32話 親に目なし
親に目なし
親が、子供のことを判断する場合、かわいさのあまり、悪いところや欠点などを認めようとはせず、正しく見ることができない、ということ。
☆簡単人物紹介☆ 分かんなくなったら、確認したって
花立 美玖(中2) 大人しいので幽霊なんてあだ名つけられてます。
花立 君孝(35) 美玖の伯父。温和な画家。影が薄いのなんの。
扇 隼(高1) 花立家の下宿人。さわやか腹黒青年。
扇 柳(高1) 隼の従兄弟。同じく下宿人。俺さま純情少年。
ルイ(21) 最近影の薄い下宿人。ファッション学科に通う学生。
吾妻 月桂(34) 住み込みお手伝いさん。本職はヤクザ。現在本職に勤しんでおります。
信家 凛(高2) モデル。美玖が好きすぎる。興奮すると広島弁。
桜庭 ちゃら男。美玖のクラスメート。
高木美奈子 桜庭の彼女。
いや、本当困ったものです。うちの子に限って~です。
【32話 親に目なし】
翌日、普段の運動不足のせいか美玖は筋肉痛で足が辛かった。もともと引きこもり気味で運動もほとんどしないため体力が低下していた。帰ろうと校門を出たところ、声をかけられた。
「花立さん、大丈夫? 足痛いの?」
「桜庭くん・・・」
美玖はいつも裏門を通って通学している。裏門を使う生徒はそう多くないので、突然の桜庭の登場に少し戸惑った。
「あの・・・ちょっと筋肉痛みたいで・・・」
「そうなんだ・・・」
そのまま、美玖は無言で歩き出す。美玖の少し後ろから桜庭が付いてきて、たわいもない会話が続く。明らかに困惑している美玖に気が付いていたが、桜庭はそのまま付いて行った。
美玖は、昨日の話の続きだろうかと思いきって聞いてみた。
「あの・・・桜庭くん、兄のことで何か聞きたいことが?」
「え・・・あぁ、うん・・・そう、お兄さんって・・・その、どこの中学だった?」
「中学・・・ちょっと分からないです。あの・・・一緒に暮らし始めたのは今年からなので」
「へぇ~そうなんだ。そっか、5月に転校して来たんだもんな・・・あのさ、花立っていつもそんな感じなの?」
「え・・・えと・・・何か変ですか?」
美玖が心配そうに振り返り、大きな瞳が真っ直ぐ桜庭を見つめた。身長の低い美玖は、どうしても上目づかいになり、それが桜庭にはたまらなく可愛く見えた。照れ隠しのために、顔をフイとそらした。
「あ、いやっ・・・変とかじゃなくて・・・同い年なのに敬語とか使うから。堅苦しいっつーか。近寄りがたいオーラ出てるんだよな。それってわざと?」
「・・・そうかも・・・しれないです」
「・・・・・・あ、ごめん、変なこと聞いて。何て言うか、あんまりしゃべらないから誤解されてるんじゃないかと思ってさ。3年の不良っぽい先輩と付き合ってるとか、変な噂もあったしさ」
「・・・え・・・」
美玖には、手をケガした時の男たちの事を思い出した。確かに、あの時のことを誰かに見られたのかもしれない。3年のあの男たちが何か言ったのかもしれないと、急に暗い気持ちになった。自分の知らないところで、噂になっていたのかと思うと気持ちが悪かった。
「その、ケガとかもしたろ、その時期。学校も休みがちだったし、女子とか勝手な噂すんだよな。花立大人しいからさ、損してるんじゃないかと思ってさ・・・あ、どうしたの?」
美玖は無言のまま、その場を走り去った。桜庭は突然走り去る美玖を驚いて眺めていた。何か悪いこと言ったかと肩を落とした。
「聞いた? あの幽霊、まじで桜庭と仲良いらしいよ一緒に下校してるの見たって」
「うぇ~まじ最悪じゃん。高木さん知ってるの?」
「知ってるでしょ、だって4組の子に聞いたんだもん。高木さんも4組でしょ。うは、修羅場だぜ~」
けらけらと楽しそうに笑う女たちの横を素知らぬ顔でクラスメート達は通り抜けて行く。
高木美奈子は、その話を聞いて愕然とした。やっとのことで付き合えた彼氏が、よりによってあの「幽霊」とあだ名される根暗女にとられたなんて、いい笑い者だった。
何かの間違いかとおもいたかった。しかし、移動教室の時に美玖と桜庭が並んで歩いているのを見て疑惑が大きくなった。あまりの衝撃でその時は何も言えなかった。周りから励まされている内にどんどん惨めな気持ちになってきた。
