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いよいよ最後の一年がやってきた。エルフリートはもの寂しい気持ちを心の奥に隠し、初日を迎えた――はずだった。
「こんなの、初めて!!!」
「まさか、新人組が流行病で全員休みとは……」
「嫌だねぇ……集団感染ってやつは」
「――研修は後回し、ね」
エルフリートたち女性騎士団の創設メンバーとも言える四人は、それぞれため息を吐いた。その正面には、彼女たちの薫陶を受けるはずの人間がいない。その代わりに、ドロテアが気まずそうに立っていた。
ドロテアは先輩騎士として、休んだ後輩の代理となったようだ。
「あの、本当に彼女たちは具合が悪そうでした。脱水症状が出ている子もいて……あの、私……彼女たちの看病に戻ってもいいですか?」
申し訳なさそうに告げられた言葉に、エルフリートのすが隣から「もちろんだ」と聞こえてくる。ロスヴィータに顔を向ければ、彼女は苦笑していた。
「我々の言葉は、皆が元気になってからにしよう。私も見舞いに行きたいところなのだが、今は止められてしまっていてな……」
ロスヴィータは結婚式を目前に控えている。本来ならば、花嫁としての準備の為に仕事を控えるべき時期に来ていた。だが、時期的にも長期で休みを取るのは立場上難しく、やむなく通常通りの生活を送っている。
仕事までは許可が下りても、進んで病気になるリスクを犯す許可は下りなかったのだ。
同じく許可が下りなかったエルフリートは、ロスヴィータの気持ちが手に取るように分かる。
「私が怒っていないどころか心配していること、そして騎士として顔合わせができる日を楽しみにしていることを伝えてくれるか?」
決して、見舞いに行きたくないわけではない。むしろ、見舞いに行ってやりたいとさえ思っているだろう。
「今日の件は、タイミングが悪かっただけだからな。気にせず療養してほしいと考えている。
むしろ、不調を押して仕事に来たら怒るからそのつもりで、と言ってくれ」
ロスヴィータの言葉にドロテアは大きく頷いた。ドロテアに一歩近付いたロスヴィータは、その肩にゆっくりと手を乗せ、とんとんと撫でる。
「助ける側の人間の調子が整っていないと、かえって誰かの負担になってしまう。体調が悪い時は無理せず、しっかりと休んでくれ。そして、元気になったら、一緒にこの国を守ってほしい。
ああ、あと初日はやり直しにするから気にしないでくれと……」
「ロス! 伝言多すぎだよ!」
際限がなくなりそうな様子にエルフリートは慌てて間に入る。割り込んできたエルフリートを見たロスヴィータが目を丸くする中、彼女の腕を優しく引いて自分の後ろに下がらせる。
「ごめんねぇ。ロスは単純に初日に体調不良になったからっていっても、心配することは何もないって言いたいだけだから。
だから『今日の予定は元気な姿で全員揃う時に、やり直しするから大丈夫だよ。気にせずゆっくり休んでね』くらいの伝言でお願いね。それでも不安がったりする様子があったら、ロスが言ってた事を小出ししてくれたら嬉しいな」
「あ、はい。分かりました」
「……つい、全ての不安を取り除こうと思って話しすぎてしまった」
ロスヴィータがそう言いながらエルフリートの肩に額を乗せる。エルフリートの視界の端に黄金がちらついた。彼女の髪がエルフリートの頬をつつくのがくすぐったい。
珍しく甘えてくるのだなと思いながら目の前に目を向ければ、ドロテアはなぜか目を丸くしていた。さすがにそろそろ話を変えないと、と微笑みを送って手をひらりと振る。
「看病しにいけない私たちの分まで、彼女たちをお願いね。あとで滋養に良い食事を手配しておくよ」
「はい、ありがとうございます」
素直な反応を示す彼女に思わず自然な笑みが浮かぶ。新人への食べ物を準備するついでに、ドロテアにもおいしいご飯を用意してあげよう。エルフリートはそう決める。
「うん。こっちこそありがとう。ドロテアみたいに素敵な先輩分を持った彼女たちは幸運だね。じゃあ、今日はこれで解散! 元気な皆は通常通り活動する事」
面倒見の良い先輩だと言われて喜びを浮かべる少女から視線を外す。エルフリートの意図を組んだのか、いつの間にか頭を上げていたロスヴィータが周囲の騎士に釘を刺す。
「ドロテア以外の騎士は、見舞いに行かないように。我々が感染拡大の要因の一つになるのは避けたい。心配な気持ちは分かるが耐えてくれ」
ドロテアに看病を任せきりにするのは、他者に任せきりにしているようで気分の良いものではない。それは、彼女たちもそうだろう。
けれど、自分たちの気持ちと自分たちの立場は全く違う行動を求めてくる。双極にある考えが同時に頭に浮かんだ時、人間は強いストレスを感じるだろう。
そして、感情を優先させてしまう。ロスヴィータはその点を気にしているのだろう。
「感染した彼女たちも、仲間にうつしたいとは思っていないはずだからね」
一見冷たく感じてしまうロスヴィータの言葉にエルフリートが付け足せば、彼女たちはこくこくとしっかり頷いてくれた。
多分、これで大丈夫。エルフリートはロスヴィータと顔を見合せ、小さく頷き合うのだった。




