10話 雨降って地固まる
雨降って地固まる
揉め事など悪いことが起こったあとは、かえって前よりもよい状態になることのたとえ。
【10話 雨降って地固まる】
「お嬢さん、学校は?」
新しいお手伝いさんとして働くことになった月桂は、9時を過ぎたにもかかわらず一向に学校へと向かわない美玖へ当然とも言える質問をした。
「・・・・・・えと・・・今日は行かないです」
歯切れの悪い返答に、月桂は違和感を覚えた。
「なぜです?」
月桂の話す言葉はいつもストレートだった。美玖はそれが真実だっとしても相手の納得するような答えを言うことができず、いつも慎重になってしまう。言葉を選びながら呟いた。
「・・・私・・・あんまり学校に行ってないんです」
行って美玖は複雑そうに笑う。
「人が恐いんです・・・上手く言えないんですけど。学校に行こうとすると嫌なことばっかり思い出しちゃって・・・前の学校でのこととか。新しい学校のクラスメートはみんな親切なんです」
詳細は分からないなりに月桂が頷くと、美玖は視線を落とす。
「それなのに・・・親切なのが恐くて。また前みたいに・・・みんなが豹変してしまうんじゃないかって考えちゃうんです。昨日まで友達だったのに、次の日には・・・口を聞いてくれなくなって。そうなったら、どんどん仲良かったのが嘘みたいに思えて・・・無視されるのも痛いことも陰口も辛いけど・・・一番嫌なのは私が誰も信じられなくなって全てが憎いと思ったことなんです」
美玖の声がすこし震えていた。
「私のこと守ってくれてた家族にも、無力な自分にも、憎いって思う汚い自分が・・・すごく嫌で・・・もし、また同じようになって・・・みんなのこと信じられなくなったら・・・多分もう駄目だと思うんです・・・・・・だから恐くて・・・」
ゆっくりと美玖は語った。誰にもこんな話をしたことが無かった。まだ知り合って間もない月桂になぜこんな話をしたのか自分でも理解しがたいと感じた。
「そうでしたか」
低い月桂の声が、昨日より低く響いた。
「ごめんなさい・・・こんな話して・・・」
「いえ」
「あの・・・でも・・・明日は行きます。学校。あんまりサボってると柳くんに怒られちゃうし」
「そうですか」
「・・・・・・はい」
「では明日、学校まで送迎させて頂きます」
「えっ!?」
「少なくても通学の間の脅威は軽減するのかと」
「でも・・・悪いです・・・」
驚いて月桂を見やると、彼はじっと美玖を見据えた。確かに通学の途中で辛くなり帰ってきた事もあった。いつも学校に向かうとき、あれこれと考えてしまうので憂鬱な時間だったのだ。
「気にかけるよう、花立氏や隼さんにも言われてます。仕事ですのでお気づかいなく」
少し不器用な月桂なりの優しさなんだろうか、そう思うと嬉しかった。
「吾妻さん、お願いがあります」
「何でしょう」
「吾妻さんのお名前で・・・月桂さんって呼んでもいいですか?」
「・・・構いませんが」
さっきまでの暗い表情が嘘のように、明るく美玖はほほ笑んだ。
「月桂さん、ありがとうございます」
明日の学校が少し楽しみに思えた。