「桜庭くん、幽霊と仲良いってどういうこと? 美奈子ショック受けてるよ」
「え、幽霊って・・・お前らもそんなあだ名で呼んでるの?」
「そんな事どうでもいいの。ほら、美奈子も自分で言いなよ」
休憩時間に、美奈子の友達が桜庭を呼び出し事実を聞くことになった。
「桜庭、私のこと好きなんでしょ? だったら変な女と仲良くしないでよ」
「変な女って・・・ただ、花立さんの兄さんが帝秀だって聞いたから、いろいろ話聞いてただけだって。何勘違いしてんだよ」
桜庭のどこか突き放すような言い方に、美奈子はショックを受けた。自分は彼女なのに、フォローをしてくれる訳でもなくこんな冷たい言い方をする。さらに、あの女の肩を持つような言い方をする。
うんざりした感じで、桜庭は去って行った。
美奈子は、情けないのか悲しいのか怒ってるのか分からないほど混乱していた。友達が今度は美玖に話を聞きに行こうとまくし立てるので、呆然としたまま付いて行った。
美奈子と美玖は言葉を交わすのは初めてだった。しかし、美奈子は先入観から美玖に対してすでに敵意を持っていた。
空き教室に美玖を呼び出し、美奈子と友達3人、面白がって見学している女たち数人がいた。
「花立さん、あなた美奈子の彼氏と仲良くするのやめてよね。どうせ帝秀ネタで桜庭くんの気でも引いたんでしょ? みんな言ってるよ、ちょっと卑怯なんじゃないの」
「噂話を真に受けるのは、どうかと思います。特に悪意ある噂なら、なおさらです。お話することはありません、帰ります」
美玖は毅然と言うと、扉に向かおうとする。美玖にとって噂話は自分たち家族の崩壊の一因となったものだと思っていたので、それを鵜呑みにする人間が許せなかった。
「待ちなさいよ・・・幽霊のくせに、偉そうにしてっ! そうやって男の前では態度変えてるんでしょ!」
「ちゃんと美奈子に謝りなよ、もう桜庭くんに近づきませんって!」
「そーよ! あんた幽霊なんだから、幽霊らしく大人しくしてればいいのよ!」
次々に、美玖に対して罵声が浴びせられる。恐ろしくなって、急いで扉に手をかけるが一人の女が美玖の手を抑えた。驚いた美玖は女の手を振りほどくが、その拍子に女がよろけ転倒した。
ハッと顔を向けたが、皆の顔は怒りに満ちていた。
「何すんのよっ! 謝れって!」
「謝らない・・・悪くないからっ! 桜庭くんなんか関係ない、勝手に話しかけてきただけっ! あなた達みたいな人とも関わり合いになりたくないっ! 気持ち悪い・・・触らないで・・・」
自分がずいぶん酷いことを言っていると分かっていたが、美玖は止められなかった。勝手に勘違いして、こんな目に遭わされた自分に何の責任があるというのか・・・と思った。かと言って、ヒドイ言葉で彼女たちの心を傷つける権利などないと、自己嫌悪に陥った。
美奈子たちは、美玖の変貌ぶりに驚いたが次第に、怒りに満ちた表情になった。
美玖は、慌てて部屋を出ると走って教室まで戻った。
このままじゃ終わらないだろうと、心のどこかでそう思った。
だけど、まだ大丈夫。一人でも耐えられる。もっと強くなれば、一人でも戦える・・・
美玖が危惧した通り、すぐに噂は広まった。
それでも、今までもほとんど一人だったので、陰口や悪口を言われてもそんなに悪い状況になったとは思わなかった。
「おい桜庭、本当のところどうなんだよ? 高木と別れたって本当なのかよ?」
「っていうか、そもそも付き合ってたかどうかも、俺的には微妙。なんか重いっていうかさー、話もツマンねーし、もういいやって感じ。その程度の女でしたー」
「ひでー・・・でも、ヤッたんだろ?」
「一応ねー・・・」
「別れたら、お前あのヤリチンがーとか言われるぜ、絶対。あ、もう言われてるか」
「勝手に言ってろ。美奈子より美奈子の友達のブスが異常にウザかったなー」
「あーあいつらウゼーよな。その点、花立はよく見ると可愛いよなー何でハブられてんの?」
「嫉妬じゃね?」
「なるほどー女の考えだなーこれで花立の風当たり強くなったらお前のせいじゃん」
「そん時は、俺が守ってやるんだよ、キリッ!」
「うぜーマジで桜庭うぜー! でも、暗そうじゃんあの子、お前本当に興味あんの?」
「いや、二人っきりの時は結構話すぜ。近くで見ると可愛いぜーいつもは、こう顔隠してるからなー」
