪くないが浮気性があり、にも関わらず束縛男なのでルイはある時キレてスパッと別れた。もう4ヶ月も経っているので、未練もクソもルイには無かった。


「何それ、最悪。何のためにこんな無理して来たのよ。さっさと終わらせて飲み直したーい」

「そう言うなよぉルイたん。京介くん、あんたとやり直したいって未練たらたらなんだから。話ぐらい聞いてやりなよ」

「えーーー何でそんな面倒なこと。あたし疲れてんのに」


 化粧直しをしてから、席に戻ると京介の熱い視線が自分に注がれ思わずイラっとしてしまった。なんて大人げないんだ、私は。


「ルイ、何飲む? 相変わらず飲むの早いね」

「生。京介は相変わらず、ちょびちょび飲むのね」

「普通だって。ルイが速すぎるんだよ・・・最近どう? 彼氏はいないんだよね? 就職ってどうするの?」


 質問攻めに遭い、ルイはうんざりする。他のメンバーは京介がルイ狙いと知っているので、勝手に楽しそうに飲んでいる。くそ~今日は厄日か!と思いながら、来たばかりのビールを一気に飲み干す。

 そんな飲み方をしていたので、飲み会が終わる頃にはすっかり酔いが回っていた。当たり前のように京介が肩を貸してくれて、ルイを支える。


「触るな、元彼の分際で。あたしはこれから飲み直すのよ」

「えー大丈夫? ちょっと休憩した方がいいんじゃないの?」


 無視して、会費を払うため財布を出そうとすると見慣れない名刺がカバンから出てきた。何だっけ、と思いながら見つめていると友人と京介がチラと覗いてきた。


「誰? セントラルスタッフインターナショナル 営業部長 風間 誠一郎?」

「あー・・・風間さんっ! あはははははっ」


 思わずルイは爆笑してしまった。

 ―― 何だ、これ絶対ダミーじゃん、しかも誠一郎? ぴったりな名前だけど、名前もウソ臭い!


「どこのおっさんよ、コレ」

「え、おっさんなの。どうせバイト関係とかだろ? な? 変な関係じゃないだろ」

「若くて真面目そうな人よ。結構タイプかも」


 友人と京介の態度が面白くて、ついつい調子に乗ってしまった。後で連絡してくれと言ってた気がして、調子乗りついでに連絡してみた。が、コール音のみで風間が出ることは無かった。

 少しがっくりとし、夜風に当たっていると友人たちが次どうするか、カラオケにしようか、と相談していた。ルイは酒が飲みたいと思ったが、また京介と一緒に飲みたくはないので、帰ろうかなとも思った。


「待ちやがれ、てめぇーーーっっ!!!」


 夜の街に、怒号が響いたので何事かと友人たちと声の方を振り向いた。


「何、ケンカ?」


 怪訝そうに話していたら、路上駐車してあった車のボンネットの上に豪快に飛び乗り、すごい勢いで誰かが駆けてきた。白っぽい服装を見て、まさかと思ったら案の定、昼間の変態医師だった。

 夕方家を出るときよりひどい、どう見ても裸に白衣一枚を着て、両手に衣服とカバンを抱えた万里がいた。息を切らしながらも、ルイと目が合うとへらへらと笑って、カバンをルイに無理やり預けた。


「グッドタイミングやん! それ預かっとって!」

「うわぁぁ~! 何よっ困るわよっ! ちょっと~おいっ!」


 気持ちの悪いウインクを送ると、万里は裸足のままビルの隙間に逃げていった。唖然とするルイと友人の後ろから、どう見ても柄の悪そうな同世代くらいの若い男たちが追いかけてきた。

 ルイは思わず、万里のカバンを後ろに隠すように持ち、明らかに挙動不審になった。男たちがルイをジロリと睨み近寄ってきたので、後ずさってしまった。


「変な白衣の男と、あんた話してなかった? 知り合いか?」

「知らないわ、全然」


 緊張で声が上ずった。男の視線がチラとルイのカバンの辺りを見た気がして生きた心地がしなかった。すぐに、他の男が「行くぞ」と言いながら走り去って行った。皆がポカンとしながら、走って行った男とルイを眺めた。


「え・・・大丈夫? 知り合い?」

「とりあえず行こうぜ・・・ああいうのは関わり合いにならねぇ方がいいって」


 皆が心配してくれたが、自分でもよく分からないことを人に説明することなど出来るはずも無かった。

 ルイは、ずしりと重い万里のカバンを持ち大きくため息をついた。すぐに風間に電話するがまたもコール音のみだった。微妙な雰囲気になってしまったので、今日は解散という流れになったので、友人たちと別れた。



 

「俺、送ってくよ。またさっきの変なやつに会ったら大変だし」

「京介・・・いいって。歩いて15分なんだから」


 本当は、恐かったのでタクシーで帰ろうかと思ったが、そのまま歩き出した。ルイは京介の前で、弱みを見せたくなかった。こんな時ですら、強がる自分にとほほと思った。

 月桂に連絡した方がいいかな、と悩みながら結局また風間に連絡した。ルイはなかなか電話に出ない風間に対し、無性に苛立ってしまった。

 ――― あんなバカを野放しにするなんて、不行届きでしょう! だいたい裸に白衣って通報レベルなのよ。さっさと電話に出なさいよ! 風間さんが出ないと吾妻さんに連絡するわよっ!!


「はい、風間です」

「風間さんっ! ルイです。あっルイで分かるかな? あの変態医師から、カバン預かってるんだけど、どうしたら良い? 不良っぽいチンピラっぽい、恐い人に追いかけられてたわよ」


 やっと風間が電話に出たので、軽く事情説明をした。すぐに向かうと返事をもらいホッとして電話を切ったら、急に肩を掴まれてよろめいた。


「やっぱり知り合いなんだな、あの白衣野郎と!」


 苛立った男が、強い口調でルイに迫る。眉間に皺を寄せ、浅黒い腕からタトゥーを覗かせた男は凄むようにルイを見下ろした。

 しまった、逃げなくちゃと思っても突然の出来ごとに声も出せなかった。

 ――― ヤバイ、さっきの男じゃない! どひゃぁ~ピンチじゃないのよ!!


「誰の女に手、出してんだ。離せよ」


 誰だ、そんなドラマのテンプレート染みたことを言うのは、とルイは思いつつ少し安堵した。


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