2話 物には程がある
物には程がある
物事にはそれぞれ適度というものがあり、度を越えていきすぎたものは慎んだほうがよいという戒め。
☆簡単人物紹介☆ 分かんなくなったら、確認したって
花立 美玖(中2) 新しい下宿人なのです。
花立 君孝(35) 美玖の伯父。花立家の家主です。
扇 隼(高1) 花立家の下宿人。さわやか少年。
扇 柳(高1) 隼の従兄弟。同じく下宿人。俺さま系。
ルイ(21) 下宿人。ファッション学科に通う大学生。
優しい家族がいた。
楽しい友達がいた。
町は温かかった。
ごく日常の風景があんなに幸せだったなんて・・・
家族がバラバラ。
友達は友達じゃなくなった。
町の人は蔑み、罵倒した。
お前たちのせいだ
町から出ていけ
消えろ
人殺し
呪詛は彼女を襲い深く突き刺さった。
違う、私たちは悪くない、という彼女の認識も多数の呪詛で砕け散った。
誰か・・・助けて・・・
【第2話 物には程がある】
新しい住人が増えて1週間が過ぎようとしていた。
朝になると日課となった美玖の作った朝食が並んでいた。
「おはよう・・・やっぱ女の子っていいわね」
朝から元気なルイは、どかっとイスに座るとまだ眠たそうに目をこすった。
「おはようです。ルイねえ」
コーヒーを注ぎながら美玖はほほ笑んだ。
ルイが自ら、ルイねえと呼んでとしつこく言ってすっかり定着した呼び名だった。
「おはよう。またルイねえは夜更かし?」
隼も面白がってルイねえと呼んでいる。
「ん~2時間くらいは寝たよ」
「暇だな、大学生」
携帯をいじりながら柳は言った。
「そんなことないのよぉ、今日も授業の後、飲み会あるしぃ」
「暇だな、やること他にないのかよ」
「あらぁ、交流って大切よ! そんなのだと彼女できないわよ?」
「そういうのは、うんざりなんだ」
むすっとして、コーヒーを流し込む。
さして気にした風もなくルイと隼は食事を続けた。
「美玖ちゃんは、学校いつから?」
美玖が引っ越してきてから1週間。
まだ学校に行ってる様子が無かったので何気なくルイは聞いてみた。
「・・・うん、まだ・・・もうちょっと・・・かな・・・」
歯切れの悪い返事に、なんとなくこれ以上聞かない方がいいかなとルイと隼は思った。
5月という何とも中途半端な時期の引っ越し。
何かあったのかもしれない・・・だが、軽々しく聞ける話題でもないような気がした。
「なんだそりゃ!お前そんなにゆっくりしてていいのかよ。授業について行けなくなるぞ。それとも何か行けない理由でもあんのかよ? いじめとか?」
ガシャ・・・
ルイは思わずスプーンを豪快に落としてしまった。
まさか、こんなにストレートに疑問を口にするとは・・・
呆れと恐怖で何と言って良いかわからなかった。
「・・・・・・・・・違うの・・・えと・・・」
驚いたように、美玖もどうすればいいのか分からずあたふたしていた。
「ま、どうでもいいけど。じゃ学校行ってくるわ」
周りの空気を物ともせず柳は後片付けをすると玄関に向かった。
後を追うように隼も後片付けをし、美玖に声をかける。
「ご馳走さま。気を悪くしたらごめんね、美玖ちゃん。柳は何でも口にするやつで・・・ごめんね」
「えっと・・・えと・・・悪くしてないので大丈夫です」
ぽん、と思わず美玖の頭に手を乗せて、いってきますと言った。
ルイは一人息を吐いた。
隼が玄関を出ると、柳が壁に寄り掛かって待っていた。
「おまたせ」
無言で学校へと歩き出す。
しばらく歩いてから隼は話しかけた。
「学校行ってないの心配してるんだったら、もうちょっと分かりやすく言わなくちゃ」
「心配とかっ! してねーよ!」
「何か心配事あったら話聞くよ・・・とかさ」
「お前な・・・」
「彼女、僕たちと話してても、君孝さんと話しててもどこか上の空なんだよね。荷物とかさ、来た時に持ってきたカバンひとつだけらしい。これからここに住むのにさ、前住んでた家から他に何も届けないらしいんだよ。不思議だよね。女の子なのにもっと荷物必要だよね、普通」
唐突な話題に柳は不思議そうな顔をした。
「・・・だから?」
「5月に引っ越し。家族じゃなくて彼女だけ。君孝さんだって彼女が来るの前日に僕らに知らせただけ。
その前には君孝さん頻繁に電話してたしね、なんか物騒な・・・」
「盗み聞きかよ」
「そうじゃないけど・・・夜の電話は響くんだよ」
「・・・物騒って?」
「よく分からないけど、【裁判】とか【自殺】とか【次は殺される】とか・・・まぁ、僕の周りでは日常的な会話だったけどね。普通はそうでもないでしょ?」
さらりと隼は言った。
彼の家庭環境を考えるとそんな会話はさして珍しいものではなかった。
それを知っている柳も、驚きもせず返事をした。
「ああ・・・」
「彼女の周囲で何かあったかもしれない。だけどそれは会って間もない僕たちが気軽に干渉していい話じゃないと思うんだ」
柳は無言で聞いていた。隼もたんたんと話す。
「だからって、ただ傍観してる訳じゃなくて。ルイねえみたいに普通に会話して関係を築いていくことも大切だと思うんだ。それで、美玖ちゃんが何か話してくれるようになるかもしれないし。柳の気持ちも分かるけど、こういうのは慎重に行かなくちゃ」
「お前なー俺を何だと思ってるんだよ」
「僕は柳のよき理解者でありたい」
にっと笑う隼を、思わず小突いていた。
こういう事を本気で言う隼は恐ろしい奴だ。
だがそれは事実だと柳は思っていた。
家族よりも誰よりも、自分のことを理解しているのは隣にいる親友だと。
「柳には僕がいる。彼女にはそういう存在がいるのかな?」
「やめろよ。そういう言い方は誤解を生むだろ」
「なんか、ほっとけない・・・っていうのかな、美玖ちゃん・・・」
知るか・・・と投げかけて歩を進める。
ふと、美玖の悲しそうな顔を思い出した。
そういえばよく悲しそうな顔をしていた。
だから自分も気になって朝食の時あんなことを言ってしまったのだろうか・・・
俺にとっての隼のような存在?
誰かが美玖の大切な存在に・・・