「うわー・・・何でもアリなんだな、お前。高木が可哀想になってきたわ・・・」
「俺、バカなだけの女ダメだわーやっぱもうちょい知性と品性がないとなー」
「はいはい、言ってろ言ってろ」
ギャハハハ、と男たちの笑い声が聞こえてきた。美奈子はこれまで信じてきたものが、ガラガラと崩れ落ちて行くのを感じた。
一年の頃から、カッコ良くて楽しくて大好きだった彼。結構もてるタイプだったから、一生懸命アピールして玉砕覚悟で告白してようやく手に入れた彼。成績も良くて、自慢の彼。大好きだから、身体だって許した。これから、もっと沢山デートして思い出だって作ろうと思っていた矢先、あまりにも突然に破綻した。
どうしてなのか、誰が悪いのか、何がいけなかったのか、何で私だけこんな目に合うのかと絶望した。
教室に戻る途中、美玖とすれ違った。思いっきり美奈子は睨んだが、美玖は平然と通り過ぎた。
―― バカにしてっ! あんたさえ居なければこんなことには・・・
美玖が階段を降りようとしていたので、その後ろに立ち静かに声をかけた。
「幽霊なんだから、死ねばいいのよ」
ドンと両手で背中を押すと、美玖の体が簡単に転げ落ちた。突き出した手が自分のものとは思えないほどひんやりとしていた。
周りから悲鳴が聞こえる。
「あはははははっ・・・ざまあみろ・・・」
笑いながら自然と涙がぼろぼろと零れた。美奈子は動かない美玖を見て笑いが止まらなかった。
目が覚めると規則的な模様の天井、真っ白な布団、薬品の匂い・・・病院だった。
美玖はなぜ自分がここにいるのか、直ぐには分からなかった。
君孝の労わるような優しい声が聞こえる。
「美玖、大丈夫かい?」
「・・・・・・私・・・どうしてここに?」
「学校の階段から落ちてケガをしたと聞いたよ」
「・・・そうでした・・・」
それから、美玖はとろんと遠い目をした。
君孝はまた美玖にこんな顔をさせてしまったのかと、悔しい気持ちになった。
学校の関係者から事情を聞き、君孝は何という因果だろうと目の前が暗くなった。
しばらくすると、学校の関係者と美奈子とその母親が付き添ってやってきた。担任と教頭を名乗る男が謝罪と事態の説明を始めた。
学校側の言い分は、ちょっとした行き違いがあり口論中に誤って押してしまったもので悪意は無かった。事故ということで穏便に済ませて欲しいという内容だった。
美奈子の母親は複雑な顔で、学校側と君考を見ていた。
「加害者の生徒も反省してますので、お互い仲直りしてもらって、ね」
「ちょっと待ってください、加害者ってなんです。事故だっていうなら、うちの美奈子だって被害者ですよ。ケガはしてませんが、精神的に苦痛を受けてるんですよ。周りから美奈子が突き落としたって言われて、可哀想じゃないですか。学校側の責任なんじゃないですか? 事前にこういった事態が起こらないように注意してたんですか?」
いきり立つ美奈子の母親に、担任は慌てて説明をする。
「お母さん、落ち着いてください。我々としても、困惑してるのですよ。高木さんのように真面目で大人しい生徒がこんなことするなんて。何かあったのだろうと、それは十分考慮します。その上で、これから他の生徒たちにもちゃんと説明するつもりです。ただ、実際にケガをしたのは花立さんなのですから、そこは曲げられない事実なんです。どうかご理解ください」
「皆に説明するって・・・先生知らないじゃないですか・・・私と桜庭の関係なんか・・・」
美奈子が非難めいた声でつぶやいた。思いつめたように、じっと足元を見ている。
「あ・・・いや、そういうプライベートなことはもちろん双方から話を聞いた上で・・・」
「それで、美奈子が苛められでもしたら、先生は責任が取れるんですか? それに、こんなこと本人の前で言うのもあれですけど・・・美奈子の彼氏にちょっかいを出したのはそちらの方なんでしょ。それで、美奈子だって苦しんだんですよ。うちの子だって、絶対こんなことしたく無かったんですよ。なのに、こうさせたのは、そちらにも責任があるんじゃないですか? あまりに一方的に美奈子ばかり責めるのはどうかと思います」
美奈子の母は、黙っている君考と美玖に標的を変え不平不満を漏らした。
担任と教頭は慌てふためき、何とか美奈子の母親をなだめようとするが、逆効果でどんどんエスカレートし美玖を責め、自分の娘を擁護する発言をした。
