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ロスヴィータはエルフリートのすぐそばに膝をつき、その手を両手で包み込みながら見上げてきた。
「フリーデ」
「うん?」
「ありがとう。その気持ちこそ、嬉しく思う。そうだな……せっかくだから、何か話そう」
ロスヴィータはそう言って考えるそぶりを見せる。エルフリートはじっと、彼女が話し始めるのを待った。思案する彼女を見下ろしていると、身長差があまりないから中々見られない伏せた目に視線が向かう。薄い瞼の縁を、すらりとしたまつげが飾っている。
彼女の黄金の縁はまっすぐに外へ向かって伸び、その毛先は天を目指してカールしていた。ロスヴィータの真っ直ぐで常に未来を向いているという本質を表しているかのようだ。
「――私は、一般的な貴族の婦人にはなれそうにない。その点だけが不安だな」
「それだけ? もっと何かないの?」
エルフリートは思わず聞き返した。ロスヴィータはくすりと笑ってエルフリートの手をとんとんと軽く叩く。
「もっと? 私の妖精さんは心配屋だな」
ゆっくりとエルフリートの手の甲を撫で始めた彼女は、エルフリートに向けて口角を緩めてみせる。
「あなたたちのご両親は寛容で素敵な方だという事は分かっているから不安はない。フェーデは、きっと良い夫になってくれるだろう。私は良い妻になれるか分からないが……努力はするつもりだ。
だから、不安だったり心配だったりする事はほとんどない」
エルフリートはロスヴィータの表情から、負の感情が滲んではいないかと探ろうとした。だが、それは読み取れそうにない。
見上げてきた彼女の目は真っ直ぐにエルフリートへ向かい、一片の偽りもないのだと教えてくれる。隠し事などないのだと、その表情が、仕草が語っていた。
「私は王都に残り、彼はカルケレニクス領へと戻るだろう。彼が王都に滞在している今は時々会う事ができているが、結婚後は難しくなる。
それは、少し寂しいな」
「ロス……」
エルフリートが名前を呟けば、ロスヴィータはからかうような笑みを作った。
「だが、まあ……きっと彼も同じように寂しいと思ってくれるだろう。だから、きっと私が何も言わなくとも時々は王都に来てくれるはずだ。
私は騎士団長の仕事があるから、王都を長期間離れるのが難しいからな」
「私も寂しい」
「ああ。フリーデが副団長をやめてしまったら私も寂しい」
思わず本音を零すと、ロスヴィータがまた笑う。包み込んでいた手を己の頬にあて、甘えるようにこすりつけてくる。
「私の妖精さん。きっと、私よりもフェーデの方が悩んでいるはずだ。意外と彼は悩みが多いから」
「ロス……っ」
エルフリートは見透かされている、と思う。ロスヴィータは、きっと自分の中で悩みと折り合いをつけて前を向いているのだ。だから、エルフリートに話すほどの事がないのだと思っていて逆に心配してくるのだ。
ロスヴィータの頬の柔らかさを手のひらに感じながら、エルフリートは唇を噛む。
その瞬間、ロスヴィータの手に力がこもる。
「誤魔化しているわけではない。本当だ」
ロスヴィータは右手を伸ばし、エルフリートの唇を撫でる。唇に触れられたエルフリートはそこを噛むのをやめ、彼女の好きにさせる。
ロスヴィータはエルフリートの噛み後を撫で伸ばすように、優しくなぞった。
「私が不安だと思うのは、自分が女性らしからぬ人間だという事から起因しているものばかりだ。だが、その部分を含めて彼が好いてくれているのだと私は知っている。
ならば……悩みすぎても仕方ないと思わないか?」
ロスヴィータの悩みは、彼女が言う通りだ。エルフリートも似たような悩みを抱えているが、エルフリートがロスヴィータのそういう部分を含めて好きなように、彼女もきっと同じように好きだと思ってくれているのだと分かっている。
――そう。エルフリートがいくら乙女思考で夢見がちな性格をしていてもロスヴィータがそれを可愛がってくれるように、ロスヴィータの凛々しい一面や決断力のあるところをエルフリートが惚れ込んでいるように。
「私とフェーデの関係は結婚してからが本番だ。だが、結婚してから死ぬまで、時間はたくさんある。何か問題があったとしても、それを協力して解決しようという気持ちがある。
きっと、大丈夫だ」
マロリーがロスヴィータの事をマリッジブルーなのではないかと訝しんでいたが、そうではないらしい。つまり、彼女の悩みはそこではないという事だ。
エルフリートはロスヴィータを立ち上がらせ、自分の膝の上に乗せる。
「フリーデ?」
突然の事に目を丸くする彼女は、本気で驚いているようだ。エルフリートはロスヴィータをこれ以上驚かせないように気を付けながら問いかける。
「他に悩みはない? 結婚関連以外で」
「……本当に珍しい質問ばかりされている気がする」
「ロス、何もかも抱え込んでいそうだなって思ったんだもん。騎士団長のお仕事で、何か悩んでない?」
ロスヴィータがマリッジブルーでないのなら、残る悩みは仕事くらいしかない。エルフリートと同じで私生活はほとんどないようなものだから、心当たりも少ないのだ。
「ねえ。話だけでもしてみない? これっていう事が思い浮かばないなら、最近どうしようかなとか、迷ったりした話を聞かせてよ」
エルフリートはそう言って彼女を抱きしめ直す。彼女は少し戸惑うそぶりを見せたが、されるがままになりながら苦笑するだけだった。




