スライムが あらわれた!
──17時45分、鉄野津ルミは高校から帰宅した。
玄関を開けるや、ペットの柴犬・みりんが激しく吠える声がリビングの方から聞こえる。
「…うわ、なになに?」
いつもはダッシュで玄関まで出迎えに来るみりんの明らかにおかしな様子に、ルミは早足にリビングへ向かう。
庭に面した掃き出し窓に向かって唸り声を挟みながら、けたたましく吠え続けるみりん。
「ちょ待てみりん、どした」
ルミはみりんを優しく後ろからハグするがそれでもみりんは吠えるのを止めない。
庭に、何か…?
ルミは恐る恐る締め切っているカーテンを指先でつまんで少しだけ開いた。
「ええぇ?!」
六畳ほどの狭い庭の中央に、巨大なゼリー状の物体が鎮座している。
"スライム"だ。
「うわっ、マジ?!でっか!ヤバいヤバい!」
吠えるみりんを抱き上げ窓から離れるルミ。
ルミはみりんを脇に抱えるとスマホを取り出しすぐ母親に電話をかける。
5〜6コール目くらいで母親が電話に出た。
「はい〜?」
「ママ!ヤバいヤバい!庭にめっちゃおっきいスライムがいる!!」
電話口で大声をあげるルミに、そんなことくらいで…といった様子で対応する母。
「もぉ〜玄関にスライム避けのスプレーあるでしょ?
吹きかけたら逃げてくから、それ使って追っ払って…」
という母の言葉を遮って叫ぶルミ。
「ちがう!そこらへんにいる10円玉くらいのやつじゃないって!コタツくらい大きいやつ!」
それを聞き思わず母も声を出して驚く。
「は?!なにそれ?!」
ルミはすぐに電話をビデオ通話に切り替えて、庭でブヨブヨと蠢くスライムを写して見せた。
「えええ?!ルミ早く逃げなさい!!」
母の声がスマホから流れてくるのと同時にスライムが掃き出し窓のガラスにベチャッと飛びついてきた。
スライムの分泌液がガラスを溶かしはじめているのだろう、白い煙がガラスから立ち上る。
「ぎゃあぁ!うそぉ!」
ルミは未だ吠えるのをやめないみりんを抱えたまま、走って玄関まで行くとスニーカーを履いて外へ飛び出した。
「あ・ルミちゃんオッス。…どしたん?」
ルミが家を飛び出したのと同タイミングで、隣の家の大学生・春場アコが原付バイクに乗ってちょうど帰宅。泣きそうな顔で柴犬みりんを抱えて飛び出しきたルミに声をかけた。
「アッちゃん!ヤバいヤバい!」
バイクに乗ったままのアコに抱きつくルミ。何か緊急事態かと察したアコはとにかくルミを落ち着かせようと声をかける。
「いやいやだからどしたのよ、一旦落ち着いて…」
と言いつつ目線をふと鉄野津家の方に向けた瞬間、ぎょっとして声を失った。
巨大なスライムが鉄野津家の庭から這い出てきたのだ。
「ぎゃあ!うそぉ!追っかけてきたぁ!!」
叫ぶルミ。吠えるみりん。
「ワワワン!ワンワン!」
女子高生と犬の出す騒音にアコも一瞬パニックになりかけたが、まるで蛇のようににじりながらこちらに近づいてくるスライムを見て冷静さを取り戻す。
「ルミちゃん、ウチに入って隠れてな!」
春場家に入るようルミに促すと、バイクのアクセルをふかす。
その体形から想像もつかないスピードで近づいてきたスライムに向かって、アコはアクセル全開で突っ込んだ。
グヂャッッ!
と、アコのバイクに轢かれたスライムは音を立てて弾けた。
アコはブレーキをかけバイクを横滑りさせながらUターンし、スライムの方に向き直す。
アクセルを回しヴォンッ!という音と同時に急発進。
「もいっぱぁあつ!!」
ドヂャッッ!
アコは再度、バイクでスライムを轢いた。
アコはエンジンをかけたまま、遠目からスライムの様子を窺う。
辺りにはスライムの溶解液が飛び散ってもくもくと白い煙が上がっている。
ルミは春場家の入り口のアルミの門扉の影から様子を見て、アコに声をかけた。
「アッちゃん…大丈夫?」
「わかんないけど…死んだんじゃない、多分」
そう答えると、アコすぐにスマホを取り出して警察に通報。
スライムはもう動かなかったが、アコは用心のため春場家の玄関に置いてあった父親のゴルフクラブを手にして門扉に隠れながらルミとみりんと共にしばらく様子をうかがった。
二人とも完全にスライムが死んだのを確信し、スゴいね、ヤバいね、デカすぎなどと興奮気味に話しながらスライムの死体をスマホで撮影しまくりSNSに投稿した。
数分もするとパトカーが到着。
制服警官二名と、防護服を着た"専門"の警官が一名パトカーから降りてきた。
「あ、通報をくれた方ですか?」
制服警官がルミとアコに事情を聞く中、専門の警官は現場検証を進める。
簡単な事情聴取を終えた後、警官は諭すように、優しく丁寧な口調で二人に話した。
「緊急事態だったとはいえ、こういうことは出来るだけしないようにしてくださいね。身の安全を第一にまず避難するようにお願いします」
そう言われたルミはぽつりと
「しょうがないじゃん、ねえ」
とアコにむかって呟いた。
アコは口に指をあて、しっ!という仕草をしたあと
「あはーごめんなさーい。きをつけまーす」
と作り笑顔で警官に答えた。
近隣住民の人だかりが出来始めたころに警官たちが応援に呼んだ大きい警察車両が到着。
スライムの死体を回収し、鉄野津家の庭や道路に飛び散った溶解液を特殊な洗浄剤で洗浄した。
集まった近隣住民に事情を説明し、さらに近隣の家のポストにモンスターの分泌物の洗浄を行った旨の注意文書を投函し帰っていった。
その後、ルミの母親が帰宅。
「ルミ!大丈夫?!なんともない?!」
ぜえぜえと息を弾ませており、電話でのやりとりの後に急いで帰ってきたようであった。
続いてすぐにルミの父親も帰宅。
ルミとみりんの無事を確認すると家族で恐る恐る家に入ってみた。
リビングの掃き出し窓のガラスは下半分溶けて穴が空き、庭は警察が撒いた洗浄剤の泡がそこら中に残っていた。
あーあーこんなんなっちゃって…と父も母もため息をつきながら修善業者に連絡をとって明日には来てもらえるように手配。
とりあえず明日までの一時凌ぎで窓を段ボールで塞ぎ応急処置を施した。
その夜、ルミとアコのスライムの投稿は大バズりし、ネットニュースでも報じられた。
──数日後。
鉄野津家の住む町内のマンションの一室でモンスターを違法に飼育していた外国人グループが摘発、件の巨大スライムもそこから逃げ出したものだった。