部屋の外で待っていようと決めていたが、たまらず凜は扉を開け、美奈子の前に立つ。
「ええかげんにせぇ。あんた、自分が何したか分かってん?」
いきなりやって来た、凜の登場に学校側も美奈子たちも驚いて何も言えなかった。凜の響く声は、室内にピンと張り詰めた空気を作った。
「はよ、言わんかい」
「なによ・・・私・・・あいつのせいでヒドイ目にあったのよ。何で私ばっかり・・・」
「聞いとらんわ、そんなん。突き落として「死ねばいい」って言いやがったん?」
「そんなの・・・何で・・・知ってるのよ・・・」
青ざめる美奈子は、思わず後ろへ下がるが胸元をグイと凛が引っ張る。慌てて担任と教頭が凛を止めようとするが、その手を隼が振りほどく。
「触るな。信家さんも、手を出しちゃいけないよ。柳だって我慢してるんだから」
「扇・・・」
凛は美奈子の胸元から手を離すと、一人突っ走った自分を恥じた。
「何なんだね、君たちは。乱暴な真似をして・・・」
「いきなりすみません。あまりに一方的で、知的な鋭敏さを欠いた会話に我慢ならなかったもので」
「なん・・・ですって・・・バカにしてっ! 乱暴な言葉でいきなり脅そうとしたり常識の無い子たちね」
「あなたは、自分の子どもというだけで色眼鏡なしで大局を見ることができない、実に精神薄弱な人間だ。そして高木さん、君は自分のした事の重大性を理解していない。当たりどころが悪ければ脳髄の損傷で彼女は死んでいたかもしれない。そうでなくても、脊髄の損傷で下半身不随になっていたかもしれない。何があったのか知らないけど、それは本当に人を殺す程のことだったのかよく考えてほしい」
殺す・・・という単語を聞いて美奈子はビクリと体を震わせた。死ねばいいと自分は思った。でも、自分で殺してやろうとそう思ったわけではない・・・ちょっと痛い目に遭えばいいと思っただけで・・・急に自分のしたことが恐ろしいことのように思え、頭が真っ白になった。
「君、そんな大げさな・・・さっきも説明したがね、口論中に誤って押してしまったんだ、悪意なんてないんだよ」
「ずいぶん、楽観主義なんですね。階段の一番上から、しかも背後から「死ねばいいのに」って言いながら押して悪意が無い? それより「傷害罪」と「殺人未遂罪」どちらかって話の方がピンと来るんだけどな。加害者がこんな態度じゃ、穏便に済むはずないと思いますよ。被害届出されたくないんでしょう?」
「あ・・・警察に・・・ってこと? でも、実際は大したケガじゃないんでしょ? 私たちだって、別に悪くないと思ってる訳じゃないのよ。ちゃんと謝りに来たんですもの・・・ねぇ、先生、美奈子」
淡々と話す隼の言葉に、先生と美奈子、母親は緊張感に包まれた。
傷害罪・殺人未遂罪・警察・・・どれも、美奈子には現実から遠い存在だった。もし、逮捕なんてことになったらどうなるのだろう、自分は取り返しのつかないことをしてしまったのだとやっと後悔した。
「判例で表皮剥離とか皮下溢血程度でも傷害と認定されるからね、診断書があれば程度なんか関係ないんだ」
「傷害・・・私が・・・」
「刑法第2編第27章204条傷害罪。人の身体を傷害した者は、十五年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。君孝さん、弁護士が必要だったらうちの顧問弁護士を紹介するよ。民事だって構わないし、もっと別の方法だって構わないんだ。ああ、話がそれたね。つまり、君は僕たちを本気で怒らせるに足ることをしたんだ。理解できたかい?」
美奈子は冷たい視線で睨む隼が、ひたすら恐かった。もはや何も言うことができず、母親に言われるまま深く頭を下げ謝罪した。美奈子は緊張に耐えきれずその場でガクリと膝をついた。立つ気力もなく手をダラリと垂らすと、不敵な笑みを浮かべた隼が手を差し伸べる。
「誰も、土下座なんか強要してないよ。さぁ、先生方も用が済んだのなら帰って頂けますか?」
「あ・・・ええ、その・・・花立さん、被害届をお出しになるおつもりですか?」
恐る恐る聞く教頭に向かって、君孝は「いえ」と短く答える。
少しホッとした顔で訪問客は帰っていった。部屋の外で壁にもたれかかり待っていた柳が美奈子だけを睨み据えハッキリと言い放つ。
