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解散させて人が少なくなるなり、ロスヴィータはため息を吐いた。エルフリートが振り返れば、彼女は眉尻を下げて笑う。
「言葉が足りないと思って付け足していたら、とんでもないことになってしまった。言葉を重ねれば良いというものではないのにな」
さっきの事を引きずっているのだと分かり、エルフリートは首を横に振った。
「ううん。それはそれで良いと思う」
エルフリートはロスヴィータに向けて朗らかに言う。
「ロスってば、本当に真面目だよね。そういうところが好きなんだけど。大丈夫。新人の子たちは分からないけど、ここの子たちは皆分かってるって」
ロスヴィータの優しさに気付かない女性騎士団員なんていないはずだからだ。ロスヴィータの手をきゅ、と握る。エルフリートと似たような、皮の厚い剣を持つ騎士の手だ。
エルフリートは親指で彼女の硬くなった皮膚を撫でた。
「さっき集まったのは、騎士としてこの国を支えたい、この国で生活する人々を守りたい、そう思っている同志なんだよ。だから、ロスの気持ちは絶対伝わってる」
「フリーデ……」
ロスヴィータの声が湿っている。そんなに気にするようなものだったのかと内心で驚いた。でも、気にするかどうかの具合は人それぞれだもんね。そんな事、なんて言ったら失礼だ。
「気になるなら、今度ドロテに皆の様子を聞くついでに確認してみようか?」
ロスヴィータは驚いたように数回瞬きを繰り返し、それからふっと笑った。
「――いや、そこまでしなくて良い」
ゆるゆると頭を振った彼女は、口元を緩ませている。そこには自虐的なものが含まれていて、エルフリートはロスヴィータの気持ちは晴れないままなのだと察した。
かといって、どういう風に言えば彼女が納得し、気持ちを安らかにする事ができるのか、見当もつかなかった。
「そう? ロスがそう言うなら」
「ああ。大丈夫だ」
「ん。分かった」
エルフリートはゆっくりと手を離す。ロスヴィータは己の手を確かめるかのように手のひらを上にしたり下にしたり、とひらひらとさせる。
「フリーデ、ありがとう」
「うん?」
「あなたが私の副官で良かった」
改まって言われると戸惑ってしまう。エルフリートは視線を揺らし、照れ笑いした。
「さて、我々も仕事に戻るとしよう。付き合わせて悪かったな」
「ロス、私は今日は午後から内勤だから、午前中はバティとお仕事頑張ってね」
エルフリートの言葉にロスヴィータは軽く頷いた。その表情には、先ほどのような暗い影はない。それを確認したエルフリートは、少しだけ安心したのだった。
「あの子、マリッジブルーなのではなくて?」
「へ?」
午前中はマロリーと行動を共にする予定だった。二人で目的地へ向かっていると、ふいに彼女がそんな事を口にした。
マリッジブルーという言葉は知っている。だが、その言葉が中々ロスヴィータと紐づかない。
「マリッジブルーって、あの……マリッジブルー?」
「あなたが何を想像しているのかは分からないけれど、タブそのマリッジブルーよ」
「えぇ……!?」
結構直前に不安になったり精神的に不安定になったりするのがマリッジブルーだったはずだ。それは、結婚に対する心配事だったり、様々な理由があるようだが……。
やっぱりロスヴィータと結びつかないよ。エルフリートは内心で呟いた。
「フリーデ。彼女にだって、考えるべき事、気になっている事、悩ましい事はあるはずよ。悩みのない人間なんていないのだから」
「……マリンも」
エルフリートは勇気を出して、年下ではあるが結婚の先輩であるマロリーに聞いた。エルフリートの空気を感じてか、彼女はエルフリートの方に体を向けて首を傾げる。
「何?」
「マリンも、マリッジブルーに……なった?」
マロリーは少しだけ考える素振りを見せ、ふふっと笑った。それは思わず、といった感じの思い出し笑いみたいだった。
「あるわよ、少しくらいは」
「少し」
「じっくり考え事をしている時間がなかったから、あまりそういうのはなかったわ」
「あ……ごめん」
マロリーの忙しい原因になったのは、エルフリートが決めた出張だ。気まずくなったエルフリートは視線を外す。
「良いのよ、気にしないで。悩む暇がない方が、結果的には良かったもの」
「……そういうもの?」
「ええ。そういうものよ」
エルフリートのおそるおそるといった声に、マロリーはくすくすと笑う。彼女は雑談は終わりだと言わんばかりに歩き出す。
「のんびりしてると遅刻してしまうわ。早く行きましょう」
「あっ! うん!!」
すたすたと足早に進んでいく彼女の背中をエルフリートは慌てて追いかけた。
2025.2.11 誤字修正




