11話 仇も情けも我が身より出る
仇も情けも我が身より出る
人から憎まれたり愛されたりするのは、みな自分の心がけや行いから出たものだということ。
【11話 仇も情けも我が身より出る】
「じゃあ行ってきますね」
制服に身を包みカバンを片手に抱きながら美玖はあいさつした。柳と隼とルイの3人は不安げに見つめた。いつもの不安の類とは少し違っていた。
「本当に行くのかよ」
柳はあからさまに顔をしかめると歩み寄った。
「え・・・?はい、行きます・・・」
「お前のことじゃない! 月桂さん、あんた本当にこいつと学校行くのか?」
「はい。何か不都合でも?」
大ありだ。柳は美玖の隣に立っている月桂をまじまじと見た。5月の晴天ともなればそれなりに蒸し暑く、天気予報によれば今日の最高気温は30度近くなるという。にもかからず月桂の恰好は、葬式でもないのに真っ黒のスーツ。長身と無表情が相まってとてもじゃないが、出勤途中のサラリーマンには見えない。その異様なオーラの男と女子中学生が一緒に歩いてたら、ひどい違和感を覚えるだろう。そして、そんな場面にクラスメートが出くわしたらどんな噂を立てられる?柳は鬱々とした気分になった。
「やっぱダメだ。どうしてもって言うんなら俺が行く」
「いけません。柳さんの学校とは逆方向になり、遅刻します。今日から試験だと聞き及んでおります。気になさらず」
「・・・何でそんなこと知ってるんだよ?」
月桂はそれには答えず「では」と頭を下げた。柳は朝から嫌な気分になった。
「月桂、美玖ちゃんを頼んだよ。分かってると思うけど目立たないようにね。」
「承知しました」
月桂は隼に向かって深く頭を下げた。ルイは何かいいたそうだったが、結局「行ってらっしゃい」と苦笑いをした。美玖はにこりと笑顔を向け手を振った。
玄関の扉が閉まり、残された3人はため息をついた。柳は壁にもたれかかりムスッとした顔で隼の顔を見た。
「お前のとこの月桂さん、余計な事しなきゃいいけど」
皮肉めいた柳の口調だったが、隼は気にせずいつものほほ笑みを見せた。
「大丈夫だよ。ただの送り迎えだよ。それに万一何かあったら、辞めてもらう口実になるしね」
にっと無邪気そうな顔で言った。
「まぁ、意外と腹黒なんだね隼って」
ルイは茶化したが、隼の言ったことも一理あるな、と思うと少し安心した。たかが送り迎えに神経質になってどうするのよ。
「そうかな、ハハハ。じゃあ僕たちも学校行こうか」
「・・・・・・ああ」
柳は相変わらずしかめっ面のまま家を出た。人の心配ばっかりしてどうするんだ、と自分を諌めた。しかしその日は一日中気分が安らぐ事はなかった。
美玖と月桂の登校は大方の予想通りの結果だったが特に不都合とよべるものではなかった。歩く美玖の後ろ3メートル程後方から月桂が付いてくる。その距離で会話することは美玖には難しく無言のままだった。学校の少し手前まで来ると学校の生徒の姿が前方に見えてきた。月桂はそこで止まり美玖に声をかけた。
「この辺で失礼させて頂きます。お気をつけて」
「はい・・・ありがとうございます」
もっと会話をしながら登校できると思って、何を話そうか前夜から考えていた美玖にとって期待外れであったが、月桂がいる安心感があったのは事実であったので軽く手を振るといつもより軽い足取りで学校へ向かった。
学校が終わり帰宅しようと校門まで出ると、見慣れた顔に出くわした。
「あれ・・・隼くんと柳くん・・・どうして?」
驚いて首をかしげた美玖に隼はニコリと笑い、少女の頭にポンと手を置いた。
「柳がどうしても迎えに行くっていうから。月桂にヤキモチ妬いてるみたい」
