6.ダバラ騒乱
追加の連絡を聞くところによれば、山中で主の痕跡を発見。大量の自律式ドローンにより周囲を捜索したところ、主の住処と見られる洞穴を発見したとの事。戦闘に不利な地形の為、ベースキャンプ手前に仕掛けた罠に誘引を行う旨が報告されていた。
「三日後か」
思ったよりも早かったな。罠を使うか。そうなると、主討伐に際して手柄を上げるというのは難しいかもしれない。罠に嵌めた対象に対して飽和攻撃を行う作戦なのだろう、貢献度が分かりにくい方法だ。
「まぁ、死人が出るよりはいいよな」
主討伐は犠牲が多く出る。上空からの爆撃で倒せるのでは?と思うかもしれないが、爆撃それ自体にスキルがのらないとダメージが出ないのだ。よって、主討伐とは如何に効率良くスキルを当てるかに集約される。
翌日、俺は朝早くからログインした。昼からクランでダバラ攻略を始めると言っていたので、その前にダバラを歩いてみたかったのだ。街中にはプレイヤーの姿はほとんど見ない。朝というのも理由だろうが、元々この街に滞在するプレイヤーは皆無に等しい。
「おい、聞いたか。スマリ王が逝去されたらしい」
「聞いた聞いた。国は発表してないけどな」
「次の王はどうなるんだろうな」
「セイマ王子はまだ若い。王弟派閥がまた騒ぎ出すぞ」
近くのリザードマン達が話している内容が聞こえる。そうなのだ。この街は一日に一回、クーデターが起こる。事前に調べたところによれば、プレイヤーは王子派か王弟派を選択し、クエストとしてクリアしなければいけない。さらに言えば、そのクエストが第二エリアのメインクエストらしく、必須との事。途中でログアウトすると、また翌日を待たなければいけない。クーデター後の街は荒廃する。探索は不可能。つまり街を散策するには今の時間しかない訳である。
「槍はドロップ品でいいとして、防具買わなきゃな」
店を巡り、革製のライトアーマーを買い揃える。これで晴れて初心者装備脱却である。
「これ、そこの若いの」
そんな風に街巡りをしていると、声を掛けられる。目を向ければ、歳老いたリザードマンが俺に手招きをしていた。
「なんだいじいさん」
「少しじじいの願いを聞いてはもらえんかな」
「いいけど、俺はリザードマンじゃないぞ?」
「そんなこたぁ分かっとるよ。だから声を掛けたんじゃ」
じいさんは、自宅なのだろう、近くにある家に入って行く。まぁこれも一興か、ついていくことにした。
「まぁ、座れ」
じいさんは路地裏の質素な家に住んでいた。部屋も二つしかない。
「お前さん、外から来なさったんじゃろ?」
お茶を注いで差し出しながら、そう尋ねて来る。
「まぁ、そうだな。沼地を抜けて来た」
「ほう。北からか。それは大変だったろう。腕もさぞや立つのだろうな」
「そんな事無いさ。しがない槍術士だよ」
「そうかそうか、まぁそう言う事にしておこう」
お茶を一口。うむ、渋みがあるが嫌いじゃない。
「そんなお前さんに頼みたい事があるんじゃよ」
「なんで俺なんだ?他にも知り合いはいるんだろ?」
「この街のリザードマンは信用出来ん。すぐ王子派だ王弟派だと、騒ぎ出すからな」
「リザードマン達の内情は知らないが、大変そうだ」
「そうでもないさ。話は単純。誰が王になるか、それだけじゃよ」
「そうかい」
「さて、頼みと言うのは、これだ」
老リザードマンが出して来たのは、木彫りの竜だ。頭が欠けた彫刻で意図的に割られたような形になっている。
「これをセイマ王子に渡して欲しい」
「王子とはまた」
「何、加勢するとでも言えば、一度くらいは会う事もあるだろうよ」
「渡して、どうすればいいんだ?」
「渡せば分かる。そうだな、ついでに伝言を頼む。意思のみが真の王を形作る」
「意思のみが真の王を形作る」
「そうじゃ。頼めるか?」
「何が何だか分からないが、了解した。大事なことなんだよな?」
「ああ、そうじゃ。よろしく頼むよ。ああ、それと、おぬし、槍を使うのだったな?」
「ああ、そうだけど……」
「ならば、これを持っていなさい」
手首に装着するタイプのミサンガのようなものを渡される。不思議な材質で、スベスベの触感だ。鑑定すると、意思の試し、とある。
▶意思の試し(槍)
装備可能アクセサリ。筋力に補正。
※注意 一度装着すると、目的を達成するまで外せません。
呪いのアイテムじゃねーか!
