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ラムネット  作者: ラムネ
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19話 鬼が出るか蛇が出るか

鬼が出るか蛇が出るか


次にどんな恐ろしい物事が待っているか、わからないことのたとえで、前途の困難が予測しがたいときにいう。

【19話 鬼が出るか蛇が出るか】


 突然の来訪者、すばるにすっかり振り回された一同は彼の言葉を待っていた。

「ああ、忘れてた。前置きが長くなったね」

 昴はイスに座り栗毛色の髪の毛をかき上げた。黙ってればいい男なのにな、とルイは思った。モデルのようにスラリと長い脚を組んで少し真面目な顔になった。

「この前の広田組のこと。何で俺に連絡しなかった?」

 美玖のケガや恐喝の件のいきさつを知らないりゅうとルイには何の事だかまったく分からなかった。

「いや・・・兄さんに話したら話が大きくなると思って」

 実際、しゅんが使ったのは父親の名刺と月桂げっけい、月桂の部下だけで、話を大きくするつもりはなく金の回収と警告で終わらせるつもりだった。

「悲しいなーお兄ちゃんは。交渉は風間かざまにやらせるつもりだったわけ? 俺を使えば良かったのに。むしろ親父の名前なんか使ったら使用者責任だ何だって近頃うるさいんだぜ。俺はいいんだよ、そういうの得意だから」

 風間は月桂の部下の名前で今回の事で動いてもらった人物だった。

「ごめん・・・慣れないことするもんじゃないね。もしかして交渉、兄さん関わった?」

「もちろん。俺の兄弟に手を出した礼をしておいた。すっかり美玖ちゃんのこと、妹だって信じこんでた。どーゆーいきさつなんだかな」

 結局昴が出てきたことで強制的な交渉になったことは容易に想像できた。

「風間にはちゃんと上がりから謝礼も払ったし、問題なしだ」

「分かったよ」

 隼は納得したようだが、柳もルイもまったく分からなかった。

「何だ? ヤクザかかわってるのか?」

 柳がいぶかしげに聞いた。

「まあ、済んだ事だよ。美玖ちゃんに手を出したのはヤクザじゃなくて無職の少年だけどね。ケジメはつけさせたし、大丈夫だよ」

 昴は隼と後ろ盾だったヤクザの男との金銭やり取りの話はしなかった。

「ケジメ・・・って・・・指とか切るやつ? まさか殺したり・・・」

 ルイは恐る恐る聞いてみた。昴はルイの質問が可笑しかったのか吹き出した。

「アハハハ、まっさかー今どきそんなことしないよ。ねぇ?」

 昴は月桂に顔を向けて同意を求めた。

「そうですね」

 月桂の声はいつも通りの調子に戻っていて、低く落ち着いていた。

 ルイは物騒なことにはなって無いようだったので安心した。

「でも、ああいう人たちって復讐とかしてこない?」

「報復ってこと? ないね」

 あまりにも断定的な昴の言い方にルイは不思議に思った。ヤクザなんて聞くと脅されそうなイメージがあったからだ。

「どうして?」

「ヤクザなんて実利のないことはしないよ。だいたいおうぎの関係者だと分かって手を出すなんて命知らず、普通いないさ。向こうさんは小規模の組だし、いつだってこちらは力でねじ伏せることができる。もちろん、こちらだって消耗するだけ無駄だからそんなことはしないけどね。暴対法が出来てからドンパチするなんて大変なんだよ」

 当たり前のように昴は言う。隼も柳も月桂も普通の顔で聞いている。ルイは一人、暴対法とか縁のない言葉を聞きながらぼんやりと考えた。

「それって・・・つまり・・・扇家って・・・そういう人たちなの?」

 ヤクザなの?とは何だか恐くてルイは聞けなかった。曖昧な聞き方だったが昴は言わんとしてることを理解し薄く笑った。

「親父と月桂はそうだけど、俺は違うよ。普通のビジネスマン。入墨も入ってないし。ちなみに柳のとこはまったく別。扇一族でも、俺のとこは仲間はずれみたいなもんだから」

 表向きはね、と昴は心の中で付け加えた。

 ルイはしばしば疑問に思っていた事が分かってすっきりしたが、「そうだ」とハッキリ言われると複雑な気持ちになった。昴は別に気にしてないようだったが、隼が申し訳ないような顔をするのでこれ以上詮索するのはやめようと思った。隼がヤクザの息子だからって、彼には責任など無いのだから。


