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一時はどうなるかと思ったが、ロジェはここでうまくやっていけそうだ。ロスヴィータはすっかりレオンハルトに懐いた少年を遠くから見守っていた。
「ねこさん! 今日も元気!」
「お。ロジェ、元気にしているなら良かった。今日の朝ごはんは何を食べる?」
夜勤明けに様子を見に食堂へ立ち寄れば、バルティルデとエルフリートから離れてレオンハルトに駆け寄るロジェの姿があった。バルティルデとエルフリートはくすくすと笑い合い、その様子を見つめている。
ロスヴィータはそんな二人と合流しようと足を向けたのだった。
「二人とも、おはよう。順調そうだな」
「ロス! お仕事お疲れ様」
「お疲れさん。ここから先はあたしたちに任せてゆっくり休みな」
ロスヴィータが声をかければ、二人は軽く手を上げて反応する。
「今日はこれから帰るところ?」
「ああ。そうだ。ロジェは朝から元気だな。良い事だ」
エルフリートの問いかけにロスヴィータは軽く頷いてから視線をロジェに戻す。ロジェはレオンハルトの肩の上に座って笑い声を上げていた。まだ子供だとはいえ、ロジェはそこまで小さくはない。
ロジェを軽々と扱っているレオンハルトを見たロスヴィータは、見た目はそんなに筋肉質に見えないが、やはり男性の騎士なのだなと感心する。
「最近は私よりもレオの方が好きみたい。何だか妬けちゃうなぁ」
「この前、お嫁さんになってと言われて困っていたのに?」
「それはそれ! これはこれなの!」
エルフリートは子供から好かれて嫌な気分になる人間ではない。困惑しつつも、内心ではそれくらい慕われているのだと分かって嬉しい気持ちがあったのだろう。
あーあ。憧れのお姉さんは卒業かぁ。そんなエルフリートの嘆きを聞きながらロスヴィータとバルティルデは笑う。
「こじらせたまま大人になっては大変だからな。これくらいで良いのではないか?」
子供の時の執着は、中々手放せるものではない。それを誰よりも理解しているであろうエルフリートに向けて言えば、彼は「そうかもね」と肩をすくめた。
「私たちみたいになったら……バティは毎日楽しく過ごせるかもよ」
「勘弁してくれよ。あたしはそんなの望んじゃいないよ! 二人に似たらろくな大人にならないって」
「ちょっと、それはひどいよぉ!」
バルティルデがエルフリートの額をはじき、ケラケラと笑う。エルフリートは額を押さえて口を尖らせた。可愛らしい妖精さんの姿に、ロスヴィータは口角が上がってしまった。
「ははは、バティの言い分は正しいと思う。私たちだって苦労しているではないか」
「ロスまで!」
ロスヴィータは幼い頃に読んだ絵本の内容に感激して妖精さんと王子様の関係に憧れを抱き、王子様になろうと努力するようになった。当時のロスヴィータは意識していなかったが、その行動の背景には自分の外見への不満があったのだろうと今は考えている。
そうして成長したロスヴィータは、女性とは言い難い性格と外見に育ってしまった。
ロスヴィータはあまり気にしていなかったが、女性騎士団を立ち上げるまでは困惑や揶揄するような視線が多かったのには気付いていたし、その事に対しては申し訳ないなと思う気持ちはあった。だが、女性の身に着ける服装は“どうせ似合わない”という先入観が強く、忌避感にも似たものを覚えてしまい、身に着ける事はほとんどなかった。
そんなある日、エルフリートがロスヴィータの為に、女性に見えるような服装を考えてくれた。それはロスヴィータにとって世界が変わるような体験だった。今度の結婚式でドレスアップするのが楽しみだと思えるくらいの変わりようである。
――とはいえ、ロスヴィータが女らしく過ごしたいのかと聞かれればまた別の話になってしまうのだが。
生活に困るわけでもないが苦労がないとは言い切れないし、ロスヴィータのようにこじらせると大人になってから大変な事もある。男性にしか見えなくて他者の混乱を招く事も少なくはなかった。
では、そういう大人になって後悔しているのかと聞かれれば、そうではないと言い切る事ができる。ロスヴィータはそっと目を伏せ、小さく笑う。
「大丈夫だ。ロジェがどんな大人になろうと、きっと悪い大人にはならない」
「うんうん。バティが育ててるんだもん。性格が良くてかっこいい大人になるに決まってるよね」
いつの間にか、レオンハルトはロジェに肩車をしてあげていた。彼はトレーを両手に持っている。寮が少ないトレーと多いトレーをそれぞれの手に持っている事から、少ない方がロジェの分なのだろうと察した。
ロジェはレオンハルトの負担にならないように大人しくしている。現時点で既に気遣いのできる子供だ。だから、ロスヴィータとエルフリートが言った通り、良い大人になれるはずだ。
「ほら、見てみろ。彼はまだ幼いのに、しっかりしている。立派ではないか」
ロスヴィータは二人にロジェの様子を見るように促した。
「大人に囲まれる環境だと理解している。こういった理性的な行動ができるのは、かなり見込みがあると思う」
「さすがあたしの息子だね」
「うんうん」
ふ、とバルティルデが吐息を漏らす。それは、自分の育て方が間違ってなかったのだと安堵する息だった。




