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ラムネット  作者: ラムネ
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21話 鬼の居ぬ間に洗濯

鬼の居ぬ間に洗濯


主人や監督する者など、こわい人やうるさい人がいない間に、のびのびとくつろぐことのたとえである。「洗濯」は命の洗濯の意味で、気晴らしのたとえ。

【21話 鬼の居ぬ間に洗濯】


 鮮やかなピンクの花柄シフォンチュニックワンピース。パフ袖で女の子らしくミニスカートが涼やかな印象だった。


「やっぱり似合うわっ!!」


 ルイは自分のコーディネートで着飾る美玖みくにうっとりと目を向けた。

 ファッション関係の学校に通ってるルイにとって美玖は創作意欲を掻き立てられる存在だった。

 そのくせ美玖自身は、学校以外ほとんど出かけないので着飾ることはなく「そんなのは宝の持ち腐れよ!」というルイの主張により、バイト先のアトリエ兼事務所に連れ出し着せ替えては満足感に浸っていた。

 ルイのバイト先は、最近独立した先輩のアトリエだった。美玖の話を、社長にしたところ「連れてこい」と言われたので喜んでルイは連れてきた。

 美玖自身は積極的ではなかったが、どうせ学校も休みがちなので気晴らしにもなるかと思い半ば強制的に連れ出した。


「悪くないけど何か足りない。ルイ、コサージュの付いた麦わら帽子持ってきて」

「はーい。つば広のやつですね? 色は?」

「ホワイト。黒髪が印象的だから、絶対白系ね」


 アトリエの代表者である社長 白波瀬しらはせじゅりあ。20代後半の彼女は才能も行動力もあり、若くして独立したルイの憧れの存在だった。彼女と知り合って、バイトとはいえ一緒に働くことができてルイはとても嬉しかった。

 まだ独立して間もないので、モデルは知り合いや学校の後輩にお願いすることが多かったので、美玖はどうだろうとルイは秘かに思っていた。

 いつもは月桂がいてなかなか切り出せなかったが、今日は用事で終日いないので絶好の機会だと思い連れ出した。


 そして、それは成功だったとルイは思っている。


 もちろん、素の美玖も可愛いが、たくさんの服から似合う服を選び、化粧をし、髪を整え、全身コーディネートすると絵本の中のお姫様みたいな、圧倒的な可愛さにクラクラする。

 じゅりあも、積極的にアドバイスしてくれるので更に嬉しくなった。見込みがあるってことだ。


 そう、これよ!! この圧倒的な可愛さをあたしは味わいたかったのよ!!


 ニヤニヤしながら、衣装部屋からつばの広い大きな帽子をもってくると、じゅりあに手渡す。


「うん。いいね。靴のサイズあるかな。美玖ちゃんサイズいくつ?」

「えと・・・20です」

「小さいなー・・・アレはだめだよなー・・・」

「じゅりあさん、クロスベルトのブーツサンダルはどうです?」

「んー・・・持ってきて」


 夏らしく麻の素材を使ったブーツサンダルはヒール高9センチでいつもより目線が高くなった。

 上品なアイボリー色、足首がクロスベルトなので少し大きめの靴でもフィット感があった。

 側面にはリボンがついており、それがまたルイにはツボだった。


 どうしてどうして、何でも似合うのよっ!! 可愛すぎるってーーー!!


「ラメパウダー少し使うか。ルイ持ってきて」


 ラメパウダーをデコルテ・腕・足にパフで抑えるように塗布すると、肌がキラキラと輝いてみえた。

 美玖は気恥ずかしい気持ちだったが、鏡の前で自分を見ると別人のようで嬉しくなった。

 プロのコーディネートはやっぱり違うんだな、と美玖は実感した。髪や肌には多少気を使っていたが、服や化粧には気をかける余裕がなかったのですごく満たされるような気分になった。