「ま、それはいいんだけど。美玖ちゃんのこと。月桂をかばってケガしたんだろ? 月桂も美玖ちゃんにケジメをつけなきゃね」

 昴は月桂を見ると、眉間にしわを寄せ難しそうな顔で見返してきた。

「何、その顔」

 昴はさっきまでの明るい声から、少し声のトーンを落とした。

「風間がさ、ああ、風間って月桂の部下なんだけど、不思議がってたよ。月桂の様子がおかしいって。ケガの直後とか茫然として心ここにあらずって感じで。俺に合った時アイツ真面目な顔してさ「もしかしてあの子、吾妻さんの娘さんですか」って聞くんだよ。傑作だろ」

 昴はまた陽気な感じで話し始めた。

「そりゃ、自分かばって女の子ケガしたら誰でも落ち込むんじゃないかしら? あたしもショックだったし・・・」

 ルイは当然のように言ったが、またしても昴は声高に笑いだした。

「なになに? 月桂がそんな男だと思ってる? この男には道徳心なんてものないよ。女子供だろうが容赦しないし、自分の女にだってドS通り越して鬼畜なんだから。学生の頃から暴れてたからケガなんて日常茶飯事だって」

「兄さん、言いすぎだよ」

「まじかよ、人には暴れるなーとか言ってたくせに」

 柳は不満そうにお前の方がよっぽど暴力的じゃんと月桂を見た。

「俺、初めて会った日に「親父さんに似てるな」って言っただけでぶん殴られたんだよ。当時10歳の可愛い男の子を少年院あがりの16歳が思いっきりな。こんな奴社会に放任して大丈夫かと思ったよ」

「・・・若い頃の話ですよ」

 否定はしないんだ、と憮然とした態度の月桂にルイはがっかりした。

「アハハハ。俺も話聞いてなんでかなー、本当かなーと思ってたんだ。でも、分かった。今日美玖ちゃんと月桂を見てたら。なんで気落ちしたのか」

 昴はニヤリと口だけで笑うと煙草を取り出した。すかさず月桂はライターで火をつけた。一連の動作で、二人の上下関係を見せつけられた。

「・・・・・・どうゆうこと?」

 昴がゆっくりと紫煙をくゆらす。隼は気になったので聞いてみた。

「うーん、言葉で言うのは難しいな。でも分かった」

「どうして?」

 今度は柳が聞いた。

「フフフ。千里眼だから」

 自信満々の割に千里眼だと意味不明なことを言うので柳とルイは呆れた。

 長い付き合いになる隼と月桂も呆れたが、昴の観察力や推理力は恐ろしい程キレているのでバカにはできないと思っている。

「つまりさ、月桂はケガさせて申し訳ないとか自己嫌悪とかじゃなくて、余計なことしてくれたっていう怒りが大きいんだよ」

「え? 美玖ちゃんに対して・・・?」

 まったく想像してなかった答えにルイは思わず声を上げた。

「うん。少年殴ったのは月桂だし、それに対して月桂が刺されるなら別段問題ないのに、美玖ちゃんが月桂の行動を制して刺された。これって月桂にとってはすごく屈辱的だったんじゃないかな?」

「そんな・・・意味分かんない。屈辱的?」

 ルイは美玖がどんな気持ちかと思うと怒りが込み上げてきた。


「でさ、聞いた話によるとナイフが向けられた時、月桂の頭をこう左手で抱きかかえながら右手でナイフに向かって突き出すんだよ。これって相当度胸あるよね。しかも引きさがることなく、声も荒げず少年を睨みつけたんだって。少年も相当驚いただろうねー。もう、カッコ良すぎるよね、彼女!」

 昴は身振り手振りを交えながら話を続けた。

「どんな子だろうと思ったら、俺もびっくりした。すっごく可憐で華奢で性格もさ、柳に怒られてオドオドしちゃうような子だった訳よ。それ見て、ピーンと来た。月桂は打ちのめされたんだ、この子に。完膚かんぷなきまでにね! それで月桂は思うのさ「余計なことしやがって」ってね。分かった?」