だが、まぁクエストに必要なアイテムなのかもしれない。一応装備しておくか。
暫くして、俺はじいさんの居を辞した。よく分からなかったが、これもメインクエストの一環なのかもしれない。調べた限りでは、このじいさんについての記述は無い。サブクエストみたいなものだろうか?
昼になり、クランメンバーがログインしてきた。一番早かったのは意外な事にぽぷらで、次がタリ。最後にダイモンだった。
「すいません。引っ越しの手続きに手間取りまして」
「あー配属先決まったんだ」
「ええお陰様でね」
「あれ?二人は同じ所属じゃないのか?」
「あーまぁ所属は一緒なんだけど、色々あるじゃん。深くは聞かないでおくれー」
ぽぷらは言葉を濁して話を打ち切る。ダイモンも苦笑してる。あまり聞かないほうが良さそうだ。
「さて、それではダバラのクエスト受けます。と言いたいところですが、その前に皆さんの装備を整えましょう。ついでにスキルストアでお買い物です」
早くログインしていた俺は装備の新調は終わっている為、スキルストアを漁ることにした。と言っても、所持している以外の購入可能スキルは微妙なものが多く、スキルの素βも必要数を満たしていない為。買えるものは限られてくる。悩んだが、鑑定に全て注ぎ込む事にした。リアルでの重要性を考えれば、これが一番だろう。ステータス見たいし。鑑定はレベル三になった。
「君達、ちょっといいかな」
買い物も終わり、準備が整ったところで、クエストを踏みに行く事にした。ダバラのメインストリートでぶらぶらしているとリザードマンの兵士に声を掛けられる。
「はい、なんでしょうか」
「君達は外から来た人だね?」
「そうですね。昨日着きました」
「悪いことは言わない。早く街を出たほうがいい」
「どういう事でしょうか?」
「大きな声では言えないが、今からこの街は戦場になる。王弟派の襲撃があるんだ」
こんな情報を部外者に漏らすのはどうかと思うが、彼の頭の上には心優しきサラムとある。あくまでも善意で忠告してくれたという設定なのだろう。
「分かりました。忠告ありがとう御座います」
「ああ、気を付けてくれ。それと、もし王弟派に加わる意思があるなら、声を掛けてくれ。歓迎するよ」
【メインクエスト:ダバラの内乱が開始されました。五十二分後、襲撃が開始されます。王子派、王弟派を選択して戦闘に備えて下さい】
そう言ってサラムは去っていった。さて、どちらに付くかだが……
「皆、ちょっと話があるんだ」
俺はじいさんとの話を掻い摘んで皆に話す。
「王子に、ですか」
「すっご!それって特殊クエストってやつじゃんね?」
「面白そうな派生だな」
「どうだろう、王子に合流してみないかな。勿論好きな方を選べる訳だけど」
一応、王子派、王弟派どちらが勝っても、クリアは可能だ。ある一定以上の貢献度があれば、クリアと見做される。
「どーせなら、皆一緒っしょ?」
「そうですね。私も王子派でいいと思います」
「賛成だ」
「ありがとう皆。それじゃあ王城に行こう」
王城広場は既にプレイヤーで溢れていた。
「あれ、タリとらっきょじゃん」
声を掛けて来たのは、ダイナナだった。そうネカマの彼女である。
「ダイナナもこっち派か」
「そうそう。何、二人はパーティー組んだの?」
「まぁな。クランも一緒だ」
「へぇ。意外な組み合わせだね。そちらのお二人がお仲間?」
「そうだ。ダイモンとぽぷらだ」
「ちゃーす。格闘家とか始めて見たし、気張ってんね」
「お、おう。ありがとう……ギャルがいる……」
「ダイナナさん驚いてるよ。すいません。うちのぽぷらが」
「いや、いいけど。あんたも大概デカいね」
「ありがとう御座います」
よく分からない返答とキャラの濃さに引いている。
