1話 高きに登るには低きよりす
高きに登るには低きよりす
物事を進めるには、まず手近な所から始めねばならないということ。
月の見えない夜だった。
ただ静かで、自分の鼓動しか聞こえなかった。
誰でもいいから助けて・・・
言葉は喉にへばりついて出てこない。
ギィ・・・ギィ・・・
動くたびに低く軋む床。
必死に出口に向かおうと足を出すがこれ以上進めなかった。
出口の前にある・・・モノ。
助けて・・・許して・・・
黒いもやのような中に自分はいるのだろうか、
ただただ狼狽して逃げることも叫ぶこともできない。
嫌だ・・・助けてっ・・・
【1話 高きに登るには低きよりす】
「可愛い子だといいね~」
満面の笑みを浮かべたルイが机を取り囲む少年2人に聞いた。
「ねぇ、柳も隼も思うでしょ?」
「別に・・・」
目線も合わせず、興味なさげに素っ気なく柳は言った。
ルイより年若い彼は時計をチラと見た。
そろそろ時間だな。
「なんでなんで~やっぱ一緒に住むんだから可愛い子の方が得でしょ!」
自信満々にルイは言い放った。
「得って、ルイさん・・・」
もう一人の少年、隼は少し呆れてルイを見た。
だが内心、彼もどんな子が今日来るのか少し期待していた。
彼等の下宿している家は、シェアハウスに近く現在の住人4人は年齢・性別問わず友好的な関係を築いていた。ここの習わしとして、みんな名前で呼び合っている。
学生のルイ、柳、隼の3人と家主でもある、花立 君孝。
今日から、君孝の姪が仲間に加わるのでその子を入れて5人になる。
「ただいま、みんな」
玄関の開く音と一緒に君孝の声が聞こえると、ルイは待ってましたとばかりにイスから立ち上がり玄関に向かった。
君孝の後ろにちょこんと立っていた少女を見てルイは感激した。
少女は白い膝丈のワンピースに漆黒の長い髪、整った顔立ち。緊張のせいか頬が桜色に染まって上目づかいでこちらを見ている。文句なしにお嬢様とよべる可愛さだった。
「あぁぁっなんてことっ! 二人ともっ! 良かったね! 可愛い女の子だよー」
苦笑いする君孝の後ろで、きょとんと目をぱちくりさせた少女がルイを見ていた。
「さ、美玖も入って。皆に紹介するから。緊張しなくても大丈夫。みんな親切な子たちばかりだからね」
優しく諭すように君孝は言った。
うん。と小さく頷いて美玖は家に入った。
ダイニングに入ると、隼と柳が二人ともイスに座って美玖達を待っていた。
隼は微笑し、柳は対照的につまらなそうな仏頂面をしていた。
「おかえりなさい」
隼は挨拶の後キッチンに行って慣れた手つきでお茶の用意を始めた。
「うん、ただいま。みんなに紹介しよう。私の姪の美玖だ。今日からここで一緒に生活することになった。少し、引っ込み思案なところがあるが、真面目で良い子だ」
君孝はジャケットを折り畳み、イスに座ると紹介を始めた。
「彼女がルイさん。大学生のお姉さんだ」
「よろしくね、美玖ちゃん! ルイって呼んでね。今ちょうど女の子いなくて寂しかったの。美玖ちゃんみたいな可愛い子が増えてとっても嬉しいわ! 今いくつ? あたし21」
染めたうす茶色の髪をかき上げ手を差し出す。
21という年齢より多少年上に見えるルイは、目を輝かせてほほ笑んだ。
美玖にとって好意的な態度をとってくれた他人は久しぶりだった。
そんな当たり前の行為が嬉しくて美玖はすぐに手を差し出すことが出来なかった。
「ほら、美玖も・・・」
「あの・・・はじめまして、花立美玖です」
慌てて手を差し出すと、ルイがぐっと握った。
ルイのその手が温かくて思わず笑みがこぼれた。その微笑みが愛らしくて、ルイは悶えそうになるのをグッと我慢した。
「えと・・・14歳です。よろしくお願いします」
「うんっ、よろしく」
「あそこで、座ってるのが柳くん。高校生だよ。美玖の二つ上だね」
君孝に声をかけられ、柳は仕方なさそうにチラとみて「どうも」とつぶやいた。
顔立ちがよいのにニコリともしないので無愛想な印象だった。
「ごめんね、柳はいつもあんな感じだから気にしないで」
テーブルにカップを置いて横から隼が声をかけた。
柳とは正反対で、優しく笑いかけ好青年という印象だった。
「彼は、隼くん。柳くんとは従兄弟で仲がいいんだよ」
「扇隼です。よろしく。柳も同じ扇って名字だから、名前で呼んでね。僕も美玖ちゃん、でいいかな?」
ニコリとほほ笑む隼の優しい声と雰囲気に美玖は安堵した。
「はい。よろしくお願いします」
そんな美玖の姿を見て君孝は安堵した。
あそこから美玖を連れてきてやっぱり良かった。
美玖自身は家を離れることを拒否したが無理にでもここに連れてきてよかった。
久しぶりに美玖の笑顔が見れたのだから・・・