「・・・さっぱり」

「意味不明」

「それで、どうして怒るの?」

 次々に言うので、やっぱり分からないか、と昴はため息をついた。

「つまり分かりやすく言うと・・・ギャップ萌えってことだ!」

 理解に苦しむ三人は昴の説明に、揃って「え?」と口に出していた。

「自分より弱くて守るべき存在に逆に助けられた、という事実は月桂にとってこの上ない屈辱なのさ。だから自分が刺された方がマシだって思うわけ。理屈じゃなくてそれが月桂の矜持だから。でも実際は、美玖ちゃんにそんな事言えるわけないでしょ。かと言って今回のことを認めたくもない。つまり、手前勝手なくっだらない思想なんだよ」

 何が、どこが、ギャップ萌えなのかまったく理解できなかった。

「んーそれが本当だとしても、美玖ちゃんには何の責任もないわよね?」

 ルイが分からないなりに考えて答えた。

「もちろん、美玖ちゃんは月桂の命の恩人だよ」

 わざと大げさに昴は言って、月桂を見た。

「だーかーら、さっさと上行ってケジメつけて来いよ。どうせまだ何も言ってないんだろ? もちろん、あの子は金で解決するよう子じゃないから他の方法を探せよ。業界基準の三倍返しで、恩を返す方法だぞ!」

 月桂の胸のあたりを拳でドンと軽く叩くと昴は目を細めた。

「どうだ、俺の千里眼は間違ってるか?」

 昴の自身に満ちた言葉に他の者は押し黙った。今日美玖と月桂を見て分かったというにはあまりにも的確な意見だった。ただの推理だろう、と思ったが月桂が額に手をあて疲れたような表情を見せたのでまったくデタラメという訳でもなさそうだった。

「いえ。恐ろしい能力ですね・・・」

「だろう、ちなみに俺は美玖ちゃんが望む「ケジメの落とし所」も見当がつく。君たちは分かるかね?」

 得意になって、昴は一同を見渡す。

「だって兄さん、今日初めて美玖ちゃんに会ったんでしょ。なんで分かるのさ」

 月桂と昴は長年の付き合いだから分かるかもしれないが、会ったばかりの人間の心中まで分かるわけがないと隼は思った。

「あいつは・・・何か望んだりするヤツじゃねえよ。自分勝手なことしたって言ってたし」

 美玖が自分から何かしてほしい、こうしてほしいと言うことはほとんどない。だからそれが本心だろうと柳は思っていた。

「そうね。もっと望むことがあったら言ってほしいんだけどね。基本的に口数少ないから分からないのよね・・・」

 分からないから、一方的に世話を焼いてきた。そんな簡単に人の心が分かったらたまったものじゃないわよ、とルイはやけ気味に思った。

 月桂は押し黙ったまま昴を見ていた。

「クククク。そうかそうか。欲望のない人間なんていると思うか? ほら、月桂さっさと行ってこい」

 手をブラブラさせて行けと合図すると、月桂が持ってきた灰皿で煙草をねじ消し目をつぶった。


 沈黙の中、時計の音がコツコツと鳴った。

 しばらくすると、昴の手元からもコツコツとテーブルを指先で軽く叩く音がした。

 柳・隼・ルイの三人は動くに動けずじっとしていた。

 月桂は黙って昴の手元を見ていた。


 長い沈黙の後、昴は急に席を立つとテーブルをなぎ倒した。上に乗っていたグラスや灰皿が豪快に宙を飛び派手な音をたてて床に叩きつけられた。同時に昴は折り畳み傘を月桂に投げつけた。それを月桂がけると、腰のあたりに蹴りを入れた。よろけて片膝をつくと月桂の髪を掴み顔を上に向け、拳銃を額にあてた。ゴツと鈍い音が響いた。