「やばい。可愛い。写メ撮っちゃおー」

「そうね。せっかくだから、撮影しようか。二階で寝てるヒロ起こしてきて」

「え、スタジオで?」

「そう。早く起こしてきて。美玖ちゃん、いいよね?」

「え、撮影って? 写真ですか?」

「そうそう。フリーだけどプロが撮るから可愛く写るわよ。まぁ、記念だと思って付き合ってよ。洋服は貸してあげるし、もう使わない服はあげる。悪い話じゃないでしょう?」


 そう言うと、隣の部屋にある小さな撮影スタジオに入り、傘のような大きな照明 ソフトボックスの電気をつけた。

 柔らかい光が大きなスクリーンにあたり不思議な感覚があった。

 じゅりあは手招きをし、美玖をスクリーンの前に立たせる。


「その腕のケガ・・・隠そうか、コンシーラーで」


 そう言うと、化粧箱からコンシーラ―を出し右腕にあるケガをキレイに消した。


「すごい・・・こういうことできたんだ・・・」

「一時しのぎだけどね。手のケガは、まだ最近?」

「もうひと月経つんですけど・・・まだ全快ではなくて」

「じゃあ、手袋にしようか。レースの可愛い手袋があるのよ」


 じゅりあが持ってきたレースの手袋は、とても繊細でキレイだった。それに手を通すと包帯をしても手のケガが全然気にならなかった。

 自分のコンプレックスだった腕のケガと手の傷まで、まったく違和感なく見えなくなったので美玖は驚いた。


「すごい・・・魔法みたい。ありがとうございます!」


 満面の笑みで美玖が感謝するので、じゅりあも思わずつられて笑う。


 カシャッ

 小さなシャッター音でカメラマンの来訪に気付いた。


「今、いい笑顔やったで。じゅりあさんどいてー」


 無精ひげを生やした男がカメラのシャッター越しに覗いていた。その横でルイが嬉しそうに見ていた。

 じゅりあは素直にスクリーンから離れるとじっと美玖を見た。


「初めてやな? カメラマンのヒロや。えーっと・・・名前は?」

「・・・・・・あの・・・花立美玖はなたてみくです」

「よろしゅう! 緊張せんといてー」


 そう言われたものの、カメラを構えられるとどうしても緊張してしまう。もともと人見知りな美玖は今日会ったばかりの二人に囲まれるとどうしていいか分からなくなってしまう。

 ヒロが何か一生懸命話しかけてくれるが、何を言われてるのかもよく分からなかった。


「じゅりあさん、さっきどうやって笑顔にさせたん?」

「え、何だったかな。手袋貸してあげたら、魔法みたいって言われて・・・」

「あっ! 本当! 全然分かんない! うあぁぁ~可愛い~」


 ルイは傷のことが全然気がつかなくて本気で驚いた。しかも手袋は上品でお嬢様っぽいのでじゅりあのセンスの良さにも感動した。


「うん、じゅりあさんすごいの。これだったら半袖で外歩けます」


 美玖が照れたような自然な笑顔になった。

 じゅりあとヒロは、ルイに目線で「続けて話せ」と促す。ルイもそれに気付き、何か楽しくなるような会話をしようと考えた。


「じゃあ、今日はみんなで外食しよう! どうせ吾妻あがつまさんと君孝きみたかさんは遅いから、りゅうしゅんに連絡してさー四人でお出かけしましょ!」

「みんなで!? いいのかなぁ」

「聞いてみようか」


 ルイは写メで美玖を撮ると、メールを打ち始めた。その間もヒロは色々な角度から写真を撮っていた。

 じゅりあは帽子やアクセサリーを交換したり、ポーズを教えたりしていた。


 ―― 今、美玖ちゃんとデートしてるの(^◇^)いいでしょ?

 柳へメール送信。


 ―― 暇人

 柳から速攻で返信。

 返事早っ! 短っ! 確かに平日の昼間なので反論はしないけどね。


 ―― 柳もデートしたいでしょ? 学校終わったらみんなで出かけようよ

 今度は画像添付で送信。どんな顔してるか想像すると笑えてきた。


 今度はすぐに返信が無かったが、しばらく撮影をしていたらシンプルな「いいけど」という返信がきた。


「美玖ちゃん、柳はいいってーきっと隼も大丈夫だよ。どこ行こうね~行きたいとこある?」


 美玖はパッと顔を上げ嬉しそうにルイを見た。メールに夢中になってる間に衣装チェンジもしたみたいで、じゅりあのコーディネートした上品な総レースのワンピーススタイルだった。これからパーティと言っても通用しそうな雰囲気にルイは脱帽した。


