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今度はエルフリートを見下ろすかたちになったロスヴィータは、そっと目を伏せると口元に笑みを浮かべた。先程の苦笑とはまた違う、自嘲するようなものだった。
「些細な事だ。人を鼓舞するのは得意だが、慰撫するのは苦手だなと思っているだけだ。
あなたのように、簡単で分かりやすい言葉が思い浮かべば良いのに……私はどうにも、無駄に言葉を重ねすぎてしまうらしい」
ロスヴィータが言いたい事は分かる。エルフリートは簡単な言葉を使うが、ロスヴィータは一歩一歩、確実に歩み寄るようにして言葉を足していく。それは彼女の真っ直ぐで真面目な性格と同じだった。
彼女の実直で誠実な言葉は、重ねられれば重ねられるほど、ありがたみを増していく。最後まで聞けば、ロスヴィータがいかにその相手を大切に考えているかがしっかりと伝わってくるのである。
とはいえ、その「最後まで聞く」に時間を必要とするのはちょっとした欠点だというのは変えようのない事実だ。せっかちな人間は待っていられないだろうから。
「ロスの言葉、私は好きだけど……確かに、もう少し簡潔にした方が人には伝わりやすいと思う。どうして長くなっちゃうか、原因は分かってる?」
エルフリートはロスヴィータの腹部に回していた腕に力を入れて彼女を固定すると、太股に乗っている重さや感触が変わった。落ちる心配がなくなった彼女が力を抜いたようだ。
ロスヴィータは虚空に視線をさまよわせた後、ゆっくりとエルフリートに視線を合わせた。
「そうだな……。言わないと伝わらない、そう思っているからかもしれない」
「伝わらない?」
「ああ。私の言葉遣いは人によっては厳しく感じるようだ。だから、誤解のないように、相手が誤解する余地のないように、事細かく伝えたくなってしまうのだと思う」
その言葉を聞いて、エルフリートはロスヴィータの生来の真面目さが裏目に出ているな、と思う。伝えたいという気持ちが強くなってしまって、逆に相手への配慮が足りない状態なのかもしれない。
「……まあ、詮無い事だ。悩むよりも、どういう言葉を選べば良いのか勉強しなければな」
エルフリートの目には、彼女が真面目さゆえに理想との乖離に悩んでいるように見えた。
「ロス。あんまり考えすぎない方が良いんじゃないかな。形のない理想を追いかけているのかもしれないよ」
「形のない理想……?」
「うん。そう」
不思議そうに首を傾げたロスヴィータに、エルフリートは微笑んだ。
「ロスはさ、ぼんやりとした“こうあるべき姿”を意識している気がするの。だから、具体的にどうすれば良いのかが浮かばなくて勉強が必要だなんて言い出す。
勉強って、どんな勉強? はっきりと理想のビジョンが見えているなら、すぐに答えられるはずだよ」
エルフリートの言葉に、ロスヴィータは何度か口を開きかけては閉じた。エルフリートの想像通り、彼女の頭の中にはっきりとしたものは存在しないようだ。
エルフリートは努めて彼女の考えを否定しないように気を付けながら言葉を選ぶ。
「ロス、もっと肩の力を抜こう? あと、みんなを信じてあげよう?
ロスが思っている以上に、みんなロスの事が大好きなんだよ。だから、ロスがみんなに心を砕いている事は伝わってる」
「……」
ロスヴィータが欲しいのは具体的な内容であって、エルフリートが口にしている慰めのような言葉ではない。彼女がエルフリートの言葉を話半分に聞いているのを感じながら続けた。
「ロスは、少しくらい言葉が足りなくても大丈夫。ただ、否定するような言葉を使うと厳しく聞こえてしまうから、そこだけ気を付けて。
そうだね……注意したい事を先に言ってから、良かった事を言ってあげたら良いと思う。例えば『隙が多いから集中力を切らさないようにする必要はあるが、剣筋は悪くない。気を付ければもっと良くなるぞ』みたいな」
「……なるほど」
エルフリートがロスヴィータを真似ながら言えば、彼女はくすりと笑いながら頷いてくれた。
「それは私の真似か? あまり似ていなかったが、可愛らしいな。後でまた真似してくれ」
「ロス!?」
突然のからかいにエルフリートが驚けば、ロスヴィータは笑った。
「あなたが言ったんじゃないか。下げてから褒めろと」
「えっ?」
「実践してみたのだが……だめだったか?」
小さく首を傾げてみせたロスヴィータはいたずらっ子の少年のように輝いている。エルフリートはその眩しさに思わず仰け反った。
「どうした?」
「ロスが眩しすぎて……ありがとう…………」
「……あぁ、いつもの発作か」
エルフリートが無意味に感謝を告げると、ロスヴィータは慣れたように笑った。
「あなたのそういう姿を見るのも減ると思えば、今の内にたくさん見ておきたくなるな」
「ロス……かっこいい……」
エルフリートは彼女の男前の姿に目を塞いで落ち着きたかったが、両手が塞がっている為難しかった。その代わりに、とロスヴィータの首筋に顔を埋める。
「はは、くすぐったいぞ」
ロスヴィータの笑い声がエルフリートの耳をくすぐり返す。いつの間にか相談の時間は終わってしまっていた。