「たまたま通っただけだ」
美玖の学校と柳達の学校は逆の方角にありここまで迎えに来るのは手間以外の何物でもないのに・・・と不思議だった。
「あれ、花立さんのお兄さん? え、帝秀なの? すごぉーい」
後ろから美玖のクラスメートの声が聞こえた。3人の女の子達が口ぐちに「すごい」「カッコイイ」など言って興奮していた。
「美玖の友達? 仲良くしてやってね」
隼のさわやかな笑顔に女の子たちは顔を赤くして「はい」と言うと騒がしく帰って行った。その光景を柳はうんざり見ていた。
美玖は知らなかったが柳たちの通う学校は、都内では有数の進学高で制服は一流デザイナーにデザインしてもらったという赤と黒のラインが入っており目立つものだった。それに加え、隼は顔立ちもよく育ちの良さがうかがえるような仕草で人当たりもよく、彼の素性や性格を知らない女の子達は、すぐに彼に夢中になった。
「おい、いくぞ」
柳は美玖を目線で促し、隼も後に続いた。
「こうやって3人で歩くのって初めてだね」
「はい・・・た・・・楽しいです」
「今日はテスト期間中だから早く帰れたけど、明日からはまた月桂と2人だね。どう? 月桂でもいた方がましかな?」
「あの、えと、本当言うともっとお話したかったです。でも月桂さん、離れて歩くのでお話できませんでした。でも、いつもの寂しい気分とかは無かったので感謝してます」
「・・・そっか」
美玖と隼の話をさえぎるように、柳は話し始めた。
「それよりお前ちゃんと授業聞いてるのか? 今度のテストは30番以内に入れよ」
「えと、ちゃんと聞いてます。でも、30番は難しい・・・です」
美玖の困ったような顔を横目に、隼は学校から家までの道のりを確認していた。人気のない危ない場所はないか、車が飛び出すような所はないか気にしていた。きっと同じようなことを月桂もしていたのだろうな、と思うと可笑しかった。
堤防沿いを歩くとびゅうと強い風が吹いた。葉っぱが足元をかすめていった。茜色に染まった空がきれいなコントラストを描いていた。ふと、足を止め美玖は思った。
――― 今頃、お父さんはどうしているかな・・・
3人で下校するのは楽しかった。家ではルイねぇが待っていて笑顔で迎えてくれる。月桂さんが美味しい夕食を作ってくれる。遅くなると君考さんが帰ってきて話を聞いてくれる。幸せだなぁと思った。
その幸せが美玖にはどこか不安だった。またこの幸せがどこかに行ってしまうのじゃないか。自分一人が幸せな思いをしてもいいのだろうか・・・
立ち止まって空を見てぼんやりした美玖の肩を引っ張り柳は言った。
「何ボケッとしてんだ。後ろから自転車来るぞ。前向いて歩け」
「あぅ・・・ごめんなさい」
「柳、そういう時は、こう手をとって優しく言ってあげなきゃ」
隼は美玖の手をとると、そっと前へと引き寄せた。瞬間、隼と目が合い美玖は恥ずかしくて真っ赤になった。
「お前なぁ、恥ずかしくないのかよ」
呆れた柳にたいして、平然と隼は「ぜんぜん」と返事をした。
「あっ・・・えと・・・でも柳くん、とっても優しいです」
「そうなんだ」
「この前だって、私が泣いてるとき・・・えと、抱き・・・」
「おまっ・・・余計なこと言うなっ!」
慌てて柳は美玖の口に手で蓋をし制した。
「え? 何だって?」
と言いながら隼は、悪戯っぽく笑い美玖と柳を見た。美玖は何か言おうともごもごしたが口が塞がっており上手く話せず困ってしまった。
「いいか、余計なこと言うなよ?」
こくこくと首を縦に振ると、柳は口から手を話した。隼はにこりと笑うと、先に歩みだした柳と美玖に続いた。
―――前向いて歩け
美玖は心の中で、柳に言われた言葉を反芻した。