12話 楽あれば苦あり
楽あれば苦あり
世の中は、楽なことばかり続くわけではない。楽な事のあとには苦しい事がある。
【12話 楽あれば苦あり】
「え、13番!? 柳って頭良かったんだ・・・」
驚く友人の横で柳は愕然とした。他のクラスメートも意外そうに柳を見やった。
「最悪だな、こんな悪い順位取った事ねーよ」
「それは中学までの話だろ? ここに入ったらそりゃレベルの高いやつもいるだろ」
友人の話など耳に入ってこなかった。
昼休みになると隣のクラスの隼のところに向かった。ガラッと勢いよく扉を開けると壇上の教諭がまだ授業中だったらしく怪訝な表情を柳に向けた。生徒達もみな驚いて柳を見た。
「まだ授業か? 待ってるから早く終わらせろよ」
あまりの態度に口をパクパクした教諭は絶句し手をわなわなと震わせていた。ドアの入口にもたれながら柳は教諭に一瞥した。
「・・・何? もう終わり? 隼、来いよ」
「どうしたの? そんな恐そうな顔して」
「いいから来いよ」
仕方ないなぁと呟きながら隼は机の上の教科書などをまとめ、「それでは」と教諭にあいさつをすると、静まり返った教室を後にした。後ろから教諭の金切り声が聞こえたが気にせず中庭まで向かった。
「それで、どうしたの?」
「隼、テストの結果もらったか?」
「もらったけど、それが何?」
柳は自分のテストの結果を隼に渡した。そういうことか・・・と隼は了解した。
「13番か・・・不吉な数字だね」
「お前は?」
「残念、2番だった」
1番じゃなくて、残念。という隼の考えだった。
「そうか・・・・・・」
「これ、1日目の教科だけ、点数がうんと悪いね。美玖ちゃんの心配してるから」
「違う・・・」
「そんなにショックだった?」
「・・・そうだな。あいつのことアホとか言っておきながら、こんな順位だもんな。俺としたことが・・・クソッ」
「教室戻っていい? お腹空いたんだけど」
「ああ・・・」
不機嫌そうな柳だったが、特に気にも留めず隼は教室に帰った。
教室に入ると、隼を見てみんなシンと黙った。教諭はもう居なかったのであのまま授業は終わったんだろうな、と思った。
「扇くん、大丈夫だった?」
席に戻った隼に、心配そうにクラスメートの何人かが話しかけてきた。
「さっきの人、扇くんのいとこなんでしょ? 変なことされなかった?」
「されてないよ、別に」
みんなには、脅されてるようにでも見えたのだろうか心配そうに隼を見てきた。柳は口が悪く教諭でも年上でもお構いなしに思ったことを話す傍若無人
ぶりで有名だった。柳と隼がいとこというのはすでに周知の事実だがあまりの二人の違いにみんな不思議がっていた。
「隼さぁ、いとこだからって甘い顔してるとお前まで変人だと思われるぞ」
「変人? 柳が?」
「っていうか・・・いろいろ噂とか聞くし・・・隣のクラスのやつとかからさ」
扇という名字がなくても、柳は目立つんだな、と隼はくすりと笑った。
柳が考え事をしながら教室に帰るとすでに昼休みが終わっており、授業も始まっていた。教諭の「おい」という言葉を気にせず自分の机に座ると、机に突っ伏して寝るように顔をうずめた。教諭も生徒もやれやれといった感じで授業に戻った。こんな勝手な行動は柳の日常茶飯事だったのだ。
下校時間だった。美玖が学校を出て歩いていると、クラスメートの女の子達がにこにこしながら話しかけてきた。
「ね、ね、花立さんのお兄さんって帝秀って本当なの?」
お兄さん?と思ったがすぐに柳と隼のことだと分かった。女の子達の数人は先日校門で二人と会っていたからだ。
「えと・・・うん。帝秀高校ってところ。詳しいんだね」
美玖が答えると女の子達はきゃあと騒いだ。
「だって超有名だもん、帝秀なんて!」
「ほらね、言ったでしょ。すっごくイケメンだったの、二人とも」
「いいなー頭よくてイケメンのお兄さんなんてー」
「彼女とかいるの?」
「写メとかないの? 見たい見たい」
矢継ぎ早の質問に美玖はたじろいだ。兄じゃなくて、下宿しているなど悠長に答える余裕が無かった。実際に柳と隼に会った女の子たちは自慢げに二人がどんなにかっこ良かったのか熱弁していた。