「えと・・・みんなと一緒だったら、どこでも」





 柳は体育の授業が終わり更衣室で着替えをしてる最中、携帯メールの着信に気がついた。


「ルイねえからだ」


 すっかり柳も「ルイねぇ」の愛称に慣れ親しんでいた。

 頻度は高くないが、暇つぶしとしか思えないようなルイからのメールにいつもうんざりしていた。

 案の定、くだらない自慢話だったので「暇人」とだけ書いて返信してやった。


「ルイねえから?」


 独り言が聞こえたらしく、隼が聞いてきた。クラスは違うが体育の授業は合同になるので更衣室は一緒に使っていた。


「相変わらずどうでもいい話・・・また来た・・・みんなで出かけようだってさ」

「ああ今日、月桂居ないからねー。いいねデート。それ、画像添付あるよ」


 隼が携帯を覗き込みながら言う。そうだな、と思い何気なく画像を開くと見知らぬ少女が写っていた。


「え・・・誰?」

「美玖ちゃんでしょ」

「だって・・・人相違うだろ・・・雰囲気とか」

「人相って・・・化粧してるからじゃない? 確かに服装で雰囲気変わるね」


 隼が可笑しそうに笑うので、画像を見直すとそういえば美玖っぽいなと思った。着飾った美玖はいつもより少し大人びて艶やかだったので柳は戸惑ってしまった。


「なに、彼女? ちょっ! マジで!? 可愛すぎるだろっっ!?」


 携帯に見入っていたため、クラスメートが後ろから覗きこんでいたことに気がつかなかった。慌てて携帯を閉じたが声の大きいクラスメートのせいですっかり注目されてしまった。


「俺も見たい。柳の彼女ってあんま想像つかね~」

「すげー美少女だった。俺にも誰か紹介しろよー」

「うるせーな・・・そんなんじゃねーよ」


 動揺を隠そうと、柳は着替えを再開した。横でクツクツと笑う隼に「どうなの?」と皆が言い寄る。すでに柳と隼が従兄同士で仲が良いというのは周知の事実だった。

 柳の俺様な態度は一部の女子生徒には大人気で、なんとか仲良くなろうとするが本人はまったく興味もないといった体であしらうので女嫌いという雰囲気があった。

 ついには、面白がって一部では隼とデキているのでは、という勝手な噂まであった。


「彼女じゃないよ。柳の方思いなんだ」

「余計なこと言うなよっ」

「おおっ柳が照れてる!! お前も男だもんなー」

「美少女いいなー俺も方思いとかしたいわー」


 好き勝手言いやがって。誰が方思いだ。

 柳はうんざりするして、これ以上この話題で騒がれるのはごめんだったので早々に着替えると一人更衣室を出た。


 改めて携帯を開くと、画像のページのままでドキリとし「美少女」というクラスメートの一言を思い出す。

 とりあえず、ルイに返事だけでもしようと思い「いいけど」と返信。

 我ながら、素っ気ない返事だなと苦笑した。





 学校が終わった後、そのまま待ち合わせ場所の駅まで向かった。

 表面的には不機嫌そうな柳だったが、内心楽しみにしてるのが隼には分かった。

 その証拠にボディーガードの藤原に出かけることを事前に知らせておらず小言をもらったが「悪いな」と笑顔で対応したからだ。


 夕方のラッシュ前ではあるが、それなりにひと気が多かった。学校徒歩圏の隼たちには駅利用の機会が少なく、意外と混雑してる事実に多少うんざりした。駅のどこで待ち合わせなんだ。

 そんな不安も、ふわと甘い香りがして吹き飛んだ。


「柳くん、隼くん、見つけたっ」


 嬉しそうにほほ笑む美玖が二人の袖をつかんだ。

 柳はビクリと体を硬直させた。写メで見たので想像はしていたが実際会うとかなりの衝撃があった。いつもの自信なげな美玖ではなく心底自分たちを見て喜ぶ元気な姿だった。

 もともと、外出しない美玖とこうして外で会うことがほとんどないため新鮮に感じたのもあった。


「どう? プロのコーデよ。可愛いでしょ?」


 自信満々の顔でルイが言う。憧れのじゅりあがコーディネートした美玖のファッションは、美玖の雰囲気に合ったお嬢様テイスト満開のものだった。以前から見せびらかしたい願望のあったルイには、たまらなく優越感に浸っていた。


