3
歩幅が有利なだけあって、エルフリートはすぐにマロリーに追いついた。マロリーの隣に並んだエルフリートは、彼女が口元をゆるませたままである事に気が付いた。
マロリーはどちらかと言えば、淡々とした表情や冷めた表情をしている事が多い。そんな彼女が優しい表情をしたままなのは珍しい。機嫌の良い少女に、エルフリートは少しだけ雑談の続きを持ちかける。
「ねえ、さっきの話だけど……」
「何? もうその話は終わったでしょう?」
「移動しながらで良いからちょっと相談に乗ってほしくて」
「……」
はあ、とため息が隣から聞こえてくるものの、マロリーの口から「あなたがそういう相談をしてくるのは珍しいわね。合流するまでなら良いわ」と許しが出た。歩きながらエルフリートの事を見上げたマロリーは、すぐに正面に向き直ってしまう。
「早くしないと時間がなくなるけど?」
「あっ、うんっ」
こんなにスムーズに事が進むとは思っていなかったエルフリートは、戸惑いながらもマロリーへの相談を始めるのだった。
「マリンの時の考え事って、どんな内容か聞いても大丈夫?」
「単純な話よ。私たち、恋愛結婚じゃない。記念祭の頃に、彼の方に縁談が舞い込んできたのは知っているでしょう?」
マロリーとアントニオが付き合っている事を唐突に知らされた時、エルフリートはとても驚いた記憶がある。あたかも既に知っている事かのように話題を提供されたのだから、当然だった。
――とはいえ、普通に打ち明けられても驚いただろうが。なにせ、アントニオとマロリーである。規律に厳しそうでいて意外と融通の利く彼は、部下にも人気があると聞いている。真面目な人物だという事もあって、騎士としての仕事だけに集中していて恋人どころじゃないという噂もあった。
一方のマロリーは真面目ではあるものの魔法に対する知識欲が強く、それでいて研究した成果を使いたいという考えがあり、結果的には騎士たちから戦闘狂の気があるから訓練や演習の時に敵方になりたくないと避けられるようになってしまっていた。
真面目なのに、そういう方向で避けられているわけではない。優等生に見えて、優等生らしからぬ少女。それがマロリーである。
真面目というキーワードは一致しているものの、二人が深い仲になるような接点はあまりない。二人の接点は、一緒に仕事をするくらい。真面目だからこそ、わざわざ自分の時間を割いてまで交流するようにも見えなかったのだから。
懐かしいなと思いながら、エルフリートは彼女の横顔を盗み見て「うん」と頷いた。
「私は、その話を蹴散らして嫁になったわけ。だから、トニの両親とうまくやっていけるのかしらと、そういう事を考えていたわ」
再び彼女の横顔を盗み見る。マロリーは目を伏せ、口角を上げていた。それは自嘲の笑みとも、思い出し笑いともとれる。エルフリートは一瞬の内にマロリーという存在が自分よりも年上であるかのような錯覚を覚えた。
マロリーは女性騎士入団最年少の才女だ。きっと、彼女の頭にはエルフリート以上にあらゆる知識が詰め込まれているのだろう。そして、それが彼女の経験と相まってエルフリートよりも年上であるかのように見せているのだ。
「トニのことは好きよ。けれど、彼の両親は付属物でしかないの――なんて言ったら失礼かしら。そういう態度が表に出てしまうのではないかと、不安だったわ」
「えぇ……?」
とんでもない話を聞かされてしまった。さすがにそれは、と常識に不安のあるエルフリートでさえ思う。思わず口元をひきつらせた。
あなたには全然参考にならないでしょうね、と言ってマロリーがくすくすと笑う。
「悪かったわ、ちゃんと参考になりそうな話をしてあげる」
そうしてマロリーが短い時間で語ってくれたのは、エルフリートにとって目からうろこそのものといった話だった。結婚してからの未来への漠然とした不安、それは人によって様々なのだという前置きをしてから語り出した。
相手の家族と仲良くできるのか、増えた親戚とうまく交流できるのか、結婚したら騎士の仕事はどうなってしまうのか。女性騎士という特殊な職業をしているからこそ、結婚して夫人として生きる事は難しい。それが、夫となる人間にとって不利になる可能性も否定できない。
だから、貴族の妻というポジションにつく事への不安が多かったのだとマロリーは語ってくれた。
「私は、トニに正直にその気持ちを伝えたわ。そうしたら、彼が何て言ったって思う?」
「えっと、気にしなくて良い……とか?」
「まあ、似ているけれど違うわ」
突然の質問にエルフリートは戸惑いながら答えたら、マロリーは笑った。
「俺はお前を選び、お前は俺を選んでくれた。その気持ちに最大限応える。両親から何か嫌な事を言われたら教えてくれ。言わないように俺もしっかり言っておく。親戚付き合いについては気にするな。俺が何とかする。
お前は俺の妻だ。誰にも文句は言わせないし、お前が妻になる事で俺が不利になる事はありえない」
マロリーはわざと低い声を出してアントニオの真似をしたようだ。
「え……?」
「すごいわよね。惚れ直したわ」
驚いているエルフリートに、マロリーはそう言いながら軽やかに笑っていた。