「お集まりの皆様。王家の家令、マスカリで御座います。哀しい事に王弟ヤマル殿は王子の戴冠を良しとせず反旗を翻しました。間もなくダバラ正門へと殺到するとの報告も来ております。そんな中こうしてお集まり頂いた皆様。聞いたところによれば、皆様はセイマ王子の加勢をして下さるとか。王子に代わり、この場で御礼を申し上げます」
広場のお立ち台に上がったのは、歴戦の様子を見せるリザードマン。家令をやる前は明らかに戦場にいたと思わせる風体である。
「つきましては、これより街中に設けた防衛拠点を記した地図をお渡しします。皆様におかれましては、その防衛拠点を堅固な意思で守って頂ければと切に願います」
リザードマンにとってこの意思というのがどうも重要らしい。言葉の端々に意思という台詞が使われる。日本人にとっての誠実と同じようなものなんだろう。
「じゃあね、こっちはパーティーで第一拠点担当だから、頑張ってねー」
「ああ、ダイナナもな」
各々、担当する防衛拠点に散って行く中、俺はマスカリに近付いていく。
「何奴!」
護衛の兵士が、槍でもって俺を止める。
「マスカリさん!王子に話があるんだ!」
俺は例の竜の彫刻を取り出して、彼に見えるよう掲げる。
「怪しい奴め!マスカリ殿は貴様等に用は無い!」
「即刻立ち去れ!」
味方のつもりなのに酷い言われ様である。
「まぁ、待ちなさい。君名前は?」
「らっきょだ。街で見知らぬじいさんからこれを受け取った。王子に渡すようにと」
マスカリは落ち着いた態度で、兵士を制すると、俺から彫刻を受け取る。
「こ、これは!?これを持っていた人はどこに!」
マスカリは慌てて、俺に問い質す。
「それは教えられないが、王子に伝言がある」
「むぅ。分かった。ついてくるがいい」
俺達パーティーは王城に招き入れられた。マスカリの後を歩き、周りの兵士も一緒に帯同する形だ。
「何かすっごいことになってる?マ?」
「王城内に入れるとはな、驚きだ」
「綺麗ですね。時間があったらゆっくり眺めたいものです」
王城の謁見の間は、背後に巨大な竜のタペストリーが飾られ、荘厳な雰囲気だった。中央奥に玉座がある。玉座は空席。その下に卓が置かれ、臨時の作戦指令室となっていた。その上座に歳若いリザードマンが座っている。彼がセイマ王子かな?
「どうしたマスカリ」
「王子。こちらをご覧下さい」
マスカリが竜の彫刻を王子に差し出す。受け取った王子は訝しげに彫刻を見ると、目を見開いた。懐から竜の首だけが残ったネックレスを取り出し、恐る恐るそれと合わせる。光が放たれ二つの飾りが一つになる。
「これをどこで!?」
「こちらの御仁が」
マスカリに促され、前に出て、一礼する。
「らっきょと言います殿下。私はとある老人からそれを預かりました。大変失礼だとは思いますが、そちらはどのような品物なのでしょうか」
「これか?これは祖父の玉璽だ。私がまだ幼い時分の事だ。退位された祖父が絆の証として、片割れを持つようにと渡して下さったのだ。あの時はまさか父が病に伏すとは思わなんだ」
「なるほど、ではあの方がお祖父様なのですね。実はそのお祖父様から言伝が御座います」
「そうか、聞こう」
「意思のみが真の王を形作る」
「意思のみが真の王を形作る、とな?」
「はい。左様でございます」
「ふむ……」
考え込んでしまった王子にどうするべきか迷っていると、マスカリが助け舟を出してくれた。
「王子、これは啓示で御座います。先代の王、ヤハハリ様は槍の武神。武を持って治めよとの御達しで御座いましょう」
え、あのじいさん。武神とか言われてたのか。そんな風にはとても見えなかったが……
「そうだな。よし、我々も打って出るぞ!この国にセイマ有りと知らしめねばならん!」
「「はっ、お供致します!」」
「らっきょと言ったな。お主らも付いてこい。共に覇を唱えん」
どうやらこのまま王子の近衛として、帯同しろということらしい。皆を見ると、始めての展開に結構イケイケのようである。ならば、行くところまで行くのがゲーマーと言うもの。こうして、俺達のダバラ内乱クエストが始まった。