「可愛い。すごく似合ってるよ。プロってどうしたの?」

「あたしのバイト先で貸してもらったの。社長がね、コーデしてくれたの。せっかくだから柳と隼に見せびらかそうと思って」

「アハハ、光栄だな」


 ごく自然に賛辞を言える隼とは違い柳は黙って、褒められて照れている美玖を見ていた。その光景にルイと隼は気付きそろってはやし立てた。


「柳はどう? 可愛いでしょう?」

「そんな凝視する程可愛かった?」

「・・・・・・ま・・・まあまあだな」


 それが柳の精一杯だと分かったのでルイと隼は笑いを堪えるのに必死だった。言った本人も言われた美玖も照れているのが分かった。

 なんて、青春っぽいのかしら、とルイは羨ましく思った。


「えと・・・ありがとです」


 いつもの「えと」を聞いて柳は、見た目が変わっても中身はそのまんまだな、と少し安堵した。


 この後どうするかという話題になり、ルイの提案によりショッピングした後みんなでご飯を食べることに決定した。

 駅は結構混んできて、同じ高校の制服もちらほら見かけた。会社員の姿も多く美玖はその間をルイと隼に付いて行こうと必死だった。

 それを眺めていた柳には人混みが苦手なのだとすぐに分かった。誰かにぶつかりかけてはビクリと立ち止り、慌ててルイたちに近寄りきょろきょろと辺りを見渡す。で、またぶつかりかける。


 そうだよな、こいつ・・・引きこもりみたいなもんだもんな。


「おい、何よろよろしてんだ」


 見かねて柳は美玖の腕を引っ張る。驚いて美玖は「ひゃ」と小さく声を出す。近づくと花のような甘い香りがするのでどうしても意識してしまう。

 美玖の腕があまりにも細いので柳は、余計に心配になった。日ごろから隼に「心配性」だと言われているが本当にそうだな、と苦笑した。


「ボケっとしてると置いてかれるぞ」


 柳がそう言うと、美玖は慌てて柳の腕にしっかとつかまり歩き出した。

 頼られて悪い気分にはならなかったが、ふと嫌な考えがよぎった。


「月桂さんと、こういうふうに歩いてねえよな?」

「えっ!? いえ・・・あの・・・月桂さんは、離れて歩くので・・・」


 だよな。

 柳はそう思うと優越感があった。無意識のうちにニヤリと笑っていた。

 しばらく歩くとルイたちが家電量販店でパソコンを眺めていた。


「あーそういえば、ルイねえドライヤー欲しいって言ってたよな?」


 美玖が入院中にルイがそう言っていたのを柳は思い出した。


「そういえば・・・忘れてた。見ていってもいい?」


 美玖は物珍しそうにパソコンを見ていたので隼に任せ、柳はついて行くことにした。

 売り場につくと「これこれ」と展示品のドライヤーを眺めていた。


「新モデルなんだーミネラルプラチナにナノイーか・・・よく分かんないけど良さそうだわ」

「これでいいの? 何色?」

「ゴールド! でも買わないわよ。ネットの方が安いかもしれないし」

「いいよ。買ってくる」

「え・・・ちょ・・・」


 箱を手に取りレジに向かおうとするので、ルイは慌てて追いかける。


「ちょい待ち。そんな安いものじゃないし・・・」

「いいって別に。俺も使うし」


 1万円オーバーの金額は高いってこともないけど、気軽に高校生が買う値段じゃないでしょ。そう思ったが、どうやら柳や隼の家は結構裕福なんだよな、と思い出す。

 考えてる間にレジの順番になり、柳は当たり前のようにクレジットカードを出す。


「良かった。ゴールドカードとかだったら、すっごく嫌味だったんだけど」

「プラチナカードだけど」

「・・・何、本当にお金持ちなのね」

「親父が見栄っ張りなだけ」


 柳のお父さんの名前かな、と思ったら「RYU OUGI」と記名があったので少し驚いた。高校生は作れないと思ってたけど家族カードってやつなのかな、裕福ってレベルじゃなさそうだな、とルイは考えていた。


「でも、ちゃんとあたしも払うからね」

「いいって。俺の金じゃないし。それでって訳じゃないけど・・・ルイねえに頼みがあんだけど」

「ん? 何?」


 会計を終え、柳とルイは歩き出す。


「あいつさ・・・また今日みたいに連れ出してやってよ。物珍しそうにキョロキョロしてたから、外出が嫌いなわけじゃないと思うんだ。どうせ、今日だってルイねえが無理やり連れ出したんだろ?」

「そう・・・だけど」

「自分から行きたいとか言わねえだろうし。まして、一人で出かけることもしなさそうだし。友達でも出来ればいいんだけどよ、あいつトロイからな・・・今のところ、ルイねえしか頼むやついないんだよ」