「彼女・・・分からないな・・・写メはないの・・・」
「じゃあ撮ってきてよ! 見たーい」
「・・・携帯もってないから・・・ごめんね」
「え、まじで? じゃあ・・・家に遊びに行っていい?」
「いいなーあたしも行きたい!」
「私もー」
どうしたらいいか分からない美玖をよそに、女の子たちは騒ぎたてた。
「いつがいい? 今からは?」
「えっ・・・えと、今日は・・・だめ。」
「・・・なんで?」
「・・・病院の予約があるの・・・」
「どうして? ケガでもしてるの?」
「・・・えと・・・違うけど・・・・・・」
長い沈黙が流れてしまい、美玖は気まずくなってしまった。すっかり気をそがれた女の子たちはあからさまにがっかりと見せた。
「・・・じゃあ、また都合のいいときにね」
気を使って一人の子がいうと、口ぐちに「そうだね」と言って立ち去って言った。皮肉めいた口調で誰かがささやいた。
「嫌なら、そう言えばいいのに。嘘ついてんじゃねーよ」
違う。と言おうとしたが思考が停止して言えなかった。目の前がぼんやりと滲んで見えた。
やっとの思いで足を動かした。手に力を込めてるのを思い出しそっと力を抜いた。
「お疲れ様です」
月桂の声が聞こえた。学校を出て人気のなくなった辺りで彼は待っていた。いつもなら声をかけられると安心して笑顔になるのに今日は逆だった。無言のまましばらく歩くと美玖は交差点で月桂に声をかけた。
「・・・今日は病院行くのでここでいいです」
目線も合わせず静かに言った。いつもと違う様子に月桂は何かひっかかるものを感じた。
「いえ、お送りします」
「・・・・・・帰ってください」
強い拒否の言葉だった。そのまま速足で病院へと美玖は向かった。振り返らなかったので月桂がどうしたか分からなかったが付いてきてる様子は無かった。
予約してあったにもかかわらず混雑のためか診察時間は遅くなった。いつも通り受け答えし薬をもらった。
心療内科に行く・・・という説明はクラスメートにはしにくかった。適当に言えれば良かったのに緊張して何も言えなかった。
病院を出ると少し暗くなり始めていた。帰り道がひどく遠く孤独なものに思えた。すると形容のしようがない体の底からわきあがる理由のない不安が美玖を襲った。手足が震え、呼吸が早くなり、息苦しくなった。こうなると、次第に足はもつれまともに歩くことが出来なくなった。
――― 誰か助けてっ・・・・・・
混乱する頭の中でさっき病院でもらった薬を思い出し慌てて取り出そうとするが、手が震え目がかすみ、うまく取り出すことが出来なかった。まともに呼吸ができないので胸が苦しくてその場で膝をついた。ようやくいくつかの薬を取り出し口に含もうとしたところで、手を強い力で掴まれた。
「お嬢さん、飲みすぎでは?」
月桂の険しい顔が見えた。美玖は力が抜けて薬の錠剤をぽろぽろと落とした。そのまま腰を下ろし、カバンも薬も音を立てて道に落ちた。月桂はカバンだけを拾うと近くの公園のベンチまで美玖を誘導した。落ちた薬をぼんやり眺めながら美玖はついていった。
「何か飲むものを買ってきます」
行こうとする月桂の手にしがみつき抵抗すると、無言のままベンチに腰を下ろした。少しほっとする美玖だったか体の震えはまだ止まらなかった。月桂に寄り掛かり目を閉じて呼吸を整えようとした。
「・・・どうして?」
「何がでしょうか?」
「先に帰ったと思ったのに・・・」
「すみません。気になったもので」
いつもの無表情の月桂だったがしっかりと手を握っていてくれた。
「ありがとう・・・」
「どうか・・・無理なさらず」
思わず涙があふれた。月桂の手にしがみついたまま、何も聞かず見守ってくれる彼の優しさが美玖にはとても心地よかった。発作はしばらくすると大分楽になった。それを見て月桂は「帰れますか?」と聞いた。美玖はちいさく頷いた。
ゆっくり歩きだした。離れるのが恐かったので月桂の裾を握ったまま美玖は歩いた。月桂が嫌がる素振りを見せなかったのでつい甘えてしまった。そのまま二人は無言で岐路についた。