 一瞬の出来事だった。

「バン! 俺がその気だったら死んでたな。さっさと行けっていってるだろ! てめえの負けだ!」

 昴のよく響く声に空気がピンと張りつめた。

「どうだ、気合い入ったか」

 手を離し、月桂の肩を足で蹴ると昴はクツクツと笑いだした。

「・・・・・・ええ」

 一切抵抗しなかった月桂は、ゆっくり立ち上がると突き刺すような目線で昴を見た。暗黒の深淵を思わせる笑みをたたえていた。

 見たこともない残酷で恐ろしい表情にルイは背筋が寒くなった。

「月桂、お前が堕ちたのも美玖ちゃん位の年齢の時だったな。たしか、お前の時もナイフ・・・いや、包丁だったか。どうでもいいか」

 昴の言葉など聞こえてないかのように、そのまま月桂は二階へ、ゆっくりと上がって行った。


 あまりの突然の出来ごとだったが、ルイは一つだけ理解した。この人たちは私とは住む世界が違うんだわ、と。

 まるでこれから誰かを殺しに行くと言っても不思議じゃない雰囲気の月桂をぼんやり見つめ、ハッと我に返った。思わず近くにいた隼にルイは声をかけた。

「ちょ・・・あのまま吾妻さん、美玖ちゃんのとこ行くつもり!?」

「え・・・たぶん」

「大丈夫なの?」

 隼は困ったように顔をしかめ、拳銃を手に持ったままの昴を見た。

「兄さん、物騒なものしまってよ」

 昴はまたクツクツと笑いだすと、背広の中に拳銃をしまった。

「もちろん、おもちゃだよね?」

 ルイは同意を求めたが、隼はまた顔をしかめただけだったので、思わず顔が引きつった。誰が「普通の会社員」だって?

「それじゃあ、月桂もいい顔になったことだし帰るかな」

 ニコリと笑うと昴は何事もなかったかのように、ジャケットを回収し扉を開けた。

「おい・・・月桂さん・・・暴れたりしないよな?」

 柳は月桂の形相を思い出し、思わず昴に聞いていた。ルイも同じ気持ちだった。話し合いに行くという顔ではなかった。どこが「いい顔」なんだと怒りたくなった。

「君たちは若いねぇ」

 振り返り、昴は不安そうな顔をする三人を順に見つめた。

「さっき、月桂さんが女子供に容赦しないって言ってたの、本当かよ」

「ああ、もうまったく人格疑っちゃうくらい容赦ないね」

 青ざめた柳が、二階に向かおうとしたが昴に手をとられ立ち止った。振りほどこうとしたが思いのほか昴の力が強く振りほどけなかった。

「離せよ!」

「ほんと、君は真っ直ぐだなー。美玖ちゃんには手をださないって」

「何で分かるんだよ!」

「もちろん千里眼さ」

「ふざけんなよ! おい、隼、お前の兄貴どうにかしろよ!」

 柳は怒りをあらわにし、昴を睨みつけた。対する昴は子どもをなだめる様に笑っていた。

「だから大丈夫だって。俺には分かるんだよ」

「兄さん・・・もしかして、月桂を連れ返そうとしてる?」

 隼は神妙な顔つきで、正面から昴を見た。何の話だ、といぶかしげに柳は見た。

「隼のそういう顔も悪くないね。まあ、それもいいかなーって思ったけど美玖ちゃん見て諦めた。あの子にもってかれたと思う。もうちょっと待つよ」

 どうせ、ずっと待ってたんだからな。と自分に言い聞かせるように昴は呟いた。

「じゃあ行くよ」

 そう言うと柳の手を離し、玄関に向かおうとした。ふと何かを思い出し顔だけヒョイとドアから覗かせた。

「忘れてた。柳のパパから伝言。テストの結果悪かったから家庭教師派遣するって。じゃあね」

「え? なんだって?」

 昴は柳の質問には答えず颯爽と玄関に向かい、あっさりと帰っていった。


 なぎ倒されたテーブルとイス、割れたグラス、散らばる煙草の灰、月桂の動向、ついでに家庭教師、周りを見渡して大きく息を吐いた。

「・・・どうするの、これ?」

 ルイはその場でよろよろと座り込んだ。どっと疲れがでてきた。

「お前の兄貴・・・台風かよ・・・」

 柳も壁にもたれて天井を見上げた。動く気にもなれなかった。

「ごめん、ちょっと変わってるんだ」

「ちょっとじゃねーよ、人ん家なんだと思ってるんだよ!」

 そういえば謝罪もなかった。誰が片付けると思ってるのよ・・・あ、吾妻さんか。とルイは思った。

「とりあえず、月桂のことは様子見。10分待って、僕が見に行ってくるよ」

「・・・・・・だけど」

「大丈夫。ただ話してるだけだって。ちょっと柳は心配性すぎるよ。過干渉も考えものだよ」

 隼の言葉にムッとしたのか柳は舌打ちすると、被害の少ないソファーに腰を下ろした。

「10分だからな」

「分かったよ」

 そう言うと隼は部屋の片づけを始めた。ルイに目を向けると「休んでていいよ」と優しく声をかけた。ルイは穏やかな隼の笑顔にホッと安堵したが、冷静なところを見ると隼はこういうことに慣れているのかなとぼんやり考えた。

 


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