 柳はふと寂しそうな顔をする。

 口は悪いけど、いつだって美玖のことになると心配性な柳をルイはいつだって面白がってきたが、少し反省した。こんなにも、真面目に真っすぐ美玖のことを見ていたのだ。

 ただ、可愛いと構って自己満足していた自分はなんて不純だったのかと軽くめまいを覚えた。


「うん・・・分かったよ。でも、柳だって連れ出してあげなよ?」

「はぁ? なっ、何で俺が・・・」

「お姉さんは柳の見方だよ! だいたいね、美玖ちゃんって吾妻さんといる時間が長いのよ。学校行ってない日なんて、ほぼ一日中一緒よ。これってちょっと問題なの。馴れ合ってる間に、恋愛感情抱かないなんて言いきれないでしょ? そしたら目も当てられないわ」

「・・・どっちが!?」

「どっちもよ。美玖ちゃんって不思議と吾妻さんにはなついてるのよねぇ。それで、あの殺人的に可愛い美玖ちゃんと一緒にいて好きにならない人がいるからしら? 少なくても吾妻さん、最初から美玖ちゃん特別扱いしてるわ。学校の送り迎えなんか志願するのよ、信じられなーいって思ったわ」

「・・・・・・いや、中学生に手出したら犯罪だろ」


 そう言いつつ、柳は頭の隅では考えていたことだったのでつい不機嫌な顔になる。


「犯罪? ヤクザなんでしょ? そういうのって気にするかしら?」

「でも・・・隼の手前、ないよ」

「じゃあ、隼が認めたらOKなの? とにかくね、一番恐いのは美玖ちゃんが吾妻さんを好きになること。これが一番ダメ。ただでさえ可愛いのに、あの顔で告白とかされたら断れないわ。あたしだったら無理。吾妻さんにはケガさせたって負い目もあるし・・・あのね・・・吾妻さんが仕事を完璧にこなす人だって分かってるわよ。ご飯もとっても美味しいし。コーヒーも美味しいの。二日酔いの時とかさり気なく薬とか用意してくれるの。最近はあの恐い顔にもちょっと慣れてきたの・・・・・・でも、美玖ちゃんにはダメ。ダメなの・・・・・・」

「分かるよ」

「・・・・・・あたし、ひどいこと言ってるわ」


 ルイはふと目線を下げ悲しげにしたが、すぐに笑顔に戻り柳を真っ直ぐ見つめる。


「でも、考えを変える気はないわっ! だから、あたしも頑張るから柳も頑張って二人の時間作るのよ?」

「俺だったらいいのかよ?」

「文句ないわ! お似合いよ。さっき腕組んでるとこ見て思ったわ」

「なっ・・・あれは・・・あいつボケっとしてたから!」

「ただし、もうちょっと正直になった方がいいわ。美玖ちゃんに伝わらないから。」


 そう言ってルイはいじわるそうに笑った。柳はきまりが悪いのか早足で隼と美玖のところに向かう。




「知ってます。最近のパソコンは画面タッチで使えるんですよね。こうやって」


 美玖は真面目な顔で、展示品のパソコン用ディスプレイに指をつけ左から右へと一生懸命動かしていた。当然のことながら画面のカーソルは一向に動かず次第に顔が曇っていった。


「おかしい・・・壊しちゃったかな・・・どうしよう」

「美玖ちゃん、これはねマウスを使うんだよ」

「あ・・・そうですよね」


 そういうと、今度はマウスでディスプレイを直接ぐいぐいと押し始め、動かないカーソルを不思議そうに眺めていた。

 教えてあげればいいのに、隼は後ろで笑いをこらえていたので、店員が慌てて駆け寄り不思議な行動をとる美玖を制止した。


「お客様、こちらのマウスはテーブルなどに置いて、使用します。このように・・・」

「あの・・・えっと・・・知ってます。でも最新のは画面に触ると動くのかと・・・」

「ああ、タブレットPCのことですね。ただ、そちらも指かペン型の認識となりますので・・・マウス・・・では動かせません」

 

 店員も笑いを必死にこらえ、丁寧に対応しようとしていた。


「えと・・・ごめんなさい」

「いえ、画面に直接マウスで押す人15年前はいましたから」


 店員はまだ笑いをこらえながらどこかに去って行った。

 たまらず、ルイと柳も笑いだす。二人が見ていたと知らず、美玖はポカンとする。自分の間違いはそんなに変だったかなと急に恥ずかしくなって顔を隠す。


「隼くん、知ってたの?」

「知ってるも何も・・・予想外の展開で・・・すごく面白い」

「いじわる・・・」


 そうだ。こういうのって楽しいのよ。これって大事。ルイは晴れやかな気分でみんなを見た。

 みんなで少しずつ彼女の闇を取り払ってあげよう。 



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