「誰が何と言おうと、俺はお前を許さない。覚えておけ」
それだけ言うと、柳は部屋に入りピシャリと扉を閉めた。
沈みかけた夕陽が頼りなげに廊下に反射していた。
美玖は、ぼんやりと遠い目で窓を見ていた。君孝も何も言わずじっと手元を見ていた。
「君孝さん、すみません。勝手なことばかり言って」
「いや、いいんだよ隼くん。すまなかったね。それと・・・そちらの方にも」
いきなり声をかけられ、凛はビクリとする。今日はきちんと自分の制服を着て女らしい恰好をしていた。
「新屋凛です。私こそすみません、どうしても許せなくて・・・短絡的で思慮が足りない行動をとりました。本当にすみません」
神妙な顔で頭を下げる凛は、先程のがなり立てる姿とはまるで印象が違った。
「顔を上げてください。あまりの勇ましさに驚いたけど・・・美玖のために怒ってくれたんだね。ありがとう」
「いや、あれはチンピラのようだったぞ・・・俺より短気じゃねーか」
柳が呆れて言うと、ジロリと凛が睨んできた。相変わらず気の強い女だと思った。
「みんな、私が不甲斐ないばっかりに迷惑をかけたね。私も、早く帰ってもらいたかったんだよ。任せてしまってすまなかった」
「いえ・・・でも、何も言わなくて良かったんですか? あまりにも一方的な主張だったのに、言わせっぱなしで・・・」
「隼くん、いいんだ。私はね・・・美玖が無事ならいいんだ」
「そうですけど・・・」
隼は、君孝の態度に違和感を感じた。どこか諦めのような疲れた表情。
以前、美玖が月桂を庇いケガをした時とは明らかに違う態度。あの時は落ち着き、毅然と冷静に対応していた。しかし、今はうろたえたように力なく座っている。
美玖もそうだった。以前のケガの時はやけに明るく後悔も、恐れも、絶望もしてなかった。周りを気にして大丈夫だと明るく振る舞っていた。しかし、今はまったくそんな余裕を感じられなかった。
「美玖・・・大丈夫? 私、ここにいて迷惑じゃない?」
凛は美玖のベッドの近くに寄り話しかける。
驚いたように美玖は振り返ると、小さく首を振った。
「来てくれるなんて思わなかったです。嬉しい・・・もう会えないかと思ってたから」
「ごめん・・・私小心者だから、美玖に嫌われたんじゃないかと思って。なかなか会う決心がつかなかった」
「新屋さん・・・」
「凛って呼んで。友達でしょ?」
「凛・・・さん」
照れたように、小さく笑う美玖を、凛はぎゅっと抱きしめる。
「私、美玖の味方だから。さっきみたいな、ああいう理不尽な状況になることって誰にでもある。でも、それを我慢するのと受け止めるのは別。無理しないで。私が一緒に受け止めてあげる。ムカついたら代わりに文句でも頭突きでもしてあげる。一人で抱え込まない。いい?」
思わず美玖はくすりと笑う。似たようなことを隼にも言われたな、と思いだした。
凛は美玖から離れ、イスに座った。
「ありがとです。でも、暴力は・・・ダメです」
「時と場合による。大切な人を守るためなら武力行使もいとわない。それが最善の方法だと思えば、拳だって振るう。キレイ事ばかりじゃ大事な人は守れない。・・・こんなこと言うと私、美玖に嫌われそうだけど、これが私の考えだから」
「・・・そうですよね。本当は私も分かってるんです・・・キレイ事だって。だからハッキリそう言える凛さんのこと、尊敬します。でも暴力は・・・やっぱ嫌いです」
「いいの、それで。価値観や正義は千差万別。暴力が嫌いだと、ダメだと、そう考える美玖が私は好き。大好き」
美玖と凛は見つめあったまま、コツンとおでこをくっ付けクスクスと笑い合った。
正論にして、ストレートな凛の表現は、他の誰にも出来ない励まし方だった。
君孝や隼、柳には、きっと「気にするな」と慰めることしか出来なかっただろう。凛には女性にしか出来ない包み込む優しさと、男性のような率直な気持ちと強さを持った稀有な人物だと隼は感心した。
特に打撲以外の大きなケガは見受けられなかったので、美玖はその日の内に帰宅した。ただし、頭などを打った可能性もあるので痛みなどが出てきた場合は直ぐに病院へ来るよう念を押された。
美玖は今日の出来ごとを思い出し、同時に昔の事件も思い起こし胸が苦しくなった。