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レオンハルトの登場は場の空気を変えるのに一役買ってくれた。――ただし、悪い方向に。
「ねこさん!!! よーせいさんはぼくのおよめさんになるの!」
「えっと……これ、どういう状況かな」
ロスヴィータの腕から抜け出したロジェがレオンハルトに駆け寄った。一瞬で彼がエルフリートの言っていた猫さんだと見抜いたらしい。
「我が息子ながら勘がいいねぇ」
「あ、あのね。この子、バティの息子のロジェ」
バルティルデの笑い声を聞きながら、エルフリートは説明にならない説明をした。
ロジェは相手にされていないのが分かっているのか、レオンハルトの足にしがみついて自分の存在をアピールしている。とはいえ、ロジェがどう頑張ってもレオンハルトの足はびくともしない。
「ねこさん!! よーせいさんとけっこんしないで!」
「あぁ……何となく分かった気がする」
エルフリートを見つめ、レオンハルトは軽く頷く。その間もロジェの猛攻は続いていた。暴力に訴えようとしないのは、バルティルデの教育がしっかりしているからなのだろう。
レオンハルトがロジェの視線に合わせる為に膝をついた。
「はじめまして、ロジェ」
「は、はじめまして……」
急な接近にたじろいだロジェが行儀よく挨拶を返す。レオンハルトはそんな少年の頭を撫でて「挨拶できてえらいな」と笑う。
ロジェは緊張を隠せない様子でおどおどとし始めた。直接対決をしようとしたのはロジェの方なのに、いざそうなると勢いがなくなってしまった。
「えっと、あの」
「どうした?」
レオンハルトの柔らかで穏やかな声に、ロジェの態度が軟化する。レオンハルトって、こういう子供の扱い方とか、すごく上手なんだよね。すごいなあ。
「ねこさんは、どうしてよーせいさんとけっこんするの?」
「そうだなぁ……俺が、妖精さんと一緒にいる時間を増やしたいから……かな」
「いっしょにいたいから?」
「そうだ」
レオンハルトはロジェの頭を撫でながら、のんびりとした口調で語る。
「妖精さんは、一緒にいるだけで幸せになれるんだよ。彼女の明るさや、強さが俺を元気にしてくれる。俺も妖精さんにとってそういう存在になれていたら良いんだけど……」
「ふぅん……?」
エルフリートは自分の事ではないのに、気恥ずかしくなってきた。さり気なく頬を触って熱を持っていないか確かめる。
「ロジェは、妖精さんのどこが好き?」
「やさしくてやわらかいところ!」
「や、やわらかい……」
エルフリートは思わず自分の体をぺたぺたと触って確かめる。
その様子を見たバルティルデがぶふっと吹き出した。空気の揺れる気配を感じて背後を盗み見れば、ロスヴィータが口元に手を当てているのが視界に入ってくる。
ひどい!
「あのね、よーせいさんのほっぺ、やわらかいの」
「そうか。分かるよ。フリーデのほっぺは柔らかいよな」
「……ほっぺかぁ」
エルフリートは心の底からほっとした。女装しているから、なるべく筋肉質になりすぎないようにと気を付けてはいるが、柔らかいと言われるとそれはそれで鍛え足りないと言われている気がしてしまう。
固いと言われるよりは良いはずなのにそう思ってしまうのは、エルフリートが男性だからなのだろう。
「毎日触れたら、確かに幸せだね」
「うん!」
「でも、ごめんな。それはもうすぐ俺だけの特権になるんだ」
「ひどい!」
エルフリートはレオンハルトとロジェの会話に目を丸くした。レオンハルトがエルフリーデに対して婚約者である事を強く主張するのを初めて見たからだった。
レオンハルトが妹の事を悪しからず思っているのだとは察していた。エルフリーデの方もレオンハルトの事を気にしているのも察している。だからこそ結婚の準備を始めると聞いた時に応援すると伝えたのだが。
「妖精さんは俺の大切な人だから、譲れない。ロジェにはロジェの、一人だけの大切な人がこれから現れるはずだよ」
「たいせつな人……」
むすっとした表情のロジェは、完全には納得がいっていないように見える。それでも、ロジェはレオンハルトに対する攻撃的な態度をやめていた。
「見つかるかな?」
「もちろん見つかるさ。大丈夫。ロジェはとってもいい子だからね」
レオンハルトはそう言って彼を抱き上げた。ロジェは彼の腕の中で大人しくしている。
「フリーデ」
「あ、うん……?」
「もう一度、ロジェに説明してあげて」
レオンハルトが片目をつぶって「今度こそ大丈夫だよ」と伝えてくる。
エルフリートは彼の意図を組み、ロジェに顔を寄せた。
「ロジェ」
「よーせいさん……」
「ロジェのお嫁さんにはなれないけど、ずっとお友達でいようね」
「おともだち」
言葉選びを間違えただろうか。エルフリートはロジェの反応の鈍さにどきりとした。だが、数秒後のロジェの表情を見て、それは思い過ごしだった。
「ずっとおともだち! ぜったいだよ!」
両手を伸ばしてくる少年に頬を触らせてやる。むにむにと遊ばれるエルフリートだったが、彼の笑顔を見ていたらどうでも良くなっていた。
2026.3.14 一部加筆修正




